【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第二章「勇気ある者は……」

9、セドリック

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「今も昔もこの僕を賢いなんて言うのは君だけだ」

 自嘲的なセドリックの台詞を私はムキになって否定する。

「何を言ってるの! みんなあなたの見た目の印象だけで勝手に判断していただけじゃない」

 セドリックは母親似の甘く麗し過ぎる容姿と、争いごとを嫌うおっとりした性格のせいで、「お飾り王子」などと陰で揶揄されて呼ばれていた。
 聡明なことは教えている教師達も認めていたのに、なぜか逆の噂ばかり流れて広まり、気の強いエルメティアに人前でやりこめられるままにしていたのが、よけいに暗愚という評判を助長させた。

「あなたは一度読んだ本の内容や他人が言った言葉を決して忘れず、守護剣だって負けず嫌いのエティーに気を使って秘密にしていただけで、わずか10歳で呼べるようになっていた。
 周囲に認知されていないだけで、あなたはエティーなんかよりずっと優秀で、王になるのに相応しい人物なのよ!」

「君の気持ちは嬉しいけれど……こんな気の弱い僕が王に相応しいわけないよ。
 捕まった時にデリアンにも『王が弱く愚かだと国が滅びる』と言われたしね――」

「ふん! いくら偉そうなことを言っても、所詮は実の兄と甥から王位を奪った簒奪王さんだつおうに荷担した男の言うことよ」

簒奪王さんだつおうか……果たして僕を飾りにして叔父が執政の実権を握るという、前体制の焼き直しになるのを嫌ったのか……。
 あるいは『王』という地位自体を欲したのか……。
 叔父の気持ちはいまだに分からないけど、ずっとお飾り王子として周囲に見下されてきた僕には父の気持ちがよく分かる。
 幼い頃から武勇に秀で、兄よりも王の器と呼ばれて、現在も自分より人望がある弟に負けたくなかったのと。
 前サージ公亡き後もいつまでも見くびられていた父は、遠征を成功させて王として皆に尊敬されたかったんだ。
 だから聞く耳を持たなくなるほど意地になっていた……」

「バーン家では落ちこぼれだった私にも……あなたやあなたのお父様の気持ちがとても分かるつもりよ」

 デリアンもエルメティアも両親も、現リューク王も、みんな、みんな強いから分からないのだ。

「だけどシア、さっきの話によると君は守護剣を呼べるようになったんだろう?
 もう落ちこぼれとは言えないよ!
 今では君も立派な一人前の女騎士だ!」

「そうね、 これで近々行われるはずのエルメティアとデリアンの婚約式に、堂々と乗り込んで大暴れ出来るわね!」

「……ずいぶんと、笑えない冗談だね……」

 セドリックの溜め息まじりの感想に、私は苦々しい思いで返す。

「いずれにしても……あの二人が治める国に仕えるのだけはごめんだわ……」

 と、そこで暗くなった空気を払拭すべくセドリックが明るい声をあげる。

「そうだ、シア! さっそくだけど、君が守護剣を呼ぶところを僕にも見せて欲しいな」

「いいけど……この場所って剣を呼べるの?」

「うん、ルーン城で守護剣を呼べないのは王族が普段過ごす居館部分だけだよ。
 生憎、僕はこの腕輪のせいで呼べないけど、君なら大丈夫なはずだ」

 セドリックは両の手首にはまった金属腕輪を見せながら説明した。

「分かった。やってみるわ」

 私は頷くと、斜め上方に右手を掲げて意識を集中させる。
 数瞬後、ぶわっと右腕を芯にして燃え立つように黒炎が巻き起こり、同時に白銀の長剣が手中に現れた。

 緑色の両瞳を大きく見開いて、セドリックが感嘆の声をあげる。

「凄まじいまでの魔力を放つ剣だね! デリアンの持つ『狂戦士の剣』や、エティーの持つ『|炎女神(エルメンティアーナ)の剣』並か、むしろそれ以上かもしれない!
 さすがバーン家の最強の剣『戦女神の剣』だね!」

「ええ、そうよ。これはバーン家で最強にして一番の家宝、気難しくて数百年間、誰とも繋がらなかった伝説の剣よ。
 だからこそこの剣が私を受け入れた時、両親は大喜びして、その分のちに失望したわ……。
 なにせ私ときたら18年経っても守護剣を呼び出すことができなかったんだもの……。
 そうしてついにこうして呼び出せるようになったのはいいものの、守護剣は持ち主の魂と繋がっているがゆえに、見ての通り私の心の憎しみのどす黒い炎を纏っている。
 さすがにこんな禍々しい気は放つ剣を、雄々しい戦女神になぞらえることには抵抗をおぼえるから、今後はこれを『復讐の女神の剣』と呼ぼうと思うわ」

 セドリックは顔を曇らせ、心をこめるように呟く。

「……僕はその剣が、元の戦女神の剣に戻ることを……祈るよ」

「……」

 私は胸が突かれる思いで口ごもり、俯いて手元の剣の柄に目を落として眺めた直後、はっ、と気がつく――

「……これは……!?」

 驚くべきことに柄の側面に刻まれていた文言が、バーン家に保管されていた時とは別のものに変わっている。

「どうしたの? シア?」

 不思議そうに尋ねるセドリックの声には答えず、私は震える指で柄に掘られている文字をなぞる。

 かつては刻まれていた『勇気ある者はこの剣を取れ』という文字のかわりに――

『戦場で死ぬのが我が誉れ』

 今はしっかりとそう刻まれていた。

 私は心にも深くその言葉を刻み付けるように、強く、強く、両腕で剣を抱き締めてから――
 顔を上げて、大きく息をつきながら言葉を吐きだす。

「――決めたわ、私、婚約式へ乗り込むのは止すわ――」

「……そうか、良かった……」

 ほっとした表情で頷くセドリックの緑色の瞳を、私は強い決意をこめてまっすぐ見据えて問う。

「だからセドリック、あなたも決めてちょうだい、このままここでいつ殺されるかと怯えながら朽ち果てるか、いちかばちか私と脱獄するか!!」

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