婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗

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第七十七話「成長と成果」

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解花ブルーム――水召槽タンク

 ミリナの背後に顕現する巨大な水槽。
 一万トン近くの水が収まり、その中を我が家のように遊泳する水生生物たち。
 その圧巻のスケールと生き生きと泳ぐ生き物に鑑賞物としての魅力もありそうだが、宙を泳ぐ――否、跋扈するという表現が正しいほど荒々しく、それでいて威圧的な生物たち。

 海獣や魔物という呼称が似合うそれらは、ティアナと交戦していたものほど巨大ではないが、骨どころか金属すら噛み千切りそうな鋭い牙、ギョロリと獲物を見定める三白眼、身体を貫けるイメージが湧かない硬質な鱗、鋸のようなヒレが殺意に満ちた圧力を感じさせる。

「サラ、今の彼女ミリナが言葉で止まるなら副会長は悩んでいない」

 アリシアは白銀に輝くガードが付いた刀身のないサーベルのグリップを力強く握りしめる。
 光に変換された魔力が収束して刀身の形を取り、キラキラと髪から零れる煌びやかな粒子と天女のように浮き揺れる羽衣——解花ブルーム閃煌衣グリッターがアリシアに戦闘の意思を表明している。

「そう……だよね。止めよう。ミリナちゃんを」

 そんなアリシアにサラはその目に覚悟を宿してミリナを見据える。
 
「へぇ~言ってくれるじゃんサラさん。やれるものならやってみせてよ!!」

 ミリナは召竿ロッドを振るう。
 ティアナとの戦いでは海で釣った生物を変異させて操っていたが、解花ブルーム化した今では指揮棒のように振るわれた召竿ロッドに背後の水召槽タンクが呼応する。
 
 硬質な鱗をした小魚の魚群が水召槽タンクから飛び出してアリシアとサラに向かって特攻する。
 さながら数百の矢が降り注ぐかのように襲い来る魚群。
 剣一本で防ぎきるのは不可能と判断したアリシアは魔法で応戦する。

煌光球スフィア――煌月楯レイ・ムーン

 アリシアの頭上に現れる煌めく球体。
 夜闇で輝く満月のような煌めきと伏してしまうような神々しさを醸し出すそれは、アリシアが解花ブルーム状態でようやく生み出すことが出来る。

 そんな煌光球スフィアから一筋の光がアリシアとサラを照らし、集まった光は二人を取り込むようにドーム状に形作る。
 
 宙を海中のように泳ぎ迫る魚群がアリシア達に降り注ぎ、ドーム状に収束された光の盾に躊躇のない特攻。

 金属の塊が叩きつけられるような硬質な音と衝撃が雨音の如く響く。
 このまま籠城も手の一つだが、当然それをミリナは許さない。

「そんなものぶっ壊してやる!!」

 ミリナの水召槽タンクから水飛沫を上げて出てきたのは人の数倍も大きい巨躯の生物。
 そのカラフルな色合いは良く言えば奇麗で、悪く言えば毒々しい。
 ギョロリとした目は周囲を見渡し、エビのような甲殻と関節肢を持っているが鋏のような部分は存在せず、代わりに鉄球のような丸みを帯びた腕がさながらファイティングポーズのように畳みこまれている。
 
「マズいッ——」

 アリシアはすぐ後ろに控えていたサラを抱きかかえ、後ろに飛び退いて煌月楯レイ・ムーンの外に飛び出る。
 アリシアの直感は正しく、後ろに飛び退いた瞬間シャコ型の水生獣から弾けるような爆音と体を打ち付けるような衝撃が広がり、煌月楯レイ・ムーンが光の破片を飛び散らせながら崩壊していく。

 鉄球のように丸みを帯びたシャコ型水生獣の腕は煙を上げて空気が揺らぐ。
 その光景から、おそらくあの鉄球のような腕が超速のパンチを繰り出したのだと想定できる。
 想定できるが、その攻撃をサラはおろかアリシアでさえ視認できなかった。
 掠る程度ですら重症になりかねないその圧倒的な攻撃力は近接戦に踏み込めない理由としては十分だった。

「凄まじいね。あれを相手にするなら距離を取って戦うべきなのだろうけど――」

 アリシアの意思を汲み取ったかのように、一条の光弾が煌光球スフィアから放たれミリナを穿つ。
 しかしその光弾は別の水生獣によって阻止された。

 陸を移動するには不便そうなヒレ状の平らな四肢が空中を海のように掻き進み、編み目模様の体は頭部と尻尾、手足のみ見えており、それ以外の部分は黒く硬質的に光る重厚な甲羅で覆われていた。
 シャコ型の水生獣が最強の矛なら、この海亀型の水生獣はさながら最強の盾だ。

「やはりそう簡単な話でもないね」

「……アリシア、一つ質問なんだけど……」

 頭の中で作戦を組み立てるアリシアにサラは問いかける。
 アリシアはミリナに視線を残したまま、耳をサラのほうに傾けた。

「どうしたサラ? いい作戦でも思いついてくれたかい?」

「作戦については何も思い浮かんでないんだけど、もしあたしがシースとしてちゃんと動けたら勝機はある?」

「シースとしてというのは魔力制御云々の話だけではないと捉えていいかい?」

「もちろん。アリシアが想像する理想の……はちょっとハードル高いけど、一人の軍人としてのシースの動きが出来たとしたら、どう?」

 今までサラはシースとして経験が浅く、魔力制御に意識を持っていかれているせいで戦闘面に関してはブレイド側に頼りきりになっていた。
 もちろん魔力補給の要であるシースをブレイドが守るのは普通の事だが、本来のブレイドとシースの関係がそれぞれ独立し役割を全うするパートナー関係とするなら、サラとブレイドの関係は完全に背負われた荷物状態。

 それではブレイドの手離れが悪く選択肢は狭まり、本来の実力を発揮できなくなる。
 
 サラはこの訓練でシースとして実力をつけてきた。
 しかしそれはあくまで訓練によるもので、実践で経験を積んだわけではない。

「さっきの攻撃、さっきは私がサラを抱えて避けたわけだけど、もし私が何もせず一人で退避した場合どうしてた?」

「正直、さっきの攻撃は全然見えてなかった。けどアリシアの動きは分かったし、あたしの反応でも退避だけなら出来たと思う。ギリギリだろうから受け身を取る余裕はないと思うけど」

 自信があるのかないのか分からない言い回しだが、サラの目はまっすぐで芯があり、確信めいたものを感じる。
 サラとはそれなりに付き合いが長くなり、学生とは思えない死線を潜り抜けてきた。

 だからこそ、アリシアには分かる。
 こういう目をしている時のサラの勝負強さは本物だ。
 それは理屈を抜きにして、信じるに足るものがアリシアにはあった。

「よし。じゃあサラの自信を信じようか。今度こそちゃんとパートナーとして、サラには動いてもらおうかな。今更やっぱり無理かもなんて言わせないよ?」

「やってやんよ!」

 アリシアは光の剣を構える。
 それは戦闘再開の合図でもある。

「ではいくよ!」

 アリシアはミリナと距離を詰める。
 シャコ型の水生獣のパンチ射程は腕の付け根から七メートル、そこから発せられる衝撃波を加味すれば二十メートルは近づけない。
 幸い移動速度に関してはそこまで早くなく、魔力で強化されたアリシアがその射程範囲内に入らないように立ち回るのは可能だ。

 アリシアはサラの方を一瞥する。
 最初に襲い掛かって来た魚群がサラを襲うも、魔力配分を魔力体ストレングスに重視して身体能力を上げ、魚群を躱していく。
 以前では比べ物にならないほどの魔力制御と基礎的な身体能力の向上、そして戦闘における勘の冴え。
 確実に、サラはシースとして成長している。

 アリシアはようやく目の前の敵に集中するためサラを視界から外す。
 サラもようやくシースとして動けるようになったとはいえ、本来のパートナーほどの連携は難しい。
 なぜならばアリシアの扱う魔法、そのすべてをサラが知っているわけではないからだ。

 アリシアは今までサラの前で使っていた魔法での戦術を、サラは知らない魔法にも対応するアドリブ力が求められる。

 アリシアは煌光球スフィアから光の弾丸で牽制攻撃しながらシャコ型水生獣から回り込みんでミリナの方へ。
 煌光球スフィアからの攻撃を海亀型水生獣に守ってもらいながら、ミリナは距離を詰めるアリシアに対峙するため思考を巡らせる。

 まだ直接相対したわけではないが、立ち振る舞いや煌輝姫シャイニングリリーの肩書から直感的に実力は自分の方が下だとミリナは判断する。
 それに近接となれば警戒すべきはアリシアの光の剣。
 
 あの剣といい煌光球スフィアといい、アリシアの魔法は十中八九変換型。
 魔力を光に変換するとすればあの剣もいわば魔力によって構成された剣。
 物理的防御が可能かどうか現状分からず、魔力の剣なら魔力で防御可能だろうが、そうなれば魔力勝負となる。
 
 情報によればサラは応化特性――適応進化の持ち主。
 特化型特性がアリシアというブレイドにどう適応し、どれほど授吻を重ねて魔力が進化しているか分からない現状では、ルシフェリアとの魔力差は未知数。
 加えてブレイド側であるミリナとアリシアの魔力制御能力差は、アリシアの方に分があると思っていい。

 となれば近接戦による魔力勝負はミリナにとって避けたい戦いとなる。
 距離を詰めてくるアリシアから離れたいというミリナの意思を汲み取ったかのように、水召槽タンクから一匹の水生獣が飛び出し、ミリナを連れてアリシアから距離を取る。

 全長五メートルを超える白刃のように輝く胴体、鋸のような背びれは縦帆のように大きく宙を泳ぐたび空気を切り裂き、槍のように鋭く伸びている上顎を見せつけながら、ギョロリと三白眼で威嚇する。

 ミリナを掻っ攫う速さは獲物を捕らえる鷹のようで、本来その速さとあの槍のような上顎を活かした刺突攻撃が売りの水生獣を今回は移動手段として利用していた。
 本来移動手段の水生獣ではないため、横びれに指を掛けてミリナはそのカジキのような水生獣につかまる。
 
「ぜひダンスでもと思って近づいたのにつれないじゃないか」

「誰が煌輝姫シャイニングリリーと真っ向から戦うかっての」

 アリシアはミリナを見上げる。
 宙を泳ぐ水生獣につかまるミリナはいまだ煌光球スフィアでの攻撃射程圏内にはいるが、あの移動速度では無駄に魔力を消費させるリスクの方が大きい。
 煌籠レイ・ケージで移動範囲を絞ってもいいが、それもあまり意味をなさなそうだ。

 なぜならばミリナの水生獣の移動範囲や射程を見るに、水生獣が空中を移動できるのは水召槽タンクを中心に約半径五十メートルほど。
 煌籠レイ・ケージは光の織で相手を閉じ込める魔法だが、常に魔力で織を構成し続ける必要があるため魔力消費が著しい。
 
 すでに移動範囲が推定出来ている今、煌籠レイ・ケージを使う意味はない。
 加えてミリナの解化ブルーム水召槽タンクの制限。
 最初に襲ってきた魚群は今や半数が消滅している。
 それは煌月楯レイ・ムーンで特攻を防いだ分を考慮しても明らかに多い。

 つまり一度水召槽タンクから出てきた水生獣はもう水召槽タンクに戻ることが出来ない、あるいは戻る為には何かしら条件が存在している。

 アリシアは再度、サラに目を配る。
 サラもミリナの魔法の制限を把握しているのか、間合いは五十メートル際をキープしてミリナの注意を絶妙に引き付けている。

 サラの成長を嬉しく思いながら、アリシアは次にミリナのパートナーであるルシフェリアに視線を移す。
 ミリナ同様、水生獣を機動力に、アリシアの攻撃から退避できる状態を保っていた。

 互いにシースを狙うには少々リスクのある位置関係。
 ミリナの魔法は創造型、ならば魔力消費が激しいとは考えにくい。
 アリシアが先に魔力切れとなれば、授吻する隙など与えてくれないだろう。

 となれば勝負はアリシアの魔力切れが先か、ミリナの水生獣が全滅するのが先か。
 
 と、ここまで分析できればあとは簡単だ。
 魔力切れが懸念されるとはいっても、今のサラの魔力は申し分ないほど洗練されて魔力消費効率は良く、ミリナは移動範囲が限られている。
 となれば魔力消費を考慮しても、広範囲の飽和攻撃で力押しすれば勝てる。

 しかしそれではダメだ。
 それでは今までと同じだ。

 アリシアが、これに関してはクレアもそうだが、この訓練期間でティアナに再三にわたり指摘された『シンプルかつ強力な魔法を使うブレイドは魔法に頼りがちになる』という点。
 魔法に頼っているということは、シースの実力がかなり影響するに加えて、魔法が対処された場合や魔法の相性が悪い場合に極端に弱くなる。

 この訓練期間中、魔法ではなく自身の能力を向上させることに重きが置かれていた。
 相手は決して油断できるものではないが、格上という訳ではない。

 この状況で極端に魔法に頼ってはダメだとアリシアは自身を戒める。
 種器——閃剣ブライトのみでミリナを倒す。
 それが今回の訓練におけるいわば卒業試験。

 アリシアは宙を泳ぐ水生獣に捕まるミリナの方へダッシュする。
 魔力で強化された足で蹴り出された砂浜の砂は波のように舞い上がる。
 シャコ型と真正面からやり合う必要はないから、シャコ型の攻撃射程に入らないように回り込んでミリナの方へ。

 そんなアリシアを止めるべく、水召槽タンクから水生獣が複数飛び出しアリシアの前に立ちふさがる。
 
 ――思考を止めるな。
 ――動きながら、弱点を、習性を、見極めて戦術を立てろ。
 ――今まで鍛錬し体に染みこませた動きを元に新たな動きを加えて攻撃の幅を広げろ。

 ティアナに教え込まれたことを思い出し、実行し、目の前の敵を排除していく。
 閃剣ブライトと肉体の魔力との配分を細かに調整して、水生獣の包囲網を突破していく。
 
 切り伏せた水生獣の身体を数体、宙を泳ぐミリナの方へと投げつける。
 空気を切り裂く勢いで投擲された水生獣の肉体は真っ直ぐミリナの方へと飛んでいく。
 今のミリナならそれを躱すのは容易だ。
 だが狙いはそれではない。

 ――見極める。

 飛んで来た水生獣を避けるミリナの動きを読んで、そこを閃剣ブライトを伸ばして射抜く。
 ミリナが捕まる水生獣の身体の向き、投げた水生獣の軌道、ミリナの思考を読んでどの方向に避けるかを予想する。

「ここだ!」

 アリシアは閃剣ブライトを一突きし、光の剣が一条の光線となって伸びる。
 その切っ先には、攻撃を躱して安堵の表情を浮かべた瞬間、視界を埋め尽くす眩い光に驚きを隠せないミリナの姿。

「くぅぁ!?」

 左肩を貫かれ、苦痛に表情を歪めるミリナ。
 読んだ予想が、立てた戦術が、ピタリとハマる。
 脳内で思い描いた自分の動きと、実際に動く自分の動きが一致するこの感覚。

 場にそぐわないかもしれない、不謹慎かもしれない。
 それでも楽しいや気持ち良いといった感覚がアリシアの胸中を巡る。

 撃ち落された鳥のようにミリナはどす黒い血を吹き出す左肩を押さえながら落ちていく。
 あとは距離を詰めて閃剣ブライトを突きつけてチェックメイト。

 ここまで読んで、ミリナの覚悟を目の当たりにする。

「くっ!」

 ミリナは再び左肩の血で赤く染まった右手をカジキ型水生獣のヒレにひっかけて捕まり、特攻する。
 しかし相手はアリシアではなく、射程圏内の際をキープしていたサラだった。

 あのスピードならサラのところまで一秒足らず。
 牽制用にまだ出したままの煌光球スフィアでも、閃剣ブライトを伸ばしてもミリナがサラに辿り付く前に攻撃出来る。

 しかしアリシアの動きをサラの表情が制止させる。
 射程圏内に出るわけでもなく、かといって動揺して足が縮んでいるわけではない。
 真正面から強い眼差しでミリナを見据えて対峙している。

 アリシアが守ってくれるという信頼……というわけではなさそうなのをアリシアは何となくだが感じ取れた。
 あれは自分で対処する覚悟と自信の顔つきのように思えた。

 ここでミリナを止めることはアリシアにとって容易だ。
 容易だが――――、

 ――――ここが、君の成長点なのだろう?

 アリシアはサラを信じてあえて手を出さないことを選ぶ。
 そしてその思いはサラの意図を確かに受け止めていた。

 迫りくる水生獣の槍のような特攻。
 前までならビビって逃げるか動けないかの二択だ。
 しかし今のサラは違う。

 サラは約一秒足らずの刹那でリサナに教えられたことを思い出す。
 シースはブレイドと共に戦うパートナー。
 しかしリサナにとってはその意味合いは少し変わる。

 時に攻撃に回れるシースが共に戦うパートナーだということ。
 リサナは定期的にブレイドを相手に戦闘訓練している。
 それはブレイドの思考を読み取る訓練もあるが、第一にシースだけでもブレイドをそれなりに圧倒できるようになる訓練だ。

 学園でシースが教わるのはあくまで身を守る護身術だが、リサナがサラ達に仕込んだのは戦闘術。
 戦えるシースほど厄介なものはない。
 シースはブレイドに勝てないという前提、シースは真正面から戦うメリットが無いという共通認識。
 これらはブレイドの不意を突くには十分で、たった一度場を制することは出来る。

 サラは魔力鎧アーマーに回していた魔力を魔力感知サーチャー魔力体ストレングスに回す。
 あのカジキ型水生獣に貫かれる瞬間に身を躱してミリナを制する。
 失敗すれば致命傷だが、向こうの目的は応化特性者であるサラ自身。
 命を奪うことはない……はず。

 勝負は一瞬、一呼吸つく間もない。
 アリシアは信じて動かない。

「――――やってやんよ!!」

 カジキ型水生獣の鋭い一突き。
 サラはそれを紙一重で躱す。
 その槍のように鋭い上顎がサラの腕の肉をかすめる。
 魔力感知サーチャーで研ぎ澄まされた感覚が、腕の痛みを数倍にしてサラの脳に叩き込むが、サラはその痛みを無視して負傷している左肩と繋がる左腕を掴んで身を捻る。
 
 不意を突かれて生じた隙を、魔力体ストレングスで強化したサラの力で、負傷して力が入らないミリナの左腕を掴んで押さえ込むように砂浜に叩きつける。

 カジキ型水生獣は勢いのまま砂浜にダイブして砂埃を巻き上げる。
 押さえ込まれて膝をつくミリナは肩で息をしているサラを見上げる。
 極限まで集中したサラの脳みそは今にも焼き切れそうで、瞳孔は開き、血が滴る腕の痛みも今では感じていない。

 ただ目の前のミリナを視界に収めて立ち尽くす。
 ミリナはサラに押さえ込まれたことに動揺し、肩の痛みに抵抗する力を弱めている。
 説得するなら今しかない。

「ハァ……ハァ……。あたしはミリナちゃんがどういう訳でラミアに入ったのかは知らないし、『庭園ガーデン』を求めるミリナちゃんからしたら、応化特性なんて力を持っちゃったあたしが魔法や特性に縛られないでなんて言ってもどの口がってなると思う」

 ミリナがサラを手に入れるって言った時、手足もぎ取ってでも連れて行くっていうより、協力してほしいみたいな意思を感じたサラは、ミリナの中に罪悪感というものは残っていると思った。
 それならまだ間に合う。まだ引き戻せる。

 付き合いの浅いサラの言葉ではミリナの覚悟を打ち砕くことは出来ない。
 サラが抱くミリナ像はあくまでサラが短い時間で感じた浅くて空虚なもので、それを説得の材料にすることは出来ない。

 ――だけど、あたしとミリナちゃんが共通して信じられるものがある。
 
「ミリナちゃんが養成施設を辞めたことをリサナさんはずっと気にしてた。ミリナちゃんがラミアに入ったと知ってから動揺して、弱い部分も見せてた。それくらいリサナさんはミリナちゃんを気にして今、リサナさんはミリナちゃんを救おうとしてる。その思いはミリナちゃんも感じてるでしょ?」

「それは……分かってる」

 シースに負けたことが原因か、出血多量が原因か、弱弱しくミリナは答えた。
 これ以上罪を重ねる前に、これ以上悪いことをするのに抵抗感がなくなる前に。

「これ以上、悪いことに手を染めないで。ミリナちゃんの心はまだ――――」

 サラの言葉に耳を貸さないと言わんばかりにミリナは負傷して力が篭っていなかった腕を無理やり動かしてサラとの距離を取る。
 ミリナが歯を食いしばるのは痛みを我慢するためじゃない。
 湧き上げる激情の現れだった。

 リサナの思いも知っている。
 サラもまた本心でミリナを連れ戻そうとしていることも感じている。

 だからこそ腹が立って仕方がない。
 
 ――――正義そっち側から追い出したのは騎士達お前らの癖に……。
 ――――あの時、あたしを殺そうとした癖に……。

騎士お前達が善悪を語るなァッ!!」

 ミリナの口から発せられる激情に呼応して、召竿ロッドの釣り針が動く。
 しかしそれは海の向こうでも水召槽タンクの中でもない。
 砂浜の中に召竿ロッドの釣り針が動き、砂浜から水生獣を釣り上げる。

 それは一人くらいなら入れるほどに大きい二枚貝。
 他の水生獣は凄まじい威圧感があったが、その二枚貝はサイズこそ大きいものの恐怖心を感じさせる何かはない。

 しかし魔法によって生み出された以上何かしらあるはず。
 警戒するサラとそんなサラに駆け寄るアリシア。

 空気を取り込むように開く二枚貝。
 中からルシフェリアが現れてミリナを抱きしめて口を奪う。

 いつの間にか消えていたルシフェリア。
 アリシアを水生獣で包囲したあの時に忍んでいたのだろう。
 サラは極限までミリナに集中して気づいておらず、アリシアも決して忘れていたわけではないだろうが、必死に駆け寄る様子を見るに本当に隙を突かれた状態なのだろう。

 勝負を決める覚悟の篭った激しい授吻。
 荒い呼吸を交わらせながら、ルシフェリアはミリナに魔力を注ぐ。
 今まで誰かが授吻している姿は何度か見たが、今回に限っては今までと違う緊張をサラは感じた。
 
 ひしひしと感じる魔力の波動。
 初めて見た、初めて見るが一つの可能性がサラの脳裏を過ぎる。
 
 ――これは解花ブルームのさらに上————、

「サラッ!!」

 アリシアはサラの手を掴んで、ミリナから遠ざけるように放り投げる。

 ミリナの身体を巡る魔力が沸騰したかのように湧き上がって――――、

満解ブロッサム――水族世界アクアリウム

「アリシアぁ!!」

 ミリナを起点に世界が構成されていく。
 世界の中に別の世界が作られていく。
 サラを助けようとして出遅れたアリシアは塗り替えられていく世界の中に居た。

 遠ざかるアリシアの姿に手を伸ばすも、投げ飛ばされて身体がアリシアとの距離を離していく。

 閉じ込めるように広がる魔力がアリシアを取り込み塞ぎ込もうとしていた――――。
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