【完結済み】Re:B earth

藤林 緑

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EPISODE 5  むかしばなし

孤独と忘却

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 ウィンが近場の配送を任されるようになって、しばらく経つ。大体の業務は荷積みから輸送、顧客との顔合わせと荷降ろし、そして帰社。
 彼女の一日がそれで終わる。毎日がその繰り返しであった。
「ふわぁ……」
 宇宙を航行する輸送船。いつも通り、星々の間の暗闇を駆ける。今日も今日とで配達の業務。何回目の連勤だろうか。
 徐々に疲れが溜まり、操縦中の欠伸の数が増えていた。視界が揺らぎ、目の前が一瞬暗くなる。
 ウィンの意識が、ふと飛んだ。
「おうっ⁉」
 大きなアラームが突如響いた。フロントガラスの前方、眼前に岩の塊が壁のように現れたのだ。
 飛び跳ねるように動いたウィンの脚が運良くブレーキを踏む。
「ひっ‼ひいぃ‼」
 思いっきり上体を捻ったのが功を奏した。握った操縦桿が回転する。近付いたデブリを撫でるように、掠めるようにウィンの乗った輸送船は軌道を変えていく。
 アラームは止んだ。衝突を間一髪のところで免れたのだ。九死に一生を得る。
「はあっ、はあっ、はぁ……」
 しかし、鼓動は止まらなかった。それどころか激しく、寒気すら覚えるほどに細かく心臓が震えるのを感じた。
 ウィンは不規則な呼吸により乱れていく視界のまま、周囲の安全を確認する。一つ、ひとつ、輸送船停止の手順を踏む。加速装置から青色の炎を何度か間欠的に噴射し、いよいよ輸送船は止まった。
「あ、ああ」
 死ぬかと、思った。油断していた。もし、反応が遅れていたら。
 私は。
 操縦席で蹲り、頭を抱えた。頭痛がする。ガンガンと頭の中で思考と感覚が七転八倒している。
 息苦しさから逃れたくて、顔を上げた。
「うぁ、ひっ」
 眼の前に広がるは真っ暗な世界。銀河、惑星、星屑。美しい物が浮かぶ暗黒。
 この中に消える。消えてしまって。そう考えた瞬間。
 息を呑み。迫り上がる不安。喉まで昇る、恐怖。
「うわあぁぁぁぁっ‼」
 慟哭。
 広がる無限の暗闇の中で、ただ一つになってしまう感覚。
 いや、違う。限りのない零に近付く感覚。
 彼女は、広大な宇宙でそれを覚えた。
 孤独――。それはホシワタリの一匹を狂わせるには充分過ぎる要素であった。


 気分が落ち着いた頃、彼女は輸送船のエンジンを再起動させた。会社に戻るまでは、フロントガラス越しの宇宙とサイドモニター、ナビやレーダーを注視し続けていた。
 バラックに輸送船を停め、業務日報を記載し、タイムカードを打刻して帰った。彼女にしては早い帰宅であった。
「ただいま」
 部屋に声が反響する。一人きりの家は普段とは違い、寂しく感じられた。いつもの風景が違って見える。安心できる空間だと思っていた自身の部屋すら、不安定なものに思えた。
 堪らずウィンは整えられていない布団に包まり、ただ身を固くして丸まった。
「大丈夫、大丈夫……」
 震えを抑えるために呟き続けた。そうでもしないと、どうしようもない孤独感に攫われてしまいそうだったから。
 攫われるから、孤独になるのか?何に攫われる?
「……う」
 何か、答えを得ようとした時に睡魔が襲ってきた。彼女はそれに寄りかかり、身を任せる。
 また無事に明日を迎えるために。


「よし」
 会社の倉庫で荷物の整理、久々に輸送船に乗らない業務を任された。
 昨日のような思いは懲り懲りだ。次は気を付けよう。ウィンは切り替えて仕事に臨む。
 彼女の背後から声がした。
「先、休憩入るから。あとよろしく」
「あ、うん。分かった」
 一緒に仕事をしていた同期に返事をする。遠ざかる足音。
 ウィンは倉庫の中で一人になる。そして思い出す。
 孤独感を。あの言いしれぬ恐ろしさを。
「大丈夫、大丈夫」
 平静を装って、今日も乗り越えれば良い。そうすれば、いつか。
「忘れ……」
 答えを得た。
 忘れられる。他の人の記憶から消えるから、孤独に近付く。
「な……、なんで」
 そして彼女は気付く。行方不明になった社員のことを、自身がとうに忘れてしまっていたことに。
 初めて眼の前からいなくなった人の顔は、既に記憶の中でぼやけていた。水底に沈んだ物体を眺め見たように。
 そして、もう一つ気付く。
 ――慕っていた先輩の声を、しばらく聞いていないことに。彼は、今どこに。

「ん?ああ、事故に遭ったあの人のこと?」
 休憩時間の入れ違いざま、ウィンは魚頭の先輩の末路を聞いた。磁気嵐に巻き込まれ、消息不明だと聞かされた。
「まぁ、アンタも気を付けな」
 同期はウィンの肩を叩き、倉庫の業務へ戻った。立ち尽くしたホシワタリは額に手を当てる。妙に頭が冷えているような感覚が襲った。 
「私は、そんなに忘れてて……」
 仕事が忙しかった。生活が大変だった。輸送船で怖い思いをした。
 だからといって、世話になった人のことを忘れるほどに自身は薄情だったのか?
 自己嫌悪。そして。
「私もいつか」
 忘れられてしまうのか――。


 そこから彼女は擦り切れていった。
 星、銀河、宇宙。その枠組みの中で生きる者は如何に小さなものだろうかと。
 なおかつ、形成不全のホシワタリ。流れ者、失敗作。それがどれほどの意味を持つか。
 その存在が失われても、微々たる変化を世に与えない。自身は無価値であり、自身の意志もまた世界に寄与しない。
 ならば、この世界の事象、あらゆるものに、無関心が正答肢。傷付かず、傷付けずに済むから。
 愛着など、抱かない方が良い。
 その先には苦痛があるから。別れという苦痛。
 さらに先には忘却という鈍麻に似た悲しさが。
 忘れられるからこそ生き続けられるのかもしれないが。
「私は……」
 そんな自分が嫌いだった。
 そのような考え方に、一度でも至ってしまった自身が。
 世界が私に関心がないのなら、忘れられてしまうなら。私もまた、世界に関心を持たなければ良い。
 世界に関わることを諦めてしまった自分自身が。
 嫌いになった。
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