65 / 67
番外〜前世編〜「東へと続く道」
7、炎の戦姫
しおりを挟む
「レダ……、この、卑怯者!」
「卑怯ですって? リオノーラ、他人の夫を寝取ったその口で、よく言えたもんね」
私の非難を鼻で笑い飛ばし、レダは崩れるように地面に手をつくデニスを睨みつける。
「これは妻を裏切った夫に対する、当然の罰よ! デニス、あなたはそこで這いつくばって、愛するリオノーラが手足を斬られ、臓物をぶちまけながら殺されるのを、ただ成すすべもなく見てるがいいわ!」
レダは憎々しげに吐き出すと、次に静かに立っているネヴィルに視線を移す。
「それとネヴィル、今回、味方をしてくれなかった事については大いに不満だけど、あなたも私がデニスの元へ嫁いで寂しかったのよね? 私達は長いつきあいだし、以降、私の邪魔をしなければ許してあげる」
「待って!」
そこでユーリが白金の髪を靡かせて前に進み出る。
「あら、なあに? ユーリ」
「僕は投降する! 死ねと言うなら今すぐここで自害だってしてみせよう! だから、どうかリオの命だけは助けて欲しい」
レダは盛大に吹き出した。
「あはは、ここに来て、自分を犠牲にしてまでリオノーラの命ごい? ユーリ、お前と来たら、子供の頃から何も変ってないのね!」
私もユーリに抗議する。
「何を言っているの、ユーリ! 私だけが生き残っても意味がないじゃない!」
「いいや、リオ。君は僕にとって何よりも――この命よりも大切な存在だ!」
ユーリは私の顔を見据えてきっぱり言い切ると、ふっと美しい顔に切ない表情を浮かべ――
「リオ、たとえ何度生まれ変わっても君を愛してる」
まるで今生の別れのように唐突に想いを告げてきた。
「はんっ――随分、泣かせる告白じゃない」
横で聞いていたレダの顔からすっと笑いが消え、逆に悲しそうに歪められる。
「いいわ、ユーリ、可愛い弟のお願いに免じて、特別に予定を変更してあげる」
「……姉さん……」
レダはいかにもしおらしく言ったあと――キッ――と瞳を剥いて私を睨む。
「なぶり殺しは止めてひと思いに殺してあげる――死ね、リオノーラ!!」
残酷な宣告と共に突き出された炎女神の剣の先端から、巨大な炎がほとばしり出て、一直線に私に向かってくる。
とっさに戦乙女の剣を構えたものの、防ぎ切れるわけもなく、消し炭にされるかと思った一瞬――
「リオ!! 逃げて」
まるでレダの行動を読んでいたようなタイミングで、私の元へユーリが駈けてきた。
「――あっ――!?」
と、驚いて見た瞬間、ドンと勢いよく身体を突き飛ばされる。
「……ぐあぁあっ……!?」
「きゃあああっ……ユーリ……!?」
反動で地面に転がった私の耳に響いてきたのは、ユーリの断末魔のような叫びと、それにかぶさるレダの悲鳴。
顔を上げると、視界いっぱいに広がった炎の中心でユーリらしきものが盛大に燃えていた。
炎に全身を舐められたその姿は瞬く間に黒々と変色してゆき、信じたくない光景に思わず頭の中が真っ白になる。
「……ユーリ……!?」
「いやっ、ユーリ!! 嘘よ、嘘よ! こんなの嘘よ!!」
取り乱したような叫びをあげたレダが、遅れて炎女神の剣を放り出し、燃えさかるユーリの身体に飛びついていく。
その姿を見て――ハッ――とした私は、
「よくもユーリを! お前こそ死ね、レダ!!」
逆上のままに戦女神の剣を振り上げ、勢いよく飛び出した。
――しかし――恨みを込めて振り下ろした剣は、レダに届くすんでで弾かれる。
妨害したのは銀色の杖。
邪魔した者は――
「――ネヴィル――!?」
いつの間にか近くに来ていた魔法使いの名を、私は怒りをもって叫ぶ。
同時にレダが我に返ったような表情で手元に炎女神の剣を呼び戻した。
「ユーリが死んだ! リオノーラ! お前のせいだ!!」
「はっ? 自分でやった癖にっ!!」
「いいえ、何もかも全てお前のせいよ! お前が私からユーリを奪ったから!!」
真っ赤な髪を広げて声を張り上げ、劫火が取り巻く剣を構えたレダの燃えるような両目からは、とめどなく涙が吹きこぼれていた。
「――!?」
その凄絶なまでの悲しみが浮かぶ表情に、思わず手が止まったとき、
「リオも燃やされちゃう!」
焦った声と共に横から腰を浚われる――
「デニス……!?」
見ると早くも麻痺が治ったらしい、土気色の顔をしたデニスが私を抱えて走っていた。
当然追ってくるかと思って反射的に振り返ってみれば、レダは脱力したように地面に膝を落とし、炭のようになったユーリの亡骸をかき抱いていた。
改めて変わり果てた姿を目にした私も涙が込み上げ、折しも不安定な秋の空から降り出した雨と混ざり合う。
「……ユーリが死んでしまった……あっああっ…!!」
絶望と悲しみに喉をのけぞらせ天に向かって慟哭する。
同じように女神の剣に選ばれながら、レダに対抗する力がなく、自分の身すら守れなかった。
私のせいでユーリが身代わりになって死んでしまったのだ。
喪失感にも増して自分への不甲斐なさで涙が溢れて止まらなかった。
――泣きながら滅茶苦茶に走るデニスに抱えられた私は、涙と雨で視界が曇り、次第に方向感覚を失っていく――
やがて走りに走ってデニスの脚の勢いが衰えだした頃、木々のない開けた場所に出た。
そこに居合わせた騎馬兵の半分以上を片手で握った剣の一撃でなぎ倒し、恐れをなした残りの兵が逃げていくのを見送ったあと、デニスはついに力尽きたようによろめく。
「……ごめん、リオ……もう走れない……」
「――!?」
緩んだ腕から地面に降り立った私は、倒れかけたデニスの肩を支え、ゆっくりと横たえる。
自分の悲しみに夢中でデニスを気遣う余裕がなかった。
急いでデニスの足の蛇の噛み痕に口をつけ、可能な限り毒を吸い出す。
「……リオ……」
青ざめた顔で力なく呟くデニスの上には、勢いを増した冷たい雨粒が容赦なく降りかかっていた。
「デニス、しっかりして!」
「卑怯ですって? リオノーラ、他人の夫を寝取ったその口で、よく言えたもんね」
私の非難を鼻で笑い飛ばし、レダは崩れるように地面に手をつくデニスを睨みつける。
「これは妻を裏切った夫に対する、当然の罰よ! デニス、あなたはそこで這いつくばって、愛するリオノーラが手足を斬られ、臓物をぶちまけながら殺されるのを、ただ成すすべもなく見てるがいいわ!」
レダは憎々しげに吐き出すと、次に静かに立っているネヴィルに視線を移す。
「それとネヴィル、今回、味方をしてくれなかった事については大いに不満だけど、あなたも私がデニスの元へ嫁いで寂しかったのよね? 私達は長いつきあいだし、以降、私の邪魔をしなければ許してあげる」
「待って!」
そこでユーリが白金の髪を靡かせて前に進み出る。
「あら、なあに? ユーリ」
「僕は投降する! 死ねと言うなら今すぐここで自害だってしてみせよう! だから、どうかリオの命だけは助けて欲しい」
レダは盛大に吹き出した。
「あはは、ここに来て、自分を犠牲にしてまでリオノーラの命ごい? ユーリ、お前と来たら、子供の頃から何も変ってないのね!」
私もユーリに抗議する。
「何を言っているの、ユーリ! 私だけが生き残っても意味がないじゃない!」
「いいや、リオ。君は僕にとって何よりも――この命よりも大切な存在だ!」
ユーリは私の顔を見据えてきっぱり言い切ると、ふっと美しい顔に切ない表情を浮かべ――
「リオ、たとえ何度生まれ変わっても君を愛してる」
まるで今生の別れのように唐突に想いを告げてきた。
「はんっ――随分、泣かせる告白じゃない」
横で聞いていたレダの顔からすっと笑いが消え、逆に悲しそうに歪められる。
「いいわ、ユーリ、可愛い弟のお願いに免じて、特別に予定を変更してあげる」
「……姉さん……」
レダはいかにもしおらしく言ったあと――キッ――と瞳を剥いて私を睨む。
「なぶり殺しは止めてひと思いに殺してあげる――死ね、リオノーラ!!」
残酷な宣告と共に突き出された炎女神の剣の先端から、巨大な炎がほとばしり出て、一直線に私に向かってくる。
とっさに戦乙女の剣を構えたものの、防ぎ切れるわけもなく、消し炭にされるかと思った一瞬――
「リオ!! 逃げて」
まるでレダの行動を読んでいたようなタイミングで、私の元へユーリが駈けてきた。
「――あっ――!?」
と、驚いて見た瞬間、ドンと勢いよく身体を突き飛ばされる。
「……ぐあぁあっ……!?」
「きゃあああっ……ユーリ……!?」
反動で地面に転がった私の耳に響いてきたのは、ユーリの断末魔のような叫びと、それにかぶさるレダの悲鳴。
顔を上げると、視界いっぱいに広がった炎の中心でユーリらしきものが盛大に燃えていた。
炎に全身を舐められたその姿は瞬く間に黒々と変色してゆき、信じたくない光景に思わず頭の中が真っ白になる。
「……ユーリ……!?」
「いやっ、ユーリ!! 嘘よ、嘘よ! こんなの嘘よ!!」
取り乱したような叫びをあげたレダが、遅れて炎女神の剣を放り出し、燃えさかるユーリの身体に飛びついていく。
その姿を見て――ハッ――とした私は、
「よくもユーリを! お前こそ死ね、レダ!!」
逆上のままに戦女神の剣を振り上げ、勢いよく飛び出した。
――しかし――恨みを込めて振り下ろした剣は、レダに届くすんでで弾かれる。
妨害したのは銀色の杖。
邪魔した者は――
「――ネヴィル――!?」
いつの間にか近くに来ていた魔法使いの名を、私は怒りをもって叫ぶ。
同時にレダが我に返ったような表情で手元に炎女神の剣を呼び戻した。
「ユーリが死んだ! リオノーラ! お前のせいだ!!」
「はっ? 自分でやった癖にっ!!」
「いいえ、何もかも全てお前のせいよ! お前が私からユーリを奪ったから!!」
真っ赤な髪を広げて声を張り上げ、劫火が取り巻く剣を構えたレダの燃えるような両目からは、とめどなく涙が吹きこぼれていた。
「――!?」
その凄絶なまでの悲しみが浮かぶ表情に、思わず手が止まったとき、
「リオも燃やされちゃう!」
焦った声と共に横から腰を浚われる――
「デニス……!?」
見ると早くも麻痺が治ったらしい、土気色の顔をしたデニスが私を抱えて走っていた。
当然追ってくるかと思って反射的に振り返ってみれば、レダは脱力したように地面に膝を落とし、炭のようになったユーリの亡骸をかき抱いていた。
改めて変わり果てた姿を目にした私も涙が込み上げ、折しも不安定な秋の空から降り出した雨と混ざり合う。
「……ユーリが死んでしまった……あっああっ…!!」
絶望と悲しみに喉をのけぞらせ天に向かって慟哭する。
同じように女神の剣に選ばれながら、レダに対抗する力がなく、自分の身すら守れなかった。
私のせいでユーリが身代わりになって死んでしまったのだ。
喪失感にも増して自分への不甲斐なさで涙が溢れて止まらなかった。
――泣きながら滅茶苦茶に走るデニスに抱えられた私は、涙と雨で視界が曇り、次第に方向感覚を失っていく――
やがて走りに走ってデニスの脚の勢いが衰えだした頃、木々のない開けた場所に出た。
そこに居合わせた騎馬兵の半分以上を片手で握った剣の一撃でなぎ倒し、恐れをなした残りの兵が逃げていくのを見送ったあと、デニスはついに力尽きたようによろめく。
「……ごめん、リオ……もう走れない……」
「――!?」
緩んだ腕から地面に降り立った私は、倒れかけたデニスの肩を支え、ゆっくりと横たえる。
自分の悲しみに夢中でデニスを気遣う余裕がなかった。
急いでデニスの足の蛇の噛み痕に口をつけ、可能な限り毒を吸い出す。
「……リオ……」
青ざめた顔で力なく呟くデニスの上には、勢いを増した冷たい雨粒が容赦なく降りかかっていた。
「デニス、しっかりして!」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる