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第二章
心と身体
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最奥殿の上にある塔の螺旋階段は延々と長く続いていた。
上っている途中は肩でぜいぜい息していたのに、最上部に到達して景色を見下ろしたとたん、私は呼吸も忘れて感嘆の声をあげる。
「すごーい! 高い!」
圧巻の風景、まさに空を飛んでいる鳥の気分だった。
目がくらむほど地上が遠く、木や建物がごく小さく見え、人などまるで砂粒のようだ。
「まるで神様になったみたい」
「神ですか?
しかし、あなたは本当に高いところが好きなんですね」
我ながら馬鹿と煙はといったところかも。
私は真下から遙か遠くの稜線へと視線を移した。
「あの山の向こうには何があるんでしょうか?」
久しぶりに私の心は浮き立っていた。
「大草原ですよ……そこを抜けると隣の国です」
「そうなんですか。私、以前何かの本で読んだんです。この世界は広いのに、人が一生で移動する距離、行動半径はとても狭いって。大抵の人は驚くほど小さな円の中で生涯を終える、と」
「確かに私もそんな遠くへは行きませんね。基本的にこの神殿内から出ませんし」
「その時いつか物凄く遠くまで旅してみたい、って強く思ったんです。自分の生きた軌跡、行動の半径を思い切り遠くへ伸ばすために――
この風景を見て、それを思い出しました」
現実はその本を読んだ後も私は遠くになんて行かず、家と仕事場を往復するだけの狭い半径の中で生き続けていた。
そして、そのままある日あっけなく死んでしまった。
「遠くへ……いいですね。いつか一緒に行きましょうか」
セイレム様が目を細めてそう言った瞬間、思わず私は頷きそうになってしまった。
――その未来は私が彼を受け入れるという現実の先にしかなさそうなのに――
「考えてみると、この世界で私が今まで過ごしてきた場所もほんの狭い範囲ですもんね。
いつかこの広い世界をあちこち見て回ってみたいです」
そんな夢のある和やか(?)な会話をしていると、セイさんといた頃と何も変わらないように思える。
実際、私がした別人だという判定は合っていたのだろうか?
そう思って改めて振り返ってみると、セイさんという存在を失った時の私の心境は、被害妄想に近かったかもしれない。
たとえるなら『親鳥と温かい巣を失ったヒナ鳥』のような気持ち。
思えば私はこの二年間ただぬくぬくと巣の中でセイさんの羽の中で守られ、安心し、甘えきっていた。
それが突然その巣を叩き壊され、親鳥が偽物だと知って、裸で投げ出されたような気持ちになった。
すべてを破壊したセイレム様に激しい憤りを感じた。
しかしそれはもしかしたら不当だったのでは?
元々彼は私の保護者でも家族でもないのだから。
勝手に自分にとって都合のいい役目――幻想――をセイレム様に押しつけていただけなのでは?
セイレム様の言うように彼は以前と変わらなく、ただ秘めていたものを表に出しただけなのかも。
私だって心を許していても、セイさんにお兄様とのことを話さなかったし、全てをさらけ出してきたわけじゃない。
そうエルファンス兄様のことを……。
そこまで考えると、私の視線は自然に帝都へと向けられる。
――私がこんな風にセイレム様と二人でいる間、お兄様は一人なのだ。
そう思うだけで胸にキリキリとした切ない痛みが走る。
――翼があれば今すぐこのまま飛んで行けるのに――
「何を……考えているのですか?」
遠くエルファンス兄様の元へ意識を飛ばしていた私の耳に、とても冷えたセイレム様の声が響いてきた。
「エルファンス……彼のことを考えているのですか?」
我に返って見上げたセイレム様の瞳は、冷たく燃えるようで、怖いほどの嫉妬の情が滲んでいた。
「セイレム様……」
私は息を飲んで凍りつく。。
よほど怯えた顔をしていたのか、セイレム様はすぐにハッとしたように、表情をゆるめて謝ってくる。
「――すみません……つい、嫉妬してしまいました……。
駄目ですね……愛を育む時間は無限にあり、いつかあなたの心が必ず私のものになることは分かりきっているのに……。
今この瞬間、あなたの心に別の男性が居るという事実が耐えがたい……」
無限――そうだ、セイレム様はずっと私をここに閉じ込めて生活する気なんだ。
「私、何度も言っているように、セイレム様とは、ずっと一緒にいられません!」
「いられないもいるも、ここから出るのは不可能なのに?」
不可能――たしかにそうかもしれない。
この神殿では神のような力を振るうセイレム様を前に――逃げれらる可能姓は限りなく0に近いのかもしれない。
それでも帰りを待っていてくれるエルファンス兄様のために、決して諦めるわけにはいかない。
「たとえ逃げられなくったって、セイレム様の物なんかにはなりません!」
言えば言うほど、セイレム様の瞳は凍てつき、恐ろしい表情になっていく……。
それでも分かって貰えるまで伝えるしかなかった。
「私の心はすでに、エルファンス兄様に捧げているんです!
もう他の人にはあげられません!」
私は勇気を振り絞って宣言した。
穏やかだった場の空気はすっかり一変し、重苦しい沈黙が流れる。
セイレム様は無言でしばしうつむいてから、気を取り直したように顔を上げ、
「知ってますか? 人の身体と心は密接に繋がっているんです」
意味深な台詞を口にした。
「……? どういう意味ですか?」
とまどって見上げたセイレム様の美しい顔には黒い微笑が浮かんでいた。
「そのままの意味です」
「そのまま?」
胸の奥がざわざわする。
「女性は特にそうだと聞きます。身体の影響を心が受けやすい。
つまりどちらから近ずいていっても結果は同じということです。
今はあなたはまだ子供だからそういったことはしませんけど……そうですね……16歳になったら……夜も一緒に過ごすことにしましょう……」
「夜も……?」
自分の耳を疑ってしまい、馬鹿みたいに口をポカンと開けてしまう。
「そうすればあなたも私のこと以外は考えられなくなります。完全にエルファンスのことなど忘れ去ってしまうでしょう……」
「そ……それって……」
セイレム様が言わんとしていることを想像したとたん、顔がカーッと熱くなり、心臓がバクバクしてくる。
――私はあと半年で15歳になる――つまりセイレム様がしているのは、あと一年と半年後の話――
「そうです……16歳になったら、あなたは私に抱かれるんです……」
上っている途中は肩でぜいぜい息していたのに、最上部に到達して景色を見下ろしたとたん、私は呼吸も忘れて感嘆の声をあげる。
「すごーい! 高い!」
圧巻の風景、まさに空を飛んでいる鳥の気分だった。
目がくらむほど地上が遠く、木や建物がごく小さく見え、人などまるで砂粒のようだ。
「まるで神様になったみたい」
「神ですか?
しかし、あなたは本当に高いところが好きなんですね」
我ながら馬鹿と煙はといったところかも。
私は真下から遙か遠くの稜線へと視線を移した。
「あの山の向こうには何があるんでしょうか?」
久しぶりに私の心は浮き立っていた。
「大草原ですよ……そこを抜けると隣の国です」
「そうなんですか。私、以前何かの本で読んだんです。この世界は広いのに、人が一生で移動する距離、行動半径はとても狭いって。大抵の人は驚くほど小さな円の中で生涯を終える、と」
「確かに私もそんな遠くへは行きませんね。基本的にこの神殿内から出ませんし」
「その時いつか物凄く遠くまで旅してみたい、って強く思ったんです。自分の生きた軌跡、行動の半径を思い切り遠くへ伸ばすために――
この風景を見て、それを思い出しました」
現実はその本を読んだ後も私は遠くになんて行かず、家と仕事場を往復するだけの狭い半径の中で生き続けていた。
そして、そのままある日あっけなく死んでしまった。
「遠くへ……いいですね。いつか一緒に行きましょうか」
セイレム様が目を細めてそう言った瞬間、思わず私は頷きそうになってしまった。
――その未来は私が彼を受け入れるという現実の先にしかなさそうなのに――
「考えてみると、この世界で私が今まで過ごしてきた場所もほんの狭い範囲ですもんね。
いつかこの広い世界をあちこち見て回ってみたいです」
そんな夢のある和やか(?)な会話をしていると、セイさんといた頃と何も変わらないように思える。
実際、私がした別人だという判定は合っていたのだろうか?
そう思って改めて振り返ってみると、セイさんという存在を失った時の私の心境は、被害妄想に近かったかもしれない。
たとえるなら『親鳥と温かい巣を失ったヒナ鳥』のような気持ち。
思えば私はこの二年間ただぬくぬくと巣の中でセイさんの羽の中で守られ、安心し、甘えきっていた。
それが突然その巣を叩き壊され、親鳥が偽物だと知って、裸で投げ出されたような気持ちになった。
すべてを破壊したセイレム様に激しい憤りを感じた。
しかしそれはもしかしたら不当だったのでは?
元々彼は私の保護者でも家族でもないのだから。
勝手に自分にとって都合のいい役目――幻想――をセイレム様に押しつけていただけなのでは?
セイレム様の言うように彼は以前と変わらなく、ただ秘めていたものを表に出しただけなのかも。
私だって心を許していても、セイさんにお兄様とのことを話さなかったし、全てをさらけ出してきたわけじゃない。
そうエルファンス兄様のことを……。
そこまで考えると、私の視線は自然に帝都へと向けられる。
――私がこんな風にセイレム様と二人でいる間、お兄様は一人なのだ。
そう思うだけで胸にキリキリとした切ない痛みが走る。
――翼があれば今すぐこのまま飛んで行けるのに――
「何を……考えているのですか?」
遠くエルファンス兄様の元へ意識を飛ばしていた私の耳に、とても冷えたセイレム様の声が響いてきた。
「エルファンス……彼のことを考えているのですか?」
我に返って見上げたセイレム様の瞳は、冷たく燃えるようで、怖いほどの嫉妬の情が滲んでいた。
「セイレム様……」
私は息を飲んで凍りつく。。
よほど怯えた顔をしていたのか、セイレム様はすぐにハッとしたように、表情をゆるめて謝ってくる。
「――すみません……つい、嫉妬してしまいました……。
駄目ですね……愛を育む時間は無限にあり、いつかあなたの心が必ず私のものになることは分かりきっているのに……。
今この瞬間、あなたの心に別の男性が居るという事実が耐えがたい……」
無限――そうだ、セイレム様はずっと私をここに閉じ込めて生活する気なんだ。
「私、何度も言っているように、セイレム様とは、ずっと一緒にいられません!」
「いられないもいるも、ここから出るのは不可能なのに?」
不可能――たしかにそうかもしれない。
この神殿では神のような力を振るうセイレム様を前に――逃げれらる可能姓は限りなく0に近いのかもしれない。
それでも帰りを待っていてくれるエルファンス兄様のために、決して諦めるわけにはいかない。
「たとえ逃げられなくったって、セイレム様の物なんかにはなりません!」
言えば言うほど、セイレム様の瞳は凍てつき、恐ろしい表情になっていく……。
それでも分かって貰えるまで伝えるしかなかった。
「私の心はすでに、エルファンス兄様に捧げているんです!
もう他の人にはあげられません!」
私は勇気を振り絞って宣言した。
穏やかだった場の空気はすっかり一変し、重苦しい沈黙が流れる。
セイレム様は無言でしばしうつむいてから、気を取り直したように顔を上げ、
「知ってますか? 人の身体と心は密接に繋がっているんです」
意味深な台詞を口にした。
「……? どういう意味ですか?」
とまどって見上げたセイレム様の美しい顔には黒い微笑が浮かんでいた。
「そのままの意味です」
「そのまま?」
胸の奥がざわざわする。
「女性は特にそうだと聞きます。身体の影響を心が受けやすい。
つまりどちらから近ずいていっても結果は同じということです。
今はあなたはまだ子供だからそういったことはしませんけど……そうですね……16歳になったら……夜も一緒に過ごすことにしましょう……」
「夜も……?」
自分の耳を疑ってしまい、馬鹿みたいに口をポカンと開けてしまう。
「そうすればあなたも私のこと以外は考えられなくなります。完全にエルファンスのことなど忘れ去ってしまうでしょう……」
「そ……それって……」
セイレム様が言わんとしていることを想像したとたん、顔がカーッと熱くなり、心臓がバクバクしてくる。
――私はあと半年で15歳になる――つまりセイレム様がしているのは、あと一年と半年後の話――
「そうです……16歳になったら、あなたは私に抱かれるんです……」
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