【R18】世界一醜い男の奴隷として生きていく

鈴元 香奈

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新しい生活

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「これは荷車だから乗せることはできない。一人で歩いてきたらいい。別に逃げてもかまわないけどね」
 ユーマはそう言うと、さっさと御者台に座って馬を走らせた。
 離宮の建物はかなり遠くにあるが、見えているのだから歩けない距離ではない。しかし、杏は気分が重くなかなか足が進まなかった。

 杏は驕っていたと気がついた。醜いと迫害されているような男性ならば、杏のことを女として求めるはずだと思っていた。
 性的な接触を持つかどうかは、杏の気持ち一つだと思っていた。
 勇馬と似た名を持つ男性は、広大な離宮に住み、毎日豊富な物資を差し入れられている王子様だった。庶民の杏などが手の届く人ではなかった。

 ため息を付きながら杏はのろのろと歩いていく。逃げ出せば確実に殺されるだろうから、ここにいる他ない。
 お菓子作り以外の家事はそれほど得意ではないが、対価に家事労働をして、食料と寝るところを与えてもらえるようユーマに頼んでみようと杏は思っていた。

 とぼとぼと歩いていても前進はしている。五百メートルほどの距離を歩くのに十分以上の時間を要したが、杏はなんとか離宮の玄関前に到着した。

 玄関前では黒い布をかぶったままのユーマが待っていた。既に荷車から荷物を降ろして屋敷の中に入れ終えている。
「なぜ禁戒の森に入るなどという馬鹿のことをした? 神の怒りを買うようなことがあれば、この国の民を巻き込む災害が起こるかもしれないのだぞ。大罪を犯したのに、私に媚びてまで生き延びようとするのだな。性奴隷にしてくれなどと、言っていて恥ずかしくないのか?」
 やっと到着した杏にユーマが言った。詰問するような声だけで、ユーマが不機嫌だとわかる。

 それを聞いて杏の目から涙が流れた。
 性奴隷になっても生き延びたいと思ったのは事実だが、そもそも死罪だというのが理不尽すぎて受け入れられないだけだ。それなのに、こんなに貶められなければならないのかと、杏はとても納得できない。

「私の意志ではないもの。トラックとぶつかって気がつけばあの森にいただけ。こんな国も禁戒の森のことも、私は何も知らないのに。それなのに殺すと言うから。誰だって性奴隷になんてなりたいはずないじゃない。好きな人だっていたのに」
 杏は悔しくて、悲しくて、立っていることができなくなりしゃがみ込んでしまった。嗚咽を止めることができない。涙と鼻水で汚れた顔を見せることが悔しくて、杏は頭を抱えたまま泣き続けた。
 ユーマは呆然とそんな杏を見ていた。

 杏は段々と腹が立ってきた。
 杏は袖で涙と鼻水を拭いて顔を上げユーマを睨む。
「わたしはこんな所に知らない間に連れてこられた被害者なのに、縛られて性奴隷か死罪か選べと言われて、仕方がないので性奴隷になると答えたら、恥かしくないのかと責めるのね。それならば、なぜ選択肢なんて与えたのよ。私を笑い者にしたくてこんなことをしているの。そんなに私のことが気に食わないのならば、さっさと殺せばいいのでしょう」
 杏は再び顔を下げて泣き始めた。死ぬことは怖くて震えているが、これ以上の屈辱に耐えられそうにもない。

「本当に自分で禁戒の森に入ったのではないのか?」
 ユーマがおずおずと尋ねた。杏に泣かれてどうしたらいいのかわからず、それでも杏がなぜ禁戒に森に入ったのかを確かめなければならないと思った。
「当たり前でしょう。入っただけで死罪になるような森に自分から入る訳ないじゃない。私はそれほど馬鹿ではないわ。どれだけ私のことを馬鹿にしているのよ」
 泣きながら杏は怒鳴る。どうせ殺されるのならば、言いたいことを全部言ってしまおうと思っていた。

「禁戒の森はとても豊かだ。高価な薬草や木の実が沢山採れる。一生遊んで暮らせるほどだ」
 ユーマの説明にも、杏は納得できない。
「命と引き換えにそんなものを欲しがるはずない。私は薬草のことなど知らないから、草と見分けもつかないし」
 そんな命の価値もわからない馬鹿だと思われて殺されるのか。これほど悔しいことはないと杏は思った。

 ユーマはそんな杏を見て、杏の言うことが本当か見極めようとしていた。

 
「本当に済まなかった。酷いことを言ってしまった。しかし、禁戒の森に入った者を断罪しなければならないのは事実だ。そうしなければ禁戒の森を守れないから。ここは贖罪の場所だから、ここにいる限り誰も君を殺したりしない」
 黒い布越しなのでユーマの顔は見えないが、声は本当に申し訳ないと思っているようだった。
 それでも、杏は立ち上がらない。

「二階は全て空き部屋だから、自由に使うといい。差し入れの荷物の中に、新しいシーツと女物の着替えがあった。食材もいつもより多く入っている。何も気にぜずここで自由に暮らせばいい」
 顔を上げた杏にユーマはそう言って、玄関のドアを開けた。杏を誘うように振り返ってからユーマは建物の中に入った。
 杏もなんとか立ち上がり後に続く。


 ドアを入ると広いホールになっていた。ゆるくカーブを描いた階段があり、ホールから直接二階に上がることができるようになっている。
「二階には部屋が六室ほどあるから、好きなところを使えばいい。掃除が行き届いているとは言えないけれど、たまには窓を開けて掃除をしているので、住むには問題ないはずだ。そこにシーツと着替えの入った籠がある。重ければ私が運ぶので言ってくれ」
 先程の不機嫌な声とは違い、とても優しそうな声でユーマは杏にそう言った。
「大丈夫です。重たければ何回かに分けて運びますから」
 いくらなんでも王子に荷物運びをさせる訳にはいかないと杏は思う。
 食材の入った箱の横に籠があった。それほど重たそうでもないので、杏は籠の持ち上げてみた。杏でも二階に運べるぐらいの重さだったので安心する。

「あの、私は本当にここに置いてもらえるのでしょうか?」
 杏は急な展開についていけないでいた。
「陛下が許可したのだから当然だ。一階には風呂も図書室もあるから自由に使うといい。風呂は私と共有だが、私が後で入って掃除をしておくから問題ないだろう。欲しいものがあれば近衛に伝えておけば手配してくれるから、気軽に言えばいい」
 ユーマは気兼ねしなくてもいいと杏に伝える。

「それでは、私はここで何をすればいいのですか?」
 王には性奴隷になれと言われた杏だったが、先程のこともあり杏からは言い出すことができないでいた。しかし、死刑に代わる刑罰なのだから、何もしなければ死刑にされてしまうかもしれない。
「君を性奴隷にするつもりはないから。何もしなくてもいい」

 杏は唇を噛んでいた。杏のことを『萎える』と言っていた勇馬と同級生の会話を思い出す。杏には女としての魅力はないのはよくわかったけれど、何もしないで殺されるのは嫌だった。
「それでは、家事をします。家事奴隷ということで手を打ちましょう。王様には奴隷にしたと伝えてくださいね」
 同じ奴隷なので、杏は何とか誤魔化せると思った。
 何もしなくていいと言おうとしたユーマだったが、杏の必死な様子に口を挟めず黙って頷いた。


「名前を教えてもらえるかな」
 しばらく無言で立っていた二人だったが、名前も知らないことに思い至ったユーマが申し訳なさそうに杏に訊いた。
「私は杏と言います。私は何とお呼びすればいいですか」
 杏は王子様を何と呼べばいいのか知らなかった。間違った呼称を使ってしまって怒らせて追い出されたら困る。奴隷らしくご主人様と呼ぶべきかと思ったけれど、それも抵抗があった。
「それではアン、私のことはユーマと呼んでくれたらしい」
「ユーマ様ですね。それではよろしくお願いいたします」
 杏はそう言って頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
 様は付けなくてもいいと思ったユーマだったが、杏はかごを持って二階へ上がって行った。


 杏はそれほど大きくはないと感じた建物だが、広い場所に建っていたのでそう思っただけで、内部はかなり広かった。二階にある六部屋を杏は全て確認したが、どの部屋も三十畳ほどの広さがある。
 奴隷の部屋ではないと思いながら、杏は窓の多い角部屋を選んだ。
 天蓋付きの大きなベッドが中央に置かれていて、まるでお姫様の部屋のようだ。
 ユーマが掃除をしていると言っていただけあって、埃もなくすぐに住めるようになっていた。
 杏は籠に入っていたシーツをベッドにかけて、着替えをチェストに入れていく。
 不安だらけだけれど、ここで生きていくしかない。そう杏は自分に言い聞かせた。



 一階に降りていくと、ユーマが待っていた。やはり黒い布をかぶっている。
 初めに案内された図書室は思った以上に広かった。杏の通っていた高校の図書室より大きいかもしれない。
「ここの本は自由に読んでいいから」
 ユーマがそう言うと、本好きの杏は嬉しそうに笑った。
 杏が一冊の本を手にとって開いてみると、知らない文字のはずなのに意味がわかる。
 やっと杏が笑ったので、無理やり禁戒の森に連れてこられたという杏を、ひどく傷つけたと気に病んでいたユーマは少し安心した。

 廊下に出たユーマは奥のドアを指差した。黒い手袋をしているが指は長くて美しいのではないかと杏は思う。そして、自分の太くて短い指を見る。まるで赤ちゃんの手みたいだと友達に言われていた。
「あそこが私の部屋だ。あの中ではこの布を外しているので決して入らないでほしい」
 ユーマはそう言った。人の部屋に入るつもりはないので杏は頷く。


 杏が次に連れて行かれたのは台所だった。
「魔法とかないのですか?」
 どう考えても現在の日本ではないはずなのに、言葉が通じ文字が読めるというという不思議な体験をした杏は、ここは魔法がある世界で、魔法で動作する便利なコンロやシャワーがあって、日本と変わりないような便利な暮らしができるのではないかと期待した。
「不思議な力を使えるのは神だけです。神力を封じた神器がいくつか残されていますが、王家の管理下にあり、禁戒の森を守るためのみに使われて、一般には使われていません」
 世の中それほど甘くないと杏は思った。

 燃料は薪で、ユーマが裏の森で木を切って調達している。屋敷の裏には何年も乾かしている丸太が大量に置かれていた。ユーマが乾いた丸太を斧で割って使いやすい太さの薪を作っている。
 水は森から引いているので、豊富に使うことができる。トイレも水洗式になっていた。
 洗濯物はまとめて近衛騎士に渡すと王宮で洗濯してくれるので、杏の仕事ではない。

 パンや卵、野菜などの食材は王宮から運んでもらっている。ユーマは裏の森で狩りや釣りをしたり、木の実の採取をしたりして暮らしていた。望めばそれらも王宮から運んでもらえるが、暇なユーマは自分で手に入れることを選択していた。

こうして、杏の新しい生活が始まった。
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