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宰相令息編
6.お祭りを楽しんでしまった(ライザ)
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午後になり、再びアンナリーナとガイオ副所長が我が家にやって来た、
音楽会用のドレス姿も可愛かったけれど、胸元に繊細な刺繍の入ったエプロンドレスを着たアンナリーナはとても可憐だった。
ガイオ副所長は残念なことに元の姿に戻っていた。ぼさぼさの髪の毛によれよれのシャツ姿は平民に交じっても目立たつことはないので、これで良かったかもしれない。
「くれぐれも気をつけるのだぞ。ベルトルド殿が同行しないので、我が家の護衛を三人つけるからな。絶対にはぐれては駄目だ」
兄は私に甘い。最初は街へ行くことを反対していたが、上目遣いでお願いしてみたら、あっさりと許可が下りた。それでも、ベルトルドが一緒でないと知ると、我が家の護衛の中でも精鋭の三人を同行させことを決めた。ガイオ伯爵家の護衛もいるので大丈夫だと断ったのだけど、兄は頑として聞き入れてくれない。
「ベルトルド殿さえ同行してくれたなら安心なのだが」
兄は不安そうな声で呟く。それにしてもベルトルドへの信頼が厚すぎる。まあ、それは当然かもしれない。この王都で彼を襲うような愚か者はいないだろうから。それほどベルトルドの強さは王都中に知れ渡っている。
兄をこれ以上不安にさせるのは止めよう。ベルトルドにエミリの護衛を頼んだのは私だから、護衛を大量に引き連れて歩くことも我慢しなければ。
「お兄様、わかっています。絶対に無茶はしませんから。ほんの少し街を散策するだけです」
家に籠っていてもエミリのことが気になって落ち着かないだろうから、街を散策して気を紛らわしたいと思っただけ。休暇中にも拘わらず、仕事を頼んでしまったベルトルドに申し訳ないので、お祭りを楽しむつもりは毛頭なかった。
それに、せっかくアンナリーナが誘ってくれたのに断ったりできないし、ガイオ副所長との仲も気になる。アンナリーナの恋の行方はこの国や世界の今後に大きくかかわってくることだから。
予想通り、王都の幹線道路はとても賑わっていた。人の流れは王城前広場に向かっている。でも、私たちは既にエミリの歌声を聴いているので、そちらには行かずに繁華街を楽しむことにした。
アンナリーナと並んで歩き、ガイオ副所長が後ろからついてくる。私たちの前後左右には屈強な護衛が付き従っているので、人の波も押されてはぐれてしまうようなこともなく、ゆっくりと楽しむことができた。
「ライザさん、あれは何でしょう?」
アンナリーナはあまり街に出たことがないらしく、見るものすべてが目新しく感じるようだった。きらきらした目であちらこちらを指さしている。
「あれは花のアーチね。豊穣祭には精霊が集まってくるでしょう? あのアーチで精霊を歓迎するのよ」
幹線道路の所々に花で飾られた木を組み合わせたアーチが設置されていた。その近くでは多くの人が花を売っている。未婚の女性が花をアーチに飾ると幸せになると信じられているので、若い娘がこぞって花を買い求めるのだった。
「君たちもこれを飾るといいよ」
そう声をかけてきたガイオ副所長は両手にたくさんの花を持っていた。私たちのために買ってくれたようだ。
「副所長、ありがとうございます!」
アンナリーナが元気に礼を言って花を受け取っている。頬を染めたその姿は本当に可愛い。副所長もまんざらでもなさそうけど、あくまで部下としての距離を保とうとしているように見える。
人に興味のない変人だと噂されているけれど、ガイオ副所長は常識的な人のようだ。これならアンナリーナと結ばれても心配はいらない。きっと彼女を幸せにしてくれるはず。
「お心遣いに感謝いたします」
私も礼を言って花を受け取った。私はアンナリーナのついでだと思うけれどね。
この世界の人々は精霊を信じているが、本当に存在するのかわからない。それでも、豊穣と幸せを願い、人々のために聖魔法を残してくれたという精霊に感謝してアーチに花を飾った。
それから露店で売っているリボンをアンナリーナとお揃いで買ったり、王都で評判だというお菓子を食べたりと、かなり楽しんでしまっていた。気がつくとエミリの独唱が終わり、噴水広場に移動している頃になっている。
ベルトルドに仕事を押し付けたのに、自分だけお祭りを楽しんでしまった。我ながら本当にひどいと思う。
心の中でベルトルドに謝っていると、
「あの、ライザさん、兄はとても優しい人なのです」
突然、アンナリーナがベルトルドの話題を振ってきた。
「それは私もよく知っています」
ベルトルドは本当に優しい人だ。何度か一緒に仕事をしてそう実感していた。彼は王都の子どもたちやお年寄りにとても慕われている。強くて優しくて、みんなの英雄なのだから。
「ちょっと頼りないし、たいして強くもないですが、それでも、兄なりに努力しているのです」
「はい?」
たいして強くないって? 世間では人外の強さだと言われているのだけれど。いったいどんな誤解があったのだろう。
不思議に思っていると、
「あばら馬だ! 気をつけろ」
突然そんな声が聞こえてきた。そして、あちこちで悲鳴が上がる。
いったい何が起こっているの?
音楽会用のドレス姿も可愛かったけれど、胸元に繊細な刺繍の入ったエプロンドレスを着たアンナリーナはとても可憐だった。
ガイオ副所長は残念なことに元の姿に戻っていた。ぼさぼさの髪の毛によれよれのシャツ姿は平民に交じっても目立たつことはないので、これで良かったかもしれない。
「くれぐれも気をつけるのだぞ。ベルトルド殿が同行しないので、我が家の護衛を三人つけるからな。絶対にはぐれては駄目だ」
兄は私に甘い。最初は街へ行くことを反対していたが、上目遣いでお願いしてみたら、あっさりと許可が下りた。それでも、ベルトルドが一緒でないと知ると、我が家の護衛の中でも精鋭の三人を同行させことを決めた。ガイオ伯爵家の護衛もいるので大丈夫だと断ったのだけど、兄は頑として聞き入れてくれない。
「ベルトルド殿さえ同行してくれたなら安心なのだが」
兄は不安そうな声で呟く。それにしてもベルトルドへの信頼が厚すぎる。まあ、それは当然かもしれない。この王都で彼を襲うような愚か者はいないだろうから。それほどベルトルドの強さは王都中に知れ渡っている。
兄をこれ以上不安にさせるのは止めよう。ベルトルドにエミリの護衛を頼んだのは私だから、護衛を大量に引き連れて歩くことも我慢しなければ。
「お兄様、わかっています。絶対に無茶はしませんから。ほんの少し街を散策するだけです」
家に籠っていてもエミリのことが気になって落ち着かないだろうから、街を散策して気を紛らわしたいと思っただけ。休暇中にも拘わらず、仕事を頼んでしまったベルトルドに申し訳ないので、お祭りを楽しむつもりは毛頭なかった。
それに、せっかくアンナリーナが誘ってくれたのに断ったりできないし、ガイオ副所長との仲も気になる。アンナリーナの恋の行方はこの国や世界の今後に大きくかかわってくることだから。
予想通り、王都の幹線道路はとても賑わっていた。人の流れは王城前広場に向かっている。でも、私たちは既にエミリの歌声を聴いているので、そちらには行かずに繁華街を楽しむことにした。
アンナリーナと並んで歩き、ガイオ副所長が後ろからついてくる。私たちの前後左右には屈強な護衛が付き従っているので、人の波も押されてはぐれてしまうようなこともなく、ゆっくりと楽しむことができた。
「ライザさん、あれは何でしょう?」
アンナリーナはあまり街に出たことがないらしく、見るものすべてが目新しく感じるようだった。きらきらした目であちらこちらを指さしている。
「あれは花のアーチね。豊穣祭には精霊が集まってくるでしょう? あのアーチで精霊を歓迎するのよ」
幹線道路の所々に花で飾られた木を組み合わせたアーチが設置されていた。その近くでは多くの人が花を売っている。未婚の女性が花をアーチに飾ると幸せになると信じられているので、若い娘がこぞって花を買い求めるのだった。
「君たちもこれを飾るといいよ」
そう声をかけてきたガイオ副所長は両手にたくさんの花を持っていた。私たちのために買ってくれたようだ。
「副所長、ありがとうございます!」
アンナリーナが元気に礼を言って花を受け取っている。頬を染めたその姿は本当に可愛い。副所長もまんざらでもなさそうけど、あくまで部下としての距離を保とうとしているように見える。
人に興味のない変人だと噂されているけれど、ガイオ副所長は常識的な人のようだ。これならアンナリーナと結ばれても心配はいらない。きっと彼女を幸せにしてくれるはず。
「お心遣いに感謝いたします」
私も礼を言って花を受け取った。私はアンナリーナのついでだと思うけれどね。
この世界の人々は精霊を信じているが、本当に存在するのかわからない。それでも、豊穣と幸せを願い、人々のために聖魔法を残してくれたという精霊に感謝してアーチに花を飾った。
それから露店で売っているリボンをアンナリーナとお揃いで買ったり、王都で評判だというお菓子を食べたりと、かなり楽しんでしまっていた。気がつくとエミリの独唱が終わり、噴水広場に移動している頃になっている。
ベルトルドに仕事を押し付けたのに、自分だけお祭りを楽しんでしまった。我ながら本当にひどいと思う。
心の中でベルトルドに謝っていると、
「あの、ライザさん、兄はとても優しい人なのです」
突然、アンナリーナがベルトルドの話題を振ってきた。
「それは私もよく知っています」
ベルトルドは本当に優しい人だ。何度か一緒に仕事をしてそう実感していた。彼は王都の子どもたちやお年寄りにとても慕われている。強くて優しくて、みんなの英雄なのだから。
「ちょっと頼りないし、たいして強くもないですが、それでも、兄なりに努力しているのです」
「はい?」
たいして強くないって? 世間では人外の強さだと言われているのだけれど。いったいどんな誤解があったのだろう。
不思議に思っていると、
「あばら馬だ! 気をつけろ」
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いったい何が起こっているの?
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