異世界転生した妹がワンダーウーマンみたいなマッスルボディになって帰ってきたよ

スーパーマンで世界1位に勝ったライター

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第三章:妹が家に帰ってきたよ

大喧嘩突入

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【六】

「見つけた」
 空虚な空間には、たとえ囁き声でもよく響く。
 とっくに気づいていたのか、ライゼンは無反応だ。
 聴き慣れた声と気配。
 いつもは幼馴染が側にいることに安心するはずのそれが、今はいたたまれなさを感じさせた。
 周囲一帯に、同種の気配が標識のように並んでいる。
 蓮たちの退路を塞ごうとするかのように、同じ背丈、同じ体型の集団が影から浮かび上がった。
 彼女ら/彼らは皆、一様に昆虫の仮面を被っていた。

「ほらマズいよー。次もなんか来たよー」
 他人事のようにライゼンがぼやく。
 彼女のスピードがあれば、単独での逃走は可能だろう。
 そして少年には、そこまでの脚力はない。
 強烈な無力感に耐えるのが精一杯な今の進藤蓮には、走れる気もしなかった。

「やはり異世界の言葉など、聞くべきではなかった」
 人影の中心が左右に割れ、その先に見知った顔が現れる。
 幼馴染。反異世界転生町内会が生み出した超人、三森茜。
 正体を表した時には一切の感情をこちらに向けなかったのに、今は暴力的な殺気と敵意を浴びせてくる。
 気の弱い相手なら、視線だけで心臓発作に追い込めるほどのプレッシャーを放っていた。

「ほら。よく見てみな」
 何事かを察知したライゼンが、蓮の肩を叩いた。
 目を凝らすと、三森茜の仲間らしき者たちの足元に、異様な影が次々と現れては人を呑み込んでいる。
 魔王シキの存在によって、人々が次から次へと意志のない存在へ変えられていく。

「お、おい!!」
 ようやく、ぼやけていた頭が覚醒する。
 進藤蓮は走り出した。
 呑み込まれていく人々の腕を掴もうとするが、当事者たちは無駄だと分かっているかのように反応しない。
 少年の手はひたすら空を切り、目の前で妹の被害者が増えていく。
 ライゼンも三森茜も動かない中で、魔王を妹に持った兄ただ一人だけが、影に呑まれようとする者たちを助けようと走り回った。

 ようやく一人の腕を掴めたと思った瞬間、影が個体として進藤の手を弾いた。

「クソッ!!」
 絶望のあまり、拳を近くの店の壁に叩きつける。
 右腕でやったせいで、衝撃に負けて壁に大穴が空いた。
 力任せの攻撃とはいえ、愚行だ。
 少しでも右拳を無駄に震わせれば、それだけ体に負担がかかる。
 特に、攻撃そのものに体が耐えられないレベルにある進藤蓮は。

「自分が誰を庇っているのか、分かったでしょう」
 無力感に憤る蓮の背に、無情な言葉が投げかけられる。
 これが妹のやっていることだと、まざまざと見せつけられてしまう。
 進藤志紀が、兄から妹を奪った事象そのものになる。

 彼女を殺さなければ、これがずっと続く。
 いや、殺しても、殺した相手が魔王になるだけだ。
 ライゼンに宣言した、言葉だけの「どうにかする」という決意の重みが、今、問われている気がした。

「貴方の妹が人々を消した。絶対に殺す。邪魔をするかもしれないから、貴方も殺す。貴方が何と言おうと関係ない」
 もう妹のせいだと分かっているあたり、さすがは異世界関係専門のエージェントだ。
 ここまで殺気立った態度の幼馴染を見るのは、初めてだった。

 どうやったら許してもらえるだろうか。
 自分にできることは何もない。妹が人々を呑み込んだのは事実だ。
 人々を奪い尽くし、次に手駒にする。
 彼女が魔王だから。そうする役割を与えられたから。

 考えても考えても、作戦の「さ」の字も出てこない進藤蓮は、深々と頭を下げた。
 どうしようもないことだから、謝ることしかできない。
 言葉は出てこない。だから、動作だけで示す。
 そして、相手が何かを言うまで待った。

「謝罪はいい。邪魔をしないと心から誓うなら……大人しく死ね。邪魔をするなら、せいぜい暴れて死ね」

「すまない」
 顔を上げた進藤蓮は、拳を構えた。
 迷いは晴れない。
 けれども少年は、ずっと己に誓ってきた。
 こういう時は戦うのだと。

 その場から離脱しても問題ないライゼンだったが、口笛を吹き、事態を静観することを選んだようだ。
 頭の後ろで手を組み、元魔王の少女がヘラヘラと笑う。

 志紀を殺害することを中断した彼女は、少年の選択を見届ける気はあっても手助けする気はないらしい。

「これって痴話喧嘩だったり?」
「馬鹿なことを言うな」

 構えを崩さず、少年は幼馴染に告げた。

「俺は妹を助けに行く。たとえ無駄だとしても。邪魔をしないでくれ」

 歯切れの悪い進藤蓮の言葉。
 最大のトラウマを目の前で再演されたことで、少年の心には大きな影が差していた。
 人間が消えた街並み。異世界に奪われた世界で、異世界の魔王を守るため、人類の守護者に刃を向ける。
 なんて滑稽なシチュエーションだ。昨日の自分に言えば、狂人の戯言で終わるだろう。

 能面──マネキンめいていた三森茜の鉄面皮の眉間に、深い皺が刻まれる。
 激昂、憤怒、怒りそのものを体現した幼馴染の顔は、なかなかにぞっとするものだった。

 三森の胸部が開かれ、巨大なバズーカが撃ち出される。
 意表を突かれた蓮は迎撃ではなく回避を選び、横合いから伸びた忍者の拳を掌底で叩いた。
 クリーンヒットではないが、幼馴染を吹き飛ばし距離を取る。

「…………骨が疼く」

 全身を強く掻きむしる。
 苛立った時の三森の癖だ。
 それを知っているのは、進藤蓮くらいのものだろう。

「肩甲骨と、尾骨……それに大腿骨が。異世界転生への憎しみがこの四肢を紡ぎ、今は裁きを成せと哭き叫んでいる」

 幻肢痛。
 三森茜の体の内部を知った今の進藤蓮には、その症状が理解できた。
 失った身体の一部が、まだ存在しているかのように感じられる痛み。
 肉体は在るはずなのに、欠けたものを求め続ける。

 今、三森茜は失った人生と身体を求め、疼いていた。
 その痛みを、存在意義を果たすことで癒そうとしている。
 《反異世界転生町内会》によって造られた、この世界唯一の“超人”。
 体の内部そのものが、人ではないものへと置き換えられた存在。

 皮肉にも、その境遇は志紀やライゼンと似通っている。
 異世界転生に関わった者は皆、理不尽に奪われ、その痛みを抱えて生きている。
 目の前の幼馴染も、使命のために内臓と骨格と人生を奪われ、その名残に苦しんでいる。

「ミモー…………」
「貴方を殺し、進藤志紀も殺す。それで疼きは、きっと終わる」

 幼馴染が、自分を殺しに来た。妹を殺すために。
 そして進藤蓮は、それを防ぐ。
 鍛えただけで、何も喪っていない身体だが、それでも今のために鍛えてきた。
 だから、死んでも喰らいつく。

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