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12.リタのお城
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「お嬢様、あと一時間で開店ですね。頑張らなければ」
店員のテアが昨日届いた商品を棚に並べながら、感慨深そうに私の顔を見て、両手に力を入れて固く握った。
「テアさん、私は今日から店長ですから、そう呼んでくださいね」
「店長、了解しました」
「店長、こっちも完璧だ。開店が待ち遠しい」
「ミルコさん、お客さんが来てくれると嬉しいのだけど」
大型の商品を並べてくれているのは、テアの夫のミルコ。長年我が家で荷物運びや屋敷の修繕をしていたので、まだまだ筋肉は衰えていない。
テアとミルコ夫妻は長年ソルヴェーグ子爵家に仕えていた使用人で、私を心配した父が店員として寄越してくれた。五十歳を既に超えていて孫もいる二人だけど、私なんかよりもよほど役に立つぐらい勤勉に働いてくれる。今日無事開店できることになったのは、彼らのお陰だった。
父が用意してくれたのは、私の部屋より少し大きいぐらいのこじんまりした店だった。場所は平民の富裕層が住む住宅街に近い小さな商店街。父がここを選んだのは、騎士の屋敷が多く治安がいいからだった。貴族居住区の端に屋敷を構える低位の貴族も買い物に訪れる、品の良い商店街だけど、その代り客は決して多くない。
私はどきどきして開店を待つ。
初日から誰も来店しなかったらどうしようと心配になる。
開店時間が半時間後に迫った頃、半透明のガラスをはめたドアが暗くなった。客が来たけれど、開店前なのでドアを開けるのをためらっているらしい。
「いらっしゃいませ」
私がドアを開けると、そこには大きなツェーザルが立っていた。
「英雄広場へ行った帰りでして、ご報告したいこともありますし。あの、こんな時間にご迷惑ではないでしょうか?」
「もうすぐ開店の時間ですから大丈夫です。どうぞ、中へ。初めてのお客さんですね」
ツェーザルは私の店へ来てくれると言っていたけれど、それは社交辞令だと思っていたので、本当に来てくれて嬉しい。
ツェーザルは大きな体を屈ませて店内に入ってきた。
「色々な商品を置いているのですね。宝飾品から家具、武器もある」
店内を珍しそうに見渡していたツェーザルの目線が、細身の剣のところで止まった。
「良質な砂鉄が取れる地方で作られる剣です。細身ですがよく切れると評判で、達人になると大木も一太刀で斬ることができるらしいのです。また、剣身の美しさも目を見張るものがあります」
「手に取ってもいいですか?」
「もちろんです。鞘から抜いていただいてかまいません。二種類の鉄を打ち合わせているので美しい波紋ができるのです。ぜひ御覧ください」
ツェーザルは嬉しそうに柄と鞘を持ち、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「確かに見事な剣身だ。刃は研いでいないのだな」
ツェーザルは親指を刃に当てて確かめている。
「刃が鋭いと私達が扱うには危ないので研ぐ前の剣を置いています。初めてのお客様だから、お安くさせていただきますので、一本いかかですか?」
大きなツェーザルを見上げてにっこりと笑うと、ツェーザルが頷いてくれた。
「最初から値引きなんてしては駄目ですよ。支払えそうな客からはちゃんと取らないと」
「それでは、正規料金をいただきますね。お買い上げありがとうございます」
知り合い相手だけど、ちゃんと売ることができて嬉しい。早速テアが剣を受け取り、精算用の机に並べた。
「ここは王都ではあまり知られていない、地方領地の特産物を扱っている見本店なのですが、正規品はとても高価だけれど、傷があったり形が歪んだりして正規品として売ることができないものも扱っているのです。我がソルヴェーグ子爵領で採れる真珠は、球形ならばものすごい高価なのですが、形の歪なものは流通していません。高価な真珠を買えるのは裕福な貴族だけで、その人たちは真球に近いものを求めますから」
私はツェーザルをソルヴェーグ子爵領の棚まで連れてきた。少し歪な真珠を使った髪飾りや腕輪などが飾られている。
「中々綺麗なものですね。清楚でいて内から輝くように美しい」
感心したようにツェーザルが褒めてくれたので、自分が褒められたように嬉しくなってしまう。
「この辺りは高位貴族の屋敷で侍女をされている方や、騎士様、文官様がお住まいですから、高位貴族の方にも噂が届くかなと思っているのです」
「リタ嬢は本当に楽しそうですね」
「ええ、ここが私のお城ですから。地方の特産品が王都で評判にになってたくさん売れば、地方が潤いますしね。こんな私でも少しは国の役に立てるかなと思うのです」
「立派な心がけですね」
ツェーザルは笑いもせずに私の話を聞いてくれて、そんな優しい言葉をかけてくれるものだから、嬉し涙が出そうになった。
「そ、そんな。ツェーザル様のように国に貢献できませんし」
「武力だけでは国を守れません。貴女は貴族の役目を立派に果たしていると思いますよ」
それは私が一番望んでいた言葉かもしれない。ツェーザルは私の悩みを知らないはずなのに、こんなにも心に響く言葉をくれる。
「ありがとうございます」
泣き出さずにそう言うのが精一杯だった。
「そうそう、兄が指紋の件で陛下との謁見を許されました。司法局長も同席することになっています。先の戦乱で戦死した軍医とその息子による十年間の研究成果もありますから、貴族全員の指紋採取が認められる公算が大きいと思われます。エディトさんの無念は必ず晴らしましょう」
ツェーザルは剣の代金を支払い、テアにチップを渡して、『十日後にまた来ます』と言い残して店を後にした。
「店長、流石です。いい客を捕まえましたね。店長が勧めるものなら何でも買いそうですよね。あのごつい人」
少なくないチップをもらったテアは機嫌がすこぶるいい。
「幸先はいいわね。これから本当の開店よ。頑張りましょう!」
ツェーザルの言葉を思い出せば、私は頑張れるような気がした。
店員のテアが昨日届いた商品を棚に並べながら、感慨深そうに私の顔を見て、両手に力を入れて固く握った。
「テアさん、私は今日から店長ですから、そう呼んでくださいね」
「店長、了解しました」
「店長、こっちも完璧だ。開店が待ち遠しい」
「ミルコさん、お客さんが来てくれると嬉しいのだけど」
大型の商品を並べてくれているのは、テアの夫のミルコ。長年我が家で荷物運びや屋敷の修繕をしていたので、まだまだ筋肉は衰えていない。
テアとミルコ夫妻は長年ソルヴェーグ子爵家に仕えていた使用人で、私を心配した父が店員として寄越してくれた。五十歳を既に超えていて孫もいる二人だけど、私なんかよりもよほど役に立つぐらい勤勉に働いてくれる。今日無事開店できることになったのは、彼らのお陰だった。
父が用意してくれたのは、私の部屋より少し大きいぐらいのこじんまりした店だった。場所は平民の富裕層が住む住宅街に近い小さな商店街。父がここを選んだのは、騎士の屋敷が多く治安がいいからだった。貴族居住区の端に屋敷を構える低位の貴族も買い物に訪れる、品の良い商店街だけど、その代り客は決して多くない。
私はどきどきして開店を待つ。
初日から誰も来店しなかったらどうしようと心配になる。
開店時間が半時間後に迫った頃、半透明のガラスをはめたドアが暗くなった。客が来たけれど、開店前なのでドアを開けるのをためらっているらしい。
「いらっしゃいませ」
私がドアを開けると、そこには大きなツェーザルが立っていた。
「英雄広場へ行った帰りでして、ご報告したいこともありますし。あの、こんな時間にご迷惑ではないでしょうか?」
「もうすぐ開店の時間ですから大丈夫です。どうぞ、中へ。初めてのお客さんですね」
ツェーザルは私の店へ来てくれると言っていたけれど、それは社交辞令だと思っていたので、本当に来てくれて嬉しい。
ツェーザルは大きな体を屈ませて店内に入ってきた。
「色々な商品を置いているのですね。宝飾品から家具、武器もある」
店内を珍しそうに見渡していたツェーザルの目線が、細身の剣のところで止まった。
「良質な砂鉄が取れる地方で作られる剣です。細身ですがよく切れると評判で、達人になると大木も一太刀で斬ることができるらしいのです。また、剣身の美しさも目を見張るものがあります」
「手に取ってもいいですか?」
「もちろんです。鞘から抜いていただいてかまいません。二種類の鉄を打ち合わせているので美しい波紋ができるのです。ぜひ御覧ください」
ツェーザルは嬉しそうに柄と鞘を持ち、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「確かに見事な剣身だ。刃は研いでいないのだな」
ツェーザルは親指を刃に当てて確かめている。
「刃が鋭いと私達が扱うには危ないので研ぐ前の剣を置いています。初めてのお客様だから、お安くさせていただきますので、一本いかかですか?」
大きなツェーザルを見上げてにっこりと笑うと、ツェーザルが頷いてくれた。
「最初から値引きなんてしては駄目ですよ。支払えそうな客からはちゃんと取らないと」
「それでは、正規料金をいただきますね。お買い上げありがとうございます」
知り合い相手だけど、ちゃんと売ることができて嬉しい。早速テアが剣を受け取り、精算用の机に並べた。
「ここは王都ではあまり知られていない、地方領地の特産物を扱っている見本店なのですが、正規品はとても高価だけれど、傷があったり形が歪んだりして正規品として売ることができないものも扱っているのです。我がソルヴェーグ子爵領で採れる真珠は、球形ならばものすごい高価なのですが、形の歪なものは流通していません。高価な真珠を買えるのは裕福な貴族だけで、その人たちは真球に近いものを求めますから」
私はツェーザルをソルヴェーグ子爵領の棚まで連れてきた。少し歪な真珠を使った髪飾りや腕輪などが飾られている。
「中々綺麗なものですね。清楚でいて内から輝くように美しい」
感心したようにツェーザルが褒めてくれたので、自分が褒められたように嬉しくなってしまう。
「この辺りは高位貴族の屋敷で侍女をされている方や、騎士様、文官様がお住まいですから、高位貴族の方にも噂が届くかなと思っているのです」
「リタ嬢は本当に楽しそうですね」
「ええ、ここが私のお城ですから。地方の特産品が王都で評判にになってたくさん売れば、地方が潤いますしね。こんな私でも少しは国の役に立てるかなと思うのです」
「立派な心がけですね」
ツェーザルは笑いもせずに私の話を聞いてくれて、そんな優しい言葉をかけてくれるものだから、嬉し涙が出そうになった。
「そ、そんな。ツェーザル様のように国に貢献できませんし」
「武力だけでは国を守れません。貴女は貴族の役目を立派に果たしていると思いますよ」
それは私が一番望んでいた言葉かもしれない。ツェーザルは私の悩みを知らないはずなのに、こんなにも心に響く言葉をくれる。
「ありがとうございます」
泣き出さずにそう言うのが精一杯だった。
「そうそう、兄が指紋の件で陛下との謁見を許されました。司法局長も同席することになっています。先の戦乱で戦死した軍医とその息子による十年間の研究成果もありますから、貴族全員の指紋採取が認められる公算が大きいと思われます。エディトさんの無念は必ず晴らしましょう」
ツェーザルは剣の代金を支払い、テアにチップを渡して、『十日後にまた来ます』と言い残して店を後にした。
「店長、流石です。いい客を捕まえましたね。店長が勧めるものなら何でも買いそうですよね。あのごつい人」
少なくないチップをもらったテアは機嫌がすこぶるいい。
「幸先はいいわね。これから本当の開店よ。頑張りましょう!」
ツェーザルの言葉を思い出せば、私は頑張れるような気がした。
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