鈴元 香奈

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研究室

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「委員長、久しぶり」
 西田が会議室の隅に座っていた俺の前にやって来て、満面の笑みで挨拶をしてきた。
 俺の事を覚えていたらしい。
「ああ。久しぶりだな。今日はありがとう」
 礼を言う俺の声は掠れていた。
「気持ちはわかるけど、生徒の前だから」
 小さな声で西田が呟く。はっとして西田を見つめた。俺の気持ちに気が付いている? 下だと思っていた奴が俺より高学歴になって現れたことを受け入れがたく思っているこの気持ちを。
「少し話したいことがあるんだけれど、時間は取れる?」
 西田が問う。
「結構タイトなスケジュールなんだ」
 俺は、話しをするのが怖かった。みっともなく怒鳴ってしまったり、篠田のように手を出してしまったり、そんな事をしない自信はなかった。
「同級生だったんだって? それは懐かしいよね。お昼休みは私に任せておいて。じっくり旧交を温めてきてね」
 一緒に見学にやってきた副担の斉藤玲子がにこやかに言う。一昨年教師になったばかりの若い斉藤は、他の市の出身で西田の親の事件を知らないようだ。
 俺は逃げられなくなった。

「それでは、西田先生の研究室を見せてもらいましょう」
 広報の三瀬さんが立ち上がり、生徒を外へ誘導する。
「僕の研究室という訳ではないけれどね。これから行くのは光物性研究室と言うんだ」
 西田は照れたようにはにかんだ。

「僕の研究はね、フォトニック結晶という、光を閉じ込める不思議な結晶なんだ」
 研究室入ると、無人だった。それほど大きくない部屋に普通の事務所のようにパソコンが置いている机が四つ。
その奥に大きなガラスの壁があり、向こうには用途もわからないような機器が並んでいる。
「分子レベルの作成、加工をしなければならないので、埃厳禁なんだ。中はクリーンルームになっているので、入ってもらえない。ここから見てくれるかな」
 生徒たちが鈴なりでガラスの中を見ている。
「今日はボスが海外に行っているので留守なんだ。昼からは学生が来て実験を始めるんだけど」
「フォトニック結晶って、何に使えるんですか?」
 興味深々な様子の生徒が質問する。
「高出力のレーザとか、光を使ったコンピュータとか、いろいろ応用はできる。可能性がいっぱいあって、面白いんだ」
 目を輝かせて語る西田を、俺はただぼんやりと眺めていた。
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