19 / 45
EPISODE 5 むかしばなし
孤独と忘却
しおりを挟む
ウィンが近場の配送を任されるようになって、しばらく経つ。大体の業務は荷積みから輸送、顧客との顔合わせと荷降ろし、そして帰社。
彼女の一日がそれで終わる。毎日がその繰り返しであった。
「ふわぁ……」
宇宙を航行する輸送船。いつも通り、星々の間の暗闇を駆ける。今日も今日とで配達の業務。何回目の連勤だろうか。
徐々に疲れが溜まり、操縦中の欠伸の数が増えていた。視界が揺らぎ、目の前が一瞬暗くなる。
ウィンの意識が、ふと飛んだ。
「おうっ⁉」
大きなアラームが突如響いた。フロントガラスの前方、眼前に岩の塊が壁のように現れたのだ。
飛び跳ねるように動いたウィンの脚が運良くブレーキを踏む。
「ひっ‼ひいぃ‼」
思いっきり上体を捻ったのが功を奏した。握った操縦桿が回転する。近付いたデブリを撫でるように、掠めるようにウィンの乗った輸送船は軌道を変えていく。
アラームは止んだ。衝突を間一髪のところで免れたのだ。九死に一生を得る。
「はあっ、はあっ、はぁ……」
しかし、鼓動は止まらなかった。それどころか激しく、寒気すら覚えるほどに細かく心臓が震えるのを感じた。
ウィンは不規則な呼吸により乱れていく視界のまま、周囲の安全を確認する。一つ、ひとつ、輸送船停止の手順を踏む。加速装置から青色の炎を何度か間欠的に噴射し、いよいよ輸送船は止まった。
「あ、ああ」
死ぬかと、思った。油断していた。もし、反応が遅れていたら。
私は。
操縦席で蹲り、頭を抱えた。頭痛がする。ガンガンと頭の中で思考と感覚が七転八倒している。
息苦しさから逃れたくて、顔を上げた。
「うぁ、ひっ」
眼の前に広がるは真っ暗な世界。銀河、惑星、星屑。美しい物が浮かぶ暗黒。
この中に消える。消えてしまって。そう考えた瞬間。
息を呑み。迫り上がる不安。喉まで昇る、恐怖。
「うわあぁぁぁぁっ‼」
慟哭。
広がる無限の暗闇の中で、ただ一つになってしまう感覚。
いや、違う。限りのない零に近付く感覚。
彼女は、広大な宇宙でそれを覚えた。
孤独――。それはホシワタリの一匹を狂わせるには充分過ぎる要素であった。
気分が落ち着いた頃、彼女は輸送船のエンジンを再起動させた。会社に戻るまでは、フロントガラス越しの宇宙とサイドモニター、ナビやレーダーを注視し続けていた。
バラックに輸送船を停め、業務日報を記載し、タイムカードを打刻して帰った。彼女にしては早い帰宅であった。
「ただいま」
部屋に声が反響する。一人きりの家は普段とは違い、寂しく感じられた。いつもの風景が違って見える。安心できる空間だと思っていた自身の部屋すら、不安定なものに思えた。
堪らずウィンは整えられていない布団に包まり、ただ身を固くして丸まった。
「大丈夫、大丈夫……」
震えを抑えるために呟き続けた。そうでもしないと、どうしようもない孤独感に攫われてしまいそうだったから。
攫われるから、孤独になるのか?何に攫われる?
「……う」
何か、答えを得ようとした時に睡魔が襲ってきた。彼女はそれに寄りかかり、身を任せる。
また無事に明日を迎えるために。
「よし」
会社の倉庫で荷物の整理、久々に輸送船に乗らない業務を任された。
昨日のような思いは懲り懲りだ。次は気を付けよう。ウィンは切り替えて仕事に臨む。
彼女の背後から声がした。
「先、休憩入るから。あとよろしく」
「あ、うん。分かった」
一緒に仕事をしていた同期に返事をする。遠ざかる足音。
ウィンは倉庫の中で一人になる。そして思い出す。
孤独感を。あの言いしれぬ恐ろしさを。
「大丈夫、大丈夫」
平静を装って、今日も乗り越えれば良い。そうすれば、いつか。
「忘れ……」
答えを得た。
忘れられる。他の人の記憶から消えるから、孤独に近付く。
「な……、なんで」
そして彼女は気付く。行方不明になった社員のことを、自身がとうに忘れてしまっていたことに。
初めて眼の前からいなくなった人の顔は、既に記憶の中でぼやけていた。水底に沈んだ物体を眺め見たように。
そして、もう一つ気付く。
――慕っていた先輩の声を、しばらく聞いていないことに。彼は、今どこに。
「ん?ああ、事故に遭ったあの人のこと?」
休憩時間の入れ違いざま、ウィンは魚頭の先輩の末路を聞いた。磁気嵐に巻き込まれ、消息不明だと聞かされた。
「まぁ、アンタも気を付けな」
同期はウィンの肩を叩き、倉庫の業務へ戻った。立ち尽くしたホシワタリは額に手を当てる。妙に頭が冷えているような感覚が襲った。
「私は、そんなに忘れてて……」
仕事が忙しかった。生活が大変だった。輸送船で怖い思いをした。
だからといって、世話になった人のことを忘れるほどに自身は薄情だったのか?
自己嫌悪。そして。
「私もいつか」
忘れられてしまうのか――。
そこから彼女は擦り切れていった。
星、銀河、宇宙。その枠組みの中で生きる者は如何に小さなものだろうかと。
なおかつ、形成不全のホシワタリ。流れ者、失敗作。それがどれほどの意味を持つか。
その存在が失われても、微々たる変化を世に与えない。自身は無価値であり、自身の意志もまた世界に寄与しない。
ならば、この世界の事象、あらゆるものに、無関心が正答肢。傷付かず、傷付けずに済むから。
愛着など、抱かない方が良い。
その先には苦痛があるから。別れという苦痛。
さらに先には忘却という鈍麻に似た悲しさが。
忘れられるからこそ生き続けられるのかもしれないが。
「私は……」
そんな自分が嫌いだった。
そのような考え方に、一度でも至ってしまった自身が。
世界が私に関心がないのなら、忘れられてしまうなら。私もまた、世界に関心を持たなければ良い。
世界に関わることを諦めてしまった自分自身が。
嫌いになった。
彼女の一日がそれで終わる。毎日がその繰り返しであった。
「ふわぁ……」
宇宙を航行する輸送船。いつも通り、星々の間の暗闇を駆ける。今日も今日とで配達の業務。何回目の連勤だろうか。
徐々に疲れが溜まり、操縦中の欠伸の数が増えていた。視界が揺らぎ、目の前が一瞬暗くなる。
ウィンの意識が、ふと飛んだ。
「おうっ⁉」
大きなアラームが突如響いた。フロントガラスの前方、眼前に岩の塊が壁のように現れたのだ。
飛び跳ねるように動いたウィンの脚が運良くブレーキを踏む。
「ひっ‼ひいぃ‼」
思いっきり上体を捻ったのが功を奏した。握った操縦桿が回転する。近付いたデブリを撫でるように、掠めるようにウィンの乗った輸送船は軌道を変えていく。
アラームは止んだ。衝突を間一髪のところで免れたのだ。九死に一生を得る。
「はあっ、はあっ、はぁ……」
しかし、鼓動は止まらなかった。それどころか激しく、寒気すら覚えるほどに細かく心臓が震えるのを感じた。
ウィンは不規則な呼吸により乱れていく視界のまま、周囲の安全を確認する。一つ、ひとつ、輸送船停止の手順を踏む。加速装置から青色の炎を何度か間欠的に噴射し、いよいよ輸送船は止まった。
「あ、ああ」
死ぬかと、思った。油断していた。もし、反応が遅れていたら。
私は。
操縦席で蹲り、頭を抱えた。頭痛がする。ガンガンと頭の中で思考と感覚が七転八倒している。
息苦しさから逃れたくて、顔を上げた。
「うぁ、ひっ」
眼の前に広がるは真っ暗な世界。銀河、惑星、星屑。美しい物が浮かぶ暗黒。
この中に消える。消えてしまって。そう考えた瞬間。
息を呑み。迫り上がる不安。喉まで昇る、恐怖。
「うわあぁぁぁぁっ‼」
慟哭。
広がる無限の暗闇の中で、ただ一つになってしまう感覚。
いや、違う。限りのない零に近付く感覚。
彼女は、広大な宇宙でそれを覚えた。
孤独――。それはホシワタリの一匹を狂わせるには充分過ぎる要素であった。
気分が落ち着いた頃、彼女は輸送船のエンジンを再起動させた。会社に戻るまでは、フロントガラス越しの宇宙とサイドモニター、ナビやレーダーを注視し続けていた。
バラックに輸送船を停め、業務日報を記載し、タイムカードを打刻して帰った。彼女にしては早い帰宅であった。
「ただいま」
部屋に声が反響する。一人きりの家は普段とは違い、寂しく感じられた。いつもの風景が違って見える。安心できる空間だと思っていた自身の部屋すら、不安定なものに思えた。
堪らずウィンは整えられていない布団に包まり、ただ身を固くして丸まった。
「大丈夫、大丈夫……」
震えを抑えるために呟き続けた。そうでもしないと、どうしようもない孤独感に攫われてしまいそうだったから。
攫われるから、孤独になるのか?何に攫われる?
「……う」
何か、答えを得ようとした時に睡魔が襲ってきた。彼女はそれに寄りかかり、身を任せる。
また無事に明日を迎えるために。
「よし」
会社の倉庫で荷物の整理、久々に輸送船に乗らない業務を任された。
昨日のような思いは懲り懲りだ。次は気を付けよう。ウィンは切り替えて仕事に臨む。
彼女の背後から声がした。
「先、休憩入るから。あとよろしく」
「あ、うん。分かった」
一緒に仕事をしていた同期に返事をする。遠ざかる足音。
ウィンは倉庫の中で一人になる。そして思い出す。
孤独感を。あの言いしれぬ恐ろしさを。
「大丈夫、大丈夫」
平静を装って、今日も乗り越えれば良い。そうすれば、いつか。
「忘れ……」
答えを得た。
忘れられる。他の人の記憶から消えるから、孤独に近付く。
「な……、なんで」
そして彼女は気付く。行方不明になった社員のことを、自身がとうに忘れてしまっていたことに。
初めて眼の前からいなくなった人の顔は、既に記憶の中でぼやけていた。水底に沈んだ物体を眺め見たように。
そして、もう一つ気付く。
――慕っていた先輩の声を、しばらく聞いていないことに。彼は、今どこに。
「ん?ああ、事故に遭ったあの人のこと?」
休憩時間の入れ違いざま、ウィンは魚頭の先輩の末路を聞いた。磁気嵐に巻き込まれ、消息不明だと聞かされた。
「まぁ、アンタも気を付けな」
同期はウィンの肩を叩き、倉庫の業務へ戻った。立ち尽くしたホシワタリは額に手を当てる。妙に頭が冷えているような感覚が襲った。
「私は、そんなに忘れてて……」
仕事が忙しかった。生活が大変だった。輸送船で怖い思いをした。
だからといって、世話になった人のことを忘れるほどに自身は薄情だったのか?
自己嫌悪。そして。
「私もいつか」
忘れられてしまうのか――。
そこから彼女は擦り切れていった。
星、銀河、宇宙。その枠組みの中で生きる者は如何に小さなものだろうかと。
なおかつ、形成不全のホシワタリ。流れ者、失敗作。それがどれほどの意味を持つか。
その存在が失われても、微々たる変化を世に与えない。自身は無価値であり、自身の意志もまた世界に寄与しない。
ならば、この世界の事象、あらゆるものに、無関心が正答肢。傷付かず、傷付けずに済むから。
愛着など、抱かない方が良い。
その先には苦痛があるから。別れという苦痛。
さらに先には忘却という鈍麻に似た悲しさが。
忘れられるからこそ生き続けられるのかもしれないが。
「私は……」
そんな自分が嫌いだった。
そのような考え方に、一度でも至ってしまった自身が。
世界が私に関心がないのなら、忘れられてしまうなら。私もまた、世界に関心を持たなければ良い。
世界に関わることを諦めてしまった自分自身が。
嫌いになった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる