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3.前世の結婚
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エディトの初恋は自覚すると同時に砕け散る。ハルフォーフ一家の幸せを壊すつもりはなく、壊せるはずもなかった。
どこまでも騎士であろうとするハルフォーフ将軍。子どもたちに次代の将軍としても心構えを教え込もうとしているハルフォーフ将軍夫人。たった三歳なのに騎士としてエディトを守ろうとしたディルク。そして、その暖かさでエディトを守った一歳のツェーザル。彼を胸に抱いていたからこそ、エディトは冷静になれた。
彼らの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
エディトは初めての恋心を封じ込めるしかなかった。
国境までの護衛と監視のために同行していた隣国の騎士団に突然襲われたが、ブランデスの精鋭部隊に死人は出なかった。護衛対象であるシェーンベルク侯爵父娘にも怪我はなく、予定を早め三日で隣国を脱出して、無事ブランデスに帰り着くことができた。
「エディト嬢、我々の力が及ばず、怖い思いをさせて申し訳なかった。しかし、貴女に怪我がなく本当に良かった」
王都広場で別る際ハルフォーフ将軍は、エディトに男性同士が交わすような握手を求めた。文官として会談に望んだ彼女への敬意を表すためだ。エディトはその意味を理解して、ハルフォーフ一将軍夫妻と握手を交わした。
「ディルク、ごめんなさいね。腕が痛いでしょう?」
包帯を巻いた小さな腕が痛々しく、エディトは辛そうにそう訊いた。
「もう、だいじょうぶ。ぼく、つよいもん」
にこっと笑った小さなディルクが片膝をつく。そして、エディトの手を握り口づけをする真似をした。
「きしはね。こうするんだよ」
得意そうにエディトを見上げるディルクは本当に可愛くて、エディトは身悶えしそうになった。
「だっこ」
もっと小さなツェーザルがとことこと歩いてきて、エディトに手を伸ばす。
エディトがツェーザルを抱き上げると、小さな手でエディトの指を掴み口に含んだ。
まるで愛しい恋人にするようなツェーザルの動作に、広場に集まった精鋭部隊の面々から笑いがもれる。
『このまま家に連れ帰っては駄目かしら』
ツェーザルのあまりの可愛らしさに、エディトは小さく呟いた。
その後、会談のために訪れたシェーンベルク侯爵父娘を襲うという暴挙に出た隣国に抗議したところ、ブランデスは隣国から宣戦布告を受け紛争が始まった。
しかし、ハルフォーフ一将軍率いる最強の騎士団の前に苦戦を強いられた隣国は、たったは三ヶ月で降伏することになる。
多大な賠償金を支払うため国力を落とした隣国は、三年後に新興国のカラタユートに攻め滅ぼされ、地上から消滅してしまった。
その頃、エディトは十九歳になっていた。
「お嬢様は花嫁修業をした方がいいのではないでしょうか? 書類作成や計算など、我々に任せておけばいいのですよ」
産業局に出勤したエディトは、二歳上の男性局員から嫌味を言われていた。貴族女性の多くは十代で結婚するが、エディトは婚約者さえ決まっていない。そのことを揶揄してくる局員は多い。
貴族は十五歳になれば成人と認められ、王宮に職を得ている家の令息たちは見習いとして勤め始める。エディトも十五歳になった時から、父の補佐として産業局に出勤していた。しかし、産業局に女性はたった一人。シェーンベルク侯爵以外の男性は頑なにエディトの能力を認めず、一人娘に甘い局長のわがままで連れてきているだけだと決めつけていた。
局長の娘なので表立って虐められることもないが、それが益々エディトを苛立たせる。
エディトは自分を認めてくれたハルフォーフ将軍のことを想い続けていた。不毛な恋だとわかっているが、未だにエディトの心から将軍を追い出すような男性が現れない。
女だからとエディトを馬鹿にするような男と結婚するぐらいなら、生涯独身でもいいと思ってしまうが、侯爵家の一人娘という立場ではそんなことは許されない。そして、あの可愛いディルクやツェーザルのような子どもが欲しかった。
「エディト、見合いをしてみないか? 司法局の職員をしているグローマン伯爵家の三男で、名をロビンという。とても優秀な男性で、産業にも興味があるらしい。容姿も整っているし、司法関係にも詳しいし、悪い話ではないと思うんだ」
そんなある日、シェーンベルク侯爵はエディトに見合いを勧めた。エディトの婿は次代の産業局長になる男だが、彼女を認めない産業局内では結婚相手を見つけるのは難しいと感じていたシェーンベルク侯爵は、他局まで手を伸ばして婿を探していた。
エディトはロビンのことをもちろん知っていた。整った容姿と気の利いた会話術を誇る社交界でも名高い貴公子で、憧れている令嬢も多い。
今は産業に明るくないかもしれないが、優秀な男性ならばシェーンベルク侯爵のもとで十年も学べば、局長になるのに相応しい知識を身につけることができるだろう。エディトも補佐をすることができるので問題はない。何よりも、ロビンが父親なら可愛い子どもが産まれるるはずだ。
そう考えたエディトは、見合いの話を受けることにした。
「産業が廃れてしまうと、財務局がいくら頑張っても税収は増えない。だから、産業局の役割は重要だと思うんだ。私は自分の力を試してみたい」
ロビンは目を輝かせながら、エディトにそう語った。その様子が好ましいと彼女は思った。
ハルフォーフ将軍とは正反対の華奢で繊細なロビンの容姿は、エディトの好みではなかったが、家のための結婚だから贅沢は言えないだろうと、彼女は彼との結婚を了承することにした。
どこまでも騎士であろうとするハルフォーフ将軍。子どもたちに次代の将軍としても心構えを教え込もうとしているハルフォーフ将軍夫人。たった三歳なのに騎士としてエディトを守ろうとしたディルク。そして、その暖かさでエディトを守った一歳のツェーザル。彼を胸に抱いていたからこそ、エディトは冷静になれた。
彼らの笑顔を曇らせるわけにはいかない。
エディトは初めての恋心を封じ込めるしかなかった。
国境までの護衛と監視のために同行していた隣国の騎士団に突然襲われたが、ブランデスの精鋭部隊に死人は出なかった。護衛対象であるシェーンベルク侯爵父娘にも怪我はなく、予定を早め三日で隣国を脱出して、無事ブランデスに帰り着くことができた。
「エディト嬢、我々の力が及ばず、怖い思いをさせて申し訳なかった。しかし、貴女に怪我がなく本当に良かった」
王都広場で別る際ハルフォーフ将軍は、エディトに男性同士が交わすような握手を求めた。文官として会談に望んだ彼女への敬意を表すためだ。エディトはその意味を理解して、ハルフォーフ一将軍夫妻と握手を交わした。
「ディルク、ごめんなさいね。腕が痛いでしょう?」
包帯を巻いた小さな腕が痛々しく、エディトは辛そうにそう訊いた。
「もう、だいじょうぶ。ぼく、つよいもん」
にこっと笑った小さなディルクが片膝をつく。そして、エディトの手を握り口づけをする真似をした。
「きしはね。こうするんだよ」
得意そうにエディトを見上げるディルクは本当に可愛くて、エディトは身悶えしそうになった。
「だっこ」
もっと小さなツェーザルがとことこと歩いてきて、エディトに手を伸ばす。
エディトがツェーザルを抱き上げると、小さな手でエディトの指を掴み口に含んだ。
まるで愛しい恋人にするようなツェーザルの動作に、広場に集まった精鋭部隊の面々から笑いがもれる。
『このまま家に連れ帰っては駄目かしら』
ツェーザルのあまりの可愛らしさに、エディトは小さく呟いた。
その後、会談のために訪れたシェーンベルク侯爵父娘を襲うという暴挙に出た隣国に抗議したところ、ブランデスは隣国から宣戦布告を受け紛争が始まった。
しかし、ハルフォーフ一将軍率いる最強の騎士団の前に苦戦を強いられた隣国は、たったは三ヶ月で降伏することになる。
多大な賠償金を支払うため国力を落とした隣国は、三年後に新興国のカラタユートに攻め滅ぼされ、地上から消滅してしまった。
その頃、エディトは十九歳になっていた。
「お嬢様は花嫁修業をした方がいいのではないでしょうか? 書類作成や計算など、我々に任せておけばいいのですよ」
産業局に出勤したエディトは、二歳上の男性局員から嫌味を言われていた。貴族女性の多くは十代で結婚するが、エディトは婚約者さえ決まっていない。そのことを揶揄してくる局員は多い。
貴族は十五歳になれば成人と認められ、王宮に職を得ている家の令息たちは見習いとして勤め始める。エディトも十五歳になった時から、父の補佐として産業局に出勤していた。しかし、産業局に女性はたった一人。シェーンベルク侯爵以外の男性は頑なにエディトの能力を認めず、一人娘に甘い局長のわがままで連れてきているだけだと決めつけていた。
局長の娘なので表立って虐められることもないが、それが益々エディトを苛立たせる。
エディトは自分を認めてくれたハルフォーフ将軍のことを想い続けていた。不毛な恋だとわかっているが、未だにエディトの心から将軍を追い出すような男性が現れない。
女だからとエディトを馬鹿にするような男と結婚するぐらいなら、生涯独身でもいいと思ってしまうが、侯爵家の一人娘という立場ではそんなことは許されない。そして、あの可愛いディルクやツェーザルのような子どもが欲しかった。
「エディト、見合いをしてみないか? 司法局の職員をしているグローマン伯爵家の三男で、名をロビンという。とても優秀な男性で、産業にも興味があるらしい。容姿も整っているし、司法関係にも詳しいし、悪い話ではないと思うんだ」
そんなある日、シェーンベルク侯爵はエディトに見合いを勧めた。エディトの婿は次代の産業局長になる男だが、彼女を認めない産業局内では結婚相手を見つけるのは難しいと感じていたシェーンベルク侯爵は、他局まで手を伸ばして婿を探していた。
エディトはロビンのことをもちろん知っていた。整った容姿と気の利いた会話術を誇る社交界でも名高い貴公子で、憧れている令嬢も多い。
今は産業に明るくないかもしれないが、優秀な男性ならばシェーンベルク侯爵のもとで十年も学べば、局長になるのに相応しい知識を身につけることができるだろう。エディトも補佐をすることができるので問題はない。何よりも、ロビンが父親なら可愛い子どもが産まれるるはずだ。
そう考えたエディトは、見合いの話を受けることにした。
「産業が廃れてしまうと、財務局がいくら頑張っても税収は増えない。だから、産業局の役割は重要だと思うんだ。私は自分の力を試してみたい」
ロビンは目を輝かせながら、エディトにそう語った。その様子が好ましいと彼女は思った。
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