聖なる乙女は竜騎士を選んだ

鈴元 香奈

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SS:カイオ八歳の時(竜騎士団団長視点)

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 今日はアウレリオとの最後の飛行だ。前を飛ぶのは大きくて威圧的な黒竜。その黒竜ライムンドは最年少の竜騎士カイオが操縦していた。彼は最近聖女ルシアと結婚をして、毎日とても楽しそうにしている。
 ふと、遠い記憶を思い出す。最後の飛行ということで、少し感傷的になっているのかもしれない。

 カイオが竜騎士になったのは昨年のことだ。しかし、十二年前の竜騎士訓練生選考会で、俺は八歳のカイオと出会っていた。

 
 一年に一回行われる竜騎士訓練生選考会には、いつも二千人ほどの受験者が集まってくる。王都に住んでいる者は半数ほど。残りは地方の町や村から馬や馬車に乗って、はるばる王都までやってきた少年たちだ。
 選考会は三日間行われるが、初日の学科と面接で半数は落とされる。二日目の魔力と魔法の測定でまた半分、そして、最終日の三日目の体力測定で更に半分が落とされるのだ。
 最終的に訓練生として残るのは、毎年受験者の一割程度に過ぎない。
 
 試験は普段訓練生が使っている基地内の訓練場で行われる。十二年前の選考会の三日目、午後から受験生を竜に乗せる担当になっていたので、俺は散歩がてら午前中の体力選考会を見に行くことにした。
 訓練場に着くと、ちょうど長距離走の真っ最中だった。
 三日目ともなると有力候補のみが残っているはずだが、二日間の選考で落とされなかったらしく、かなり小さな少年が必死に走っていた。遅くはないが早くもない。順位は中ほどだ。ただ、その表情が少年と思えないほど、あまりに悲壮なので気になった。
 その少年はどの項目でも常に中位を保っていた。合格ぎりぎりのところにいるようだ。しかし、かなり無理をしているのではないかと思う。


 昼休みになると、受験生に昼食が配られた。
 小柄な少年は、体力を使い果たしたというかのように、ゆっくりと配られたパンを口にしていたが、いきなり立ち上がり、口を押さえながら水飲み場の方へのろのろと歩き出した。

 気になって俺も水飲み場に行ってみると、少年は先程食べたパンを全て戻してしまっていた。
「吐くまで頑張ることはないだろうに。十二歳まで受験可能なのだから、来年また挑戦すればいい」
 竜騎士訓練生選考会の受験資格は八歳から十二歳までと決められていて、十二歳を過ぎてしまうと受験することさえできない。しかし、その少年はまだ幼く、十歳にも達していないようだ。焦る必要はないだろう。

「でも、俺は今年訓練生にならなければならないんだ。金が欲しいから」
 水道栓から水を出し嘔吐物を洗い流しながら、その少年は小さく呟く。俺に答えたと言うより、自分に言い聞かせているようだった。
 訓練場の水道は誰でも使える機械式ではなく、水魔法で水を汲み上げる方式なので、一、二年目の訓練生でもこれほど流しっぱなしにするのは難しい。

「金が目的なら、無駄なことは止めておけ。金が欲しいぐらいの気持ちで耐えることができるほど、ここの訓練は楽じゃないからな。しかも、金のために竜を得たいという男に、竜が応えるようなことは絶対ない」
 その少年は俺を見上げて頭を振った。
「それでも、俺は訓練生になるんだ。負けない」
 少年の勝ち気な目が俺を睨んだ。その澄んだ目はとても欲で曇っているとは見えなかった。



 哨戒飛行を行っている二名と、完全休養日の二名。それに、夜の飛行を控えている二名を除き、七名の竜騎士が体力選考で残った二百名余りの受験生を竜に乗せることになる。
 この時、背に乗せることを竜に拒否された受験生はもちろん不合格だ。高所恐怖症の者も竜騎士になることはできない。
 
 カイオと名乗った小柄な少年は、最終選考まで残っていた。彼はまだ八歳で残った者の中では最年少である。
「おじさんは竜騎士だったんだ。おじさんの竜はちょっと小さいけれど、とても綺麗だね」
 かなり憔悴しているように見えたカイオは、竜を見ると元気に笑った。金のためと言いながら、やはり竜への憧れはあったのだろう。
「ああ、この竜の名前はアウレリオ。俺の最高の相棒だ」
 アウレリオがカイオの方に顔を近づけた。カイオは大きな竜の顔にそっと手を触れた。
 何回も受験生を乗せたことがあるが、アウレリオがこれほど心を許すことは珍しい。

「アウレリオに乗るぞ」
 俺は小さなカイオを縦抱きにして、身体強化を使って一気にアウレリオの背に乗った。
「すげー! 一飛びなんだ」
 少年らしい反応をするカイオ。尊敬の目で俺を見上げている。
「ちょっと派手な飛行を見せてやるからな。悲鳴を上げるなよ」
 俺はカイオを鞍に座らせ革のベルトで固定した。
「第六番竜アウレリオ、発進」
 ふわっとアウレリオが浮き上がる。
「おお!」
 カイオは歓声のような声をあげた。とりあえず、彼は高所恐怖症ではなさそうだ。


「宙返りするぞ」
 ほんの十分ほどだが、選考のため変則的な飛行をすることになっていた。俺はアウレリオの手綱を思い切り引く。
「凄い! 地面が頭の上だ! 竜騎士になればこんな風景を毎日見られるのか」
 カイオには余裕がありそうだったので、他の受験生より少し速度を上げて、回転の径も小さくしてみた。かなり負荷がかかるはずだ。しかし、カイオは気にもぜず、嬉しそうに地上を眺めていた。
 よく見ると、カイオは無意識に身体強化を使っていた。
 こんな凄いガキは始めて見た。

「なあ、なぜ金がいるんだ?」
 アウレリオに気に入られた少年が、金のためだけに竜騎士になりたいと思うだろうか? 俺は金がいる理由があると思った。
「金が欲しいだけだ」
 しかし、カイオは最後まで理由を言わなかった。
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