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君が私の名を呼ぶから
しおりを挟む「"高槻千聖"って綺麗だよな。」
「え?」
「名前。"タカツキチサト"ってなんか、響きがすごい好き。」
西日が輝く教室で、そう言ってくしゅっと笑うあなたの顔を、私は今でも忘れられない。
あなたはクラスの人気者で、バスケ部の部長だった。頭も良くて、あなたの周りはいつもキラキラ輝いてた。
一方、私はクラスの中でも目立たなくて、いつも本ばかり読んでた。本は好きだったし、なんの取り柄のない自分は、それでいいと思ってた。
この世界で、私は陰、あなたは陽、二人は全く違う世界線の人だった。
そんな私をあなたが見つけてくれた。
「"タカツキチサト"」
君が私の名前を呼ぶ。それが私にとってどれだけ特別なことだったか、あなたにはわからないだろう。
それがあなたとの一つ目の思い出。
それから私の中であなたは変わった。交わることなどなかったはずなのに、私の世界で、あなたは私の思考の中心になっていた。
教室で話すあなたの声は、誰より通って聞こえた。
たくさんの人が溢れる廊下で、あなたをすぐ見つけることができた。
放課後の教室で、いろんな部が活動する音の中から、あなたの声を判別することができた。最後の大会に向け、一生懸命頑張るあなたを、私は心の中で応援していた。
二つ目の思い出は、クリスマスの日だった。
三日間の補習が終わり、明日から冬休み。センター試験を控える受験生にとって、それは重要な意味を秘めていた。
担任との面談を終え、教室に戻ると、そこには誰もいなかった。あなたを除いて。
ガラガラッー。
扉を開ける音に気付いて、あなたが私を見る。
くしゅっと笑う顔は、西日がなくても輝いて見えた。
「おかえり。 どう、順調?」
久しぶりに私に向けられた言葉に、一瞬声が震えてしまう。
「どう、、、だろね。頑張りたいと思ってる。」
少し沈黙が流れる。あなたは少し俯いてしまった。自分の発言があまりにひねくれている気がして、後悔した。
「高槻はさ、大丈夫だよ。」
「え、、?」
あなたがまたくしゅっと笑う。
「図書室のさ、掲示板で高槻がおすすめしてる本あるじゃん。俺、あれ読んだんだ。すげー良かった。」
一瞬、なんのことか分からず固まってしまう。そもそも、私が図書委員だったことを知っていたことに驚く。それに、その掲示板はもう1年以上前の話だ。
「最初はさ、本じゃなくて、高槻の名前が目に入ったんだ。綺麗な名前だなって。
それで紹介文読んでみたら、本が気になっちゃって。
すごいよなぁ。あんな繊細な文章書けるなんて。名は体を表すってほんとにあるんだなって思ったよ。ありがとな。引き合わせてくれて。」
あなたはまたくしゅっと笑う。
胸がキュッとなったのがわかった。
「高槻は大丈夫。"高槻千聖"。その名前だけでも、もう十分魅力的だよ。」
あなたはいつも私の名前を褒めてくれる。"高槻千聖"なんて平凡な名だ。別に好きでもなんでもない。でも、あなたの声が、あなたの表情が、私をいつも特別にしてくれる。
そんなあなたに私は一言呟いた。
「ありがと。」
君がまたくしゅっと笑って言う。
「どういたしまして。」
あれから気づけば3年が経った。
2人とも無事大学に合格し、私は地元に、あなたは関西へ旅立って行った。連絡先も知らないから、もう二度と会うことはないだろう。
私は今、リクルートスーツに身を包み、髪を束ね、毎日黒いヒールでさまざまなビルを渡り歩いている。
〈内定〉のその文字を見るためだけに。
横断歩道で待っている間、今日受ける会社の資料を再度確認する。
パッポンパッポンー。
信号が青になった。資料から顔をあげ、なんとなく、信号の向こう側の人を見る。
一瞬、大勢の人の中にあなたがいる気がした。胸がギュッとなる。
もう一度、あなたを見ようと大衆に目を向け、今度は注意深く探してみる。
しかし、あなたはいなかった。
自分の見間違いに、残念だなと思う気持ちとほっとする気持ちが生まれた。
あなたの言葉を思い出す。胸がジュワッと暖かくなるのを感じた。
今日受ける企業に着き、面接の順番が来るのを待つ。不思議と緊張はしていない。
「次の方、どうぞ。」
その言葉に私は息を深く吸い込み答える。
「はい。私はー」
名前を口にする。あなたが褒めてくれた私の名を。それだけで、私は私を肯定できる。大丈夫。
「私の名前は"高槻千里"です。」
胸を張って前を向く。その先であなたがまた笑っているような気がした。
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