ヒューマン動物園

夏野かろ

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第4話 Happy?

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 私、アリム、ジャンペンの三人は、まず平民エリアに足を踏み入れた。
 アリムによれば、そこには成獣のヒューマンたちが何千匹も暮らしていて、彼らの大まかな生態を知るのに最も適しているのだそうだ。



 油断なく警戒し続けるジャンペンに守られながら、私たちはストリートを歩く。
 あたりはヒューマンたちでいっぱいだ。なるほど、先ほど映像で見たとおりの容姿をしている。だが不思議なことに白い肌の個体ばかりだ。黄色や黒はどこにいるのだろうか。

 アリムなら理由を知っているかもしれない。

「質問ですが、なぜ白いヒューマンばかりなのですか」
「なにせ彼らは人種差別をしますからね。肌の色で仕分けして、それぞれ別々のエリアに入れています。白は白、黄色は黄色、黒は黒。これならケンカが起きない」
「へぇ……」
「もうお気づきと思いますが、髪の色も目の色も、そういう身体的な特徴はすべて似たり寄ったりになるよう気をつけています。ここなら金髪で青い目です。まったく、なにかあるとすぐ争い始めますからね、連中は。面倒ですよ」
「すごいですね……」

 似たり寄ったり、か。成る程、ヒューマンたちをよく観察してみると、みな例外なく金髪で青い目をしている。

「ここまでしっかり分けるなんて大変でしょう」
「えぇ、まったくですよ。さて、他に何か疑問はありますか?」
「そうですね……」

 私は彼らの服装を眺める。どれもこれもが同じような作りの服を着ている。
 事前に得た資料によれば、あれはかつてTシャツと呼ばれていたものらしい。それと綿のズボンだ。どれも簡素で、これなら安価に量産できるだろう。

 おまけに色彩も簡素で、赤や青や紫といった単色を染めているだけだ。

「アリムさん、彼らが着ている服なのですが、あれは日常的なものなのですか」
「えぇ」
「ということは、フェーレのみなさんに保護される前から使っていた、と?」
「勿論ですよ」
「彼らにはあぁいう服しかないのですか。華やかなもの、美しいもの、あるいは冠婚葬祭の時に着るような、そういう特別な服はないのですか」
「そりゃあヒューマンにもありましたよ。でも、ここではそんなの原則的にありません。衣服は必要最低限のものを支給する、そういう方針なんです」
「支給?」
「着るもの、食べ物、住むところ。衣食住はすべて無料です、動物園が提供してますから」
「もし病気になったら?」
「それもタダで面倒みますよ。なにせ彼らは飼育されてるわけですからね、生きるに必要なものはぜんぶこっちが出します」
「お金は大丈夫なんですか」
「そこの問題は別の機会に話しますよ。ところで、ちょっと解説させてもらっていいですか?」
「はい」

 私たちは足を止める。周囲のヒューマンたちを見ながらアリムが喋り出す。

「服の色は身分を表しています。また、身分の差は絶対的です。下のものは上に逆らえません。彼らはそういう社会をつくる傾向があるのです、つまり縦に長いんですね。横並びではない」
「そういう社会だと、下の者は奴隷のようになりませんか」
「実際その通りですよ。かつての彼らは奴隷制度をもち、それが終わった後もあれやこれやの方法で下層階級に奴隷労働をさせていたそうです」
「恐ろしい……」
「ヒューマン社会では、お金持ちであるかどうかが身分に繋がってます。財産家は上位、貧乏人は下位。そして、貧富の格差が激しいんです。人口の一パーセントのお金持ちが、残りの九十九パーセントよりもずっとずっとずっとずっとずっと財産を持っている」
「それを別の角度からみると、一パーセントのお金持ちがとても幸福で、残りはあまり幸福でないか、あるいは不幸。そうではないですか」
「無論そうです」
「格差が少なく、全員がある程度は幸福。そういう社会を目指さなかったのですか」
「努力はしたらしいですね、ダメでしたが。そういう意味じゃ、このヒューマン動物園こそ理想的な場所ですよ。奴隷労働しなくても衣食住に困らず、のんびり暮らせる。家畜やペットの生活みたいなものです」

 家畜やペットの生活。それは本当に幸せなのだろうか。私には分からない。
 死ぬ寸前の労働をして生きていくよりはましかもしれないし、自由がなくて不幸かもしれない。
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