【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第五章「苦しみを終わらせる者」

8、戦いへの提言

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 あくる日は、中断されていた話し合いの仕切り直しとなった。
 正午から、主要な面子で円卓を囲み、飲食しながら相談しあう。

「昨夜のうちに、先の内乱で中立を決めていたレイクッド大公国に決断を迫る使者を送ってある。
 他にもこちら側につきそうな諸侯や、前回の内戦でエリオット3世側につき、他国へ逃れた元有力貴族にも伝令を飛ばしてある。
 さらに傭兵団を雇い入れる手配もしておるし、シュトラスの兵士も可能な限り派遣しよう」

 さっそく食前酒を飲みながら、ギディオン王が戦争前提の話を進め始める。
 そこへすっかり頼もしい顔つきになったセドリックが、積極的に要望を口にする。

「昨日も言ったけれど先の戦いでアスティリアは疲弊している。できるだけ市街戦を避けて、かつ短期決戦で終わらせたい」

 その台詞を聞きながら、私は横に座るカエインの顔を眺めたあと、思いついたことを提案する。

「でしたら、最短距離を通るのはどうでしょう?」

「というと?」

 レスター王子に問われた私は、机の上に身を乗り出し、中央に置かれた地図の一部を指し示す。

「エルナー山脈越えです」

 ギディオン王が長い顎髭をしごきつつ同調する。

「うむ、それはわしも考えておった。カエイン殿がこちら側へついているなら嵐も起こるまいてな」

「正直申しますと私には山の知識が全くないので、あくまでもこれは一案ですが」私はいったん断りを入れてから、さらに地図を指でなぞって言葉を続ける。「エルナー山脈を越えてリューク王がデヴァン公だった頃から治めている所領へ直接抜ければ、他の諸侯の土地を通らずに最短で王都へ至れます」

 20歳にして名将の誉れ高いレスター王子が、端正な口元に人差し指を当てて「うーん」と喉を鳴らす。

「幾ら近道であっても、山頂に万年雪を抱き、極めて道が険しいエルナー山脈を越えるのは、兵の、特に馬への負担が大きい。だいいち天候が不安定だし、雪崩もある。戦力が半減する危険を犯してまで、果たして山越えをする必要はあるのか?」

 たしかにシュトラス側より、アスティリアの土地と人民の被害を最小限にする意味合いの強い案だった。
 しかし、できるだけ無駄な過程を省いてデリアンに復讐したい私は、意見を通すべくカエインに水を向ける。

「そこでカエインに尋ねたいんだけど、あなたが天候を操れるという噂は本当なの?」 

 カエインは美しい唇の口角を上げて答える。

「神鳥の特殊能力に強い風を起こすというものがあってな」

「つまり、これまでの嵐はあなたの仕業なのね……」

「そういうことだ。それとおおよその天候は読めるし、極地的になら雲の動きも操れる。……雪崩に関しては、先に通り道にかかる積雪に衝撃を与えて流しておけばいいだろう」

「さすがカエイン殿は頼もしいのう」

 感心したようにギディオンが唸り、レスター王子も納得したように頷く。

「兵と馬の負担が軽く済むのなら俺も山越えに異存はない。奇襲になるだけではなく、行軍距離と戦闘回数が段違いに減らせるからな」

 ガートルード王女も歓迎するように言う。

「国庫を預かる私としても、短期で済むのは助かります。先の内戦に続いての援助なうえ、今回はイルス傭兵隊を雇い入れる予定なので、また決着がつくのに二年もかかった日には、シュトラスの財政が傾いてしまいます」

 イルス傭兵隊とはその名の通りイルス人で構成される、東の大陸最強と呼ばれる歩兵部隊だ。
 資源が乏しいイルス国は傭兵稼業を主要な産業に据えており、戦争が起こるたびに他国に雇われて参戦している。

「折よく参加していた戦争が終結したばかりでな。雇用していたマドラス王国を介して、現在イルスと交渉中ではあるが、金額さえ積めばまず断られることはないだろう」

 ギディオン王が自信をこめるように言ったところで、ガートルード王太女が鋭く指示を飛ばす。

「ギモス、我が国が抑えている範囲の峠で、できるだけ距離に無駄がなく、かつ安全な行程の探索をお前に任せます」

「かしこまりました殿下。ただちに弟子と一緒に取りかかります」

 速やかにギモスが応じ、ほぼエルナー山越えの流れが決したところで、レスター王子がおもむろに立ち上がる。

「そうと決まれば、もう夏も終わりだ。冬になる前に決着をつけたいし、急いで段取り終え、この左目のお礼をデリアンに返しに行かねばな」

「何を言ってるのレスター! お前は父親よりこの国の守りを預かっている筈ですよ?」

 王太女の夫であるハノーヴァ公は、アスティリアで内戦が起こる前から遠征に出ているらしい。
 母親にいさめられてもレスター王子は引かなかった。

「そう言うが母上、今やエルナー山脈を挟んだこちら側は、父が現在制圧中のバルティモ以外はすべてシュトラスの属国。山から攻め込むなら船は全部置いて行けるから、俺がいなくても大丈夫だろう」

「いいえ、なりません! 前回の内戦時は指揮官不足で仕方がありませんでしたが、今回はセドリックがいます。近くエリーゼ姫との婚姻も控えているし、お前はこの国に残りなさい!」

 その時、親子の言い争いに割って入るように、ギディオン王がレスター王子の後押しをした。

「構わぬではないかガート。もしも他国が海から攻め入ってきたなら、この老体が自ら船首に立って迎え撃とうぞ」

「とんでもないことでございます。その場合は、私が指揮を取ります」

 慌てたようにガートルード王太女が返し、どうやら話はまとまったようだった。



 その後も戦争についての細かい話し合いが続き、終了したのは夕方近くだった――

 部屋に戻るために廊下を歩いている途中、セドリックが隣に並んで弾んだ声で話しかけてくる。

「ありがとうシア、僕の意向を汲み取ってくれて……。君もアスティリアのことをきちんと考えてくれているんだね」

 私はふっと鼻で笑う。

「冗談、そんなんじゃないわ。単に、一刻も早くデリアンに会いたかっただけよ」

「いいんだよ、分かっているから」

 本音を言ってるのにセドリックは麗しい顔をほころばせ、愛情と信頼のこもった眼差しをまっすぐ向けてきた。


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