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第二章
気づきたくなかった想い
「恋をするのにさしたる理由がいらないのは、私自身が一番よく知っていましたからね。
私が彼女を好きになったのもそうでした」
セイレム様は懐かしむように語りだす。
「私は当時まだ7歳で、産まれた時に母を亡くし、酷く孤独でした。上の兄弟とは年が離れていて、父からも関心を寄せらず、誰からも忘れ去れたような存在でした。
おかげで私は極度に人見知りで、人前ではうまく自分を表せない、無表情で無口な子供になりました」
家族の中で孤独だったというのは前世の私と共通する。
「忘れもしません。その日も皇宮では華やかなパーティーが行われていたのに、私は庭に一人でいました。飼っていた小鳥が亡くなったので小さな墓を作っていたのです。
そこへたまたま通りかかったのが兄の婚約者だったセシリア様です。
彼女は自分の煌びやかなドレスに泥がつくのもいとわず、私と一緒に土を掘り、小鳥の埋葬を手伝ってくれました。
そして私の小鳥のために泣いて、涙すら流してもいない私を見下ろし『悲しかったわ』、そう言って、抱きしめてくれました。
周囲から感情のない人形のように思われていた私は、その様に言われたのも扱われたのも生まれて初めてでした」
つまりセシリア様はセイレム様にとって、初めて心に触れてくれた人なんだ。
「その後も彼女は私を気にかけ、会うたびに笑いかけては、優しい言葉をくれました。それだけで恋をするには充分でした。
だから、16歳でセシリア様が嫁ぐとき、せめてもと思い、私の魂を込めた例のペンダントを贈りました。すると『ずっと身につけていますね』と約束してくれて、とても嬉しかった」
私を慰めるためのセイレム様の過去の恋愛話なのに、聞いているのがこんなに辛いのはなぜだろう。
複雑な気持ちで胸がかき乱されてしまう。
「初恋とは本当に不思議なものですね。恋が終わってしまっても、彼女は永遠に心の奥にある御座に座り続ける……。
それでも過ぎ去った過去は現在には敵わない。今の私の心の中心はあなたへの想いに満ちています。あなたにもいつか必ずそんな日が来ますよ……」
私の心がいつかエルファンス兄様以外の人への想いで満たされる?
もしもそうなら私の心を次に満たすのは……。
それ以上考えるのが怖くなり、私は星を見つめるのに没頭した。
そうして胸が痛くなる思いで星空を見つめていると――
「星が綺麗ですね」
ふいに、セイレム様が呟いた。
しかし、彼が見ていたのは天ではなく、私の瞳だった。
私の瞳に映る星を見つめながら、綺麗だと言っている。
そう気がついた瞬間、胸の中で何かが熱く弾けて、大きく広がっていった。
私はその時、急に目覚めるように自覚してしまった。
自分の中に沸き上がるこの感情の正体に――
そして一度意識したセイレム様への想いは、エルファンス兄様の婚約話よりも私を激しく打ちのめした。
そこで初めて私は、自分があまりにも長く、セイレム様の近くに居すぎたことを後悔する。
この4年間お兄様以外の男性と一日の大半を共に過ごし、沢山の思い出を積み重ねて絆を深めてきた――それは全部間違いだったのだ。
今頃自分の愚かさに気がつくなんて――
できればこんな気持ちには、一生気がつきたくなかった。
その晩以来、私はますますふさぎ込んだ。
食欲もさらに落ちて日に日に弱っていく、自身の心と身体をどうすることもできなかった――
「どうしたら元気になってくれるんですか?
回復術は食事のかわりにはなりません。
このままでは死んでしまいます」
セイレム様は私がまだエルファンス兄様の婚約のことで落ち込んでいると思っていた。
16歳の誕生日を2日過ぎたある日。
私は力なくベッドに横たわった状態で、とうとうセイレム様に懇願した。
「セイレム様、……もしも私を、助けたいなら、神殿から、出してくれませんか?」
辛い状況から逃れる術はもうそれしか思いつかなかった。
自分の心の変化を自覚した今、これ以上セイレム様の傍にいることが恐ろしくてたまらなかった。
「フィーネ? 本気ですか?」
唐突な私の懇願に、セイレム様が息を飲む。
「ここにいる限り……私は元気になれません……もう耐えられないんです……屋敷へ帰りたい……」
私は両手で顔を覆って泣きむせいだ。
しかしセイレム様の返事はきっぱりしたものだった。
「それは無理です」
私はバッと顔を上げて、ただ感情的に叫ぶ。
「どうしてですか? どうして駄目なんですか?」
私のエルファンス兄様への気持ちをセイレム様は分かっているはずなのに!
と、八つ当たりに近い苛立ちが胸に渦巻く。
それに答えるセイレム様の声は、私と同じく、感情的なものだった。
「あなたは私の命だからです! 自分の心臓を自分でえぐる人間がいると思いますか!?」
――心臓――
そこまで私を想ってくれているというの?
「かつて私が神殿に入ったのはセシリア様の結婚に悲観して、ではなく、自分が怖かったからです。
私もロザリーと一緒で、身の内に邪悪な獣を飼っている。
その獣によって彼女を傷つけてしまうことが私はとても怖かった。
だからこの神殿へ10年以上ひきこもっていたのです。
だけど、あなたに関してはもう手遅れだ。
もうここまで愛してしまっては、到底、逃がしてあげることなどできない!」
もう手遅れ。
その言葉は瞬時に私を目のくらむような絶望に叩き落した。
なんて私は愚かだったのだろう。
19歳までに納得して貰う、なんて悠長に構えるべきではなかった。
もっと早く神殿から出して貰えるように努力すべきだった。
エルノア様に相談する機会だって充分あったのに――
ううん、それでもやはり遅かったのかもしれない。
前世の自分にとってセイレム様は「理想の人」だったのだから。
そもそも私はこの神殿に来るべきではなかったのだ!
自業自得。全て自分が蒔いた種。
全部私の思いつきと選択が招いた結果。
だったら、無理でも自分で刈り取らなくては……。
私は気力を振り絞り、どうにかうつ伏せになる。
それからずるずると身を引きずるようにして、ベッドから降りようとした。
「……出してくれないなら……這ってでも自分でここから出ます……!」
「どうやら、今あたなに必要なのは強い薬のようですね……!」
セイレム様はそんな私に対し、苛立ちもあらわに声を荒らげると、突然のしかかってくる。
そして強引に私の身体を仰向けに戻し、ベッド上に組み敷いて顔を近づけてきた。
私は自分の唇を手で覆い、口づけを拒む。
「いやっ……止めて下さい!」
私が彼女を好きになったのもそうでした」
セイレム様は懐かしむように語りだす。
「私は当時まだ7歳で、産まれた時に母を亡くし、酷く孤独でした。上の兄弟とは年が離れていて、父からも関心を寄せらず、誰からも忘れ去れたような存在でした。
おかげで私は極度に人見知りで、人前ではうまく自分を表せない、無表情で無口な子供になりました」
家族の中で孤独だったというのは前世の私と共通する。
「忘れもしません。その日も皇宮では華やかなパーティーが行われていたのに、私は庭に一人でいました。飼っていた小鳥が亡くなったので小さな墓を作っていたのです。
そこへたまたま通りかかったのが兄の婚約者だったセシリア様です。
彼女は自分の煌びやかなドレスに泥がつくのもいとわず、私と一緒に土を掘り、小鳥の埋葬を手伝ってくれました。
そして私の小鳥のために泣いて、涙すら流してもいない私を見下ろし『悲しかったわ』、そう言って、抱きしめてくれました。
周囲から感情のない人形のように思われていた私は、その様に言われたのも扱われたのも生まれて初めてでした」
つまりセシリア様はセイレム様にとって、初めて心に触れてくれた人なんだ。
「その後も彼女は私を気にかけ、会うたびに笑いかけては、優しい言葉をくれました。それだけで恋をするには充分でした。
だから、16歳でセシリア様が嫁ぐとき、せめてもと思い、私の魂を込めた例のペンダントを贈りました。すると『ずっと身につけていますね』と約束してくれて、とても嬉しかった」
私を慰めるためのセイレム様の過去の恋愛話なのに、聞いているのがこんなに辛いのはなぜだろう。
複雑な気持ちで胸がかき乱されてしまう。
「初恋とは本当に不思議なものですね。恋が終わってしまっても、彼女は永遠に心の奥にある御座に座り続ける……。
それでも過ぎ去った過去は現在には敵わない。今の私の心の中心はあなたへの想いに満ちています。あなたにもいつか必ずそんな日が来ますよ……」
私の心がいつかエルファンス兄様以外の人への想いで満たされる?
もしもそうなら私の心を次に満たすのは……。
それ以上考えるのが怖くなり、私は星を見つめるのに没頭した。
そうして胸が痛くなる思いで星空を見つめていると――
「星が綺麗ですね」
ふいに、セイレム様が呟いた。
しかし、彼が見ていたのは天ではなく、私の瞳だった。
私の瞳に映る星を見つめながら、綺麗だと言っている。
そう気がついた瞬間、胸の中で何かが熱く弾けて、大きく広がっていった。
私はその時、急に目覚めるように自覚してしまった。
自分の中に沸き上がるこの感情の正体に――
そして一度意識したセイレム様への想いは、エルファンス兄様の婚約話よりも私を激しく打ちのめした。
そこで初めて私は、自分があまりにも長く、セイレム様の近くに居すぎたことを後悔する。
この4年間お兄様以外の男性と一日の大半を共に過ごし、沢山の思い出を積み重ねて絆を深めてきた――それは全部間違いだったのだ。
今頃自分の愚かさに気がつくなんて――
できればこんな気持ちには、一生気がつきたくなかった。
その晩以来、私はますますふさぎ込んだ。
食欲もさらに落ちて日に日に弱っていく、自身の心と身体をどうすることもできなかった――
「どうしたら元気になってくれるんですか?
回復術は食事のかわりにはなりません。
このままでは死んでしまいます」
セイレム様は私がまだエルファンス兄様の婚約のことで落ち込んでいると思っていた。
16歳の誕生日を2日過ぎたある日。
私は力なくベッドに横たわった状態で、とうとうセイレム様に懇願した。
「セイレム様、……もしも私を、助けたいなら、神殿から、出してくれませんか?」
辛い状況から逃れる術はもうそれしか思いつかなかった。
自分の心の変化を自覚した今、これ以上セイレム様の傍にいることが恐ろしくてたまらなかった。
「フィーネ? 本気ですか?」
唐突な私の懇願に、セイレム様が息を飲む。
「ここにいる限り……私は元気になれません……もう耐えられないんです……屋敷へ帰りたい……」
私は両手で顔を覆って泣きむせいだ。
しかしセイレム様の返事はきっぱりしたものだった。
「それは無理です」
私はバッと顔を上げて、ただ感情的に叫ぶ。
「どうしてですか? どうして駄目なんですか?」
私のエルファンス兄様への気持ちをセイレム様は分かっているはずなのに!
と、八つ当たりに近い苛立ちが胸に渦巻く。
それに答えるセイレム様の声は、私と同じく、感情的なものだった。
「あなたは私の命だからです! 自分の心臓を自分でえぐる人間がいると思いますか!?」
――心臓――
そこまで私を想ってくれているというの?
「かつて私が神殿に入ったのはセシリア様の結婚に悲観して、ではなく、自分が怖かったからです。
私もロザリーと一緒で、身の内に邪悪な獣を飼っている。
その獣によって彼女を傷つけてしまうことが私はとても怖かった。
だからこの神殿へ10年以上ひきこもっていたのです。
だけど、あなたに関してはもう手遅れだ。
もうここまで愛してしまっては、到底、逃がしてあげることなどできない!」
もう手遅れ。
その言葉は瞬時に私を目のくらむような絶望に叩き落した。
なんて私は愚かだったのだろう。
19歳までに納得して貰う、なんて悠長に構えるべきではなかった。
もっと早く神殿から出して貰えるように努力すべきだった。
エルノア様に相談する機会だって充分あったのに――
ううん、それでもやはり遅かったのかもしれない。
前世の自分にとってセイレム様は「理想の人」だったのだから。
そもそも私はこの神殿に来るべきではなかったのだ!
自業自得。全て自分が蒔いた種。
全部私の思いつきと選択が招いた結果。
だったら、無理でも自分で刈り取らなくては……。
私は気力を振り絞り、どうにかうつ伏せになる。
それからずるずると身を引きずるようにして、ベッドから降りようとした。
「……出してくれないなら……這ってでも自分でここから出ます……!」
「どうやら、今あたなに必要なのは強い薬のようですね……!」
セイレム様はそんな私に対し、苛立ちもあらわに声を荒らげると、突然のしかかってくる。
そして強引に私の身体を仰向けに戻し、ベッド上に組み敷いて顔を近づけてきた。
私は自分の唇を手で覆い、口づけを拒む。
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