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騙された王子

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 その日の夕食時、ジェスは意気揚々とミカとクロードに報告した。

「ソフィアをダンスのパートナーに誘い、OK貰ったぜ!」

「あ、うん。そっか。·····よかった·····」

「なんだよミカ!素っ気ないな!」

「いや、本当に良かったと思ってるよ!·····あ、あれだよ。私はまだ、誰も誘えてないから、まずいなぁ、と思って·····」

「なんだよ、まだ誰も誘えてねーのか!だらしねぇなぁ!クロを見習えよ!あんな大声で人前で誘える度胸には、正直、驚いたぜ!ご令嬢恐怖症は克服したんだな!」

 ジェスの言葉に、クロードは不思議そうに言った。

「·····?俺もまだ、誰も誘えてないが??」

「いやいや!クロ!今更とぼけても無駄だぜ!?クラス全員の前で、ジュリア・フォックスにダンスの申し込みしてただろうが!」

「·····ジュリア・フォックスに!?·····私が!?」

 クロードの寝耳に水の表情に、クロードもミカも逆に驚いた。

「おいおい!大丈夫かクロ!?記憶喪失か!?·····あ。待てよ。もしかして、ジュリアのやつ使獣の力を使ったのか!?」

 ミカは隣で、ポリポリ人参を食べているダルに小声で聞いた。
「ジュリアの使獣の力って何なの?」

「ジュリア・フォックスの使獣の狐の力は数十秒、相手を騙して操ることウサ。騙されてる間、相手の記憶は無くなるウサ。ちなみに1人の人間に対して騙す力が使えるのは1度きりウサ」

 クロードが険しい表情で、ジェスに尋ねた。

「詳しく、その時の状況を説明してくれないか?」

 ジェスの話を聞き、クロードは深い溜息をついた。

「ふー。·····確かに歴史の授業の後、記憶がとんでいる部分がある気がする·····まさか、そんな事が起こっていたとは·····」

「マジかよクロ!あれはジュリアに操られての行動だったのかよ!ヤバい笑える!·····でも、マジな話、王族を騙すのは死刑に値する重罪だって、ジュリアは分かってやったのかねぇ·····クロはまさか、ジュリアを死刑にしたりはしねぇよな?」

「操られた事に対しては、非常に気分悪いが·····ジュリアを死刑にする気はない·····『王族に対して偽るのは死刑』という決まりはバカげていると、この前気づいたばかりだ·····」

 クロードはそこで、チラリとミカを見た。そして言葉を続けた。

「クラスの女生徒をダンスに誘う事を想像するだけで、吐きそうだったから、正直操られて助かった部分もあるな·····最大の問題は、明後日のダンス自体だが。ダンス中に気分悪くなることは間違いない····」

「うおぉ。マジかぁ。何とかしてやりてぇけど、ミカなんか、いい案ねぇか?」

「あ·····ああ。恐怖症の治療法かぁ·····。うーん、短期間で効果を得られるものとしては、認知行動療法とかかな·····」

「にんちこーどーりょうほう?ってなんだよ?」

「要は、恐怖の対象にあえて直面させて慣れさせる方法って事なんだけど·····例えば蜘蛛が怖い人は、まず蜘蛛の飼育器の3m離れたところに立つ、それが出来たら飼育器を触る、次は絵筆の先で触る、次に手袋をはめて触る、最後に素手で触れたら恐怖症克服という感じなんだけど·····」

「うぇっ!おい。ミカ食事中に、蜘蛛の話とかすんなよっ!」

「ごめんごめん!ジェスは蜘蛛が苦手だったんだね!知らなかった!」

「俺は蜘蛛と幽霊が苦手だ!だが、日常生活あんまり困らん!クロはしんどそうだから何とかしてやりてぇ!·····んで、ミカのその話だと、クロを慣れさせればいいんだな?」

「そうだね。誰か恐怖症が出ない若い女性と、ダンスの練習できるといいんだけど·····確か、クロードはソフィアなら平気なんだよね?」

「ぐぉ!クロとソフィアでダンスの練習だと!?·····うおぉ。クロの恐怖症克服を応援したい気持ちはあるが·····そんな事になったら二人の間に何か芽生えそうで複雑だぁー!·····いや、ここは、クロのために我慢だ、俺!」

 身悶えするジェスに、クロードは笑いながら言った。

「ジェス大丈夫だ。ソフィア以外に、ダンスの練習してくれる若い女性に心当たりがある。」

「お!マジか!良かったぁ!はぁー。安心したら眠くなってきたぜ!おい、食い終わったんなら、さっさと部屋戻ろうぜ二人とも!」

 ジェスはマイペースにさっさと行ってしまった。
 ミカが苦笑しながら、食器を片付けてジェスの後を追おうとしたところ、クロードがミカの手を掴み、引き止めた。
 そしてミカの耳元でクロードは掠れた声で「あとで部屋に行ってもいいか?」と言うので、ミカはドギマギしながら頷いたのだった。
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