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2章 Secret Origins

【十三】明日もお話しようね

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「……やぁ」

「なしだ? なんか落とし物でもあっだが?」

彼は僕より先に山を降りていった。
失礼だとは思うが、万が一にもクマに襲われないように、
帰り道は常に僕が背後に張り付いて周囲を見ていた。

そして、彼女の家へ帰っていくのも見届けた。

「これが君の家の内部か」

入っていいかも聞かずに、玄関へ無理やり上がってきた。
いつも強引だけど、彼らしくない仕草だった。

「そうだけど。どうしたの?」

「泊まっていいよな」

「えっ!?」

いきなりの宣言だ。
親友との関係が微妙になっているのを無視して、
僕の心は跳ね上がった。
友達と同じ部屋で一緒に寝る。
まるで漫画やアニメみたいな思い出だ!

「もちろんいいげど、お父さん、お母さんに
 話さねぐでもえなが?」

聞いてからしまったと思った。
あの家庭の人に言うことではなかった。
どうしても僕の親が宇宙一であるために、
子供の頃はちょくちょく、他人の家庭にデリカシーのない発言をしてしまっていた。

案の定、リンはこっちを見ないまま、
僕が出してしまった話題から逃れるように、
口早にまくし立ててきた。

「あの家は、僕には合わないからな。
 もちろん、僕と対等な人間なんているわけもないが、
 この秋田では、なおさらだ。
 口を利くだけ、お互い不愉快になるだけさ。
 少しだけ、ここで厄介になることにした」

「わがっだ! おっどぉとおっがぁに聞いてくるね!」

そう言って居間へ駆け出し、
すぐにリンの方へ振り返った。

うちに泊まりに来ても、まだ怒っている。
最低でも、そのポーズを維持している。
つっけんどんな話し方からも、それはわかる。
目が合うと、リンは頬を膨らませた。

「ご、ごめんね。さっきは怒らせて。
 ただ、君が心配で」

「……僕が、君の助けがいるように見えるか」

「そうじゃねげど……セイメイは誰よりもすごい人だから。
 力になれるなら、なんでもなりでくで……」

「すごい」という単語に反応した。
長い髪が揺れ、頬が一瞬だけ緩む。
彼は何度、どれだけ聞いても、褒め言葉が大好きだった。

「君にとって、僕はそんなに天才か」

「特別な人!!」

笑顔で答えると、リンは眉間に皺を寄せ、目を細めた。
それから俯き、何かを呟いた。
声にならず、吐息だけで、何と言ったのかわからない。
唇を読むのも、下を向かれては無理だった。

「だから、困った時はなんでも言っでけれな!
 すぐ力になっから!」

「そんな日は来ないだろうけどね。
 僕は、自分のことはなんでも自分でやれるから」

彼の言葉に嘘はなかった。
彼は親との問題を、最後まで自分だけの問題にしていた。
あんなに賢いのに、自分の境遇がわからなかったはずはない。
助けを求めるのが道理だと、自覚できたはずだ。

リンは両親を殺した。
それも直接ではなく、誰にも悟られないように、
間接的にやることだってできた。
ここは田舎の農場地帯だ。
不慮の事故はいくらでも起きる。
なにせ農場というのは、毒と兵器で溢れているのだ。

衝動的にでも、彼が両親を手にかけた瞬間、
その心に、少しでも僕はいたのだろうか。

「今となっては、どれも過ぎた疑問なのかもしれないけれどね」

体育座りをするジェーンの横に腰掛け、僕は言った。
ここは夢の中だ。
そこなら過去の記憶の中で、僕とジェーンは顔を合わせられる。

眠らないこともできるが、
長時間、外気に触れるとなれば、やはり精神的な疲労が気になる。
目を閉じてみたら、すとんと眠れた。

「あたしの家族のことで、この夢を見てるの?」

「いや、これはたぶん、僕が見ようとしているわけじゃない。
 君が見たがっている記憶なんだ」

理由をうまく言葉にできないが、そう判断できた。

「そうなの? よくわかんないけど……」

「それだけ家族に対して、不安に思ってたんじゃない?」

聖女の長い髪の先端が床に触れて、広がる。
花のように見えた。
精神状態の表れか、いくらかほつれているせいで、なおさらだ。

ジェーンの視線の先では、
おずおずと上がったリンが、僕の両親に迎えられている。
彼が会釈をするのは、この時が最初で最後だった。

「クレオが言ったでしょ。
 前世の記憶は、今世を生きるために引き出されるって」

彼女の親友の言葉を引くと、
ジェーンは納得したようだった。

「……父が攻撃してきた時、思ったのよ。
 『大人しく攻撃に耐えたら、わかってもらえるんじゃ?』って」

「……それはやらなくて正解だよ」

僕はずっと歯痒く思っていた。
宇宙一の天才が、どうして虐げられ続けるのか。
両親を殺すのはよくないにしたって、
僕の知る彼とは思えなかった。
彼は誰より強く、毅然としていた。

セイメイはジェーンではないが、
もしかしたら、同じことを考えていたのだろうか。
耐えれば、わかってもらえる、と。
僕ですら抱かないような楽観主義で、
痛々しい考えに過ぎた。

「すごくショックだわ」

膝の間に額を埋めて、ジェーンが呻いた。

「望みを捨ててはいけないよ。
 いつかは、仲良くなれるかもしれない」

「そっちじゃなくて……
 あたしに、そんな一面があるなんて思ってもいなかった。
 家族が欲しくて貴方がいるのは、まあ呑み込めたけど……。
 まさか、堂々と殺しに来られても動けないなんて」

シスマも同じことを述べた。
この少女に、そんな一面があると、周りも当人も思っていなかったのだ。
国、ひいては文明を革命した少女に、
深刻なほどの弱点があるとは、普通は想像しない。

「あたしは誰よりも強い、鋼鉄の人間だと思ってたわ」

彼女の弟エドガーも、姉のことをそう見ていた。
……僕もセイメイに、同じような視線を向けていたのだろう。
それが強がらせる結果になってしまったのかもしれない。
人生って、死んでからも学びと反省の機会に溢れている。

「君がこの結果にどんな想いを抱いたとしても、
 両親に歩み寄ろうとした君を、僕は誇りに思うよ」

膝を抱えて壁にもたれるジェーンの隣に座る。
それから彼女の肩に腕を回し、
こちらに頭を預けさせる。

落ち込んだ時は、両親にそうしてもらっていた。
人は落ち込むと、体温や人の気配が恋しくなる。
誰だってそうだ。

夢の中の意識体で、これが意味を持つかはわからないが、
気持ちは伝わると信じる。

二人で、過去の僕が初めてのパジャマパーティーにはしゃいでいるのを眺めた。

「こんな状態で、クレオに会うのかあ」

心配していることはわかる。
ここで親友も本当に黒だったら、
ジェーンはさらに打ちのめされるだろう。

だが彼女は、僕の存在を忘れている。
家族に勇気を出して会ったのなら、
親友にまで、それをしなくてもいい。
ちょっと休めば、誰かがやってくれることもある。
今回は家族がそれだ。

「僕がいるよ。代わりに会う。
 直接話したくなったら、出てくればいい」

「……うん。貴方に任せる。
 明後日に、なんか予定、立ててたもんね」

「ああ。それは、君に代わりに行ってもらおうと思って」

「なんで?」

理解できない、という顔で、
ジェーンが目をぱちくりさせた。

「だって、知り合ったし。せっかくだから」

「それ、あたしにとっては知らない人なんだけど。
 あたしが知らない浮浪者と、ご飯食べるの?」

「?」

僕はわからず、首を傾げた。
べつに、よくない?

「え……あたしが、わざわざ時間を作って? なんで……?」

「とりあえず、『浮浪者』は言っちゃいけないよ。
 彼にも名前があるんだから」

ちゃんと名前を伝えようとして、まずい。
今さらになって、名前を聞き忘れていたことに気づいた。
顔は覚えているから問題ないが、
二度目に会った時に訊くのは、少し失礼だなあ。
気を悪くしないといいけれど。

「人生は一期一会さ」

「ちょっと話した相手と、いちいちご飯食べてたら、
 あたし、毎日誰かとご飯を食べることになるけど……」

「社会人って、わりとそういうとこあるよ」

ジェーンとしては、そもそも、
このまま僕に食事に行かせるつもりだったようだ。
べつに知らない人とご飯を食べてもいいと思うけどなあ。
それに、その頃にはジェーンの意識が表に出ていると推測していた。

僕は意識の交代の仕方を知らないが、
ジェーンなら大丈夫じゃないかな。
なにせ天才肌の技巧派だし。

「とにかく、ゆっくり休んでいいんだ。
 僕も、いくらだって話を聞く。
 君の両手には、これから続く無限の選択肢が溢れている。
 たまには、誰かに任せようじゃないか」

「ありがとう。まあ、そうね。
 貴方の方が、みんなに好かれやすいのはわかるわ。
 シスマもエドガーも、心を許してるもの」

親のことは言わない。それでいい。

「君を通して色々見てきたからさ。
 今度は、僕を通して色々と見なよ」

「そうだね。そうしようかな」

ジェーンの返事が、気の抜けたものになっていく。
こちらに頭を預け、全身から力が抜けた。
より深い眠りへ落ちていこうとしている。

「なんか、話したら楽になれたわ」

それと同時に、記憶の領域が沈んでいく。
やはりこれは、ジェーンが求めたものだった。
だが僕は、両親と修復困難な関係になったことはない。
ただ、そういう状況の親友がいただけだ。

「スゲーマン……」

口をもごもごさせて、ジェーンが呟く。
ここは夢の中だが、寝言だ。

記憶の世界では、
子供二人が布団を隣同士に敷き、
枕を寄せてコミックのページをめくっている。
あの時は、たしか犯人当てをしていた。
正解は、復活したてのスピードスターだった覚えがある。

「えー、こんなのわかんないよー!」

「まあ、それが主題の話でもないだろ」

「じゃあ、何が言いたいの?」

「それは君にはまだ早いから」

そんなのズルい、と僕だけ笑った。

懐かしい思い出だ。
足をバタバタさせて、幼い僕が隣に言う。
何の疑いもない、無垢な瞳で。

「明日も、お話しようね」

「もっと訛りを我慢できたらね」

セイメイが返す。
ジェーンは眠っている。

夢の中なら、こうして前世と今世で話ができる。
それが慰めになるなら、いつだってやろう。
ならなくても、必要がなくても、
お話はしてもし足りないことなんてないんだし。

リンとは親友だったから、
あくまで、たまに同じ夜を過ごすだけだった。
でも、こっちは家族なんだ。
いつだって話せる。

今度こそ、僕は手放さない。
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