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4章 Secret Selva
【六】ガツンと来る
【六】
喋る巨大なテディベア、それに頭も凄く良い。
これが僕が初めて出会った異界の人々、謂わば稀人だった。
異文化交流というのを初めて行った。
というか、やらざるを得なくなったのは、
僕と親友が決別した日からだ。
クマの大王国が突如として出現してから、
秋田はずっとてんてこまいだった。
あまりの出来事に政府は何もしてくれず、
県境そのものが巨大な壁同然の険しい山脈に囲まれた、
陸の孤島である秋田は、クマ王国との交渉を国に押し付けられた。
そして、とりあえずはと各家庭に一人、
クマがホームステイすることになった。
名前はレーベ、男の子だった。
日本語堪能なクマが来たのだから問題ないはずだった。
だが、居間にちょこんと座った子熊は、
出されたご飯はぺろりと平らげるが、何も言おうとしなかった。
「おっがぁ、あの子、何も話さねげどなしてじゃ?(お母さん、あの子、何も話さないけど、どうして?)」
「おじげでしゃべれねんだべ。
こっだどきはよ、無理に話そうとしねごっだ(緊張して喋れないんでしょう。
こういう時は、無理に話させようとしたら駄目よ)」
母にそう言われて黙っていたが、
僕としては心がようやく弾みだしていたところ。
セイメイの凶行は、まだ瞼を閉じるだけで再生されてしまうが、
田舎暮らしで同年代の友達が不足している僕には、
レーベの滞在は新鮮な驚きだった。
「レーベくん……でいい?」
「はい」
居間に正座をしてテレビを観ていた彼は、
他人行儀を崩さずに頷いた。
こうしてみると、僕は完全な赤の他人かつ、
向こうから壁を作っている人と話すことに慣れていないと気づいた。
「好きなこととかある?
一緒にやってみない?」
「いえ……特に無いので大丈夫です」
取り付く島もない。
農場の仕事を手伝ってもらおうかと父に相談すると、
「危ないから無理だ」と正論で返された。
セイメイと仲良くなるには、
彼の実験や冒険の後をついて行けばいいだけだった。
しかし、受け身で引っ張ってもらえるのと、今回の場合は違った。
今度は僕から何かをしてみるべきだと思った。
だから、僕は色々なことをしてみた。
「凧揚げしない!?」
「大丈夫です」
「一緒にたこ焼き焼かない?」
「いいです」
「豆乳作るけど、お好みの味ある!?」
「飲んだことがありません」
「スキーとスノボどっちが好き?」
「強いて言えば……転がるのが好きです」
「きりたんぽ捏ねようよ!」
「不器用なので……」
どれも空振りだった。
いっそのことゲームを誘おうかと思ったけれど、
僕も付き合いでしかやらなくて、
ゲーム機は埃をかぶってすっかり作動不可能になっていた。
おまけに、それならとスマホでゲームをやるにも
実家周辺はすぐに電波が繋がらなくなる。
東京に住むまで、スマホというのが
実質的にどこでも繋がるものだと知らなかった。
どうしたらいいか、勝手に追い詰められた僕は、
ついプライバシーを侵害して、
レーベが部屋で何をしているのか耳を立ててしまった。
「ああ、もう帰りたいよ。
ここ何にもないよ! 見渡す限り山と田んぼ!!
ていうか四方八方が壁みたいな山に囲まれてるってどういう立地だよ!
進撃の巨人じゃないんだっての!!」
王国の友達と話しているのだろう。
とても砕けた調子だった。
一度も聞いていない笑い声も聞こえてきた。
「こっちの文明と比べても100年前……
秋田に限って言えば130年前のものが当たり前にあるんだぜ。
オレたちもう終わりだよ。陸の孤島で飢え死にするんだ」
聞いてみると、こちらに国ごと飛んできてしまったせいで、
環境が激変して自前でまわしていた食料が底を尽きかけ、
どうにかして秋田との交流で、距離を縮めるために派遣されたらしい。
レーベは僕のひとつ下の年齢なのに、
真似できないくらいに立派だなあと思った。
「ここにいると一日一日が刺激のなさに、
心がすり減っていくみたいなんだ……ぐすっ。
自分がクマじゃなくなっていくみたい……」
会話の終わり際にはすすり泣きも混じっていた。
いけない。これ以上は聞いたら可哀想だ。
聴力を閉じて、作業をやめて納屋から出た。
父に頼まれた運びものが終わり、
家畜の見回りも済ませた。
上を見上げると、
街灯のない満天の星空と、
それを裸眼でも楽しませてくれる澄んだ空気があった。
セイメイとの出来事の後、
両親は僕をそっとしておいてくれた。
ようやく、部屋から出て、居間に来て、
感情を吐き出すと一緒に悲しんでくれた。
それからは考え事をしなくていいようにたくさんの仕事をくれた。
やってはいけないことをしてしまったが、
それはそれとして、僕も両親のようにやってみよう。
次の日から、一ヶ月間にも渡って、
僕はレーベが心を開いてくれるようにあれやこれやをしてみた。
…………………………まあアレなんだよね。
両親を真似たからって
すぐに二人みたいにできるわけなかったんだよね。
僕まだ全然、子供だったし。
仕方ないので、僕の正体を明かして、
彼の脇に手をやって一緒に飛んでみせた。
「すっげええええ!!!
キンキンな空気が鼻から喉まで突き抜きる!
ここからなら巨人になって、星にも手が届きそうだ!」
これまでの苦労や心を砕いた僕なりの献身を、
空を飛ぶという行為一発が上回った。
秋田の冷たい空気、分厚い雲を突き抜けて
息苦しい山脈を逆に見下ろしたことが、
レーベの沈んだ心に新しい強風を吹き込んでくれた。
結局は、両親のようにはできなかったが、
僕は一つ、学びを得た。
どの文化、精神状態の人でも、
空を飛ぶというのは“ガツンと来る”んだ。
…………ズルなのは認めるよ。
でもこれで大事な友だちができたし、
まあ…………いっか。いいよね。うん。
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