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プラントエイト
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このカフェで食事をとるのも、何回目かなとカインは思った。
クラシックな音楽が流れる店内には、五席のカウンター席と二人掛けのテーブル席が三つ。仕事前の腹ごしらえをするために立ち寄ったカインは、カウンター席に座り、仕事道具を入れた大きなリュックを背負っている。
ほどなく、店の奥からマスターが注文の品を持ってきた。バターと砂糖で焼いただけのクレープとコーヒー。仕事前はこれで十分だ。
「今日は『プラント・エイト』。でしたっけ」
マスターが空いたグラスを拭きながら、尋ねてきた。カインはクレープを小さく切って口に放り込む。合成粉末から作るクレープの味は、まだまだまずい。
「ですね。次は『プラント・ナイン』、『プラント・テン』……最終的に『プラント・フィフティーン』まで見てきます」
「『プラント・エイト』は小麦の予定ですね。栽培成功の暁には、更においしいクレープをお出ししましょう」
「楽しみにしてます」
カインはクレープを食べ終えて、コーヒーに口をつけた。香りからして、こちらは天然の豆から挽いたものだろう。おそらく「プラント・ワン」製だ。
カインは勘定を済ませると、無機質な銀色に染まったカフェのドアを開けた。
惑星イオタ。この惑星がカインの星の植民地となったのは、六十年前である。それまで長い間に渡って戦争をしていたのだが、決め手となったのはカインの星が行った人口政策だった。
人工受精によって、量産した受精卵をコンピューターの一括管理で成長させる。遺伝子操作から、肉体の成長、睡眠学習による知識と技術の習得までを高速で行うことで、役に立たない幼年期をなくし、戦力となる青年期を十分に生かす。
シマウマが生まれてすぐに走り出せるように、カインの星は人間が走り出せるまでの時間を短くしたのだ。かつての、人が生まれてからの十年間は、もはや一年足らずで済まされるようになった。今後、さらに時間は短縮されていくだろう。
カインも見た目は二十代前半の大人だが、受精から二年程度しか経っていない。培養カプセルから出て、すぐに惑星イオタに派遣された彼の初仕事は、各プラントの監視である。必要な情報はすべてカプセル内で頭に叩き込まれていた。
カインはカフェの外に出ると、右腕にはめた腕時計を左手でいじる。たちまち彼の全身は宇宙服に包まれた。彼の星とほぼ同じ重力と大気組成を持つ惑星イオタで、このように大仰な格好をするのは、プラントの監視員しかいない。そして、この宇宙服は職務に当たる監視員の、健康診断を行う機能もついている。
監視員用の宇宙服は、軽く収縮してカインの全身を圧迫し、診断結果を脳内に電気信号として送る。「運動不足のため、走るように」とのことだ。
頭上を駆け抜けていく、黄金色のジェットバスを忌々しそうに見送り、地面すれすれに浮かんで自分を追い抜いていったリニアスクーターたちを横目でにらみつけ、カインは宇宙服のランニングモードをオンにした。
宇宙服を通して、筋肉と神経に指令が伝わり、カインの意志は無視され、彼の体はこれ以上ない姿勢のよさで、三キロ離れた「プラント・エイト」目がけて走り始めたのだった。
宇宙服に取り付けられたペース調整システムにより、カインは疲れず休まずで「プラント・エイト」を目指す。惑星イオタの人工建造物は、景観の保護やジェットバスの運行に配慮して、五階を上回るものが存在しない。
ジェットバスのおかげで、歩道と車道の区別がない地上の公道は、リニアスクーターを除いて人通りがまばらだ。やがて、「プラント・エイト」のドームが見えてきた。
カインたちの星が惑星イオタを植民地とした理由は、増加した人口を賄う、食料の確保のため。とりわけ自然物の増産が目当てだ。長引く戦争は、庶民からぜいたくを奪ったが、餓死者を出さないために、カインの星では食料の再利用が徹底されていた。
ゴミや腐敗物などから抽出した合成粉末。彼の星ではこれで大半の食料が作成されていた。だが、その味は自然物に比べれば、大きく劣る。戦後、美味を求める余裕ができた人々により、惑星イオタのプランター化が進められた。
今、向かっている「プラント・エイト」はいよいよ最終調整が済むところだ。カインがこれから行う検査に合格すれば、晴れて正式なプラントとして、栽培が開始されることになっている。
「プラント・エイト」のドーム前。カインは出入り口のドアに暗証番号を打ち込み、何重にも設置された消毒チェック用のゲートをくぐり抜け、ドームの内部に入った。
消毒剤を充満させたドーム内の空気は、薄く緑がかっている。カインは背負っていたリュックの中からいくつかの部品を取り出し、手際よく組み立てていく。その形状は各種メーターをつけた、巨大な注射器だった。土壌が栽培に適したものになったかどうかを検査する機械だ。
カインは注射器を地面に刺し、検査結果が出るのを待ちながら、ドーム内を見回す。今でこそだだっ広い地面があるばかりだが、データによるとここは惑星イオタの地上戦でも最も激しい抵抗があった場所の一つらしい。
無数の広間を持つ詰所と運動のためのアリーナ。鉄棒やうんていなどの訓練用の機器。個人データの書類に、ネットワーク接続してある各種コンピューターなど、軍事基地としての機能を持っていたとのことだ。
カインは知らない。
かつて「プラント・エイト」にあったものが「学校」と呼ばれる建物であったこと。無数の広間は教室。アリーナは体育館。惑星イオタは、カインの星が忘れた「子供」を守り、育てていたこと。大人たちが子供たちを、ひいては惑星イオタの未来を守るために、学校を舞台に大立ち回りをしたこと。そしてむなしく敗れ去り、その死体が「プラント・エイト」の土壌の肥料となり、今まで消毒され続けていたことを、カインは知らない。
注射器のメーターが栽培可能を表示し、カインはその旨を、通信機にもなっている先ほどの腕時計に向かって報告する。
そして「プラント・エイト」を後にすると、次なるプラントに赴くために駆け出したのだった。
クラシックな音楽が流れる店内には、五席のカウンター席と二人掛けのテーブル席が三つ。仕事前の腹ごしらえをするために立ち寄ったカインは、カウンター席に座り、仕事道具を入れた大きなリュックを背負っている。
ほどなく、店の奥からマスターが注文の品を持ってきた。バターと砂糖で焼いただけのクレープとコーヒー。仕事前はこれで十分だ。
「今日は『プラント・エイト』。でしたっけ」
マスターが空いたグラスを拭きながら、尋ねてきた。カインはクレープを小さく切って口に放り込む。合成粉末から作るクレープの味は、まだまだまずい。
「ですね。次は『プラント・ナイン』、『プラント・テン』……最終的に『プラント・フィフティーン』まで見てきます」
「『プラント・エイト』は小麦の予定ですね。栽培成功の暁には、更においしいクレープをお出ししましょう」
「楽しみにしてます」
カインはクレープを食べ終えて、コーヒーに口をつけた。香りからして、こちらは天然の豆から挽いたものだろう。おそらく「プラント・ワン」製だ。
カインは勘定を済ませると、無機質な銀色に染まったカフェのドアを開けた。
惑星イオタ。この惑星がカインの星の植民地となったのは、六十年前である。それまで長い間に渡って戦争をしていたのだが、決め手となったのはカインの星が行った人口政策だった。
人工受精によって、量産した受精卵をコンピューターの一括管理で成長させる。遺伝子操作から、肉体の成長、睡眠学習による知識と技術の習得までを高速で行うことで、役に立たない幼年期をなくし、戦力となる青年期を十分に生かす。
シマウマが生まれてすぐに走り出せるように、カインの星は人間が走り出せるまでの時間を短くしたのだ。かつての、人が生まれてからの十年間は、もはや一年足らずで済まされるようになった。今後、さらに時間は短縮されていくだろう。
カインも見た目は二十代前半の大人だが、受精から二年程度しか経っていない。培養カプセルから出て、すぐに惑星イオタに派遣された彼の初仕事は、各プラントの監視である。必要な情報はすべてカプセル内で頭に叩き込まれていた。
カインはカフェの外に出ると、右腕にはめた腕時計を左手でいじる。たちまち彼の全身は宇宙服に包まれた。彼の星とほぼ同じ重力と大気組成を持つ惑星イオタで、このように大仰な格好をするのは、プラントの監視員しかいない。そして、この宇宙服は職務に当たる監視員の、健康診断を行う機能もついている。
監視員用の宇宙服は、軽く収縮してカインの全身を圧迫し、診断結果を脳内に電気信号として送る。「運動不足のため、走るように」とのことだ。
頭上を駆け抜けていく、黄金色のジェットバスを忌々しそうに見送り、地面すれすれに浮かんで自分を追い抜いていったリニアスクーターたちを横目でにらみつけ、カインは宇宙服のランニングモードをオンにした。
宇宙服を通して、筋肉と神経に指令が伝わり、カインの意志は無視され、彼の体はこれ以上ない姿勢のよさで、三キロ離れた「プラント・エイト」目がけて走り始めたのだった。
宇宙服に取り付けられたペース調整システムにより、カインは疲れず休まずで「プラント・エイト」を目指す。惑星イオタの人工建造物は、景観の保護やジェットバスの運行に配慮して、五階を上回るものが存在しない。
ジェットバスのおかげで、歩道と車道の区別がない地上の公道は、リニアスクーターを除いて人通りがまばらだ。やがて、「プラント・エイト」のドームが見えてきた。
カインたちの星が惑星イオタを植民地とした理由は、増加した人口を賄う、食料の確保のため。とりわけ自然物の増産が目当てだ。長引く戦争は、庶民からぜいたくを奪ったが、餓死者を出さないために、カインの星では食料の再利用が徹底されていた。
ゴミや腐敗物などから抽出した合成粉末。彼の星ではこれで大半の食料が作成されていた。だが、その味は自然物に比べれば、大きく劣る。戦後、美味を求める余裕ができた人々により、惑星イオタのプランター化が進められた。
今、向かっている「プラント・エイト」はいよいよ最終調整が済むところだ。カインがこれから行う検査に合格すれば、晴れて正式なプラントとして、栽培が開始されることになっている。
「プラント・エイト」のドーム前。カインは出入り口のドアに暗証番号を打ち込み、何重にも設置された消毒チェック用のゲートをくぐり抜け、ドームの内部に入った。
消毒剤を充満させたドーム内の空気は、薄く緑がかっている。カインは背負っていたリュックの中からいくつかの部品を取り出し、手際よく組み立てていく。その形状は各種メーターをつけた、巨大な注射器だった。土壌が栽培に適したものになったかどうかを検査する機械だ。
カインは注射器を地面に刺し、検査結果が出るのを待ちながら、ドーム内を見回す。今でこそだだっ広い地面があるばかりだが、データによるとここは惑星イオタの地上戦でも最も激しい抵抗があった場所の一つらしい。
無数の広間を持つ詰所と運動のためのアリーナ。鉄棒やうんていなどの訓練用の機器。個人データの書類に、ネットワーク接続してある各種コンピューターなど、軍事基地としての機能を持っていたとのことだ。
カインは知らない。
かつて「プラント・エイト」にあったものが「学校」と呼ばれる建物であったこと。無数の広間は教室。アリーナは体育館。惑星イオタは、カインの星が忘れた「子供」を守り、育てていたこと。大人たちが子供たちを、ひいては惑星イオタの未来を守るために、学校を舞台に大立ち回りをしたこと。そしてむなしく敗れ去り、その死体が「プラント・エイト」の土壌の肥料となり、今まで消毒され続けていたことを、カインは知らない。
注射器のメーターが栽培可能を表示し、カインはその旨を、通信機にもなっている先ほどの腕時計に向かって報告する。
そして「プラント・エイト」を後にすると、次なるプラントに赴くために駆け出したのだった。
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