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第12章 すべてを変える時
第204話 狂った獣たち Catastrophic phase
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《アンドリューの視点》
遠くから誰かが走り寄ってくる。この俺にケンカを売る気らしい。素早くスパス12を向けて撃つ。
放たれた散弾は、しかし相手のバリアに防がれてしまう。俺はなおも数発を撃ちこむ、だがバリアは予想に反して壊れない。ただのザコとは少し違うというわけか。
スパス12が弾切れとなり、俺はそれを捨てる。接近戦に備えて右の太ももからソードの柄を取って刃を出す。
敵も同じくソードを出して構え、俺に叫びながら斬りかかってくる。
「アンドリュー! 死ねぇ!」
俺はその斬撃をしっかりと受け止め、つば競り合いの状態に持ちこむ。相手の顔を見る、拍子抜けしてしまう。
「なんだ、お前か」
グラッパーだ。さっき負けたのにまだ挑戦してくるのか……。そうやって呆れていると、彼が真っ赤な顔でわめく。
「ナメてんじゃねぇぞボケナス!」
「ハハハハハハハ!」
「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉっ!」
叫んでグラッパーは俺の腹を蹴る。だがそれはろくなダメージになっていないし、俺の態勢を崩すこともできていない。
「つくづく弱いなぁ、お前……」
「死ね、死ねっ! クズ、カス!」
「はいはい」
俺は少し力をこめてグラッパーのソードを押す。彼は負けじと押し返してくる、そのタイミングで足払いをしかける。
意表を突かれたグラッパーはあっさり転び、弾みでソードを手放す。俺は彼の腹を踏みつけ、自分のソードの切っ先を彼の顔面に突きつけて喋る。
「まァこんなものだ。いくらお前がバカでも、さすがに力の差が分かっただろう?」
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
グラッパーは起き上がろうともがく。だが俺に腹を踏まれているから立ち上がれない。まるで死にかけのセミがみじめにジタバタするようだ。
「ハハハハ! 無駄だ!」
彼の両眼へツバを吐いて目つぶしする。ひるんで動きが鈍った隙に、俺はソードを手放して馬乗りとなり、優しく語りかける。
「さて、俺に刃向かった罰を与えないとなぁ……?」
前回あれだけ殴ったのに懲りなかった以上、今回はもっとキツいお仕置きが必要だろう。
なら、これだ。俺は左手の五指すべてを真っ直ぐ伸ばし、それぞれをぴったりくっつける。意識を集中、左手全体を電動ドリルのように高速回転させる。
「ククッ……何が起きるか分かるかな?」
「うっ……」
「処刑執行!」
叫び、この愚か者のアゴにドリルをぶちこんで頭頂部まで押しこむ。例によって残虐描写の規制システムが作動し、血も肉も飛び散らない奇妙な光景が広がる。
ドリルに貫かれたグラッパーの頭部は、たとえるなら串刺しの焼き鳥といったところか。愉快な眺めだ。俺はそのまま容赦なくドリルを回し続ける。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」
グラッパーのHPがゼロになって死亡する。俺はいったんドリルを止めて言う。
「思い知ったか、ションベン小僧。俺からすればお前など虫けらだ。分かったら謝れ」
「は……?」
「俺に楯突いたことを謝るんだよ。当然の話だろう?」
「ふざけんな、誰がそんなことするか!」
「ほう……」
再びドリルを回転させ、グラッパーの頭を激しく揺さぶる。現実の彼は今ごろ吐き気に襲われているだろう、その証拠にゲーム内のマヌケ面が青ざめている。
「うぷっ……」
「謝れ。謝れば許してやる」
「だ、誰が……」
「ほらほら!」
回転速度を強める。
「うっ、あっ……ヴォッ!」
悲鳴を残してグラッパーの死体が消える。ゲーム・システムが彼の体調不良を検出し、強制的にログ・アウトさせたのだ。
これでこいつはもう戦線に戻れない。では、うるさいハエを潰したことを祝し、そろそろ☆を壊しにいくとしよう。
《姉川/アカネの視点》
遠くからアンドリューの命令が響く。
「チャンスだ! 全員、進め! レイザーズを皆殺しにしろッ!」
凶器を手にした味方が私のそばを走り抜け、怯えている敵を次々と襲っていく。そこには情けも慈悲もない。
ある者は敵の足を撃って逃走能力を奪い、それからナイフで斬り刻む。他のある者は命乞いする敵を撃ち殺し、死んだ後もサブマシンガンの弾を撃ちこむ。
またある者は仲間とつるんで一人の敵を囲み、四方八方から殴る。そこから少し離れた地点では、味方数人が死体の顔をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
想像を超えるひどい事態が私を圧倒し、考える力をマヒさせてしまう。どうしたら、どうしたらいい? ぼんやりしていると、ボスの叱咤の声が脳内に広がる。
(何をしているんです! 暴行をやめさせなさい!)
(はい)
(早く強制ログ・アウトを! 早く!)
(……はい)
何も考えられないまま、私は機械的にゲームの管理画面を開き、暴力を振るっている人たちを強制ログ・アウトさせていく。ボスが褒めてくれる。
(いいですね、その調子です。私もこれから強制ログ・アウトを手伝いますから、もう少し頑張ってください)
(かしこまりました)
私は戦場を歩き回り、次々に仕事をこなす。味方を表す光点がレーダー画面から消えていく、同時に敵の光点も消えていく。レイザーズの会話が耳に入る。
「もうやめだ、終わり! こんなクソゲーやってられねぇ! 悪りぃが俺はログ・アウトする!」
「どーせ負け試合でしょ? じゃ、あたしもログ・アウトしとく」
「俺もやめるわ。勝てないのに戦ったって意味ねぇ」
「それに、ゲームやめれば殴られなくて済むしな」
「あっ、そっか! だったらログ・アウト一択じゃん!」
「おまえ頭いいな! じゃあ俺も抜ける!」
「あたしも!」
「終わり終わり終わり!」
「課金したのに勝てないとかおかしいだろこれ!」
「バッカみたい。クソゲー!」
「逃げろ逃げろー!」
ふと、クラウゼヴィッツの『戦争論』に出てきた一節が思い起こされる。
(引用)
主戦に敗北を喫すれば軍隊の力は破壊されるものだが、それも物質力より精神力の破壊のほうが著しい。
新たに有利な状況が生まれない限り、第二の会戦は完全な潰走、恐らくは全滅をもたらすだろう。それは軍事上の公理である。
今の戦いは主戦なのだろうか? おそらく違うだろう。でも、なぜか確信がある。
もはやレイザーズに勝ち目はない。多くのメンバーが戦意を失った以上、有効な抵抗など出来るものか。課金で買えるのは戦闘力だけで、士気までは不可能なのだ。
引用元
『戦争論 上巻』、中公文庫
著者:クラウゼヴィッツ、訳者:清水多吉
出版:中央公論新社、第四刷
ページ:401
遠くから誰かが走り寄ってくる。この俺にケンカを売る気らしい。素早くスパス12を向けて撃つ。
放たれた散弾は、しかし相手のバリアに防がれてしまう。俺はなおも数発を撃ちこむ、だがバリアは予想に反して壊れない。ただのザコとは少し違うというわけか。
スパス12が弾切れとなり、俺はそれを捨てる。接近戦に備えて右の太ももからソードの柄を取って刃を出す。
敵も同じくソードを出して構え、俺に叫びながら斬りかかってくる。
「アンドリュー! 死ねぇ!」
俺はその斬撃をしっかりと受け止め、つば競り合いの状態に持ちこむ。相手の顔を見る、拍子抜けしてしまう。
「なんだ、お前か」
グラッパーだ。さっき負けたのにまだ挑戦してくるのか……。そうやって呆れていると、彼が真っ赤な顔でわめく。
「ナメてんじゃねぇぞボケナス!」
「ハハハハハハハ!」
「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉっ!」
叫んでグラッパーは俺の腹を蹴る。だがそれはろくなダメージになっていないし、俺の態勢を崩すこともできていない。
「つくづく弱いなぁ、お前……」
「死ね、死ねっ! クズ、カス!」
「はいはい」
俺は少し力をこめてグラッパーのソードを押す。彼は負けじと押し返してくる、そのタイミングで足払いをしかける。
意表を突かれたグラッパーはあっさり転び、弾みでソードを手放す。俺は彼の腹を踏みつけ、自分のソードの切っ先を彼の顔面に突きつけて喋る。
「まァこんなものだ。いくらお前がバカでも、さすがに力の差が分かっただろう?」
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
グラッパーは起き上がろうともがく。だが俺に腹を踏まれているから立ち上がれない。まるで死にかけのセミがみじめにジタバタするようだ。
「ハハハハ! 無駄だ!」
彼の両眼へツバを吐いて目つぶしする。ひるんで動きが鈍った隙に、俺はソードを手放して馬乗りとなり、優しく語りかける。
「さて、俺に刃向かった罰を与えないとなぁ……?」
前回あれだけ殴ったのに懲りなかった以上、今回はもっとキツいお仕置きが必要だろう。
なら、これだ。俺は左手の五指すべてを真っ直ぐ伸ばし、それぞれをぴったりくっつける。意識を集中、左手全体を電動ドリルのように高速回転させる。
「ククッ……何が起きるか分かるかな?」
「うっ……」
「処刑執行!」
叫び、この愚か者のアゴにドリルをぶちこんで頭頂部まで押しこむ。例によって残虐描写の規制システムが作動し、血も肉も飛び散らない奇妙な光景が広がる。
ドリルに貫かれたグラッパーの頭部は、たとえるなら串刺しの焼き鳥といったところか。愉快な眺めだ。俺はそのまま容赦なくドリルを回し続ける。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」
グラッパーのHPがゼロになって死亡する。俺はいったんドリルを止めて言う。
「思い知ったか、ションベン小僧。俺からすればお前など虫けらだ。分かったら謝れ」
「は……?」
「俺に楯突いたことを謝るんだよ。当然の話だろう?」
「ふざけんな、誰がそんなことするか!」
「ほう……」
再びドリルを回転させ、グラッパーの頭を激しく揺さぶる。現実の彼は今ごろ吐き気に襲われているだろう、その証拠にゲーム内のマヌケ面が青ざめている。
「うぷっ……」
「謝れ。謝れば許してやる」
「だ、誰が……」
「ほらほら!」
回転速度を強める。
「うっ、あっ……ヴォッ!」
悲鳴を残してグラッパーの死体が消える。ゲーム・システムが彼の体調不良を検出し、強制的にログ・アウトさせたのだ。
これでこいつはもう戦線に戻れない。では、うるさいハエを潰したことを祝し、そろそろ☆を壊しにいくとしよう。
《姉川/アカネの視点》
遠くからアンドリューの命令が響く。
「チャンスだ! 全員、進め! レイザーズを皆殺しにしろッ!」
凶器を手にした味方が私のそばを走り抜け、怯えている敵を次々と襲っていく。そこには情けも慈悲もない。
ある者は敵の足を撃って逃走能力を奪い、それからナイフで斬り刻む。他のある者は命乞いする敵を撃ち殺し、死んだ後もサブマシンガンの弾を撃ちこむ。
またある者は仲間とつるんで一人の敵を囲み、四方八方から殴る。そこから少し離れた地点では、味方数人が死体の顔をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
想像を超えるひどい事態が私を圧倒し、考える力をマヒさせてしまう。どうしたら、どうしたらいい? ぼんやりしていると、ボスの叱咤の声が脳内に広がる。
(何をしているんです! 暴行をやめさせなさい!)
(はい)
(早く強制ログ・アウトを! 早く!)
(……はい)
何も考えられないまま、私は機械的にゲームの管理画面を開き、暴力を振るっている人たちを強制ログ・アウトさせていく。ボスが褒めてくれる。
(いいですね、その調子です。私もこれから強制ログ・アウトを手伝いますから、もう少し頑張ってください)
(かしこまりました)
私は戦場を歩き回り、次々に仕事をこなす。味方を表す光点がレーダー画面から消えていく、同時に敵の光点も消えていく。レイザーズの会話が耳に入る。
「もうやめだ、終わり! こんなクソゲーやってられねぇ! 悪りぃが俺はログ・アウトする!」
「どーせ負け試合でしょ? じゃ、あたしもログ・アウトしとく」
「俺もやめるわ。勝てないのに戦ったって意味ねぇ」
「それに、ゲームやめれば殴られなくて済むしな」
「あっ、そっか! だったらログ・アウト一択じゃん!」
「おまえ頭いいな! じゃあ俺も抜ける!」
「あたしも!」
「終わり終わり終わり!」
「課金したのに勝てないとかおかしいだろこれ!」
「バッカみたい。クソゲー!」
「逃げろ逃げろー!」
ふと、クラウゼヴィッツの『戦争論』に出てきた一節が思い起こされる。
(引用)
主戦に敗北を喫すれば軍隊の力は破壊されるものだが、それも物質力より精神力の破壊のほうが著しい。
新たに有利な状況が生まれない限り、第二の会戦は完全な潰走、恐らくは全滅をもたらすだろう。それは軍事上の公理である。
今の戦いは主戦なのだろうか? おそらく違うだろう。でも、なぜか確信がある。
もはやレイザーズに勝ち目はない。多くのメンバーが戦意を失った以上、有効な抵抗など出来るものか。課金で買えるのは戦闘力だけで、士気までは不可能なのだ。
引用元
『戦争論 上巻』、中公文庫
著者:クラウゼヴィッツ、訳者:清水多吉
出版:中央公論新社、第四刷
ページ:401
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