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運命の出会い
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ディール帝国第一皇子のクリストファーが初めてエリスの名前を聞いたのは9歳の時。
はとこであり親友でもあるネイトからの婚約報告によってだった。
「お前から聞いた話は本当だったんだな。出会った瞬間わかってしまった。全身を衝撃が突き抜けたんだ」
らしくないはにかんだ表情を浮かべ、寡黙なネイトにしては珍しく饒舌に語ったことを今でもおぼえている。
クリストファーは素直に親友の好運を祝い、相手との幸せを願った。
そして自分の運命の女性との出会いを心待ちにした。
13歳になり、入学した帝立学院でエリスと初めて顔を合わせるまでは――
エリスの姿を一目見た瞬間、まさに雷に打たれたような感覚におそわれた。
そしてそれはクリストファーだけではなくエリスも同じだったらしい。
ネイトに紹介され目を向けたとたん、激しい衝撃を受けたように美しい空色の瞳を大きく見開き、息を飲んでみせたのだから。
出会った瞬間お互いに運命を感じたという、両親の話は本当だったとクリストファーは思った。
ただ、致命的な問題は、4年出会うのが遅かったせいで、エリスがすでに親友のネイトと婚約していたことだった。
しかも、ネイトはかなり激しく偏執的にエリスに執着している。
そのことを思い知らされたのはやはり帝立学院の入学式の日。
ある男子生徒がエリスに話しかけたとき、
「俺の婚約者に話しかけるな。もしもエリスに言いたいことがあるなら俺が代わりに聞こう」
ネイトがそう言って追い払うのを見た時だった。
「いくらなんでも、今のはやり過ぎなんじゃないか?」
すぐに腕を引いてエリスから離れた位置で注意したところ、ネイトはかつてないほど深刻な調子でこう言ってきたのだ。
「クリス、悪いが、他のことなら何でもお前の意見を聞くが、エリスについてだけは何も口出ししないでくれ。
それが出来ないなら、残念だが、お前との友情はここでお仕舞いだ」
「まさか、親友を止めるとまで言うのか?」
「俺とて、お前との友情を終わらせたくない。だが、男にはどうしても一つだけ譲れないものがあるというだろう?
俺にとって、エリスとのことがそれなのだ」
「本気で言ってるんだな?」
「ああ、そうだとも――あと、俺はエリスにいっさい他の男を近づけたくない。それは親友であるお前も例外ではない。理解してくれるか?」
続いてお願いしてきたネイトの悲しげな瞳を見返したクリストファーは、はっ、とした。
(間違いない、ネイトは勘づいているのだ。
エリスと私が顔を合わせた瞬間にお互いに運命を感じ合ったことを。
そうでなければ、ここまで言うはずがない)
そうなると今迫られているのは、恋を取るか友情を取るかという究極の二択になる。
クリストファーは葛藤した。
ネイトとは物心つく前からの長いつきあいだ。
そして、クリストファーがこのディール帝国の皇帝になった際に右腕になる大切な存在でもある。
一人の男としてならば迷わずエリスを選ぶだろう。
だが、皇帝になる者としては、それは決してしてはいけないことだとわかっていた。
クリストファーは苦渋の思いで答えた。
「わかった、ネイト。彼女とはなるべく距離を置くようにしよう」
それは同時にエリスを諦めるという意味でもあった。
ところがそう約束をしたことを後日、クリストファーは二重の意味で後悔する。
一つはエリスへの恋心は消えるどころか、時を追うごとに益々つのっていく一方だったからだ。
ネイトと親友を続ける以上、嫌でも彼女の愛らしい姿を目にすることになるから。
今もクリストファーの瞳に、エリスの姿は光のベールを纏ったように輝いて見える。
これが運命の相手というものなのか。
目にするたびにその美しさに心が震え、そばに寄るだけで心臓がうるさく騒ぎだすクリストファーだった。
おかげで出会ってからずっとエリスへの恋心を表に出さないようにするのに苦労していた。
苦肉の策として、極力エリスを見ないよう、接するときは表情を殺すようにするしかなかった。
いっそ、他の女性を好きになれれば楽になれると思う。
しかし、困ったことに運命の相手は生涯に一人らしく、他の女性を見ても何も感じないのだ。
特に、エリスと同じ生徒会役員になってからは想いは深まるばかりだった。
彼女の誠実で優しい人柄を知るにつけ。
最近は、ネイトと二人一緒にいるのを見るだけで息をするのも辛くなるほどだ。
とはいえ、立場上、二人と距離を置くわけにもいかない。
まさに毎日生き地獄だった。
今日も必死に平静を装って他の生徒会役員である監査のロニーと会計のマシューと会話していた。
すると、
「教師とて男だ、エリス!」
例によってエリスに不当な言いがかりをつけるネイトの声が聞こえてきた。
耳にするなりクリストファーの全身が怒りで震えてくる。
理性を総動員しなければ怒鳴りつけたい衝動を抑えることができないほどだ。
――そう、もう一つはこのネイトの異常性を知ったから。
なんと愚かな婚約者の心得114箇条などといったものを作って、徹底的にエリスの行動を支配し、管理していたのだから。
実際に条文を書いた紙を見せて貰ったことはないが、すでに全容は把握していた。
もう5年以上、二人のやり取りを注意深く聞いて、密かに手帳に書き写してきたからだ。
これでは到底エリスを諦めきれないとクリストファーは思った。
ネイトといると不幸になるとわかりきっているのだから。
証拠に出会ってから一度もエリスの笑顔を見たことがない。
(私が婚約者なら、毎日、エリスを笑わせてあげられるのに)
わかっている。
エリスが笑顔になれない理由はそれだけではない。
今も初めて会った時の衝撃を受けた彼女の顔をおぼえていた。
(エリスもまた私への想いを抱えて苦しんでいるのだ)
そして、たぶんそれは終わることはないとクリストファーは確信していた。
魂の伴侶を求める心は止められやしない。
(きっとエリスと視線を交わし合えばネイトに気づかれてしまう。
お互い強く惹かれ合う気持ちは隠しきれるものではない)
そういう意味でもまだエリスをしっかり見ることはできない。
そう、いま一度選択の時が来ているのだ。
親友兼未来の片腕を失うか、最愛の運命の女性がこのまま不幸になるのを見過ごすか。
すでに帝立学院の最終学年の秋。
卒業と同時にネイトはエリスと結婚するという。
つまり、もう時間はいくらも残されていない。
そろそろ心を決めなくてはならないとクリストファーは思っていた。
はとこであり親友でもあるネイトからの婚約報告によってだった。
「お前から聞いた話は本当だったんだな。出会った瞬間わかってしまった。全身を衝撃が突き抜けたんだ」
らしくないはにかんだ表情を浮かべ、寡黙なネイトにしては珍しく饒舌に語ったことを今でもおぼえている。
クリストファーは素直に親友の好運を祝い、相手との幸せを願った。
そして自分の運命の女性との出会いを心待ちにした。
13歳になり、入学した帝立学院でエリスと初めて顔を合わせるまでは――
エリスの姿を一目見た瞬間、まさに雷に打たれたような感覚におそわれた。
そしてそれはクリストファーだけではなくエリスも同じだったらしい。
ネイトに紹介され目を向けたとたん、激しい衝撃を受けたように美しい空色の瞳を大きく見開き、息を飲んでみせたのだから。
出会った瞬間お互いに運命を感じたという、両親の話は本当だったとクリストファーは思った。
ただ、致命的な問題は、4年出会うのが遅かったせいで、エリスがすでに親友のネイトと婚約していたことだった。
しかも、ネイトはかなり激しく偏執的にエリスに執着している。
そのことを思い知らされたのはやはり帝立学院の入学式の日。
ある男子生徒がエリスに話しかけたとき、
「俺の婚約者に話しかけるな。もしもエリスに言いたいことがあるなら俺が代わりに聞こう」
ネイトがそう言って追い払うのを見た時だった。
「いくらなんでも、今のはやり過ぎなんじゃないか?」
すぐに腕を引いてエリスから離れた位置で注意したところ、ネイトはかつてないほど深刻な調子でこう言ってきたのだ。
「クリス、悪いが、他のことなら何でもお前の意見を聞くが、エリスについてだけは何も口出ししないでくれ。
それが出来ないなら、残念だが、お前との友情はここでお仕舞いだ」
「まさか、親友を止めるとまで言うのか?」
「俺とて、お前との友情を終わらせたくない。だが、男にはどうしても一つだけ譲れないものがあるというだろう?
俺にとって、エリスとのことがそれなのだ」
「本気で言ってるんだな?」
「ああ、そうだとも――あと、俺はエリスにいっさい他の男を近づけたくない。それは親友であるお前も例外ではない。理解してくれるか?」
続いてお願いしてきたネイトの悲しげな瞳を見返したクリストファーは、はっ、とした。
(間違いない、ネイトは勘づいているのだ。
エリスと私が顔を合わせた瞬間にお互いに運命を感じ合ったことを。
そうでなければ、ここまで言うはずがない)
そうなると今迫られているのは、恋を取るか友情を取るかという究極の二択になる。
クリストファーは葛藤した。
ネイトとは物心つく前からの長いつきあいだ。
そして、クリストファーがこのディール帝国の皇帝になった際に右腕になる大切な存在でもある。
一人の男としてならば迷わずエリスを選ぶだろう。
だが、皇帝になる者としては、それは決してしてはいけないことだとわかっていた。
クリストファーは苦渋の思いで答えた。
「わかった、ネイト。彼女とはなるべく距離を置くようにしよう」
それは同時にエリスを諦めるという意味でもあった。
ところがそう約束をしたことを後日、クリストファーは二重の意味で後悔する。
一つはエリスへの恋心は消えるどころか、時を追うごとに益々つのっていく一方だったからだ。
ネイトと親友を続ける以上、嫌でも彼女の愛らしい姿を目にすることになるから。
今もクリストファーの瞳に、エリスの姿は光のベールを纏ったように輝いて見える。
これが運命の相手というものなのか。
目にするたびにその美しさに心が震え、そばに寄るだけで心臓がうるさく騒ぎだすクリストファーだった。
おかげで出会ってからずっとエリスへの恋心を表に出さないようにするのに苦労していた。
苦肉の策として、極力エリスを見ないよう、接するときは表情を殺すようにするしかなかった。
いっそ、他の女性を好きになれれば楽になれると思う。
しかし、困ったことに運命の相手は生涯に一人らしく、他の女性を見ても何も感じないのだ。
特に、エリスと同じ生徒会役員になってからは想いは深まるばかりだった。
彼女の誠実で優しい人柄を知るにつけ。
最近は、ネイトと二人一緒にいるのを見るだけで息をするのも辛くなるほどだ。
とはいえ、立場上、二人と距離を置くわけにもいかない。
まさに毎日生き地獄だった。
今日も必死に平静を装って他の生徒会役員である監査のロニーと会計のマシューと会話していた。
すると、
「教師とて男だ、エリス!」
例によってエリスに不当な言いがかりをつけるネイトの声が聞こえてきた。
耳にするなりクリストファーの全身が怒りで震えてくる。
理性を総動員しなければ怒鳴りつけたい衝動を抑えることができないほどだ。
――そう、もう一つはこのネイトの異常性を知ったから。
なんと愚かな婚約者の心得114箇条などといったものを作って、徹底的にエリスの行動を支配し、管理していたのだから。
実際に条文を書いた紙を見せて貰ったことはないが、すでに全容は把握していた。
もう5年以上、二人のやり取りを注意深く聞いて、密かに手帳に書き写してきたからだ。
これでは到底エリスを諦めきれないとクリストファーは思った。
ネイトといると不幸になるとわかりきっているのだから。
証拠に出会ってから一度もエリスの笑顔を見たことがない。
(私が婚約者なら、毎日、エリスを笑わせてあげられるのに)
わかっている。
エリスが笑顔になれない理由はそれだけではない。
今も初めて会った時の衝撃を受けた彼女の顔をおぼえていた。
(エリスもまた私への想いを抱えて苦しんでいるのだ)
そして、たぶんそれは終わることはないとクリストファーは確信していた。
魂の伴侶を求める心は止められやしない。
(きっとエリスと視線を交わし合えばネイトに気づかれてしまう。
お互い強く惹かれ合う気持ちは隠しきれるものではない)
そういう意味でもまだエリスをしっかり見ることはできない。
そう、いま一度選択の時が来ているのだ。
親友兼未来の片腕を失うか、最愛の運命の女性がこのまま不幸になるのを見過ごすか。
すでに帝立学院の最終学年の秋。
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つまり、もう時間はいくらも残されていない。
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