【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

文字の大きさ
46 / 67
第六章「結びあう魂」

1、ボーク砦攻略

しおりを挟む
 順調にエルナー山脈を下ったあとは、裾野に広がる森に隠れてしばらく進んでいく。
 ちょうど木々の終わり目が見えてきたとき、近くにあるボーク砦の者だと思われる騎士達と遭遇したが、こちらの大軍を見ただけで慌てて引き返していった。


 その夜、野営の火を囲みながら、セドリックがカエイン、レイヴン、ギモスの顔を見回す。

「誰かこの降伏勧告状をボーク砦と、デヴァン城へ、それぞれ届けに行ってくれないか?」

「私が影を使者として飛ばしましょう」

「ありがとギモス」

 事前の調べによると、ボーク砦には百人程度、デヴァン城には二千人弱の兵士が詰めているらしい。
 拠点としてはデヴァンを抑えることが最優先なので、降伏勧告が受け入れられず、短期戦でボーク砦が落ちなければ放置して先へ進む予定だった。


 けれど一度致命的なミスを犯した私は、もう二度とつまずかないよう、セドリックの目の前にある石ころは確実に取り除いていきたかった。
 今なら慈悲深い彼が駆け寄る前に、道で行き倒れている者を見かけたら、迷わず斬撃を飛ばして息の根を止めてみせるだろう。


 だから見張り以外は寝静まった真夜中過ぎ、私はこっそり寝床から起きあがって一人でテントを抜けだした。

 勝手についてくるのは分かっていたので、少し歩いてからふり返る。

「カエイン。悪いんだけど、とある場所まで送ってくれる?」

「ああ、どこへでも連れて行こう」

 当然のように背後で答えるカエインの後ろから、その時、さらに歩いてくる第三者の影があった。

「こんな夜中に守護剣を持って起き出すとは、いったいどこへ行くつもりだアレイシア?」

 月光を照り返す銀髪と片方だけ開いた瞳――どうやら顔は似ててもセドリックと違い、レスター王子は眠りが浅いらしい。
 私は大きく諦めの溜め息をついた――


 それから少し時間が経過した頃、私とレスター王子は飛行するカエインの腕にぶら下がって夜空を移動していた。
 やがてボーク砦の上までくると自ら手を離し、屋上に降り立ったそばから歩哨を斬り倒してゆく。

 レスター王子に先んじて突入した砦内部の幅の狭い通路は、かつて母と二人で踏み込んだ盗賊のアジトを彷彿とさせた。
 当時まだ9歳だった私は守護剣をうまく扱えず、人を殺すのも初めてで、たった一人の盗賊を片付けるのにも手間取り、何度も何度も剣を打ちつけては、無駄に相手の苦痛を長引かせたものだ。
 ところが守護剣を覚醒させた今では、立ちふさがる敵を一撃で簡単に沈めることができる。

 いまだに脳裏に焼きついている母の失望の表情と、盗賊の無残な遺体を思い浮かべていると、飾りのついた兜と立派な鎧をまとった人物が視界に現れた。
 末端の物でも高価な魔法剣が手に握られているところを見ると、間違いなく指揮官クラスだろう。

「あなたが、こちらの砦の責任者?」
「いかにも。して、貴様は何者だ?」

 私の問いに老齢特有のしわがれ声が答えた。

「私はこの国の真の王であるセドリック様の使いよ。直接、降伏勧告状の返事を貰いに来たわ」

 老騎士はふんと鼻を鳴らす。

「あんな紙切れ、届いたそばから破り捨ててやったわ」

「そう……。では最後に口頭で尋ねるけど、降伏したら生かしておいてあげるわよ?」

「笑止!」

 気概のある返事とともに斬りかかってきた老騎士の魔法剣は、だが、私の復讐の女神の剣とぶつかった瞬間に脆くも砕け散った。

 ああ、あの頃はあんなに重たかった守護剣が、今はこんなに軽い――
 剣を振る勢いのままに跳ね飛ばした首が石床に転がるのを目の端で捉えると、私は通路の向こう側で固まっている他の騎士達を見やって問いかける。

「さて? 他に死にたい人間はいる?」




 砦を制圧し終わったあと、レスター王子が笑って訊いてきた。

「一つ質問するが、俺がつきあわなかった場合、お前は一人で百人を相手にするつもりだったのか?」

「ええ。たった百人程度を一人で相手取れないようでは、一騎当千の英雄と呼ばれるデリアンを倒すことなど百年経っても無理ですから」

「それは頼もしいな」

 レスター王子は感心したように言ってから、先日の話を蒸し返した。

「なあ、幸い俺はまだ婚前だし、愛妾ではなく正妻ならどうだ?
 デリアンへの恨みを果たせば、また白銀の光をまとう戦女神の剣に戻ろう。
 お前さえ隣にいれば、俺は世界さえも征服できそうな気がする」

 よりにもよってそんな申し出をこの私にするとは――どうして私が「こうなった」か知っていながら……!

 かっと込み上げてきた怒りをぐっと飲み込み、

「その話はもう終わったはずです。失礼いたします」

 素早く挨拶してその場を離れた。



 屋上に出て頭を冷やしていると、急に身にしみるような夜風が止み、見ると濡れたような漆黒の髪とマントを靡かせたカエインが風上に立っていた。

しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

処理中です...