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第一章 悩める大人たちの狂騒曲
貴族嫌いの侍女は、彼らの絶望を笑わない(1)
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マリーは、大きな皮のトランクを片手に足元の悪いけもの道をたどって、魔法石採掘跡の坑道入り口に立った。人の気配は感じない。だが、坑道の奥から、微かに薬草を調合する独特の匂いがした。情報によるとドラグーンの領民は、この魔法石採掘跡を寝床にして暮らしているという。中は迷路のように入り組んでいて、入り口・出口は一つだけだというが、マリーはその情報を鵜呑みにはしていない。なぜなら、情報元の男は盗賊に捕まってひどい仕打ちを受けた、命があったのは奇跡だと話したからだ。
(…盗賊はお前の方だろう)
そう思いながら、男に銀貨三枚を渡して酒場を出ると、すぐにごろつきが絡んできた。ニヤニヤしながら、大の男が三人、マリーを囲んで親切ごかしにどこから来たとか、ここいらは治安が悪いから宿まで送ろうなどと言っている。夕方とはいえ、まだ明るい。気の毒そうな視線は投げても助ける気のない人々。マリーがご心配なくと素っ気なくあしらえば、男たちは本性をむき出しにして、そうはいくかと彼女のトランクに手を伸ばした。その瞬間、宙を舞ったのは男三人。マリーが酒屋の入り口に目をやれば、情報提供者が慌てたように顔をひっこめる。マリーはやはりなと思いながら、何事もなく立ち去った。
そして、昨日の今日でドラグーンの魔法石採掘跡の坑道入り口に立っている。三十分ほど、そこに立っていると、にわかに人が近づいてきて物陰から様子をうかがっているのを感じた。そして、坑道の奥から誰だと問う男の声がした。
「わたしはルーシェ・アリスベルガー子爵令嬢の侍女、マリーです」
ほんの少しの間をおいて、帰れと呆れた様な声がした。だが、マリーはその声を無視して、坑道の中へ入ろうとした。そのとき、物陰に潜んでいた者たちが、彼女を侮蔑と嫌悪の目で睨み付けながら姿を現した。ボロボロの服を着た老人や女子供が、手に棒や石を持って威嚇するように立っている。それ以上、進めば容赦なくたたき殺すと言わんばかりの形相だが、マリーは気にも留めずに足をすすめた。案の定、四方から石や棒とともに帰れという怒号が飛んできた。マリーは、石も棒もよけずに坑道の入り口を見据えて立っていたが、ものの五分と経たないうちにあたりは静まり返った。マリーの額から血が流れ落ちていく。まるで、汗が流れているのを放っておくような無頓着さで、また一歩、入口へと足をすすめた。すると、坑道から目つきの悪い壮年の男が桶を手にして出てくるなり、マリーに桶の中の汚れた水を思い切りぶちまけた。
「…帰る気になったかね。お嬢ちゃん」
「いいえ、むしろお水をありがとうございます。血をふく手間が省けました」
「たいした根性だな…そうまでして、いったい何の用だ?」
「ドラグーンの領民を観察しに来ただけです」
「ほう…なぜ観察する必要がある?」
「お嬢様に危害を加えるような存在であれば、全滅させてしまおうと思いまして」
そこでようやくマリーは、笑った。男は背筋に寒いものを感じた。
(この女…どこまで本気だ?それとも、ただの狂人か?)
「…好きにしろ」
男はそう言って坑道の中へと姿を消した。マリーはありがとうございますと深々と頭をさげて、中に入った。
「あの女…人間なの?」
震える声で誰かが言った。
「人間じゃなきゃ、警備隊の兄ちゃんたちが殺してくれる。人間だとしても敵だ」
答えた声も戸惑いを隠せず、怒号を発したときほどの力はない。
「…俺たちにはキラ先生がいる。心配ないよ。それに坑内は、迷路だ。迷子になって勝手に死ぬさ」
誰もがそうあってほしいと願ったのは、事実だった。
マリーが坑内に入ると男の姿はすでになかった。案内がなければ、迷子になって領民と会うこともないだろうと男は思っていた。だが、マリーは濡れた髪や服を魔法で元通りにすると、迷いのない足取りで奥へと進む。そして、程なく彼らの生活拠点にたどりつく。領民は凍り付いたように、彼女を見た。男も表情こそ、崩さないものの、驚愕で身震いした。マリーは、無言で深く頭を下げて一礼すると、近くの暗い横穴に入って行った。
「先生…ありゃ、人間か?」
「わからん…一応、警備隊に来てもらった方がいいかもしれないな」
「わかった!俺、呼んでくる」
小さな男の子が、立ち上がると、先生と呼ばれた男はちょっと待てといい、何かをメモして子供に渡した。子供は、それを持ってマリーとは別の横穴に駆け込んでいった。
マリーは、坑道の壁に小さくくぼんだ場所を見つけるとトランクをあけて、透明な空の瓶を取り出した。そして、何かの液体と石をその中にいれて、軽く振ると、瓶はランタンのように明るく輝いた。マリーは、壁のくぼみにそれを置いて、地面に布を敷いた。それから、トランクの中から何かの道具をだすとトランクに鍵をかけて、来た道を戻り、外に出て行った。彼女が出かけてから、十分ぐらいで少年は、警備隊員を一人連れてきた。今年入隊したばかりの新人のマルクだ。
「あの…何があったんですか?」
「なんだ…またお前か」
老人はあからさまに舌打ちをした。
「…まったくいつになったら他の人と交代してくれるんかのぉ」
マルクは、大きな体を精一杯小さくして、すみませんと謝った。老人は、そんなマルクをよそ目に、子供に聞いた。
「班長たちはいなかったのか?ジェド」
「うん。いなかった」
「すみません。今日も僕が窓口の当番で、みんなは仕事に出ています…」
老人は仕方ないなとため息をついたが、先生と呼ばれている男は、不法侵入者だと言って、マリーの入った横穴を指さす。
「さっきどこかへ出かけたようだがな。危険なものを持ち込んでないか、一応、確認して班長に報告していてくれるか?」
マルクは、はいといって横穴へ入った。入り口からは暗く見えた横穴だったが、ほんの少し先はひどく明るい。坑道で暮らす領民の生活圏の明かりでも、もう少し暗い。不思議に思いながら、進むと、地面にはシーツくらいの薄い布が敷いてあった。四隅に赤い糸で刺繍がされていたので、マルクは、メモ帳を取り出して図案を描きとる。それから、光源を確認すると透明の広口瓶の中で、何かが発光しているがモノがわからないので触れない。最後に、足元の大きな皮のトランクをあけようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。マルクは、ため息をはいてトランクを持ち去る決意をした。領民が不法侵入だという以上、荷物を改めなければならない。だが、トランクに手を伸ばして持ち上げようとしたが、ビクともしない。マルクは、首を傾げつつも何とか持ち上げようとしたが、トランクは一ミリも動かなかった。さすがに、力持ちが唯一の取柄のマルクでも数分格闘してもどうにもならないと悟った。仕方なく、班長たちの帰りを待って報告し、誰かにもう一度ここへ来てもらうしかないと思った。
(本当に僕は役立たずだな…)
小さいころから体が大きいことと、力持ちであることが彼の取柄で他のことは、どうしてもうまくできない。魔力も強くないから、ここでは魔物狩りには参加できず、領民の窓口当番や雑用ばかり。警備隊に入った理由も、唯一の取柄をいかして、少しでも自分に自信を持てるようにと祖母がすすめてくれたからだ。だが、入隊してすぐにここに配属されてから、その取柄さえも、たいしたことではないと知った。同期で、王立魔法学院を卒業後、ここへ志願したギルバートは、小柄で魔力も強くないが魔物狩りに参加している。ただ、誰もマルクを悪く言わないし、班長はまずできることからやっていけばいいさと優しく笑ってくれる。そして、ときどき、時間ができると個人的に体術の指導もしてくれる。だが、新しい領主が来ると聞いた日から、ぱたりとそれはなくなった。班長は、すまん、しばらく練習はなしだと頭を下げてくれた。マルクは大きな体をできる限り縮めて、先生と呼ばれる男に、不法侵入者の特徴を聞くと、領民に会釈したあと、隊舎へ戻った。
「じいちゃん」
「なんだ?ジェド」
「マルクいじめるな。あいつ、いいやつだぞ!俺と遊んでくれるんだぞ!肩車して木の実とるの手伝ってくれるんだぞ!」
「ジェド…」
「また、いじめたら、俺、もう帰ってこないからな!」
「わかったよ…じいちゃんが悪かった」
「じゃあ、今度、マルクが来たらごめんなさいだぞ」
老人は、子供にせがまれて指切りをする。次に彼が来るころには、孫がそのことを忘れてくれればいいと思っていた。
マルクが隊舎に戻ると、魔物狩りに出ていた隊員たちも戻っていた。すぐに班長を見つけ出して、不法侵入者についての報告をした。そして、メモ帳に記した刺繍の図案も見せる。
「!」
班長は目を見張り、しばらく固まっていた。その様子に、ほかの班長たちが首を傾げつつ、側によってきてメモ帳をのぞき込むとみんな同じような状態になった。
「あの…」
マルクが困惑して声をかけると、全員がハッとしてお互いの顔を突き合わせる。
「まさか?」
「いや、特徴が違う。なにより<お嬢様に危害が加えるなら、全滅させる>なんてこと、ご本人が言うはずはない」
「同胞か?そんな過激なこと言うやついたか?」
全員が、そう言った本人でさえ、ないなとつぶやく。マルクには何のことを話しているのかさっぱりわからない。
「どうする。全員で行くか?」
「いや、そういうわけにはいかんだろう。また増えてるしな…」
「じゃ、マルクが報告してきたんだから、俺が行く」
「えーそれずるくねぇ?」
「別にずるくないだろう?」
「けど、侍女だっていうんだから子爵家の関係者だぜ?」
「それにしたって、全滅させるはないだろ?」
全員がそこに引っかかっているらしい。結局、一旦風呂に入ってから、再協議だということになったようだ。
「マルク」
「あ、はい」
「お前、明日からギルバートと交代な。魔物狩りに連れてくから、スケッチブックと鉛筆用意しとけ」
「え?何でですか?」
「おまえさ、こういう才能は隠すなよ。勿体ない」
そう言って、班長はメモ帳を指す。刺繍の図案だ。それが何だというのだろう。
「…お前は戦うんじゃなくて、魔物をスケッチしろ。あと、特性を絵の周りに書き込め。いいな?」
「はあ…でも、ギルと交代していいんですか?」
「うん、あいつ、今、調子崩してんだ。できるだけ、後方支援に回してたんだけど…それもそろそろ限界だし、休ませるつもりでいたんだよ。けどあいつのことだから、仕事休むのは嫌がるだろうし…。お前の仕事もたいがい大変だが、魔力の消耗はほとんどないし、領民と交流するいい機会にもなるからさ。交代してくれ。なっ、頼むよ」
そう言われて、マルクは戸惑いながらも素直に頷いた。
(僕が魔物をスケッチして…それで…どんな役に立てるんだろう?それに、ギルは僕と交代なんて嫌がるんじゃないのか?)
そう思いながら、昼食をとるために食堂に行く。メニューはない。その日、使える材料を二人の料理人が協力して作っているが、量も味も十分だった。
マルクは料理の名前はわからないが、うまそうないい匂いのするスープとベーコンの塊がごろごろ転がるほど入っている野菜炒め、パンの乗ったトレーを持って、いつものように隅っこで食事を始めた。そこへ、風呂上りでさっぱりした顔のギルバートがやってきて当然のように彼の隣に座った。
「…マルク」
落ち込んだような声。班長に交代を命じられたのだろう。そう思ったマルクは、さすがに凹んで、なんと声をかけたらいいのかと困ってしまった。だが、顔を上げたギルバートは、満面の笑みである。
「いや~すっげぇ助かった。マジ、助かった。俺、このままだと死ぬなぁって思ってたからさ」
「あ?え?」
「聞いてない?交代の話」
「いや、聞いたけど…」
「なに?その不安そうな顔…まあ、初めてだから不安はあるだろうけどさ」
「いや、そうじゃなくて…」
「あ、俺の心配してくれてんの?お前、ほんといい奴だな!ま、俺もお前の仕事量をこなせるかというと、かなり不安はあるけどさ。班長はできる範囲でいいつうから、大丈夫だぜ」
ギルバートは、親指を立てて笑う。そして、お前も頑張れよと言う。
「それにしても、絵が描けるとか凄いぜ。マルク」
「僕は見た物をそのまま描いただけで…別に…」
「何言ってんだよ。それこそが才能ってもんだろう。見たままを描けるなんてさ」
そうだろうかと疑問に思いながらも、励ましてくれる友人のためにも、頑張ろうと思った。
それから、食事を終えたマルクは、風呂場の裏手に回って、薪わりをした。いつもより多めにわっておく。それから、干していた薬草の乾き具合をみて、回収し、小さな袋に詰める。これを風呂に入れると疲労をとり、魔力を回復させ効果があり、隊員たちは魔物狩りの後の風呂をいつも楽しみにしていた。薬草は先生と呼ばれている男が採取したものを、事務局で働く子供たちが持ってきてくれる。以前は、子供たちが乾燥や袋詰めをしていたが、事務仕事をしながら、勉強もして、大変だろうからとマルクが請け負った。最初、子供たちは戸惑っていたようだが、室長という人が『人を頼ることも大事なことですよ』と彼女たちに言ったらしく、マルクの提案を受け入れてくれた。今では、少女たちがマルクを見つけると、駆け寄ってきて薬草や袋は足りてるか聞いたり、こっそり、おやつにもらった飴をくれたりする。
領民の大人たちには、あまり好かれていないと感じるマルクだったので、子供たちが笑ってくれると、それだけで結構、嬉しかった。年の離れたしっかり者の兄とよく比べられて、祖母に慰められることが多かったマルクには、弟や妹ができたようで、楽しくもあるのだ。
マルクが、当番小屋に戻ると、班長が待っていた。不法侵入者のところへ行くので、ついてきてくれと言われた。マルクは、素直についていく。道すがら、班長から不法侵入者がルーシェ・アリスベルガー子爵令嬢の侍女だと名乗ったことについて、再確認された。
「はい、ジェドがメモを持ってきたので…」
「そっかぁ…」
班長はしばらく難しい顔で、考えていた。
「…やっぱり、おかしいな」
何がおかしいのか、マルクにはさっぱりわからない。班長は独り言なのか、マルクに説明しているのかわからない口調で話し続ける。
「アリスベルガー子爵家の侍女って名乗るならわかるんだけどなぁ。あちらのお嬢様は、二年前にご結婚されてるし…。崇拝者なら、人を脅すような真似は恥だと思うだろうし…完全に敵認識しないかぎり、全滅させるとか…どう考えても納得できん。でも、お前がメモ帳に描いた刺繍の図案は、確実にアリスベルガー子爵家の家紋なんだよなぁ。仮に子爵家の関係者じゃなかったとしても、それを偽る事情も、令嬢の侍女と名乗る意味も全く想像がつかん…とはいえ、油断できる相手でもなさそうだしなぁ…」
マルクには班長が何を言いたいのかさっぱりわからない。ただ、珍しくかなり警戒している様だと思った。領民が生活拠点にしている魔法石採掘跡には、ときどきお尋ね者ややさぐれた若者たちが、魔法石目当てにやって来ることがあるという。そういうときは、領民たちで適当に追い払うか、捕まえるかして警備隊につきだすので班長が動くことはない。彼らが領民のところに出向くのは、入隊したときから、領民と交流してきたから、暇なときは遊びに行くという感覚で坑道へ行くのだそうだ。
「追い払うことができなかった上に、生活圏まで侵入されるなんて…俺の記憶にはない話だし…。あの坑道は、なれるまで、案内人がいないと、迷宮だしなぁ…」
班長がそんなことをぶつぶつとつぶやいている間に、領民たちのいる場所へたどり着いた。
「マルク!」
小さな男の子が、マルクを見つけて飛んで来る。マルクはしゃがみ込んで、どうした?と尋ねると、子供は振り向いて老人を見た。なんだろうと視線を向けると、老人がぶっきらぼうにさっきはすまなかったなと言う。マルクは何のことかわからず、首を傾げると子供は喜々とした顔で言った。
「じいちゃんが、マルクに意地悪したからしかってやった」
「ジェド…それは違うよ」
「何が?」
「おじいさんは、僕をはげましただけだよ」
「はげました?」
「うん、がんばれって言ったんだ」
ジェドは、首を傾げた。
「ジェドは、おじいさんが好きだよね。いつも話してくれるから、僕は知っているよ」
「うん!大好きだ。マルクも大好きだぞ!」
「うん、ありがとう。まだ、仕事中だから、おじいさんの側にいてくれるか?」
ジェドは、わかったと元気よく答えて老人の側に駆け戻った。マルクがジェドと話している間に、班長は先生と話をしていたようだ。マルクに声をかけて、不法侵入者の荷物がある横穴に入って行く。マルクは老人に会釈してから、班長の後について行った。
班長は、しゃがみ込んで布の刺繍をしばらく見ていた。それから、マルクがわからなかった光源に目を向けて、首を傾げる。最後にトランクに手を伸ばして、鍵がかかっていることや動かないことを確認してから、立ち上がった。
それから、しばらく腕組みをして考え込む。
「…太陽石のランプ、魔法のかかったトランク、子爵家の家紋入り布。どれもこれも、普通じゃねぇ…どういうこった?」
「班長?」
「あー…うん、えっとなぁ。光源に使ってるやつは魔法石の中でもかなり高価な石で太陽石つうの。まず、一般人が手に入れられる代物じゃないし、仮にどっかから盗んだとしても、こういう本来の使い方をするってのが腑に落ちん。それと、トランクには魔法がかけてある…盗まれないようにするための防犯対策的な一般魔法じゃない。高度な侵入者探知魔法だ。かけた本人が荷物に触れれば、俺たちがここにきて何をしていたか、確認できる」
班長はそこで、一度、言葉を切った。そして、見たこともないほど、真剣な顔でぽつりとつぶやいた。
「全滅させる…か…」
マルクは想像してみるが、一人の人間に千人の領民を全滅させることなど、可能だろうか…いや、不可能だ。領民の中にも魔力が強い人間はいるし、警備隊だっているのだ。だが、班長はそう思っていないように見える。
「どちら様でしょう?」
不意に背後から、女の声が聞こえて、思わず振り返ると、銀色の髪を綺麗に結い上げた眉目秀麗な女性が微笑んでいる。だが、エメラルドのようなの美しい瞳は笑っていない。
「…こちらの荷物は、あなたの物ですか?」
班長は真剣な顔で尋ねると、そうですがと彼女は答えた。班長は、すーっと静かに息を吐く。
「失礼しました。わたしは、警備隊の班長をしています。トラスト・グラハムと申します。貴女は?」
「マリーと申します。グラハム様はクリストファー様の同期の方ですわね」
「ええ…よくご存じですね」
「お嬢様の旦那様に関することはおおむね把握しております。侍女として当然のことと思いますが?」
「そうですか…ですが、そんな貴女がなぜ不法侵入などされたのですか?ましてや、領民を全滅させると脅したときいておりますが?」
「不法侵入?一応、好きにしろという許可はいただきましたし、お嬢様に危害を加えるのであればという条件付きで申し上げましたが、何か問題でも?」
マルクは空気が凍り付いているような気がして、息が苦しい。班長とマリーと名乗った女性は、終始穏やかに話しているように見えるのに…。
班長は、不意にちっと舌打ちをした。
「あー面倒くせぇ。あんた、本当に何者だよ」
「ルーシェ・アリスベルガー子爵令嬢の侍女でございます」
「それに嘘偽りはないという証拠は?」
女性は、失礼といってマルクの側を横切り、トランクをあけた。
「身分証です。ご確認ください」
班長は、差し出された身分証を受け取り、隅から隅まで確認した。そして、苦虫をかみつぶしたような表情になる。どうやら、身分証は本物で、彼女の言っていることに偽りはないようだとマルクは思った。班長は無言のまま、身分証を彼女に返した。彼女はそれを受け取り、トランクにしまうと布の上に座って、どうぞと班長に座るようするめた。
「靴のままで構いませんわ。わたくしに聞きたいことがおありなのでしょう?」
班長は、無言で腰を下ろした。彼女はトランクから金属製の茶器を出して、紅茶を入れている。マルクはそのとき、初めて気がついた。人の使わない坑道は、湿っていて黴臭かったり、木の腐った匂いや錆の匂いがするのだが、ここへ初めて足を踏み入れたときも、今も、外の空気と変わらないくらい、匂いがしない。紅茶の甘く華やかな香りでそのことに気がつく。
マルクと班長に呼ばれてハッとした。小さなカップが差し出されているのに気がついて、あわてて受け取る。マルクがカップを受け取ると、班長は紅茶に口をつけないまま、まっすぐに彼女を見据えた。優雅に彼女は、紅茶を飲んでいる。
「…全滅させるなんて言えば、誰もが警戒すると思うが?」
「ええ、それに侍女であることは最初に申し上げましたから、ドラグーンの方々は必ずわたくしを敵視するでしょうね。貴族の犬として…」
「それをわかっていて、身分を偽らず、脅すということにどんな意図がある?」
「意図?そんなものはありませんよ」
「じゃあ、ここへは何をするつもりで来た?」
「ドラグーンの領民を観察しに来ただけですが?」
「監視ではなく…か?」
「ええ、領民の生活実態と水準、および貴族への嫌悪・侮蔑・絶望とその根深さについて観察し、お嬢様へ危害を加える可能性について確認することが目的ですから」
「…危害を加えると確認できたとしたら、どうするつもりだ?」
「最初に宣言した通りですわ」
班長は、ため息交じりで、紅茶を飲んだ。
「…ここは辺境だし、領民のほとんどが土地を離れて暮らしている。それでも千人近い人間が、ここで生きている。それを全滅させるのは不可能だ。どんなにあんたの魔力が強いとしても。それに、領民に危害を加えるなら、警備隊は黙っていないが?それ含みで、言ってるか?」
「不可能ではありませんし、あなた方を除外して言ったつもりもありませんわ」
「たいした自信だな」
「事実ですから」
「…悲しむと思わないのか?」
彼女はその言葉を聞いて、信じられないほどの穏やかでやさしい微笑みを浮かべた。
「ありえませんわ。わたくしの主は、ドラグーンが消失しても、わたくしが原因だと知っても。わたくしの無実の証拠を探し続けることはあっても、悲しむことなどしません」
班長は、返す言葉がないというように彼女を見つめる。彼女は、ふいにマルクに紅茶のおかわりはいかがですかとたずねた。マルクは、いいえと静かに答えて、空のカップを彼女に返す。
「ありがとうございます。美味しかったです」
マルクがそう言うと、彼女の瞳が柔らかな弧をえがいて笑った。
「よい部下をお持ちですね。グラハム様は…」
「そうですね…」
班長は、カップを布の上に置くと、静かに立ち上がり、一礼して踵をかえす。マルクも会釈して、班長の後についていった。班長は先生に危険なものは持ち込んでいないようだし、しばらく様子をみてくれと話している。
「それは構わんが…トラスト、お前は大丈夫か?」
「え?ああ…まあ、何というかいろいろ複雑な気分ですよ」
班長は苦笑する。
「複雑?」
「…ええ、詐欺師だとわかっている相手に騙されてもかまわないような気分というか…すっきりしない感じが半端ないんですがねぇ…」
先生はそうかと言ったきり、それ以上何か聞くようなことはなかった。班長も、それ以上話す気はないようで、そのまま、隊舎へ足を向けた。マルクは、ジェドがおじいさんの膝ですやすや眠っている姿をみて、ほっとしながら、班長の後に続く。戻るまで、無言だった班長が、当番小屋のところで、今日のことはしばらく誰にも話さないでくれるかという。マルクは、はいと頷いた。
「じゃあ、俺はちょっと館の方に行ってくるから、なんかあったら呼びに来てくれ」
「わかりました」
班長はうんと頷いて、出かけて行った。それと入れ違いで他の班長たちが、小屋を訪れる。
「トラストは?」
「お館に出かけていきました」
全員が難しい顔をした。
「なあ、マルク」
「はい」
「何があった?」
マルクは、そう聞かれたので不審者の身分を確認しましたと報告する。
「ふうん…本物か…」
「なら、どうして報告なしで、館に行ってんだよ。あの人は」
納得がいかないという顔をしているのは、トラスト班長の後輩たちで、同期の二人は何かを理解している様子だった。
「トラストのことはしばらくほっとけ。俺とタイガが話を聞いておくから」
「けど…」
「よせよ。ラヴィ。先輩たちがそうしたいって言ってんだから…」
「…わかったよ。でも、情報共有ちゃんとしてくださいよ。何かあっても対処できなかったなんて嫌ですからね」
「当然だ。とりあえず、お前ら隊舎に戻ってろ。俺たちはここでトラストが戻るのを待つ」
了解と言って、タイガとグレンを残して他の班長達は隊舎に戻った。マルクは、小屋に入ってお茶をいれる。タイガとグレンは、その姿を見ながら、クスクスと笑った。マルクは、首を傾げながらも二人にお茶をだす。
「トラストのことだから、なんか口止めでもしていったんだろう?マルク」
マルクは頷かずに、いいえと答える。内心、申し訳ない気持ちになったが班長との約束なので破るつもりはない。
「よせよ、グレン。マルク困らせんなって…ギルがキレるぞ」
「あー…そうだな。そりゃちょっと面倒だな」
マルクはなぜギルの名前がここで出てくるのかよくわからないし、キレる理由もわからなかった。少し戸惑ったような顔になっていたのだろう。タイガがマルクを見て、ああ、悪い悪いと言いながらも笑う。
「…入隊してそろそろ半年か?」
「早いよなぁ。ギルバートブチキレ事件から三カ月」
マルクには話が見えないが、質問せずにただ黙って書類の整理を始める。領民からの要請書や報告、隊からの危険領域のお知らせなどを分類する。
(ギルバートブチキレ事件?あの陽気で親切なギルが?)
マルクは、入隊し、同室になってから、彼が怒った顔をなど一度も見たことがない。会った時から、とても気さくなルームメイトで、誰にでも親切な彼の姿しか知らない。
「マルクはドナルドのこと覚えてるか?」
タイガがそう尋ねたので、作業の手を止めてはいと答えた。同じ町の出身で、大きな商家の三男だ。魔力が高く、体つきもしっかりしていたから、すぐに魔物狩りにも参加していた。マルクには、自分に対して同じ町の出身だということを、あまり快く思っていなかったなと言う程度の印象しかない。同期で入隊して三か月で辞めたし、所属の班も違ったから、ほとんど接点はない。顔は覚えているが他のことはよく知らない。
「あいつが隊を辞めたというか、辞めるしかなかった理由がギルバートのブチキレ事件なんだよねぇ」
「まあ、あれは確実にドナルドが悪いだろう。入隊時から、あいつは問題だらけだったし…しばらく俺たちの課題だったもんな」
「そうそう。フェルローが<いいところが見つからない。伸びしろがまったく見当たらない!>って苦悩する姿が笑えたけど。さすがに、半月過ぎたころから、伸ばす方針から折る方針に変えたもんね」
「方針変更やむおえず。とはいえ、その判断が少し遅かったせいで、結局ギルがキレわけだが…マルクは理由を知ってるか?」
マルクはいいえと答えた。グレンはだろうなと苦笑する。
「この話、ギルにはするなよ。実はな、入隊時からドナルドは同期の奴らを見下しててな。特にギルに対して<貧乏貴族で実力もないのに第一班とか、笑えるな>だの、<おチビちゃんは、大人しく隊舎にいろよ>とか、まあ、さんざんに絡んでたけわけだけど、ギルはずっと無視して相手にしてなかったんだ。けどな、<ルームメイトの木偶の坊は、元気か?いつ辞めるんだ?>とか<まったく恥ずかしいね。あんなぼんくらと同じ町出身とか>ってお前のこと悪く言い始めたんだよ」
マルクは、陰口をたたかれていた事実よりも、ギルと仲良くしていたことで、彼が嫌な思いをしていたのかと思うと凹んだ。
「ああ、違う、違う。お前が凹むな。どうせ、お前のことだからギルに迷惑かけたとか思ってんだろ?」
図星を指されて、さらに凹む。
「話は最後まで聞きましょう。ギルはね。それを聞いても反応しない努力をしながら、トラストにはドナルドがお前を標的にしないように気を付けてほしいって言ってたんだ。けど、ドナルドが<知ってるか?あの木偶の坊。事務局の餓鬼どもに媚び売ってんだぜ。ああ、もしかしたら、幼女趣味の変態かもな。そのうち、本性出すんじゃねぇの?ああ、もしかしておチビちゃんはもう喰われたか?気持ちわりぃくらいお前ら仲がいいもんな。…また、だんまりかよ…すかした態度とりやがって…そっちがその気なら、あの木偶、おっぱらってやるよ!ついでにお前も男にケツふる雌にしてやらぁ>ってせせら笑ったんだ」
「完全自爆。周りにいた同期たちも、ドン引きの発言」
「そしてギル君はついに、ドナルド君に反応したのです。<マルクを追い出すだって?虫けらが?>とそれはそれは美しい笑顔で答えたそうだよ。見てみたかったな。俺」
「俺も~」
マルクはその話を聞きながら、深くため息をついた。ギルがそんな暴言に晒されていたことに、気がつかなかった自分の鈍さに情けなさがこみあげてくる。
「僕は…ずっとギルの足を引っ張ってたんですね」
「いやいや。その逆」
「え?」
「ギルがドナルドを無視していられたのは、むしろマルクのおかげだよ」
「え?どうしてですか?」
「あいつね、入隊の時にさ。短気な性格なので、ルームメイトは器の大きい相手でおねがいしますって言ってたんだよ。自分の短気なとこ治したいからって」
「俺たちは、性格を無理に変える必要はないだろって話したんだけど、ギルは怒りで周りが見えなくなるのが一番怖いんですって言うから、じゃあ、とりあえず、お前と同室にしてみようってことになったわけ」
「で、同期のドナルドがアレだからね。ギルと喧嘩になるのは時間の問題だって俺たちは思ってたわけだけど」
「全然そんな気配はないし、突っかかってるのは一方的にドナルドだし…トラストに聞いたらさ。ギルはマルクがいろいろ気遣ってくれるから、頑張れるって言ったそうだよ。それに、お前と話をするとドナルドの暴言がどれほど子供じみてるかよくわかるから、怒りもわかなくなったんだって」
「まあ、だからこそ、お前を追い出す発言にはブチキレたらしい」
マルクは二人の話がうまくのみこめない。入隊式は隊長の挨拶、それも<死ぬなら除隊してからにしてね>の一言と、班分けと、部屋割り。警備隊の規律については冊子を読むことと、原則、班長命令絶対だからと副長のお達しを受けた後、各自部屋に荷物を解散となった。
あの日、お互いに自己紹介をしたとき、ギルは少しだけしかめっ面で<敬語とかやめろ。俺たちは同期なんだぞ>と言った。マルクはその一言で、ギルは階級など気にせずに仕事がしたい人なんだろうとは思ったが、すぐに敬語をひっこめることができない自分がいるとわかっていたので、<時間をください。僕はあなたと線を引きたいわけじゃないです。ただ、習慣が抜けるまで時間がかかるんです。すみません>と謝った記憶がある。そのときのギルは、どんな顔をしていただろうか。そこまでは思い出せないけれど、彼はマルクがため口を聞けるようになるまで待ってくれたし、気さくに話しかけてくれた。だから、マルクはギルといると気が楽だった。自分の方がいつも彼に助けられていると思っていたから、班長たちの話がのみこめないのだ。
「マルク、そんな難しそうな顔するなよ。単純な話だ。ギルにとってお前が大事な友人だってことだよ」
「一番の親友を力でねじ伏せて追い出すぞっていわれりゃ、我慢しろってほうが無理なのさ」
「本当にね。俺たちも反省しちゃったよ。あの光景みたときは」
「だな。ギルは魔力が弱いと言っても、体術は別格だからな。俺達でも互角ですむかどうかあやしいし…」
「虫けら呼ばわりされて逆上したドナルドが瞬殺されても、不思議じゃないけど…」
「さすがに、地面にめり込んだドナルドを見たときは、あー…こいつ死んだな。トラスト、始末書どころじゃねぇぞって思ったね」
「ま、死んでないけどね。綺麗に全身の骨が折れてたけど、内臓の損傷はなかったし、ブチキレたわりにはちゃんと加減してるギルって、怖すぎ~。ってことで、ドナルド君は魔物退治中の事故で怪我して治療ということで実家に帰されました。以後、お前は<猛獣使い>としてあがめられているのである」
おしまいとタイガがおどけて見せた。マルクは、何と言っていいのかわからなかった。そして、これからギルに対してどう接したらいいのかさえ、わからなくなる。親友として認められていることは、嬉しいと思う。けれど、それほどの才能のあるギルの友人に自分は相応しいのだろうか。毎日、雑用をこなすのが精いっぱいで、隊の役には立てていない。領民ともうまくいっているとは言えないのに…。
「マルク。お前にとってのギルは何だ?」
「親友です…でも、僕みたいな役立たずが、そんなこと言っていいのかわかりません」
「じゃあ、お前はまず自分の問題に向き合え。お前の問題は、自分が役立たずだと思い込んでいることだ。お前は役立たずじゃない。お前しかもってない強さがあるんだぜ。ギルはそれを一番に見つけたんだよ。だからさ、あいつが見つけたお前の強さを自覚できるようになれよ」
「僕の強さ…ですか?」
「そうそう。まず、それについてしっかり考えろ。禿げるぐらい悩んでみな。そしたら、胸張って自分はギルの親友だって言えるようになるから」
(胸を張ってギルの親友だと言えるように…なりたい…)
マルクは、深く息を吸って、俯けていた顔を上げると二人をまっすぐに見つめて、わかりましたと答えた。
(…盗賊はお前の方だろう)
そう思いながら、男に銀貨三枚を渡して酒場を出ると、すぐにごろつきが絡んできた。ニヤニヤしながら、大の男が三人、マリーを囲んで親切ごかしにどこから来たとか、ここいらは治安が悪いから宿まで送ろうなどと言っている。夕方とはいえ、まだ明るい。気の毒そうな視線は投げても助ける気のない人々。マリーがご心配なくと素っ気なくあしらえば、男たちは本性をむき出しにして、そうはいくかと彼女のトランクに手を伸ばした。その瞬間、宙を舞ったのは男三人。マリーが酒屋の入り口に目をやれば、情報提供者が慌てたように顔をひっこめる。マリーはやはりなと思いながら、何事もなく立ち去った。
そして、昨日の今日でドラグーンの魔法石採掘跡の坑道入り口に立っている。三十分ほど、そこに立っていると、にわかに人が近づいてきて物陰から様子をうかがっているのを感じた。そして、坑道の奥から誰だと問う男の声がした。
「わたしはルーシェ・アリスベルガー子爵令嬢の侍女、マリーです」
ほんの少しの間をおいて、帰れと呆れた様な声がした。だが、マリーはその声を無視して、坑道の中へ入ろうとした。そのとき、物陰に潜んでいた者たちが、彼女を侮蔑と嫌悪の目で睨み付けながら姿を現した。ボロボロの服を着た老人や女子供が、手に棒や石を持って威嚇するように立っている。それ以上、進めば容赦なくたたき殺すと言わんばかりの形相だが、マリーは気にも留めずに足をすすめた。案の定、四方から石や棒とともに帰れという怒号が飛んできた。マリーは、石も棒もよけずに坑道の入り口を見据えて立っていたが、ものの五分と経たないうちにあたりは静まり返った。マリーの額から血が流れ落ちていく。まるで、汗が流れているのを放っておくような無頓着さで、また一歩、入口へと足をすすめた。すると、坑道から目つきの悪い壮年の男が桶を手にして出てくるなり、マリーに桶の中の汚れた水を思い切りぶちまけた。
「…帰る気になったかね。お嬢ちゃん」
「いいえ、むしろお水をありがとうございます。血をふく手間が省けました」
「たいした根性だな…そうまでして、いったい何の用だ?」
「ドラグーンの領民を観察しに来ただけです」
「ほう…なぜ観察する必要がある?」
「お嬢様に危害を加えるような存在であれば、全滅させてしまおうと思いまして」
そこでようやくマリーは、笑った。男は背筋に寒いものを感じた。
(この女…どこまで本気だ?それとも、ただの狂人か?)
「…好きにしろ」
男はそう言って坑道の中へと姿を消した。マリーはありがとうございますと深々と頭をさげて、中に入った。
「あの女…人間なの?」
震える声で誰かが言った。
「人間じゃなきゃ、警備隊の兄ちゃんたちが殺してくれる。人間だとしても敵だ」
答えた声も戸惑いを隠せず、怒号を発したときほどの力はない。
「…俺たちにはキラ先生がいる。心配ないよ。それに坑内は、迷路だ。迷子になって勝手に死ぬさ」
誰もがそうあってほしいと願ったのは、事実だった。
マリーが坑内に入ると男の姿はすでになかった。案内がなければ、迷子になって領民と会うこともないだろうと男は思っていた。だが、マリーは濡れた髪や服を魔法で元通りにすると、迷いのない足取りで奥へと進む。そして、程なく彼らの生活拠点にたどりつく。領民は凍り付いたように、彼女を見た。男も表情こそ、崩さないものの、驚愕で身震いした。マリーは、無言で深く頭を下げて一礼すると、近くの暗い横穴に入って行った。
「先生…ありゃ、人間か?」
「わからん…一応、警備隊に来てもらった方がいいかもしれないな」
「わかった!俺、呼んでくる」
小さな男の子が、立ち上がると、先生と呼ばれた男はちょっと待てといい、何かをメモして子供に渡した。子供は、それを持ってマリーとは別の横穴に駆け込んでいった。
マリーは、坑道の壁に小さくくぼんだ場所を見つけるとトランクをあけて、透明な空の瓶を取り出した。そして、何かの液体と石をその中にいれて、軽く振ると、瓶はランタンのように明るく輝いた。マリーは、壁のくぼみにそれを置いて、地面に布を敷いた。それから、トランクの中から何かの道具をだすとトランクに鍵をかけて、来た道を戻り、外に出て行った。彼女が出かけてから、十分ぐらいで少年は、警備隊員を一人連れてきた。今年入隊したばかりの新人のマルクだ。
「あの…何があったんですか?」
「なんだ…またお前か」
老人はあからさまに舌打ちをした。
「…まったくいつになったら他の人と交代してくれるんかのぉ」
マルクは、大きな体を精一杯小さくして、すみませんと謝った。老人は、そんなマルクをよそ目に、子供に聞いた。
「班長たちはいなかったのか?ジェド」
「うん。いなかった」
「すみません。今日も僕が窓口の当番で、みんなは仕事に出ています…」
老人は仕方ないなとため息をついたが、先生と呼ばれている男は、不法侵入者だと言って、マリーの入った横穴を指さす。
「さっきどこかへ出かけたようだがな。危険なものを持ち込んでないか、一応、確認して班長に報告していてくれるか?」
マルクは、はいといって横穴へ入った。入り口からは暗く見えた横穴だったが、ほんの少し先はひどく明るい。坑道で暮らす領民の生活圏の明かりでも、もう少し暗い。不思議に思いながら、進むと、地面にはシーツくらいの薄い布が敷いてあった。四隅に赤い糸で刺繍がされていたので、マルクは、メモ帳を取り出して図案を描きとる。それから、光源を確認すると透明の広口瓶の中で、何かが発光しているがモノがわからないので触れない。最後に、足元の大きな皮のトランクをあけようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。マルクは、ため息をはいてトランクを持ち去る決意をした。領民が不法侵入だという以上、荷物を改めなければならない。だが、トランクに手を伸ばして持ち上げようとしたが、ビクともしない。マルクは、首を傾げつつも何とか持ち上げようとしたが、トランクは一ミリも動かなかった。さすがに、力持ちが唯一の取柄のマルクでも数分格闘してもどうにもならないと悟った。仕方なく、班長たちの帰りを待って報告し、誰かにもう一度ここへ来てもらうしかないと思った。
(本当に僕は役立たずだな…)
小さいころから体が大きいことと、力持ちであることが彼の取柄で他のことは、どうしてもうまくできない。魔力も強くないから、ここでは魔物狩りには参加できず、領民の窓口当番や雑用ばかり。警備隊に入った理由も、唯一の取柄をいかして、少しでも自分に自信を持てるようにと祖母がすすめてくれたからだ。だが、入隊してすぐにここに配属されてから、その取柄さえも、たいしたことではないと知った。同期で、王立魔法学院を卒業後、ここへ志願したギルバートは、小柄で魔力も強くないが魔物狩りに参加している。ただ、誰もマルクを悪く言わないし、班長はまずできることからやっていけばいいさと優しく笑ってくれる。そして、ときどき、時間ができると個人的に体術の指導もしてくれる。だが、新しい領主が来ると聞いた日から、ぱたりとそれはなくなった。班長は、すまん、しばらく練習はなしだと頭を下げてくれた。マルクは大きな体をできる限り縮めて、先生と呼ばれる男に、不法侵入者の特徴を聞くと、領民に会釈したあと、隊舎へ戻った。
「じいちゃん」
「なんだ?ジェド」
「マルクいじめるな。あいつ、いいやつだぞ!俺と遊んでくれるんだぞ!肩車して木の実とるの手伝ってくれるんだぞ!」
「ジェド…」
「また、いじめたら、俺、もう帰ってこないからな!」
「わかったよ…じいちゃんが悪かった」
「じゃあ、今度、マルクが来たらごめんなさいだぞ」
老人は、子供にせがまれて指切りをする。次に彼が来るころには、孫がそのことを忘れてくれればいいと思っていた。
マルクが隊舎に戻ると、魔物狩りに出ていた隊員たちも戻っていた。すぐに班長を見つけ出して、不法侵入者についての報告をした。そして、メモ帳に記した刺繍の図案も見せる。
「!」
班長は目を見張り、しばらく固まっていた。その様子に、ほかの班長たちが首を傾げつつ、側によってきてメモ帳をのぞき込むとみんな同じような状態になった。
「あの…」
マルクが困惑して声をかけると、全員がハッとしてお互いの顔を突き合わせる。
「まさか?」
「いや、特徴が違う。なにより<お嬢様に危害が加えるなら、全滅させる>なんてこと、ご本人が言うはずはない」
「同胞か?そんな過激なこと言うやついたか?」
全員が、そう言った本人でさえ、ないなとつぶやく。マルクには何のことを話しているのかさっぱりわからない。
「どうする。全員で行くか?」
「いや、そういうわけにはいかんだろう。また増えてるしな…」
「じゃ、マルクが報告してきたんだから、俺が行く」
「えーそれずるくねぇ?」
「別にずるくないだろう?」
「けど、侍女だっていうんだから子爵家の関係者だぜ?」
「それにしたって、全滅させるはないだろ?」
全員がそこに引っかかっているらしい。結局、一旦風呂に入ってから、再協議だということになったようだ。
「マルク」
「あ、はい」
「お前、明日からギルバートと交代な。魔物狩りに連れてくから、スケッチブックと鉛筆用意しとけ」
「え?何でですか?」
「おまえさ、こういう才能は隠すなよ。勿体ない」
そう言って、班長はメモ帳を指す。刺繍の図案だ。それが何だというのだろう。
「…お前は戦うんじゃなくて、魔物をスケッチしろ。あと、特性を絵の周りに書き込め。いいな?」
「はあ…でも、ギルと交代していいんですか?」
「うん、あいつ、今、調子崩してんだ。できるだけ、後方支援に回してたんだけど…それもそろそろ限界だし、休ませるつもりでいたんだよ。けどあいつのことだから、仕事休むのは嫌がるだろうし…。お前の仕事もたいがい大変だが、魔力の消耗はほとんどないし、領民と交流するいい機会にもなるからさ。交代してくれ。なっ、頼むよ」
そう言われて、マルクは戸惑いながらも素直に頷いた。
(僕が魔物をスケッチして…それで…どんな役に立てるんだろう?それに、ギルは僕と交代なんて嫌がるんじゃないのか?)
そう思いながら、昼食をとるために食堂に行く。メニューはない。その日、使える材料を二人の料理人が協力して作っているが、量も味も十分だった。
マルクは料理の名前はわからないが、うまそうないい匂いのするスープとベーコンの塊がごろごろ転がるほど入っている野菜炒め、パンの乗ったトレーを持って、いつものように隅っこで食事を始めた。そこへ、風呂上りでさっぱりした顔のギルバートがやってきて当然のように彼の隣に座った。
「…マルク」
落ち込んだような声。班長に交代を命じられたのだろう。そう思ったマルクは、さすがに凹んで、なんと声をかけたらいいのかと困ってしまった。だが、顔を上げたギルバートは、満面の笑みである。
「いや~すっげぇ助かった。マジ、助かった。俺、このままだと死ぬなぁって思ってたからさ」
「あ?え?」
「聞いてない?交代の話」
「いや、聞いたけど…」
「なに?その不安そうな顔…まあ、初めてだから不安はあるだろうけどさ」
「いや、そうじゃなくて…」
「あ、俺の心配してくれてんの?お前、ほんといい奴だな!ま、俺もお前の仕事量をこなせるかというと、かなり不安はあるけどさ。班長はできる範囲でいいつうから、大丈夫だぜ」
ギルバートは、親指を立てて笑う。そして、お前も頑張れよと言う。
「それにしても、絵が描けるとか凄いぜ。マルク」
「僕は見た物をそのまま描いただけで…別に…」
「何言ってんだよ。それこそが才能ってもんだろう。見たままを描けるなんてさ」
そうだろうかと疑問に思いながらも、励ましてくれる友人のためにも、頑張ろうと思った。
それから、食事を終えたマルクは、風呂場の裏手に回って、薪わりをした。いつもより多めにわっておく。それから、干していた薬草の乾き具合をみて、回収し、小さな袋に詰める。これを風呂に入れると疲労をとり、魔力を回復させ効果があり、隊員たちは魔物狩りの後の風呂をいつも楽しみにしていた。薬草は先生と呼ばれている男が採取したものを、事務局で働く子供たちが持ってきてくれる。以前は、子供たちが乾燥や袋詰めをしていたが、事務仕事をしながら、勉強もして、大変だろうからとマルクが請け負った。最初、子供たちは戸惑っていたようだが、室長という人が『人を頼ることも大事なことですよ』と彼女たちに言ったらしく、マルクの提案を受け入れてくれた。今では、少女たちがマルクを見つけると、駆け寄ってきて薬草や袋は足りてるか聞いたり、こっそり、おやつにもらった飴をくれたりする。
領民の大人たちには、あまり好かれていないと感じるマルクだったので、子供たちが笑ってくれると、それだけで結構、嬉しかった。年の離れたしっかり者の兄とよく比べられて、祖母に慰められることが多かったマルクには、弟や妹ができたようで、楽しくもあるのだ。
マルクが、当番小屋に戻ると、班長が待っていた。不法侵入者のところへ行くので、ついてきてくれと言われた。マルクは、素直についていく。道すがら、班長から不法侵入者がルーシェ・アリスベルガー子爵令嬢の侍女だと名乗ったことについて、再確認された。
「はい、ジェドがメモを持ってきたので…」
「そっかぁ…」
班長はしばらく難しい顔で、考えていた。
「…やっぱり、おかしいな」
何がおかしいのか、マルクにはさっぱりわからない。班長は独り言なのか、マルクに説明しているのかわからない口調で話し続ける。
「アリスベルガー子爵家の侍女って名乗るならわかるんだけどなぁ。あちらのお嬢様は、二年前にご結婚されてるし…。崇拝者なら、人を脅すような真似は恥だと思うだろうし…完全に敵認識しないかぎり、全滅させるとか…どう考えても納得できん。でも、お前がメモ帳に描いた刺繍の図案は、確実にアリスベルガー子爵家の家紋なんだよなぁ。仮に子爵家の関係者じゃなかったとしても、それを偽る事情も、令嬢の侍女と名乗る意味も全く想像がつかん…とはいえ、油断できる相手でもなさそうだしなぁ…」
マルクには班長が何を言いたいのかさっぱりわからない。ただ、珍しくかなり警戒している様だと思った。領民が生活拠点にしている魔法石採掘跡には、ときどきお尋ね者ややさぐれた若者たちが、魔法石目当てにやって来ることがあるという。そういうときは、領民たちで適当に追い払うか、捕まえるかして警備隊につきだすので班長が動くことはない。彼らが領民のところに出向くのは、入隊したときから、領民と交流してきたから、暇なときは遊びに行くという感覚で坑道へ行くのだそうだ。
「追い払うことができなかった上に、生活圏まで侵入されるなんて…俺の記憶にはない話だし…。あの坑道は、なれるまで、案内人がいないと、迷宮だしなぁ…」
班長がそんなことをぶつぶつとつぶやいている間に、領民たちのいる場所へたどり着いた。
「マルク!」
小さな男の子が、マルクを見つけて飛んで来る。マルクはしゃがみ込んで、どうした?と尋ねると、子供は振り向いて老人を見た。なんだろうと視線を向けると、老人がぶっきらぼうにさっきはすまなかったなと言う。マルクは何のことかわからず、首を傾げると子供は喜々とした顔で言った。
「じいちゃんが、マルクに意地悪したからしかってやった」
「ジェド…それは違うよ」
「何が?」
「おじいさんは、僕をはげましただけだよ」
「はげました?」
「うん、がんばれって言ったんだ」
ジェドは、首を傾げた。
「ジェドは、おじいさんが好きだよね。いつも話してくれるから、僕は知っているよ」
「うん!大好きだ。マルクも大好きだぞ!」
「うん、ありがとう。まだ、仕事中だから、おじいさんの側にいてくれるか?」
ジェドは、わかったと元気よく答えて老人の側に駆け戻った。マルクがジェドと話している間に、班長は先生と話をしていたようだ。マルクに声をかけて、不法侵入者の荷物がある横穴に入って行く。マルクは老人に会釈してから、班長の後について行った。
班長は、しゃがみ込んで布の刺繍をしばらく見ていた。それから、マルクがわからなかった光源に目を向けて、首を傾げる。最後にトランクに手を伸ばして、鍵がかかっていることや動かないことを確認してから、立ち上がった。
それから、しばらく腕組みをして考え込む。
「…太陽石のランプ、魔法のかかったトランク、子爵家の家紋入り布。どれもこれも、普通じゃねぇ…どういうこった?」
「班長?」
「あー…うん、えっとなぁ。光源に使ってるやつは魔法石の中でもかなり高価な石で太陽石つうの。まず、一般人が手に入れられる代物じゃないし、仮にどっかから盗んだとしても、こういう本来の使い方をするってのが腑に落ちん。それと、トランクには魔法がかけてある…盗まれないようにするための防犯対策的な一般魔法じゃない。高度な侵入者探知魔法だ。かけた本人が荷物に触れれば、俺たちがここにきて何をしていたか、確認できる」
班長はそこで、一度、言葉を切った。そして、見たこともないほど、真剣な顔でぽつりとつぶやいた。
「全滅させる…か…」
マルクは想像してみるが、一人の人間に千人の領民を全滅させることなど、可能だろうか…いや、不可能だ。領民の中にも魔力が強い人間はいるし、警備隊だっているのだ。だが、班長はそう思っていないように見える。
「どちら様でしょう?」
不意に背後から、女の声が聞こえて、思わず振り返ると、銀色の髪を綺麗に結い上げた眉目秀麗な女性が微笑んでいる。だが、エメラルドのようなの美しい瞳は笑っていない。
「…こちらの荷物は、あなたの物ですか?」
班長は真剣な顔で尋ねると、そうですがと彼女は答えた。班長は、すーっと静かに息を吐く。
「失礼しました。わたしは、警備隊の班長をしています。トラスト・グラハムと申します。貴女は?」
「マリーと申します。グラハム様はクリストファー様の同期の方ですわね」
「ええ…よくご存じですね」
「お嬢様の旦那様に関することはおおむね把握しております。侍女として当然のことと思いますが?」
「そうですか…ですが、そんな貴女がなぜ不法侵入などされたのですか?ましてや、領民を全滅させると脅したときいておりますが?」
「不法侵入?一応、好きにしろという許可はいただきましたし、お嬢様に危害を加えるのであればという条件付きで申し上げましたが、何か問題でも?」
マルクは空気が凍り付いているような気がして、息が苦しい。班長とマリーと名乗った女性は、終始穏やかに話しているように見えるのに…。
班長は、不意にちっと舌打ちをした。
「あー面倒くせぇ。あんた、本当に何者だよ」
「ルーシェ・アリスベルガー子爵令嬢の侍女でございます」
「それに嘘偽りはないという証拠は?」
女性は、失礼といってマルクの側を横切り、トランクをあけた。
「身分証です。ご確認ください」
班長は、差し出された身分証を受け取り、隅から隅まで確認した。そして、苦虫をかみつぶしたような表情になる。どうやら、身分証は本物で、彼女の言っていることに偽りはないようだとマルクは思った。班長は無言のまま、身分証を彼女に返した。彼女はそれを受け取り、トランクにしまうと布の上に座って、どうぞと班長に座るようするめた。
「靴のままで構いませんわ。わたくしに聞きたいことがおありなのでしょう?」
班長は、無言で腰を下ろした。彼女はトランクから金属製の茶器を出して、紅茶を入れている。マルクはそのとき、初めて気がついた。人の使わない坑道は、湿っていて黴臭かったり、木の腐った匂いや錆の匂いがするのだが、ここへ初めて足を踏み入れたときも、今も、外の空気と変わらないくらい、匂いがしない。紅茶の甘く華やかな香りでそのことに気がつく。
マルクと班長に呼ばれてハッとした。小さなカップが差し出されているのに気がついて、あわてて受け取る。マルクがカップを受け取ると、班長は紅茶に口をつけないまま、まっすぐに彼女を見据えた。優雅に彼女は、紅茶を飲んでいる。
「…全滅させるなんて言えば、誰もが警戒すると思うが?」
「ええ、それに侍女であることは最初に申し上げましたから、ドラグーンの方々は必ずわたくしを敵視するでしょうね。貴族の犬として…」
「それをわかっていて、身分を偽らず、脅すということにどんな意図がある?」
「意図?そんなものはありませんよ」
「じゃあ、ここへは何をするつもりで来た?」
「ドラグーンの領民を観察しに来ただけですが?」
「監視ではなく…か?」
「ええ、領民の生活実態と水準、および貴族への嫌悪・侮蔑・絶望とその根深さについて観察し、お嬢様へ危害を加える可能性について確認することが目的ですから」
「…危害を加えると確認できたとしたら、どうするつもりだ?」
「最初に宣言した通りですわ」
班長は、ため息交じりで、紅茶を飲んだ。
「…ここは辺境だし、領民のほとんどが土地を離れて暮らしている。それでも千人近い人間が、ここで生きている。それを全滅させるのは不可能だ。どんなにあんたの魔力が強いとしても。それに、領民に危害を加えるなら、警備隊は黙っていないが?それ含みで、言ってるか?」
「不可能ではありませんし、あなた方を除外して言ったつもりもありませんわ」
「たいした自信だな」
「事実ですから」
「…悲しむと思わないのか?」
彼女はその言葉を聞いて、信じられないほどの穏やかでやさしい微笑みを浮かべた。
「ありえませんわ。わたくしの主は、ドラグーンが消失しても、わたくしが原因だと知っても。わたくしの無実の証拠を探し続けることはあっても、悲しむことなどしません」
班長は、返す言葉がないというように彼女を見つめる。彼女は、ふいにマルクに紅茶のおかわりはいかがですかとたずねた。マルクは、いいえと静かに答えて、空のカップを彼女に返す。
「ありがとうございます。美味しかったです」
マルクがそう言うと、彼女の瞳が柔らかな弧をえがいて笑った。
「よい部下をお持ちですね。グラハム様は…」
「そうですね…」
班長は、カップを布の上に置くと、静かに立ち上がり、一礼して踵をかえす。マルクも会釈して、班長の後についていった。班長は先生に危険なものは持ち込んでいないようだし、しばらく様子をみてくれと話している。
「それは構わんが…トラスト、お前は大丈夫か?」
「え?ああ…まあ、何というかいろいろ複雑な気分ですよ」
班長は苦笑する。
「複雑?」
「…ええ、詐欺師だとわかっている相手に騙されてもかまわないような気分というか…すっきりしない感じが半端ないんですがねぇ…」
先生はそうかと言ったきり、それ以上何か聞くようなことはなかった。班長も、それ以上話す気はないようで、そのまま、隊舎へ足を向けた。マルクは、ジェドがおじいさんの膝ですやすや眠っている姿をみて、ほっとしながら、班長の後に続く。戻るまで、無言だった班長が、当番小屋のところで、今日のことはしばらく誰にも話さないでくれるかという。マルクは、はいと頷いた。
「じゃあ、俺はちょっと館の方に行ってくるから、なんかあったら呼びに来てくれ」
「わかりました」
班長はうんと頷いて、出かけて行った。それと入れ違いで他の班長たちが、小屋を訪れる。
「トラストは?」
「お館に出かけていきました」
全員が難しい顔をした。
「なあ、マルク」
「はい」
「何があった?」
マルクは、そう聞かれたので不審者の身分を確認しましたと報告する。
「ふうん…本物か…」
「なら、どうして報告なしで、館に行ってんだよ。あの人は」
納得がいかないという顔をしているのは、トラスト班長の後輩たちで、同期の二人は何かを理解している様子だった。
「トラストのことはしばらくほっとけ。俺とタイガが話を聞いておくから」
「けど…」
「よせよ。ラヴィ。先輩たちがそうしたいって言ってんだから…」
「…わかったよ。でも、情報共有ちゃんとしてくださいよ。何かあっても対処できなかったなんて嫌ですからね」
「当然だ。とりあえず、お前ら隊舎に戻ってろ。俺たちはここでトラストが戻るのを待つ」
了解と言って、タイガとグレンを残して他の班長達は隊舎に戻った。マルクは、小屋に入ってお茶をいれる。タイガとグレンは、その姿を見ながら、クスクスと笑った。マルクは、首を傾げながらも二人にお茶をだす。
「トラストのことだから、なんか口止めでもしていったんだろう?マルク」
マルクは頷かずに、いいえと答える。内心、申し訳ない気持ちになったが班長との約束なので破るつもりはない。
「よせよ、グレン。マルク困らせんなって…ギルがキレるぞ」
「あー…そうだな。そりゃちょっと面倒だな」
マルクはなぜギルの名前がここで出てくるのかよくわからないし、キレる理由もわからなかった。少し戸惑ったような顔になっていたのだろう。タイガがマルクを見て、ああ、悪い悪いと言いながらも笑う。
「…入隊してそろそろ半年か?」
「早いよなぁ。ギルバートブチキレ事件から三カ月」
マルクには話が見えないが、質問せずにただ黙って書類の整理を始める。領民からの要請書や報告、隊からの危険領域のお知らせなどを分類する。
(ギルバートブチキレ事件?あの陽気で親切なギルが?)
マルクは、入隊し、同室になってから、彼が怒った顔をなど一度も見たことがない。会った時から、とても気さくなルームメイトで、誰にでも親切な彼の姿しか知らない。
「マルクはドナルドのこと覚えてるか?」
タイガがそう尋ねたので、作業の手を止めてはいと答えた。同じ町の出身で、大きな商家の三男だ。魔力が高く、体つきもしっかりしていたから、すぐに魔物狩りにも参加していた。マルクには、自分に対して同じ町の出身だということを、あまり快く思っていなかったなと言う程度の印象しかない。同期で入隊して三か月で辞めたし、所属の班も違ったから、ほとんど接点はない。顔は覚えているが他のことはよく知らない。
「あいつが隊を辞めたというか、辞めるしかなかった理由がギルバートのブチキレ事件なんだよねぇ」
「まあ、あれは確実にドナルドが悪いだろう。入隊時から、あいつは問題だらけだったし…しばらく俺たちの課題だったもんな」
「そうそう。フェルローが<いいところが見つからない。伸びしろがまったく見当たらない!>って苦悩する姿が笑えたけど。さすがに、半月過ぎたころから、伸ばす方針から折る方針に変えたもんね」
「方針変更やむおえず。とはいえ、その判断が少し遅かったせいで、結局ギルがキレわけだが…マルクは理由を知ってるか?」
マルクはいいえと答えた。グレンはだろうなと苦笑する。
「この話、ギルにはするなよ。実はな、入隊時からドナルドは同期の奴らを見下しててな。特にギルに対して<貧乏貴族で実力もないのに第一班とか、笑えるな>だの、<おチビちゃんは、大人しく隊舎にいろよ>とか、まあ、さんざんに絡んでたけわけだけど、ギルはずっと無視して相手にしてなかったんだ。けどな、<ルームメイトの木偶の坊は、元気か?いつ辞めるんだ?>とか<まったく恥ずかしいね。あんなぼんくらと同じ町出身とか>ってお前のこと悪く言い始めたんだよ」
マルクは、陰口をたたかれていた事実よりも、ギルと仲良くしていたことで、彼が嫌な思いをしていたのかと思うと凹んだ。
「ああ、違う、違う。お前が凹むな。どうせ、お前のことだからギルに迷惑かけたとか思ってんだろ?」
図星を指されて、さらに凹む。
「話は最後まで聞きましょう。ギルはね。それを聞いても反応しない努力をしながら、トラストにはドナルドがお前を標的にしないように気を付けてほしいって言ってたんだ。けど、ドナルドが<知ってるか?あの木偶の坊。事務局の餓鬼どもに媚び売ってんだぜ。ああ、もしかしたら、幼女趣味の変態かもな。そのうち、本性出すんじゃねぇの?ああ、もしかしておチビちゃんはもう喰われたか?気持ちわりぃくらいお前ら仲がいいもんな。…また、だんまりかよ…すかした態度とりやがって…そっちがその気なら、あの木偶、おっぱらってやるよ!ついでにお前も男にケツふる雌にしてやらぁ>ってせせら笑ったんだ」
「完全自爆。周りにいた同期たちも、ドン引きの発言」
「そしてギル君はついに、ドナルド君に反応したのです。<マルクを追い出すだって?虫けらが?>とそれはそれは美しい笑顔で答えたそうだよ。見てみたかったな。俺」
「俺も~」
マルクはその話を聞きながら、深くため息をついた。ギルがそんな暴言に晒されていたことに、気がつかなかった自分の鈍さに情けなさがこみあげてくる。
「僕は…ずっとギルの足を引っ張ってたんですね」
「いやいや。その逆」
「え?」
「ギルがドナルドを無視していられたのは、むしろマルクのおかげだよ」
「え?どうしてですか?」
「あいつね、入隊の時にさ。短気な性格なので、ルームメイトは器の大きい相手でおねがいしますって言ってたんだよ。自分の短気なとこ治したいからって」
「俺たちは、性格を無理に変える必要はないだろって話したんだけど、ギルは怒りで周りが見えなくなるのが一番怖いんですって言うから、じゃあ、とりあえず、お前と同室にしてみようってことになったわけ」
「で、同期のドナルドがアレだからね。ギルと喧嘩になるのは時間の問題だって俺たちは思ってたわけだけど」
「全然そんな気配はないし、突っかかってるのは一方的にドナルドだし…トラストに聞いたらさ。ギルはマルクがいろいろ気遣ってくれるから、頑張れるって言ったそうだよ。それに、お前と話をするとドナルドの暴言がどれほど子供じみてるかよくわかるから、怒りもわかなくなったんだって」
「まあ、だからこそ、お前を追い出す発言にはブチキレたらしい」
マルクは二人の話がうまくのみこめない。入隊式は隊長の挨拶、それも<死ぬなら除隊してからにしてね>の一言と、班分けと、部屋割り。警備隊の規律については冊子を読むことと、原則、班長命令絶対だからと副長のお達しを受けた後、各自部屋に荷物を解散となった。
あの日、お互いに自己紹介をしたとき、ギルは少しだけしかめっ面で<敬語とかやめろ。俺たちは同期なんだぞ>と言った。マルクはその一言で、ギルは階級など気にせずに仕事がしたい人なんだろうとは思ったが、すぐに敬語をひっこめることができない自分がいるとわかっていたので、<時間をください。僕はあなたと線を引きたいわけじゃないです。ただ、習慣が抜けるまで時間がかかるんです。すみません>と謝った記憶がある。そのときのギルは、どんな顔をしていただろうか。そこまでは思い出せないけれど、彼はマルクがため口を聞けるようになるまで待ってくれたし、気さくに話しかけてくれた。だから、マルクはギルといると気が楽だった。自分の方がいつも彼に助けられていると思っていたから、班長たちの話がのみこめないのだ。
「マルク、そんな難しそうな顔するなよ。単純な話だ。ギルにとってお前が大事な友人だってことだよ」
「一番の親友を力でねじ伏せて追い出すぞっていわれりゃ、我慢しろってほうが無理なのさ」
「本当にね。俺たちも反省しちゃったよ。あの光景みたときは」
「だな。ギルは魔力が弱いと言っても、体術は別格だからな。俺達でも互角ですむかどうかあやしいし…」
「虫けら呼ばわりされて逆上したドナルドが瞬殺されても、不思議じゃないけど…」
「さすがに、地面にめり込んだドナルドを見たときは、あー…こいつ死んだな。トラスト、始末書どころじゃねぇぞって思ったね」
「ま、死んでないけどね。綺麗に全身の骨が折れてたけど、内臓の損傷はなかったし、ブチキレたわりにはちゃんと加減してるギルって、怖すぎ~。ってことで、ドナルド君は魔物退治中の事故で怪我して治療ということで実家に帰されました。以後、お前は<猛獣使い>としてあがめられているのである」
おしまいとタイガがおどけて見せた。マルクは、何と言っていいのかわからなかった。そして、これからギルに対してどう接したらいいのかさえ、わからなくなる。親友として認められていることは、嬉しいと思う。けれど、それほどの才能のあるギルの友人に自分は相応しいのだろうか。毎日、雑用をこなすのが精いっぱいで、隊の役には立てていない。領民ともうまくいっているとは言えないのに…。
「マルク。お前にとってのギルは何だ?」
「親友です…でも、僕みたいな役立たずが、そんなこと言っていいのかわかりません」
「じゃあ、お前はまず自分の問題に向き合え。お前の問題は、自分が役立たずだと思い込んでいることだ。お前は役立たずじゃない。お前しかもってない強さがあるんだぜ。ギルはそれを一番に見つけたんだよ。だからさ、あいつが見つけたお前の強さを自覚できるようになれよ」
「僕の強さ…ですか?」
「そうそう。まず、それについてしっかり考えろ。禿げるぐらい悩んでみな。そしたら、胸張って自分はギルの親友だって言えるようになるから」
(胸を張ってギルの親友だと言えるように…なりたい…)
マルクは、深く息を吸って、俯けていた顔を上げると二人をまっすぐに見つめて、わかりましたと答えた。
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