婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗

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第七十九話「立派なブレイド」

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 ――もしあの時、貴女を引き留めていたら…………。

 そんな後悔がリサナの胸中を支配する。
 今にも倒れそうなミリナを見据え、養成施設での記憶が鮮明に蘇る。

 努力している人は好きだ。
 足掻いている人は好きだ。

 なぜならば自分もそうだったから。

 リサナの幼少期はあまりいい環境とは言えなかった。
 老朽化が進み今にも崩れてしまいそうな家屋、拾って縫い合わせた衣服を着て日銭を稼ぐ親。
 贅沢品はおろか、お腹いっぱい食べることすらない。

 しかしそれはリサナの家庭だけでなく、町全体がそうだった。
 やる気などはなく、その目には力が無い。
 金があれば、才能があれば、環境が良ければ、時間があれば。
 会話の中身はそんなボヤキと嫉妬ばかり。

 成功している人を羨ましがるくせに研鑽に励むことはなく、現状を変えたいと思っているくせに行動を起こすことはない。
 自分には無理だと諦めている人もいれば、本気になったらと実の無い自分に期待だけしている人もいる。

 迫害されているとか、国から目をつけられているとか、そんなどうしようもない理由など一切ない。
 本当に、本人次第のものだった。

 ユリリア人は短命だ。
 リサナが学園に通える歳になる頃にはこの町のほとんど、それこそ親ですらもう死んでいる、もしくは余命間近。
 だからこそすぐに行動しなければならないのに、だからこそ人生を華やかにするべきなのに。

 ――私は、この人たちのようにはならない。

 リサナは子供ながらにそう思い、なけなしの金をもって養成施設の門を叩いた。
 辿り着きさえすれば金の心配はない。
 ここで自らを鍛え上げ、功績と実績を積み上げ、証明する。

 努力次第で人はどこまでも行けると。
 才能や運、環境。
 それらはプラスの要素であり絶対ではない。

 環境は行動と習慣で変えられる。
 才能は正しい努力と手順で対抗できる。
 運は幸運を見定める目を養い、掴み取る自力を身に付ければいい。

 こうしてリサナは着実に実績を積み上げてきた。
 やがて周りにはそんなリサナを慕い、羨む人が集まっていた。
 しかしそのほとんどが才能があるだの、恵まれているだの、リサナの積み上げたものなど無視して結果だけを見ていた。

 しかし一人、そこに至るまでのリサナに憧れた少女がいた。
 その少女――ミリナは魔法に恵まれず、周りからも疎外されているような子だったが、リサナの努力——その過程を分析し、真似て、自分も憧れに近づこうと努力していた。

 きっかけは別だったかもしれないが、その姿は昔の自分と重なった。
 だから気になって、心配になって、ほっとけなかった。
 リサナのしたことが、そのままミリナに当てはまるわけではない。

 リサナはリサナに合った方法があり、ミリナはミリナに合った努力の仕方がある。
 だから間違った努力で時間を費やさないようにするために、リサナはミリナにいろいろと教えた。
 
 そんなリサナにミリナと付き合いを考えるように言ってきたり、ミリナにリサナと関わらないように言っている人が居たりしたが、自分が付き合う相手は自分で選ぶし、懸命に努力している人を邪魔してほしくなかったリサナは考えを改めることなく、ミリナを庇い行動していた。

 だからこそ、ショックは大きかった。

『リサ姉、あたし養成施設を辞めることにしたんだ』

 こんな話をしてくれているのだから自分を嫌ってのことではないだろう。
 やりきれない、後悔している、申し訳なさそうな眼。
 そして何より、諦めて自分に期待しなくなった顔。

『……ぁ、そう……ですか』

 止めてやりたい。
 諦めないでと言ってやりたい。
 しかし言葉は出ず、かける言葉も見当たらなかった。

 あの顔は、かつて見放した町の人と同じ顔をしていたから。
 

「ミリナ、貴女はラミアの入れ墨……その意味を知っているのですか?」

「意味? ……あーそういうことね。まーうん、そうだとは思ってたけど……」

 ミリナは辺りを見渡す。
 遠目では眠るように横たわるノクティスとリーリス、スカーレットとエレクトラ。
 姿は見えないが他のメンバーがここに居るということはフローレンスとガルディアもどこかで……。

 ミリナはその光景に戸惑って、納得する。
 そして一層、覚悟を決めた目でリサナを見つめた。

「ルシフェリア……あたしをこの世界に誘ってくれてありがとう。そんな中ごめん。あたしに命を預けてくれる?」

 ミリナの言葉にルシフェリアは間髪容れず返した。

「もちろん」

 背中に掛けられたその言葉は、応援のように力になる。
 未だに体はだるく、意識はようやく繋ぎとめているような状態だが、それでも今出せる全力を振り絞り戦う意思を示した。
 そんなミリナの覚悟をリサナは真正面から受け止める。

「――これが私の贖罪なのですね……。来なさいミリナ、これが最期の……教示です」

 リサナは構える。
 その姿にサラも参戦しようと身構えるも、それを制止するティアナの手。
 体力は消耗し、魔力はほとんど残っていないミリナだが、それでもブレイド。
 シースのリサナが戦うのは危険なのだが、そんなリサナを見守るティアナには心配の二文字がない。

「懐かしいねリサ姉。昔もこうやってあたしに指導してくれたっけ」

 ミリナは嬉しそうに、ぐっと召竿ロッドを握る。
 なけなしの魔力を身体に回す。
 
 リサナとミリナ、二人は対峙し互いの姿に過去を思い出す。
 楽しかったこと、大変だったこと。
 教えたこと、教わったこと。
 努力が報われ喜び合ったあの日、上手くいかず慰め合ったあの日。

 すべてが過去、しかし今でも確かにある繋がり。

 すべての思いを込めて――――。

「いくよリサ姉ぇ!!」

「来なさいミリナ!!」

 砂を掘るように地面を蹴り、リサナとの距離を縮めるミリナ。
 召竿ロッドの間合いと素手のリサナの間合いを読み、遠慮なく召竿ロッドを振るう。
 いくら疲れて威力が落ちているミリナの攻撃でも、魔法補助のないリサナが受ければひとたまりもない。

 しかしリサナが不利と言うわけではない。
 間合いとタイミングを見定めれば――――、

「ここです!」

 一振りを躱されたミリナの体勢、ここで踏み込めば対応は難しい。
 右足をぐっと踏み出し、ミリナの右腕と襟を掴んで出した右足を引いてミリナの足を払う。
 払われた足は前に飛び出して地面と離れ、背中から落ちていく感覚が身体を支配する。

 下は砂浜でクッション性はあるが、それでも背中に受けた衝撃に肺の空気が絞り出される。
 背中に砂の感触を感じ、リサナを見上げて悟る。
 自分は負けたのだと。

 最後の最期、これで終わり。
 だというのに――――、

「やっぱり……リサ姉は凄いや……」

 万全とは言い難い。
 それでも悔いのない全力をぶつけたミリナはやり切ったように笑っていた。

 その笑顔にリサナは胸が張り裂けそうになる。
 目が焼けそうになるほど熱く、溢れ出す複雑な感情に喉が締められる。

 しかし伝えなければ。
 今この瞬間に伝えなくてはいけない。

「……強く、なりましたね。もう貴女は……立派なブレイドですよ」

 見上げたリサナの姿。
 目尻に溜めた涙とすすり上げる鼻、頬は赤く声は震えている。
 それでもミリナの眼には、あの憧れ焦がれた凛々しい姿そのもので。

「やった……リサ姉に認められた…………」

 ミリナは嬉しそうに微笑み、眠るように目を閉じる。
 掴んだ腕からは徐々に力が抜けていき、感じていた脈は徐々に静かになって、熱が身体から逃げていく。
 変わりゆくミリナはとても満足そうにしていた――――。



 □◆□◆□◆□◆□◆□



「後悔はないかい?」

 横たわるミリナを見守るリサナにティアナは後ろから声をかける。
 顔を見られたくないのか、ミリナから目が離せないのか、リサナは振り返らず答えた。

「……後悔はしてます。ですが今私に出来ることはしました」

「……そうか。もし悲しいなら私の胸で泣いても…………いや、すまん。今は止めておこうか」

 調子よく胸を叩くティアナだが、リサナの雰囲気にさすがのティアナも自重する。
 そんなティアナにサラは皆が抱いている疑問を投げた。

「会長……さっき言ってたラミアの入れ墨の意味って……」

「…………これは私の憶測も入るが、あのラミアの特徴である花紋に這うような蛇の入れ墨。あれはブレイドやシースの能力を向上する効力がある。そして、何かしらの条件。おそらくは情報が漏れるような状況になった時、入れ墨を入れた相手を――――死に至らしめる」

 その言葉にサラ達は言葉を失う。
 見渡すと横たわるノクティス達も、眠っているにしては生気を感じない。

 そしてそれはルシフェリアもそうで、もちろんミリナも。
 
「ってことはミリナちゃんは……」

「ミリナ君のあの感じ。おそらく知らなかったが何となく察しはついていたのだろう。もう彼女達が助かるという道はなかった。だからせめて満足して逝けたのならせめてもの救いだ」

 ティアナは大きく息を吐いて気持ちに見切りをつける。
 
「さて、事後処理をしなくてはね。今更来たあの無能な騎士達には私から説明しよう。皆も事情聴取とかで時間を取られるだろうから今のうちに休んでおくといい。今回の戦い、それぞれ課題や実感など収穫も多かっただろう。予定では明日、目一杯遊んで帰ろうかと思っていたが……明日は自由時間としようか。さすがにあのリサナ君を連れていつものようにはしゃぐ気にはなれないからね」

「会長…………会長にも空気読む能力実装されてたんですね」

「サラ君、君は私をなんだと思ってるんだい」

 そうして事情聴取などの事後処理を終えたサラ達は宿に帰宅し、次の日は泥のように眠っていた。
 帰る頃、離れていくリゾート地アステルを見据えるリサナの眼は、どこか寂しさを残しながらも前へ進む決意をした揺らぎない眼差しをしていた――――。
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