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第一章 悩める大人たちの狂騒曲
貴族嫌いの侍女は、彼らの絶望を笑わない(3)
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レントは、息を殺して女の後をつけていた。女は山の中を歩いているはずなのに、まるで普通の道を歩くかのように躓くことも立ち止まることもない。レントは、何度か躓きかけては、音を出さないように、転ばないようにと注意を払うのに必死だった。不思議なことに、女との距離は一定間隔を保ったままだ。それに気がついた時、女が振り向いた。レントは、慌てて体を伏せたが気づかれなかったとは言い切れず、そっと顔を上げる。すると、大丈夫ですかと、女が声をかけてきた。
(ああ、やっぱり、バレてたのか…)
レントはゆっくり立ち上がって、言葉を探すが見つからない。
「…顔色がよくないようですね」
「え?…ああ、えっと久しぶりに山に登ったから…」
女は近づいてきて、手を差し出した。
「回復魔法をかけますから、手を乗せてください」
にっこりと微笑んで差し出された手に、おずおずとレントは手を乗せる。女の手は冷たくて心地よかった。
「どうですか?」
「え?あ…」
レントは驚いた。いつも体が重くて、今日はそれでもキラ先生の薬のおかげで楽な方だったから、不法侵入者の後をつけてきたのだけど。
「軽い…あんた…俺になにしたの?」
「回復魔法をかけただけですが…もしかして、あなたは魔法のことをご存じではないのでしょうか?」
「知ってるけど…あれって貴族とか警備隊とかで訓練したやつとかしか使えないんだろ?もしかして…貴族のところで働いてるやつらは、みんな使えるの?」
女は、なるほどとつぶやいた。
「とりあえず、そこの切り株にでも座りましょう」
そういってレントの手を取ると、斜面を少し上って切り株のそばまで連れて行く。レントは、女が切り株に座るものだとばかり思っていたが、彼女はレントに座るように言う。
「俺は…」
「どうぞ、座ってください。遠慮などする必要はございません。わたくしは貴族の犬ですから…貴方はわたくしの後を付けてきて、何か知りたかったのでしょう?」
レントは、ばつが悪そうに切り株に腰かけた。
「バレバレかぁ…気を付けてたけど、慣れないことはしないほうがいいよなぁ」
残念とばかりにため息をつくレント。
「俺…あんたが兎のスープをルナたちにやっただろ?」
「ええ、宿代として差し上げましたけど、何か問題でも?」
「別に、問題はなかったよ。みんな何も言わないけど、美味しかったし…ただ、あの兎肉ってビッケだろ。表になめしてある皮を見たから、間違いないと思うけど。あいつ、捕まえるのって簡単じゃないよ。罠を仕掛けたって、滅多にかからない。だから…その…」
「どうやって捕まえたのか知りたかったというわけですね」
うんとレントは頷いた。魔法ですわと女は答える。
「そっか…じゃあ、俺には無理かぁ」
レントは、そうだろうなと思いつつ、ため息を吐く。捕まえ方がわかれば、少しは妹の役に立てたかもしれないのに…。
「そうですね。今の貴方には無理かもしれませんが、明日の貴方にはできるかもしれませんよ」
「は?何言ってんの?俺、魔法とか使えないし…体が弱いから、薬草取りにもいけないし…」
「おかしいですわね。この国の人間なら誰でも魔力を持っていますし、魔力の高い人間は魔法石鉱山には三時間しか入れない決まりですけど…そういえば、あの男性は何と言っていますの?」
「男性?」
「ええ、みなさんをまとめてらっしゃる方ですわ。少し薬草の匂いをさせておられたので、治療師か調薬師の方かと思いますが…」
「ああ、キラ先生のことか。そうだよ。先生は調薬師だよ」
「でしたら、坑道に住む危険性をご存じなのでは?」
レントは半年前から坑道で暮らしているし、七歳になったときから、鉱夫として働いていたが、魔力や魔法の話は聞いたことがない。ただ、キラ先生は最初レントと妊婦である母親には、警備隊の隊舎に住むよう言っていたし、警備隊の方でも部屋を用意すると言ってくれた。けれど、母親は自分たちだけ特別扱いされるのは困ると言って断ったのだ。そのことを女に話すと、理由はお聞きになりましたの?と問い返してきた。
「なんか、母さんが聞いたみたいだけど。俺は知らない。ただ、先生は薬を作ってくれてるし、俺にはできるだけ、外に出るようにしろとは言ったけど…」
「そうですか。では、わたくしから説明いたしましょう。ただ、その前に、一つ確認するので答えてくださいね。まず、この国の人間なら誰でも魔法を使う力がある。これはご理解いただけますか?」
レントは、まさかと思いつつも、とりあえず、それを前提にしないと話が進まないような気がしたので、わかったと答える。
「では、キラ先生や警備隊の方が貴方やお母さまに隊舎で生活するようにすすめた理由を申し上げます。魔法を使うための力。これを魔力といいますが、この力が高い人間は鉱山で働くことを禁止、もしくは一日三時間以上の鉱山労働をしてはならないと国の法律で決まっています。理由は、命にかかわるからです」
「命?」
「ええ、おそらくキラ先生は貴方の体が弱いことが鉱山と関係があるとお考えになったのでしょう。魔力の高い人間は、魔法石の原石に魔力を奪われるのです。長い時間、鉱山で働けば体が弱って死に至ります」
「けど、俺も母さんも半年ここで暮らしてるし…体は弱ってるけど、今日みたいに調子がいいときもあるし…」
「そうですね。でも、それはあの坑道が魔法石を取りつくした廃坑だということと、キラ先生の調合される薬のおかげです。貴方は生まれつき病弱な体質だったのですか?」
「え?…いや…七歳のときから鉱山で働いてて…年々調子が悪くなって…」
それと同じくらいのスピードで魔法石は取れなくなっていった。レントは急に不安な気持ちになってきた。
「そうですか。やはり、貴方の魔力は高いようですね。今は、キラ先生の薬が効いているようですが、これが効かなくなれば、貴方は衰弱して死にいたります。お母さまも、もしお腹の子の魔力が高ければ、流産する可能性がありますし、場合によってはご本人の命にもかかわるかと思います。今からでも遅くはありません。警備隊の隊舎に移った方がよろしいでしょう」
「…あんた、やっぱり、悪い奴だ」
「やっぱり?」
「昨日は、兎のスープでごまかせたかも知れないけど、今日の話は信じられない」
「別に、信じようと信じまいとわたくしには関係ございませんが…貴方はビッケの捕まえ方が知りたいのでしょ?」
「そりゃ…」
「魔法をきちんと覚えれば、兎はこうやって捕まえられます」
女は、茂みに隠れていたビッケを摘み上げた。レントは、ビッケが動かないのに驚く。
「わたくしの場合は、呪文がいりません。呪文を使う場合でも、短い言葉を詠唱するか、空中に簡単な文字を書くだけです。物理的な罠よりも効率よく獲物がかかります。まあ、貴方はわたくしの言葉を信じないのですから、魔法の使い方を教えるといっても聞く耳を持たないのでしょうけど…」
女はそういうと、スカートのポケットからナイフを取り出して、あっとゆう間に兎の皮をはいだ。あたりには血が飛び散っているのに、女の服にはシミ一つない。女は兎の皮にふっと息を吹きかけた。それだけで、血まみれの皮は綺麗になり、女は兎を元に戻すかのように皮に包むと茫然としているレントの膝に乗せた。
「本日の宿代です」
そう言って、彼女は山を降りて行った。レントは、日暮れまで動けなかった。体の調子が悪くなったわけではない。むしろ、軽い。だが、自分が何を見て、何を信じるべきなのか、考え込んでいるうちに時が過ぎてしまったのだ。腹の虫が鳴って、ようやく朝から何も食べてないことに気がついた。
(…帰ろう。ルナが戻る前に、こいつを焼くぐらいはしてやろう)
体は軽いのに、心はひどく重かった。レントが帰り着く前に、炊事場の方から煙が上がっていた。誰かが竈で火を使っているようだ。急いで戻ると、ルナたちがパンを焼いていた。
「もう帰ってたのか」
「うん…それより、それってビッケだよね」
「ああ…不法侵入者が宿代だってさ…」
ルナは厳しい表情のまま、ため息を吐く。
「…だと思った。兄さんが、捕まえるにはちょっと難しいと思うし、大人の仕掛けた罠にかかってたなら、おじいちゃんたちが、手ぶらでもどってくるわけないから…それより、体調はいいの?」
「うん…まあ…」
レントは、そう言いながら竈から焼き立てのパンを取り出しているライラとリンの側へ寄った。
「これ…」
そう言ってビッケを差し出すと、二人はびっくりした顔でレントを見た。
「宿代だってさ…」
二人もそう言われて、納得したらしい。レントからビッケを受け取ると、ライラが肉を切り分けて、リンがパンを焼いた残り火であぶった。そして、ルナが手のひらに乗るほどの小さなパンに一つ一つ切り目を入れて、焼けたビッケの肉を挟む。乾燥させて粉々にした香草を少し振りかけると、今日の夕飯のできあがりだ。
匂いを嗅ぎつけたチビたちが、坑道の入り口から顔をのぞかせている。
「ジェドはどうした?いなのか?」
「寝てる」
「具合悪いって」
「先生がお薬のませた」
チビたちが口々にそう言うので、レントは坑内に入るとジェドの様子を見に行った。キラ先生がジェドの側で難しい顔をしている。
「先生?」
「レント…調子は?」
「俺は大丈夫だけど…ジェドは?」
「今朝は元気だったんだが…戻ってきたら、ぐったりしててな」
あの女が何かしたんだとジェドの祖父は、孫を抱えてつぶやく。
「ログ、それは違うと言ったはずだ」
「だが、先生。昨日までこいつは元気だったんだぞ。今だって、熱があるわけじゃねぇ。怪我をしてるわけでもねぇんだ。あんたの薬だって飲んだんだぞ」
「俺の薬は万能薬じゃない。それにジェドぐらいの子供は、急に具合を悪くすることはある。それぐらいあんたも知っているだろう」
ジェドの祖父は、黙った。
「病気なの?」
「その可能性が高いとは思うが…もう少し様子を見なければはっきりしたことは言えんよ。石にやられていなければいいが…」
レントは石という言葉に引っかかった。
『魔力の高い人間は魔法石の原石に魔力を奪われるのです』
不意に女の声が蘇る。レントは、急に不安がせりあがってきて、気がつけば女のいる横穴に飛び込んでいた。
「どうしました?あれでは足りませんでしたか?」
女は本を読みながら、優雅にお茶を飲んでいた。
「…ジェドの様子がおかしいんだ。先生の薬を飲んだのにぐったりしたままで…熱も怪我もないのに」
「でしたら、隊舎の方で見ていただけばいいのでは?治療師の資格を持った方がいらっしゃるはずですが?」
「治療師は…いない。二年前に移動したきり、新しい人が来てないんだ。母さんの具合が悪かったときも見てもらえなかった。けど、そのときは先生の薬ですぐに落ち着いたんだ…だから…その…ジェドは…あんたが俺に使った魔法でどうにかならないのか?」
「回復魔法は、一時的に体力を回復させるだけです。病気の場合は治癒魔法を使いますが…病気の種類がわからないのでは、わたくしが勝手なことをすることはできませんね」
「なんで!」
レントは思わず叫ぶ。
「治癒魔法は、呪文が病気ごとに異なります。呪文を必要としないわたくしでも、病状と治療師の診断がなければ、使ってはいけない魔法なのです。間違った治癒魔法を使えば、病気を悪化させたり、命を奪うことになります。キラ先生は何とおっしゃているんですか?」
レントはもう少し様子をみないとわからないと言っていたと、呟く。
「なら、お任せしておいていいのではないのですか?」
「けど…石かもしれないって…」
「石…ああ、魔法石の影響が心配されるのですね。でしたら、ここへ連れて来てください。わたくしが回復魔法をかけてみましょう。それで、元気になれば石の影響でしょうし、そうでなければ病気でしょう。まあ、貴族の犬に頼むより、隊舎に連れて行けば回復魔法が使える方もいらっしゃるはずですから、問題ないとは思いますが…」
レントは、無言でジェドのところに戻った。相変わらず、先生は厳しい顔をしている。
「先生…ジェドは隊舎で回復魔法をかけてもらえばいいんじゃないの?」
「回復魔法は一日に何度も使えるほど、簡単な魔法じゃない。今日の当番隊員に頼んで一度はかけてもらったが、彼は魔力が弱いから、効き目は薄いと言っていたよ」
「他の人は?」
「無理だろう。朝からずっと魔物狩りに出ていて、一度も隊舎に戻っていないらしい」
レントは、夕食のパンをほおばるチビたちと、何の反応も示さないジェドを見た。そして、深い深呼吸をしてから、突然、ログからジェドを奪った。
「な、何をする!」
「ごめんなさい!」
レントはジェドを抱えて、女のところに飛び込んでいく。ログが慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩し、キラ先生に支えられたのが、一瞬視界に入った気がしたが…。
「連れてきた」
「…いいんですか?わたくしは貴方たちの大嫌いな貴族の犬ですが?」
「わかってるよ!けど、今はあんたにしか頼めないんだ!」
「いいでしょう。ただし、三つ条件があります」
「俺ができることならする」
レントはジェドを抱えたまま、女の前に座った。女はジェドの小さな手を取って、条件を言った。
「一つめは貴方とお母さま、この子、他にも石の影響で弱っている方がいるなら、すぐに隊舎に行くこと。二つめは貴方は明日から、わたくしに魔法を教わり、覚えること。三つめは、しばらく宿代は免除していただくこと。以上ですわ」
そう言って、女はジェドの手を離した。ジェドは、眩しいと言って目を擦った。
「あれ?ここどこ?レントにいに?」
「うん、そうだよ。にいにだ。腹減ったろ」
「うん…この人誰?」
「…俺の知り合い。名前は…」
女はマリーと申しますと律義にジェドにお辞儀する。レントはあくびをするジェドを抱えて立ち上がり、ねぐらに戻った。ログはカンカンに怒っていたが、ジェドがお腹すいたと泣きつくと、すぐに今日のパンを差し出す。
「…お前、あの犬に何をさせた」
「回復魔法をかけてもらったんだよ」
「なんだって?」
ログは驚く。聞き間違いかと思うほどに、ポカンとしてしまった。
「レント、お前も食べろ」
キラはレントにパンを渡して、マリーのところに行った。マリーは相変わらず、優雅にお茶を飲んでいる。
「あんた、本当にただの侍女か?」
「ええ、そうですが?」
「レントに何をした?」
「レント?ああ、ジェド君がにいにと言っていた少年のことですね。今日、狩りの途中でお会いしたので、回復魔法をかけました。それから、魔力や魔法、鉱山についての注意事項などを少々お話させていただきましたけど。何か不都合でも?」
「…不都合だな。ここには学び舎がないし、生きるので精いっぱいだ。帰る家もない。坑内でなければ、冬は越せない」
「そうですね。まあ、秋のうちに新しい家ができてしまえば、問題はないでしょう」
「できるとでも?」
マリーは穏やかに微笑んで言う。
「少なくとも、ここにいらっしゃる女性や子供が暮らせる数はできるではずです。男性たちには隊舎ぐらしをしていただくか、こちらに留まってもらうかもしれませんが」
「なぜ、そう言い切れる?ここには家を建て直すだけのレンガも、それを焼く窯もないが?」
「そのような物は、必要ありません。他の領地から、運び込めばいいだけです」
「はっ!いったい、どこの領地がここにそんなものをよこす?ここへ送られてくる次の管理人はそんなに金持ちなのか?そんなに位が高いのか?」
マリーは、のんびりとお茶を飲みながら、そうですねと言う。
「旦那様にはまだ爵位はございませんし、お父上の侯爵であるガルム様は、いろいろな方面で厳しい方ですから、息子のためといって、大金を馬鹿のように使うことなどないでしょう」
「だったら…来ても来なくても何も変わらないじゃないか…」
キラは悔しそうにそう言って、俯いた。
「本当にそう思いますか?」
キラはマリーの言葉に、顔を上げ睨み付ける。ドラグーンが荒れていくのはあっという間だった。あのブランカ伯爵が死んでも国は何もしなかった。今更、新しい領主が来たといって、領民がまともな生活などできるわけがない。
「税を貪るしか能のない奴らが…いったい、あとどれくらいここから奪えば気が済む!」
マリーは、小さくため息を吐いた。
「まったく、おっしゃる通りですわ。貴族など寄生虫でしかございません。ですが、ここへ来るのはわたくしの主とその旦那様です」
「何が違う?」
「違いますわ。もうすでに、お嬢様のお力は発動しておりますもの」
「…どういう意味だ?」
「どういう意味?館をご覧になったでしょ?あれはどなたが修繕なさったんですか?」
キラはぐっと言葉を詰まらせる。警備隊の悪口は言いたくない。だが、どうしても理解できなかった。館の修復をする彼らのことを。結局、彼らも貴族なのだと、どこかで失望していた自分のことも認めたくはない。
「警備隊の方の中に、お嬢様をご存じの方がいらっしゃった。ただそれだけでのことです。国が命じたわけでもなければ、彼らが貴族だから動いたわけでもございません。ただ、一人の女性がここへ赴くと知っただけです」
「…ただ一人の女のために?余計にわからんな」
「では、警備隊はなぜあなた方の生活まで支援なさっているのでしょう?」
「それは…警備隊の隊長が平民出身だからだろう」
「その程度の理由では、あなた方に生活支援をすることは不可能です。警備隊のお給料は国が三分の一、残りは領主が払います。どんなに平民出身の隊長であろうとも、領地に来ない領主への請求はできません。たとえ手紙で訴えたところで、無視されてしまえば、直接取り立てることも不可能です。彼らは土地を離れられませんから」
「…なら、貴族出身の隊員たちが自分を犠牲にしてドラグーンに奉仕しているとでもいうのか?貴族は寄生虫だといった、その口で」
「いいえ、わたくしはお嬢様とお知り合いである方なら、この地の状況を無視することはないと言っているだけで、身分のことなど一言も言っていませんわ。それにルナさんたちにも言いましたが、わたくしは貴族に仕えているのではなく、たまたま貴族という肩書をもったルーシェ・アリスベルガー様にお仕えしているだけです。今は、リザーズ夫人ですが…」
キラは頭が痛くなってきた。この女は自分を丸め込もうとしているのか、それとも貴族にも良心があるといいたいのか、さっぱりわからない。
「一応、お伝えしておきますが、お嬢様の旦那様であるクリストファー・リザーズ様には、ここに来るまでに、いろいろご準備していただくようお願いしています。あの方は、リザーズ家の領民に信頼されておりますから、人手ならいくらでも動かすことができますし、交渉事もお得意です。ここに必要な物の半分ぐらいは旅の途中でご用意できるでしょう」
「残りは…国が動くと?」
マリーは、心底不愉快だといわんばかりの顔でありえませんわと答えた。
「国がブランカ伯爵のしりぬぐいをするつもりなら、大公なり、公爵なりにまかせればいいだけです。位のない、結婚したばかりの令息夫妻など、使い物になるはずもありません。この現状をみれば、すぐに逃げ出すのが関の山。まったく、お嬢様と旦那様ならどうにかできると踏んでいるだけに、腹立たしいですわ」
キラは、マリーの姿が、井戸端で雇い主の馬鹿息子の話でもしているような女たちの姿と重なる。
「国があんたの主とその旦那をそれだけ信頼しているといいたいのか?」
キラが困惑しながら尋ねると、マリーは違いますわと思い切り顔をしかめて否定した。
「単に利用したに過ぎません。まったく、腹の立つ」
「利用?」
「ええ、お嬢様のお知り合いは方々におられますし、いろいろとご尽力してくださる方なら、ご実家の領民の中にもたくさんおりますの。国はお嬢様の人脈を利用しようという腹づもりですわ。まったく、寄生虫の親玉だけあって腹黒いことこの上ありません」
キラはマリーの怒り方に気圧されて、相手が貴族の侍女だということを忘れそうになった。それでも、疑念は拭えない。位のない令息夫妻に、この領地を立て直すのは無理だ。たとえ、国が大公や公爵を差し向けても、最終的には領民が逃げ出すか、貴族が放り出すか…あるいは警備隊を巻き込んで一戦交えるようなことが起きないとは言えない。
「…あんたは国に腹をたてているようだが、リザーズ家に利益がないはずはないだろう?違うか?」
マリーはそんなものありませんときっぱり否定する。
「リザーズ家に利益が発生するのであれば、ご当主のガルム様に白羽の矢が立つでしょう。もしそうであれば、ガルム様くらいしっかりしたお考えのある方なら、家格の引き上げやもっと利益のでる土地の所有を望むでしょうし、ドラグーンのみをどうにかしろというのなら謹んでお断りされるでしょう。だからといって、土地を欲しがっている家格の低い貴族にドラグーンを託しても、どうにもならないのは火を見るよりも明らか。だいたい、ドラグーンを管理することで何の利益がありますの?すでにブランカ伯爵が貪りつくして骨もないような辺境地ですよ。そのうえ、ドラグーン以外の伯爵領はございませんし、それ以外の財産は没収済みですわ」
「なら、その財産が欲しくて…」
マリーは大げさに大きなため息をはいて、キラの言葉を遮った。
「ありえません。ブランカ伯爵家の跡取りがすべて放棄したということは、領地以外の財産など王都の邸宅くらいです。そんなもの、リザーズ侯爵家やアリスベルガー子爵家の一ヶ月の収益にもなりませんわよ。そのようなはした金に目がくらむような愚か者にわたくしの大切な主を嫁がせた覚えはありませんし、そんなお馬鹿さんに恋い焦がれるほど、わたくしの主は能天気でもございませんわ」
まったく、失礼なといいたげにマリーが睨む。
「なら、位がないんだから受けられないと断ればよかったんじゃないのか。あんたの主の旦那は…」
「まったく、その通りです…といいたいのですが、位がないからこそ、王の勅命からは逃げられません」
「どういうことだ?」
「国軍と同じです。貴族の子息は、所有する領地のどこかを管理する名目で家格より下の位を授かることはありますが、跡継ぎは、親が引き継ぎを申し出ない限り、跡継ぎという立場であっても、位にはつけない決まりなのです。その代り、国軍に務めるのと同じだけの給料が国から支払われます。ただし、ブランカ伯爵のご子息のように、伯爵の位を継ぐつもりがなければ、奥様のご実家に婿養子として届けを出して、男爵の位を得ることは可能です」
くだらない根回しは必要でしょうけどと、皮肉たっぷりにマリーは言った。
「つまり、国から給料が支払われている以上、勅命を避けられないということか?」
「ええ、まったく、その通りですわ。ただ、旦那様はお嬢様が嫌だと一言いえば、きっと姿をくらませるくらいのことはなさるでしょうし、現にこちらの状況をお調べしてご報告した際に、お嬢様が嫌なら陛下に土下座してでも辞めるとおっしゃられたくらいですから…」
キラは、どういう意味だと聞く。
「別に深い意味はございません。国や御家より、お嬢様の方を優先させる方だというだけです」
「…ちょっと待ってくれ…つまり、今回の派遣についてあんたの主は嫌だと言わなかったということか?ここの状況が最悪だと知っていて?」
「ええ…」
マリーは何かを思い出したように、がっくりと肩を落とした。キラは、首を傾げながらなぜだと呟く。
「大変お恥ずかしいのですが…お嬢様は『新婚旅行』がしたかったらしいのです」
「は?え?『新婚旅行』?」
「…はい、ご成婚されてご実家やリザーズ家の領地で結婚のご報告はされたのですが、何分、お忙しい方々なので…結婚後に計画されていたお二人だけのご旅行は取りやめとなったのです。まさか、そこまで楽しみにしていらっしゃるとは思いませんでしたので…わたくしは、今年の冬ぐらいにはなんとか予定を調整してご旅行にいっていただこうと考えておりました。…ですが、突然の王命というお仕事を理由にされるとは…まったく予想できませんでした」
一生の不覚ですわとマリーは項垂れた。キラは、深いため息をついて反省しているマリーを見つめた。
(一体、どういう人物なんだ?この女の主は…)
「…こんなことになるなら、きちんと計画を実行しておくべきでした。きっと今頃、お嬢様はお嫁入り道具を売り払う算段でもされているでしょう」
「ちょっと待て…なんでそうなる?」
「決まってるじゃありませんか。ドラグーンの領民が困窮していることぐらいあの方は理解されていますもの。旅行しながら、自分の持ち物を売り払って食料や衣類を調達し、すぐにでもこちらに届けるくらいのことはなさいます」
「待て、待ってくれ…そんなまどろっこしいことしなくても、旦那がいるだろう?それに実家を頼ればいいんじゃないのか?旦那の親に頼むことだって…」
マリーは首を横に振る。
「普通はそう思うでしょうが、あの方はそういうところが少し抜けておりますの。自分でできることを探す癖がございまして…まあ、クリストファー様に止められているとは思いますけど。この癖につきましては、同情申し上げるとしかいいようがございませんね…周りの人間には当然のように、できる人に頼めばいいと言いますが、ご本人は自分ができることを探して、探し尽くしてようやく人を頼るような方なので…すぐには、自分の旦那様がちゃんとお給料をもらっていることにも気づかないと思います」
キラは思わず天井を仰いだ。
「そりゃ…旦那としては凹むな」
「ええ、まあ、幸いお付き合いが長いので、それなりにお嬢様の性格はご存じですから…問題はないと思いますが…」
「同情は禁じ得ないというわけか」
「さようでございます」
キラはすっかり毒気を抜かれたような気分になった。侍女の策略だと疑ったところで、何の意味があるだろうかとさえ、思えてきてしまう。キラは深いため息を吐いて言った。
「…わかった。あんたが無能な貴族に仕えているわけじゃないってことはな。だが、そう簡単にあんたの言ってることを信じたわけじゃないぞ」
「別に信じていただかなくても、結構です。わたくしはお嬢様にさえ、危害が及ばなければそれで構いませんもの」
マリーはお好きにどうぞと言わんばかりの態度だったが、キラには、あえてそんな風に突っぱねるように言っている気がしてしまうから、不思議だった。ねぐらに戻ったキラに、領民たちが、探るような視線を向けてくる。そんな中で、レントが話しかけてきた。
「先生。俺と母さんとジェドの他に、石の影響が出てる人はいる?」
「まあ、何人かな。何でそんなことを聞くんだ?」
「ジェドに魔法をかけてもらったときの条件が三つあって…一つは魔法石の影響がある人間はすぐに隊舎に行けって。それと、明日から俺に魔法を覚えろって。で、しばらくは宿代がだせないらしい…」
キラは、そうかと言った。
「ルナ。当番小屋に行ってどれぐらいの人数なら受け入れられるか、確認してくれるか?」
「わかった。けど、隊舎を使わせてもらうなら、室長と話さないといけないから、人数がわかってもすぐには無理かもしれないよ」
キラは頷く。だが、一人の老人がキラを罵り始めた。
「たかが兎二匹で、貴族の犬にへいこらしやがって…あんたも、あの犬に何を食わされた!金貨でももらったのかよ!」
キラはいいやと答えたが、老人は牙を剥き出しにした犬のように吠える。
「じゃあ、何か?誘惑でもされたか?いい年して、若い女にのぼせたか!」
「…それは言いすぎだ。ジン」
「へっ。何が言いすぎなもんか…ログ。お前も腰抜けになったな」
「な、なんだと!」
「たかが、孫の具合を治したからって…あいつらが俺たちから奪ったもんのことを忘れたかよ!」
ログは口をつぐむ。ジンが怒るのは当たり前だ。彼の家族は、みんな死んだ。二人の息子は坑内で倒れてろくな手当も受けられずに衰弱した。キラの薬ではどうにもならならずに死んだ。妻は二人の息子を亡くしてから、気がおかしくなって川に飛び込んで死んだ。長男の嫁は、孫を連れて逃げる途中で、税の取立人に捕まってなぶり者にされて孫と心中した。次男の嫁には子供がおらず、それでもジンを助けて必死で働いたが、冬に病で死んだ。ログもジェド以外の家族を失っている。ジェドの母親は産後の肥立ちが悪くて死んだ。その夫でログの一人息子は、ジンの息子と同じように衰弱して死んだ。
ジンが、さらにキラを責めようとしたとき、リンが怒鳴った。
「いい加減にして!キラ先生は悪くない!」
「うるせぇ!ガキのお前に何がわかる!」
「わかるもん。家族がいないことが辛いことぐらい…あたしだってわかるもん!でも、それは先生のせいじゃないでしょ」
「こ、こいつだって同じだ!調薬師のくせに、俺の息子を二人とも助けられなかったんだからな!」
「そうだな。俺はあんたの息子たちを確かに助けられなかったよ」
キラは静かにそう言った。
「だから、あんたが俺に何を言っても構わないが、今ある命を助ける邪魔はしないでくれ」
頼むとキラは深く頭を下げた。女たちも言う。
「ジンさんの気持ちはわかるけどね。先生を責めて誰かが生き返るのかい?」
「そうよ。先生は独り身なんだ。あたしらなんかほったらかして、よそへ行くことだってできた。でも残って助けてくれた」
「誰が薬を作ってくれるの?誰が滋養のある野草を知ってるの?」
「男たちだって逃げ出した奴ばっかだし、残った奴らだってどれほどのことをしてるっていうのさ」
ジンはうるさいと怒鳴った。
「だったら、お前らは貴族を許すというのか!許せるのかよ!」
女たちは静まり返る。許せるわけがない。何もかも奪って行った貴族を…。
だけどとライラが呟いた。勇気を振り絞るように…。
「みんなが食べてる食料は、警備隊からもらったんだよ。あの人たちの中には貴族だっている…でも、誰も怒鳴ったりしない!奪ったりしない!…ねえ、本当に貴族って言うだけで悪い人たちなの?あの人たちも、同じだから嫌いにならなきゃいけないの?憎まなきゃいけないの?」
ライラは教えてよと泣き出した。ルナとリンがそっとライラの側に立つ。
「貴族が好きなやつなんて、ここにはいない。ここに誰が来たって、奪っていくだけだと思ってた。けど、あの人は何も奪ってないよ。律義に宿代だってビッケをくれた。あたしたちは、それを食べた。警備隊の人たちだって、何も奪わない。あのさ。あたしたちが仕事や勉強をみてもらってる室長は、平民だけど、不法侵入者の知り合いでもあるんだ」
大人たちが、ぎょっとした顔で息をのむ。
「だけど、あの人が不法侵入者って言われても、怒らないよ。どうしてだと思う」
「へっ。どうせ、賄賂でももらったんだろうよ」
ジンがそういうと、ルナは悲しそうな顔で言う。
「そうだね。そうかもしれないね。でも、あたしにはそんな風に見えない。室長は、信用してるだけだから。あの人のこと…」
「信用だと?それこそ、嘘っぱちだろうが!」
「本当にそうだって、どうして室長を知らないジンさんが言えるの?」
ルナはまっすぐな瞳で、ジンを見た。
「そ、そんなこたぁ、大人だからわかるに決まってるだろう」
「じゃあ、大人って何?」
ジンは言葉を詰まらせた。
「あたし、今日、室長に聞いたよ。室長は個人的に言えば書類と同じで、ただの分類だって。最初は意味がわからなかったけど…今は、少しわかる」
「な、何がわかるって言うんだ。ガキの癖に」
「ジンさんから見たら、あたしは子供だ。それは確かに間違いじゃないよ。けど、貴族だとか平民だとかで一括りにできないことだけはわかったよ。室長もマルクも平民だけど、ジンさんみたいに怒鳴らないから。同じじゃないってわかった。ありがとう。教えてくれて…あたしは、もう、あの人のことを貴族の犬だなんて思わない。ただのマリーさんだわ」
ルナはにっこりと笑った。ジンは返す言葉がみつからない。笑顔で礼を言う子供を、理不尽に怒鳴り散らすのは、ただの八つ当たりだ。そんな情けないことはできない。
「勝手にしやがれ…」
ジンはようやく絞り出すようにつぶやいて、奥の方へ引っ込んでいった。それについて行くように、力なく年老いた男たちはいなくなった。ログ以外は。
そして、女たちも、胸をなでおろすようにほっと溜息をはく。だが、ライラの祖母は、ルナに言った。
「今日のことは、男たちには言わないほうがいい。きっと、ジンのように引き下がっちゃくれないよ」
ルナは頷いたが、キラは俺から伝えておこうと言った。
「ちょっと、先生。冗談はよしとくれよ。ただでさえ、男どもはイライラしてんだからさぁ。本当に追い出されちまうよ」
「俺は追い出されても構わんさ。それに怒ってマリーのところへ行く方がいい」
「なんでさ。そんなわざわざ喧嘩させなくても…」
「喧嘩をしなきゃ、納得できないのは男の性分みたいなもんだからな」
そうつぶやいたのは、ログだった。
「ログさん、あんたまで何言ってんだよぉ…」
ログはオロオロする女を無視して、キラを見上げた。
「あんただって、本当は喧嘩しに行ったんだろう?あの女のところに」
「まあなぁ…見事に返り討ちにされたようなもんだが…」
キラは珍しく情けない顔で苦笑する。ライラは、涙を拭きながら言った。
「母さんたちも、あの人と話してみればいいわ。それで、悪い人かどうか確かめてもいいと思う」
「ライラ…でも…」
「だって、母さん。あの人、貴族が嫌いなんだよ。貴族の侍女なのに。ね、リン」
「えっと、うん、確かに嫌いみたい。なんか貴族に仕えてるんじゃなくて、仕えてる人に貴族って肩書があるって…よくわかんないこと言ってた」
リンは首を傾げながらそう言った。キラは、子供たちを目をすがめて眩しそうに見ている。レントは、ルナが笑ったことに驚いたし、キラが喧嘩しに行ったのだと知ってさらに驚いた。だが、嫌な気分ではない。どちらかと言えば、何かスッキリした気分だった。
「じゃあ、俺とルナで当番小屋に行ってくるから、母さんのこと頼める?」
キラが頷いた。女たちも分かったという。ルナとレントは急いで、当番小屋まで走った。薄暗い道を走ってくる二人を見つけたギルバートは、驚いて声をかけた。
「ジェド君に何かあったのか?」
「ジェドは大丈夫よ。マリーさんが助けてくれたから」
「マリーさん?」
ギルバートが首を傾げると、レントが不法侵入者と笑う。
「え?ん?あーそう。で、君たち何で走ってきたの?」
「その不法侵入者がジェドを助けるかわりに俺に三つの条件を出したんだ」
「条件を出されたわりには、元気だな。えっと…」
兄のレントよとルナが言った。
「レント君?…あ~?ああ!はいはい!半年前に隊舎に住むはずだった親子って君たちだったのか」
「うん、それでマリーさんが、石の影響を受けてる人間をすぐに隊舎に移せって…で、部屋は何人くらい大丈夫なのか確認に来たんだ」
ギルバートは、なるほどと感心しながら、五十人くらいは大丈夫だよと答えた。
「女性用隊舎がまるっと空いてるからねぇ。よし、俺、隊長室に行って事情話してくるから、君たちは事務局に行ってくれるかい。ジルベールさんはまだいると思うから」
レントとルナは頷いて駆けだした。ギルバートも急いで隊長室に向かった。
(ああ、やっぱり、バレてたのか…)
レントはゆっくり立ち上がって、言葉を探すが見つからない。
「…顔色がよくないようですね」
「え?…ああ、えっと久しぶりに山に登ったから…」
女は近づいてきて、手を差し出した。
「回復魔法をかけますから、手を乗せてください」
にっこりと微笑んで差し出された手に、おずおずとレントは手を乗せる。女の手は冷たくて心地よかった。
「どうですか?」
「え?あ…」
レントは驚いた。いつも体が重くて、今日はそれでもキラ先生の薬のおかげで楽な方だったから、不法侵入者の後をつけてきたのだけど。
「軽い…あんた…俺になにしたの?」
「回復魔法をかけただけですが…もしかして、あなたは魔法のことをご存じではないのでしょうか?」
「知ってるけど…あれって貴族とか警備隊とかで訓練したやつとかしか使えないんだろ?もしかして…貴族のところで働いてるやつらは、みんな使えるの?」
女は、なるほどとつぶやいた。
「とりあえず、そこの切り株にでも座りましょう」
そういってレントの手を取ると、斜面を少し上って切り株のそばまで連れて行く。レントは、女が切り株に座るものだとばかり思っていたが、彼女はレントに座るように言う。
「俺は…」
「どうぞ、座ってください。遠慮などする必要はございません。わたくしは貴族の犬ですから…貴方はわたくしの後を付けてきて、何か知りたかったのでしょう?」
レントは、ばつが悪そうに切り株に腰かけた。
「バレバレかぁ…気を付けてたけど、慣れないことはしないほうがいいよなぁ」
残念とばかりにため息をつくレント。
「俺…あんたが兎のスープをルナたちにやっただろ?」
「ええ、宿代として差し上げましたけど、何か問題でも?」
「別に、問題はなかったよ。みんな何も言わないけど、美味しかったし…ただ、あの兎肉ってビッケだろ。表になめしてある皮を見たから、間違いないと思うけど。あいつ、捕まえるのって簡単じゃないよ。罠を仕掛けたって、滅多にかからない。だから…その…」
「どうやって捕まえたのか知りたかったというわけですね」
うんとレントは頷いた。魔法ですわと女は答える。
「そっか…じゃあ、俺には無理かぁ」
レントは、そうだろうなと思いつつ、ため息を吐く。捕まえ方がわかれば、少しは妹の役に立てたかもしれないのに…。
「そうですね。今の貴方には無理かもしれませんが、明日の貴方にはできるかもしれませんよ」
「は?何言ってんの?俺、魔法とか使えないし…体が弱いから、薬草取りにもいけないし…」
「おかしいですわね。この国の人間なら誰でも魔力を持っていますし、魔力の高い人間は魔法石鉱山には三時間しか入れない決まりですけど…そういえば、あの男性は何と言っていますの?」
「男性?」
「ええ、みなさんをまとめてらっしゃる方ですわ。少し薬草の匂いをさせておられたので、治療師か調薬師の方かと思いますが…」
「ああ、キラ先生のことか。そうだよ。先生は調薬師だよ」
「でしたら、坑道に住む危険性をご存じなのでは?」
レントは半年前から坑道で暮らしているし、七歳になったときから、鉱夫として働いていたが、魔力や魔法の話は聞いたことがない。ただ、キラ先生は最初レントと妊婦である母親には、警備隊の隊舎に住むよう言っていたし、警備隊の方でも部屋を用意すると言ってくれた。けれど、母親は自分たちだけ特別扱いされるのは困ると言って断ったのだ。そのことを女に話すと、理由はお聞きになりましたの?と問い返してきた。
「なんか、母さんが聞いたみたいだけど。俺は知らない。ただ、先生は薬を作ってくれてるし、俺にはできるだけ、外に出るようにしろとは言ったけど…」
「そうですか。では、わたくしから説明いたしましょう。ただ、その前に、一つ確認するので答えてくださいね。まず、この国の人間なら誰でも魔法を使う力がある。これはご理解いただけますか?」
レントは、まさかと思いつつも、とりあえず、それを前提にしないと話が進まないような気がしたので、わかったと答える。
「では、キラ先生や警備隊の方が貴方やお母さまに隊舎で生活するようにすすめた理由を申し上げます。魔法を使うための力。これを魔力といいますが、この力が高い人間は鉱山で働くことを禁止、もしくは一日三時間以上の鉱山労働をしてはならないと国の法律で決まっています。理由は、命にかかわるからです」
「命?」
「ええ、おそらくキラ先生は貴方の体が弱いことが鉱山と関係があるとお考えになったのでしょう。魔力の高い人間は、魔法石の原石に魔力を奪われるのです。長い時間、鉱山で働けば体が弱って死に至ります」
「けど、俺も母さんも半年ここで暮らしてるし…体は弱ってるけど、今日みたいに調子がいいときもあるし…」
「そうですね。でも、それはあの坑道が魔法石を取りつくした廃坑だということと、キラ先生の調合される薬のおかげです。貴方は生まれつき病弱な体質だったのですか?」
「え?…いや…七歳のときから鉱山で働いてて…年々調子が悪くなって…」
それと同じくらいのスピードで魔法石は取れなくなっていった。レントは急に不安な気持ちになってきた。
「そうですか。やはり、貴方の魔力は高いようですね。今は、キラ先生の薬が効いているようですが、これが効かなくなれば、貴方は衰弱して死にいたります。お母さまも、もしお腹の子の魔力が高ければ、流産する可能性がありますし、場合によってはご本人の命にもかかわるかと思います。今からでも遅くはありません。警備隊の隊舎に移った方がよろしいでしょう」
「…あんた、やっぱり、悪い奴だ」
「やっぱり?」
「昨日は、兎のスープでごまかせたかも知れないけど、今日の話は信じられない」
「別に、信じようと信じまいとわたくしには関係ございませんが…貴方はビッケの捕まえ方が知りたいのでしょ?」
「そりゃ…」
「魔法をきちんと覚えれば、兎はこうやって捕まえられます」
女は、茂みに隠れていたビッケを摘み上げた。レントは、ビッケが動かないのに驚く。
「わたくしの場合は、呪文がいりません。呪文を使う場合でも、短い言葉を詠唱するか、空中に簡単な文字を書くだけです。物理的な罠よりも効率よく獲物がかかります。まあ、貴方はわたくしの言葉を信じないのですから、魔法の使い方を教えるといっても聞く耳を持たないのでしょうけど…」
女はそういうと、スカートのポケットからナイフを取り出して、あっとゆう間に兎の皮をはいだ。あたりには血が飛び散っているのに、女の服にはシミ一つない。女は兎の皮にふっと息を吹きかけた。それだけで、血まみれの皮は綺麗になり、女は兎を元に戻すかのように皮に包むと茫然としているレントの膝に乗せた。
「本日の宿代です」
そう言って、彼女は山を降りて行った。レントは、日暮れまで動けなかった。体の調子が悪くなったわけではない。むしろ、軽い。だが、自分が何を見て、何を信じるべきなのか、考え込んでいるうちに時が過ぎてしまったのだ。腹の虫が鳴って、ようやく朝から何も食べてないことに気がついた。
(…帰ろう。ルナが戻る前に、こいつを焼くぐらいはしてやろう)
体は軽いのに、心はひどく重かった。レントが帰り着く前に、炊事場の方から煙が上がっていた。誰かが竈で火を使っているようだ。急いで戻ると、ルナたちがパンを焼いていた。
「もう帰ってたのか」
「うん…それより、それってビッケだよね」
「ああ…不法侵入者が宿代だってさ…」
ルナは厳しい表情のまま、ため息を吐く。
「…だと思った。兄さんが、捕まえるにはちょっと難しいと思うし、大人の仕掛けた罠にかかってたなら、おじいちゃんたちが、手ぶらでもどってくるわけないから…それより、体調はいいの?」
「うん…まあ…」
レントは、そう言いながら竈から焼き立てのパンを取り出しているライラとリンの側へ寄った。
「これ…」
そう言ってビッケを差し出すと、二人はびっくりした顔でレントを見た。
「宿代だってさ…」
二人もそう言われて、納得したらしい。レントからビッケを受け取ると、ライラが肉を切り分けて、リンがパンを焼いた残り火であぶった。そして、ルナが手のひらに乗るほどの小さなパンに一つ一つ切り目を入れて、焼けたビッケの肉を挟む。乾燥させて粉々にした香草を少し振りかけると、今日の夕飯のできあがりだ。
匂いを嗅ぎつけたチビたちが、坑道の入り口から顔をのぞかせている。
「ジェドはどうした?いなのか?」
「寝てる」
「具合悪いって」
「先生がお薬のませた」
チビたちが口々にそう言うので、レントは坑内に入るとジェドの様子を見に行った。キラ先生がジェドの側で難しい顔をしている。
「先生?」
「レント…調子は?」
「俺は大丈夫だけど…ジェドは?」
「今朝は元気だったんだが…戻ってきたら、ぐったりしててな」
あの女が何かしたんだとジェドの祖父は、孫を抱えてつぶやく。
「ログ、それは違うと言ったはずだ」
「だが、先生。昨日までこいつは元気だったんだぞ。今だって、熱があるわけじゃねぇ。怪我をしてるわけでもねぇんだ。あんたの薬だって飲んだんだぞ」
「俺の薬は万能薬じゃない。それにジェドぐらいの子供は、急に具合を悪くすることはある。それぐらいあんたも知っているだろう」
ジェドの祖父は、黙った。
「病気なの?」
「その可能性が高いとは思うが…もう少し様子を見なければはっきりしたことは言えんよ。石にやられていなければいいが…」
レントは石という言葉に引っかかった。
『魔力の高い人間は魔法石の原石に魔力を奪われるのです』
不意に女の声が蘇る。レントは、急に不安がせりあがってきて、気がつけば女のいる横穴に飛び込んでいた。
「どうしました?あれでは足りませんでしたか?」
女は本を読みながら、優雅にお茶を飲んでいた。
「…ジェドの様子がおかしいんだ。先生の薬を飲んだのにぐったりしたままで…熱も怪我もないのに」
「でしたら、隊舎の方で見ていただけばいいのでは?治療師の資格を持った方がいらっしゃるはずですが?」
「治療師は…いない。二年前に移動したきり、新しい人が来てないんだ。母さんの具合が悪かったときも見てもらえなかった。けど、そのときは先生の薬ですぐに落ち着いたんだ…だから…その…ジェドは…あんたが俺に使った魔法でどうにかならないのか?」
「回復魔法は、一時的に体力を回復させるだけです。病気の場合は治癒魔法を使いますが…病気の種類がわからないのでは、わたくしが勝手なことをすることはできませんね」
「なんで!」
レントは思わず叫ぶ。
「治癒魔法は、呪文が病気ごとに異なります。呪文を必要としないわたくしでも、病状と治療師の診断がなければ、使ってはいけない魔法なのです。間違った治癒魔法を使えば、病気を悪化させたり、命を奪うことになります。キラ先生は何とおっしゃているんですか?」
レントはもう少し様子をみないとわからないと言っていたと、呟く。
「なら、お任せしておいていいのではないのですか?」
「けど…石かもしれないって…」
「石…ああ、魔法石の影響が心配されるのですね。でしたら、ここへ連れて来てください。わたくしが回復魔法をかけてみましょう。それで、元気になれば石の影響でしょうし、そうでなければ病気でしょう。まあ、貴族の犬に頼むより、隊舎に連れて行けば回復魔法が使える方もいらっしゃるはずですから、問題ないとは思いますが…」
レントは、無言でジェドのところに戻った。相変わらず、先生は厳しい顔をしている。
「先生…ジェドは隊舎で回復魔法をかけてもらえばいいんじゃないの?」
「回復魔法は一日に何度も使えるほど、簡単な魔法じゃない。今日の当番隊員に頼んで一度はかけてもらったが、彼は魔力が弱いから、効き目は薄いと言っていたよ」
「他の人は?」
「無理だろう。朝からずっと魔物狩りに出ていて、一度も隊舎に戻っていないらしい」
レントは、夕食のパンをほおばるチビたちと、何の反応も示さないジェドを見た。そして、深い深呼吸をしてから、突然、ログからジェドを奪った。
「な、何をする!」
「ごめんなさい!」
レントはジェドを抱えて、女のところに飛び込んでいく。ログが慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩し、キラ先生に支えられたのが、一瞬視界に入った気がしたが…。
「連れてきた」
「…いいんですか?わたくしは貴方たちの大嫌いな貴族の犬ですが?」
「わかってるよ!けど、今はあんたにしか頼めないんだ!」
「いいでしょう。ただし、三つ条件があります」
「俺ができることならする」
レントはジェドを抱えたまま、女の前に座った。女はジェドの小さな手を取って、条件を言った。
「一つめは貴方とお母さま、この子、他にも石の影響で弱っている方がいるなら、すぐに隊舎に行くこと。二つめは貴方は明日から、わたくしに魔法を教わり、覚えること。三つめは、しばらく宿代は免除していただくこと。以上ですわ」
そう言って、女はジェドの手を離した。ジェドは、眩しいと言って目を擦った。
「あれ?ここどこ?レントにいに?」
「うん、そうだよ。にいにだ。腹減ったろ」
「うん…この人誰?」
「…俺の知り合い。名前は…」
女はマリーと申しますと律義にジェドにお辞儀する。レントはあくびをするジェドを抱えて立ち上がり、ねぐらに戻った。ログはカンカンに怒っていたが、ジェドがお腹すいたと泣きつくと、すぐに今日のパンを差し出す。
「…お前、あの犬に何をさせた」
「回復魔法をかけてもらったんだよ」
「なんだって?」
ログは驚く。聞き間違いかと思うほどに、ポカンとしてしまった。
「レント、お前も食べろ」
キラはレントにパンを渡して、マリーのところに行った。マリーは相変わらず、優雅にお茶を飲んでいる。
「あんた、本当にただの侍女か?」
「ええ、そうですが?」
「レントに何をした?」
「レント?ああ、ジェド君がにいにと言っていた少年のことですね。今日、狩りの途中でお会いしたので、回復魔法をかけました。それから、魔力や魔法、鉱山についての注意事項などを少々お話させていただきましたけど。何か不都合でも?」
「…不都合だな。ここには学び舎がないし、生きるので精いっぱいだ。帰る家もない。坑内でなければ、冬は越せない」
「そうですね。まあ、秋のうちに新しい家ができてしまえば、問題はないでしょう」
「できるとでも?」
マリーは穏やかに微笑んで言う。
「少なくとも、ここにいらっしゃる女性や子供が暮らせる数はできるではずです。男性たちには隊舎ぐらしをしていただくか、こちらに留まってもらうかもしれませんが」
「なぜ、そう言い切れる?ここには家を建て直すだけのレンガも、それを焼く窯もないが?」
「そのような物は、必要ありません。他の領地から、運び込めばいいだけです」
「はっ!いったい、どこの領地がここにそんなものをよこす?ここへ送られてくる次の管理人はそんなに金持ちなのか?そんなに位が高いのか?」
マリーは、のんびりとお茶を飲みながら、そうですねと言う。
「旦那様にはまだ爵位はございませんし、お父上の侯爵であるガルム様は、いろいろな方面で厳しい方ですから、息子のためといって、大金を馬鹿のように使うことなどないでしょう」
「だったら…来ても来なくても何も変わらないじゃないか…」
キラは悔しそうにそう言って、俯いた。
「本当にそう思いますか?」
キラはマリーの言葉に、顔を上げ睨み付ける。ドラグーンが荒れていくのはあっという間だった。あのブランカ伯爵が死んでも国は何もしなかった。今更、新しい領主が来たといって、領民がまともな生活などできるわけがない。
「税を貪るしか能のない奴らが…いったい、あとどれくらいここから奪えば気が済む!」
マリーは、小さくため息を吐いた。
「まったく、おっしゃる通りですわ。貴族など寄生虫でしかございません。ですが、ここへ来るのはわたくしの主とその旦那様です」
「何が違う?」
「違いますわ。もうすでに、お嬢様のお力は発動しておりますもの」
「…どういう意味だ?」
「どういう意味?館をご覧になったでしょ?あれはどなたが修繕なさったんですか?」
キラはぐっと言葉を詰まらせる。警備隊の悪口は言いたくない。だが、どうしても理解できなかった。館の修復をする彼らのことを。結局、彼らも貴族なのだと、どこかで失望していた自分のことも認めたくはない。
「警備隊の方の中に、お嬢様をご存じの方がいらっしゃった。ただそれだけでのことです。国が命じたわけでもなければ、彼らが貴族だから動いたわけでもございません。ただ、一人の女性がここへ赴くと知っただけです」
「…ただ一人の女のために?余計にわからんな」
「では、警備隊はなぜあなた方の生活まで支援なさっているのでしょう?」
「それは…警備隊の隊長が平民出身だからだろう」
「その程度の理由では、あなた方に生活支援をすることは不可能です。警備隊のお給料は国が三分の一、残りは領主が払います。どんなに平民出身の隊長であろうとも、領地に来ない領主への請求はできません。たとえ手紙で訴えたところで、無視されてしまえば、直接取り立てることも不可能です。彼らは土地を離れられませんから」
「…なら、貴族出身の隊員たちが自分を犠牲にしてドラグーンに奉仕しているとでもいうのか?貴族は寄生虫だといった、その口で」
「いいえ、わたくしはお嬢様とお知り合いである方なら、この地の状況を無視することはないと言っているだけで、身分のことなど一言も言っていませんわ。それにルナさんたちにも言いましたが、わたくしは貴族に仕えているのではなく、たまたま貴族という肩書をもったルーシェ・アリスベルガー様にお仕えしているだけです。今は、リザーズ夫人ですが…」
キラは頭が痛くなってきた。この女は自分を丸め込もうとしているのか、それとも貴族にも良心があるといいたいのか、さっぱりわからない。
「一応、お伝えしておきますが、お嬢様の旦那様であるクリストファー・リザーズ様には、ここに来るまでに、いろいろご準備していただくようお願いしています。あの方は、リザーズ家の領民に信頼されておりますから、人手ならいくらでも動かすことができますし、交渉事もお得意です。ここに必要な物の半分ぐらいは旅の途中でご用意できるでしょう」
「残りは…国が動くと?」
マリーは、心底不愉快だといわんばかりの顔でありえませんわと答えた。
「国がブランカ伯爵のしりぬぐいをするつもりなら、大公なり、公爵なりにまかせればいいだけです。位のない、結婚したばかりの令息夫妻など、使い物になるはずもありません。この現状をみれば、すぐに逃げ出すのが関の山。まったく、お嬢様と旦那様ならどうにかできると踏んでいるだけに、腹立たしいですわ」
キラは、マリーの姿が、井戸端で雇い主の馬鹿息子の話でもしているような女たちの姿と重なる。
「国があんたの主とその旦那をそれだけ信頼しているといいたいのか?」
キラが困惑しながら尋ねると、マリーは違いますわと思い切り顔をしかめて否定した。
「単に利用したに過ぎません。まったく、腹の立つ」
「利用?」
「ええ、お嬢様のお知り合いは方々におられますし、いろいろとご尽力してくださる方なら、ご実家の領民の中にもたくさんおりますの。国はお嬢様の人脈を利用しようという腹づもりですわ。まったく、寄生虫の親玉だけあって腹黒いことこの上ありません」
キラはマリーの怒り方に気圧されて、相手が貴族の侍女だということを忘れそうになった。それでも、疑念は拭えない。位のない令息夫妻に、この領地を立て直すのは無理だ。たとえ、国が大公や公爵を差し向けても、最終的には領民が逃げ出すか、貴族が放り出すか…あるいは警備隊を巻き込んで一戦交えるようなことが起きないとは言えない。
「…あんたは国に腹をたてているようだが、リザーズ家に利益がないはずはないだろう?違うか?」
マリーはそんなものありませんときっぱり否定する。
「リザーズ家に利益が発生するのであれば、ご当主のガルム様に白羽の矢が立つでしょう。もしそうであれば、ガルム様くらいしっかりしたお考えのある方なら、家格の引き上げやもっと利益のでる土地の所有を望むでしょうし、ドラグーンのみをどうにかしろというのなら謹んでお断りされるでしょう。だからといって、土地を欲しがっている家格の低い貴族にドラグーンを託しても、どうにもならないのは火を見るよりも明らか。だいたい、ドラグーンを管理することで何の利益がありますの?すでにブランカ伯爵が貪りつくして骨もないような辺境地ですよ。そのうえ、ドラグーン以外の伯爵領はございませんし、それ以外の財産は没収済みですわ」
「なら、その財産が欲しくて…」
マリーは大げさに大きなため息をはいて、キラの言葉を遮った。
「ありえません。ブランカ伯爵家の跡取りがすべて放棄したということは、領地以外の財産など王都の邸宅くらいです。そんなもの、リザーズ侯爵家やアリスベルガー子爵家の一ヶ月の収益にもなりませんわよ。そのようなはした金に目がくらむような愚か者にわたくしの大切な主を嫁がせた覚えはありませんし、そんなお馬鹿さんに恋い焦がれるほど、わたくしの主は能天気でもございませんわ」
まったく、失礼なといいたげにマリーが睨む。
「なら、位がないんだから受けられないと断ればよかったんじゃないのか。あんたの主の旦那は…」
「まったく、その通りです…といいたいのですが、位がないからこそ、王の勅命からは逃げられません」
「どういうことだ?」
「国軍と同じです。貴族の子息は、所有する領地のどこかを管理する名目で家格より下の位を授かることはありますが、跡継ぎは、親が引き継ぎを申し出ない限り、跡継ぎという立場であっても、位にはつけない決まりなのです。その代り、国軍に務めるのと同じだけの給料が国から支払われます。ただし、ブランカ伯爵のご子息のように、伯爵の位を継ぐつもりがなければ、奥様のご実家に婿養子として届けを出して、男爵の位を得ることは可能です」
くだらない根回しは必要でしょうけどと、皮肉たっぷりにマリーは言った。
「つまり、国から給料が支払われている以上、勅命を避けられないということか?」
「ええ、まったく、その通りですわ。ただ、旦那様はお嬢様が嫌だと一言いえば、きっと姿をくらませるくらいのことはなさるでしょうし、現にこちらの状況をお調べしてご報告した際に、お嬢様が嫌なら陛下に土下座してでも辞めるとおっしゃられたくらいですから…」
キラは、どういう意味だと聞く。
「別に深い意味はございません。国や御家より、お嬢様の方を優先させる方だというだけです」
「…ちょっと待ってくれ…つまり、今回の派遣についてあんたの主は嫌だと言わなかったということか?ここの状況が最悪だと知っていて?」
「ええ…」
マリーは何かを思い出したように、がっくりと肩を落とした。キラは、首を傾げながらなぜだと呟く。
「大変お恥ずかしいのですが…お嬢様は『新婚旅行』がしたかったらしいのです」
「は?え?『新婚旅行』?」
「…はい、ご成婚されてご実家やリザーズ家の領地で結婚のご報告はされたのですが、何分、お忙しい方々なので…結婚後に計画されていたお二人だけのご旅行は取りやめとなったのです。まさか、そこまで楽しみにしていらっしゃるとは思いませんでしたので…わたくしは、今年の冬ぐらいにはなんとか予定を調整してご旅行にいっていただこうと考えておりました。…ですが、突然の王命というお仕事を理由にされるとは…まったく予想できませんでした」
一生の不覚ですわとマリーは項垂れた。キラは、深いため息をついて反省しているマリーを見つめた。
(一体、どういう人物なんだ?この女の主は…)
「…こんなことになるなら、きちんと計画を実行しておくべきでした。きっと今頃、お嬢様はお嫁入り道具を売り払う算段でもされているでしょう」
「ちょっと待て…なんでそうなる?」
「決まってるじゃありませんか。ドラグーンの領民が困窮していることぐらいあの方は理解されていますもの。旅行しながら、自分の持ち物を売り払って食料や衣類を調達し、すぐにでもこちらに届けるくらいのことはなさいます」
「待て、待ってくれ…そんなまどろっこしいことしなくても、旦那がいるだろう?それに実家を頼ればいいんじゃないのか?旦那の親に頼むことだって…」
マリーは首を横に振る。
「普通はそう思うでしょうが、あの方はそういうところが少し抜けておりますの。自分でできることを探す癖がございまして…まあ、クリストファー様に止められているとは思いますけど。この癖につきましては、同情申し上げるとしかいいようがございませんね…周りの人間には当然のように、できる人に頼めばいいと言いますが、ご本人は自分ができることを探して、探し尽くしてようやく人を頼るような方なので…すぐには、自分の旦那様がちゃんとお給料をもらっていることにも気づかないと思います」
キラは思わず天井を仰いだ。
「そりゃ…旦那としては凹むな」
「ええ、まあ、幸いお付き合いが長いので、それなりにお嬢様の性格はご存じですから…問題はないと思いますが…」
「同情は禁じ得ないというわけか」
「さようでございます」
キラはすっかり毒気を抜かれたような気分になった。侍女の策略だと疑ったところで、何の意味があるだろうかとさえ、思えてきてしまう。キラは深いため息を吐いて言った。
「…わかった。あんたが無能な貴族に仕えているわけじゃないってことはな。だが、そう簡単にあんたの言ってることを信じたわけじゃないぞ」
「別に信じていただかなくても、結構です。わたくしはお嬢様にさえ、危害が及ばなければそれで構いませんもの」
マリーはお好きにどうぞと言わんばかりの態度だったが、キラには、あえてそんな風に突っぱねるように言っている気がしてしまうから、不思議だった。ねぐらに戻ったキラに、領民たちが、探るような視線を向けてくる。そんな中で、レントが話しかけてきた。
「先生。俺と母さんとジェドの他に、石の影響が出てる人はいる?」
「まあ、何人かな。何でそんなことを聞くんだ?」
「ジェドに魔法をかけてもらったときの条件が三つあって…一つは魔法石の影響がある人間はすぐに隊舎に行けって。それと、明日から俺に魔法を覚えろって。で、しばらくは宿代がだせないらしい…」
キラは、そうかと言った。
「ルナ。当番小屋に行ってどれぐらいの人数なら受け入れられるか、確認してくれるか?」
「わかった。けど、隊舎を使わせてもらうなら、室長と話さないといけないから、人数がわかってもすぐには無理かもしれないよ」
キラは頷く。だが、一人の老人がキラを罵り始めた。
「たかが兎二匹で、貴族の犬にへいこらしやがって…あんたも、あの犬に何を食わされた!金貨でももらったのかよ!」
キラはいいやと答えたが、老人は牙を剥き出しにした犬のように吠える。
「じゃあ、何か?誘惑でもされたか?いい年して、若い女にのぼせたか!」
「…それは言いすぎだ。ジン」
「へっ。何が言いすぎなもんか…ログ。お前も腰抜けになったな」
「な、なんだと!」
「たかが、孫の具合を治したからって…あいつらが俺たちから奪ったもんのことを忘れたかよ!」
ログは口をつぐむ。ジンが怒るのは当たり前だ。彼の家族は、みんな死んだ。二人の息子は坑内で倒れてろくな手当も受けられずに衰弱した。キラの薬ではどうにもならならずに死んだ。妻は二人の息子を亡くしてから、気がおかしくなって川に飛び込んで死んだ。長男の嫁は、孫を連れて逃げる途中で、税の取立人に捕まってなぶり者にされて孫と心中した。次男の嫁には子供がおらず、それでもジンを助けて必死で働いたが、冬に病で死んだ。ログもジェド以外の家族を失っている。ジェドの母親は産後の肥立ちが悪くて死んだ。その夫でログの一人息子は、ジンの息子と同じように衰弱して死んだ。
ジンが、さらにキラを責めようとしたとき、リンが怒鳴った。
「いい加減にして!キラ先生は悪くない!」
「うるせぇ!ガキのお前に何がわかる!」
「わかるもん。家族がいないことが辛いことぐらい…あたしだってわかるもん!でも、それは先生のせいじゃないでしょ」
「こ、こいつだって同じだ!調薬師のくせに、俺の息子を二人とも助けられなかったんだからな!」
「そうだな。俺はあんたの息子たちを確かに助けられなかったよ」
キラは静かにそう言った。
「だから、あんたが俺に何を言っても構わないが、今ある命を助ける邪魔はしないでくれ」
頼むとキラは深く頭を下げた。女たちも言う。
「ジンさんの気持ちはわかるけどね。先生を責めて誰かが生き返るのかい?」
「そうよ。先生は独り身なんだ。あたしらなんかほったらかして、よそへ行くことだってできた。でも残って助けてくれた」
「誰が薬を作ってくれるの?誰が滋養のある野草を知ってるの?」
「男たちだって逃げ出した奴ばっかだし、残った奴らだってどれほどのことをしてるっていうのさ」
ジンはうるさいと怒鳴った。
「だったら、お前らは貴族を許すというのか!許せるのかよ!」
女たちは静まり返る。許せるわけがない。何もかも奪って行った貴族を…。
だけどとライラが呟いた。勇気を振り絞るように…。
「みんなが食べてる食料は、警備隊からもらったんだよ。あの人たちの中には貴族だっている…でも、誰も怒鳴ったりしない!奪ったりしない!…ねえ、本当に貴族って言うだけで悪い人たちなの?あの人たちも、同じだから嫌いにならなきゃいけないの?憎まなきゃいけないの?」
ライラは教えてよと泣き出した。ルナとリンがそっとライラの側に立つ。
「貴族が好きなやつなんて、ここにはいない。ここに誰が来たって、奪っていくだけだと思ってた。けど、あの人は何も奪ってないよ。律義に宿代だってビッケをくれた。あたしたちは、それを食べた。警備隊の人たちだって、何も奪わない。あのさ。あたしたちが仕事や勉強をみてもらってる室長は、平民だけど、不法侵入者の知り合いでもあるんだ」
大人たちが、ぎょっとした顔で息をのむ。
「だけど、あの人が不法侵入者って言われても、怒らないよ。どうしてだと思う」
「へっ。どうせ、賄賂でももらったんだろうよ」
ジンがそういうと、ルナは悲しそうな顔で言う。
「そうだね。そうかもしれないね。でも、あたしにはそんな風に見えない。室長は、信用してるだけだから。あの人のこと…」
「信用だと?それこそ、嘘っぱちだろうが!」
「本当にそうだって、どうして室長を知らないジンさんが言えるの?」
ルナはまっすぐな瞳で、ジンを見た。
「そ、そんなこたぁ、大人だからわかるに決まってるだろう」
「じゃあ、大人って何?」
ジンは言葉を詰まらせた。
「あたし、今日、室長に聞いたよ。室長は個人的に言えば書類と同じで、ただの分類だって。最初は意味がわからなかったけど…今は、少しわかる」
「な、何がわかるって言うんだ。ガキの癖に」
「ジンさんから見たら、あたしは子供だ。それは確かに間違いじゃないよ。けど、貴族だとか平民だとかで一括りにできないことだけはわかったよ。室長もマルクも平民だけど、ジンさんみたいに怒鳴らないから。同じじゃないってわかった。ありがとう。教えてくれて…あたしは、もう、あの人のことを貴族の犬だなんて思わない。ただのマリーさんだわ」
ルナはにっこりと笑った。ジンは返す言葉がみつからない。笑顔で礼を言う子供を、理不尽に怒鳴り散らすのは、ただの八つ当たりだ。そんな情けないことはできない。
「勝手にしやがれ…」
ジンはようやく絞り出すようにつぶやいて、奥の方へ引っ込んでいった。それについて行くように、力なく年老いた男たちはいなくなった。ログ以外は。
そして、女たちも、胸をなでおろすようにほっと溜息をはく。だが、ライラの祖母は、ルナに言った。
「今日のことは、男たちには言わないほうがいい。きっと、ジンのように引き下がっちゃくれないよ」
ルナは頷いたが、キラは俺から伝えておこうと言った。
「ちょっと、先生。冗談はよしとくれよ。ただでさえ、男どもはイライラしてんだからさぁ。本当に追い出されちまうよ」
「俺は追い出されても構わんさ。それに怒ってマリーのところへ行く方がいい」
「なんでさ。そんなわざわざ喧嘩させなくても…」
「喧嘩をしなきゃ、納得できないのは男の性分みたいなもんだからな」
そうつぶやいたのは、ログだった。
「ログさん、あんたまで何言ってんだよぉ…」
ログはオロオロする女を無視して、キラを見上げた。
「あんただって、本当は喧嘩しに行ったんだろう?あの女のところに」
「まあなぁ…見事に返り討ちにされたようなもんだが…」
キラは珍しく情けない顔で苦笑する。ライラは、涙を拭きながら言った。
「母さんたちも、あの人と話してみればいいわ。それで、悪い人かどうか確かめてもいいと思う」
「ライラ…でも…」
「だって、母さん。あの人、貴族が嫌いなんだよ。貴族の侍女なのに。ね、リン」
「えっと、うん、確かに嫌いみたい。なんか貴族に仕えてるんじゃなくて、仕えてる人に貴族って肩書があるって…よくわかんないこと言ってた」
リンは首を傾げながらそう言った。キラは、子供たちを目をすがめて眩しそうに見ている。レントは、ルナが笑ったことに驚いたし、キラが喧嘩しに行ったのだと知ってさらに驚いた。だが、嫌な気分ではない。どちらかと言えば、何かスッキリした気分だった。
「じゃあ、俺とルナで当番小屋に行ってくるから、母さんのこと頼める?」
キラが頷いた。女たちも分かったという。ルナとレントは急いで、当番小屋まで走った。薄暗い道を走ってくる二人を見つけたギルバートは、驚いて声をかけた。
「ジェド君に何かあったのか?」
「ジェドは大丈夫よ。マリーさんが助けてくれたから」
「マリーさん?」
ギルバートが首を傾げると、レントが不法侵入者と笑う。
「え?ん?あーそう。で、君たち何で走ってきたの?」
「その不法侵入者がジェドを助けるかわりに俺に三つの条件を出したんだ」
「条件を出されたわりには、元気だな。えっと…」
兄のレントよとルナが言った。
「レント君?…あ~?ああ!はいはい!半年前に隊舎に住むはずだった親子って君たちだったのか」
「うん、それでマリーさんが、石の影響を受けてる人間をすぐに隊舎に移せって…で、部屋は何人くらい大丈夫なのか確認に来たんだ」
ギルバートは、なるほどと感心しながら、五十人くらいは大丈夫だよと答えた。
「女性用隊舎がまるっと空いてるからねぇ。よし、俺、隊長室に行って事情話してくるから、君たちは事務局に行ってくれるかい。ジルベールさんはまだいると思うから」
レントとルナは頷いて駆けだした。ギルバートも急いで隊長室に向かった。
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