婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗

文字の大きさ
18 / 85

第十八話「違和感」

しおりを挟む
「おかしいわね……」

 訓練が始まって数時間。
 何か違和感を覚えたクレアさんは立ち止まってあたりを警戒する。

「何かありました?」

「おかしいと思わない? 訓練も始まって数時間……いくら演習所が広いからってこうも逮捕者も追跡者も見当たらないものかしら」

「……確かに捕まってる生徒も負傷している追跡の生徒もあんまり見かけませんでしたね。まぁでも偶然じゃないですか? もしかしたらリタイアして演習所から撤退してるかもしれませんし」

「まぁ……そうね。一旦休憩しましょうか」

 あたしとクレアさんは近くの岩場に座って休息を取ることにした。
 歩き回って少し足が怠くなってきたから丁度良かった。
 バックから水筒を取り出して一息つく。
 その間も、クレアさんは周辺の警戒を怠らない。

「クレアさん、一つ質問いいですか?」

「何よ?」

「答えづらかったらいいんですけど……どうしてアリシアと勝負してるのかなって」

「別に、面白い話じゃないわよ?」

 それでも聞きたいあたしはクレアさんが話し始めるのを待った。



 □◆□◆□◆□◆□◆□



 この世界は平等じゃない。
 それが、幼少期のクレア――アタシの思考を形成する常識だった。
  
 生まれ落ちた瞬間、格差は存在して、才能がある人、要領がいい人もいれば、何もできない人、どんくさい人もいる。
 アタシは――――恵まれた人だった。

 大抵のことはすぐそれなりに出来て、難しいことも応用を利かせて対処できた。
 だから、努力をするという行為に意味を感じられなかった。

 そんなアタシを周りは期待してくれていた。
 将来大きい存在になると期待して――媚びを売るように迫ってきた。
 アタシに恵まれなかったものがあると言うなら対等な存在――――友達だった。

 アタシの周りには常に人がいる。
 けれどずっと孤独を感じていた。

 年齢が上がるにつれ活動する範囲は広がる。
 そんなアタシの前に現れた一人の女がアリシアだった。
 
 端整な顔立ち、ブロンドの髪、凛々しい立ち振る舞い。
 そしてアタシと同じ――いや、アタシ以上に恵まれた存在。

 事あるごとにアタシはアリシアと競う場面があった。
 そのすべてに、アタシはアリシアに勝つことが出来なかった。

 そうなれば当然、アタシの周りにいた人も、より秀でているアリシアの方へと流れていく。
 アタシは本当に孤独になったんだと感じて、もうアリシアに嫉妬する気すら起きなかった。

 この世界は平等じゃない。
 才能の差は存在して、努力が必ず報われるというのはそんな残酷な事実から目を逸らす言い訳にしかならない。
 だからアタシは、アリシアに一生勝てないのだと諦めた。

 しばらくして、アタシは“ホワイトリリー”に入学する為の養成施設に通うことになった。
 もちろんアリシアも同じところに通うことになり、アタシは憂鬱だった。
 
 絶対に勝てない相手が傍にいる。
 それはやる気や向上心を失う理由としては十分だった。

 施設に入ってすぐ、適性診断と称して武器の訓練が行われることになった。
 一週間前には知らされていて、みんな木剣を振り回して練習している。

 アタシは当然、一日目にそれなりに出来たので後は適当に流していた。
 一週間頑張ったところでどうせアリシアには勝てないと思ったから。

 結果、当然アリシアには勝てなかった。
 
 次は槍を使うと先生が言っていた。
 日時は同じく一週間後。
 
 施設からの帰り道、気分転換にと普段とは違う帰路に就いた。
 普段と違う道を歩くだけで世界が変わったように見える。
 そんなアタシの前にアリシアは現れた。

 向こうは気付いていない。
 目立たないけどそれなりに空間のある場所で、アリシアは槍を構えている。
 
 アリシアも練習するんだなと最初は思った。
 まあでも、アタシと同じように初日でそれなりに出来てしまうんだろうと思って様子を見ていた。

 アリシアが動き出した瞬間、アタシは言葉を失った。
 あのアリシアが、絶対に越えられないと思っていた天才が、絶望的なまでに槍を扱うのが下手だった。
 見てるこっちがイライラするくらい、長い獲物に振り回されている。

 その時は意外な一面としか思っていなかった。
 訓練当日、アタシはいつも通りアリシアに負けた。

 アリシアに負けることは今に始まったことじゃない。
 それでもアタシは驚きを隠せなかった。
 あれほど絶望的な槍のセンスだったのに、いつも通りアリシアは完璧に使いこなしている。

 それからアタシはアリシアの秘密の特訓を見るようになった。
 最初はセンスの欠片もないのに、いざ本番という時には完璧に仕上げている。
 視点を広げると、アリシアの秘密の特訓場所には今までの“努力”の片鱗が散らばっていた。

 豆が潰れて血が染み込んだ柄の木剣、弦が何本も切れた弓、折れた槍の数々。
 アタシにはアリシアの積み重ねたものを想像も出来なかった。

 気が付けばアタシは、いつも通り次の訓練で使われる投げナイフの練習しているアリシアに声をかけてしまった。

「クレアちゃんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

「それはこっちのセリフ。昔からずっとここで練習してるわけ?」

「‥‥‥そうだね。見られたから話すけど、私は器用じゃないからこうやって練習しないと上達しないんだ」

「一つ聞かせて。仮にアンタがこんなに頑張っても報われなかったら、これからもこんなことを続けられる?」

 純粋な疑問だった。
 努力というのはゴールの見えない道を走るようなもの。
 必死に走って走って、ようやくゴールしたと思えばそこにはさらに先のゴールがある。
 また走ろうと思った矢先、才能のある人は飄々と馬に乗って先を越す。
 その事実を知ってしまった時、今までやってきたことが無駄に思えてくるんだろう。
 アタシはそんな子を多く見てきた。

 アリシアが天才でないことはもう分かった。
 努力してアタシに勝ってきたことも認める。
 もしアタシがもう勝てないと諦めずにちゃんと努力したら、もしアリシアに勝ってしまったら、アリシアはいつも通り努力出来るんだろうか?

「続けられるさ。それは断言出来る」

「どうしてそこまで頑張れるの? こんなに手をボロボロにして、こんなところで一人で必死こいて、たかが施設の訓練で何がアンタを突き動かすわけ?」

 数秒考えて、アリシアは思い浮かべた誰かを見据えるような目でアタシを見た。

「凡人が天才の傍にいるには研鑽を積むしかないからさ。努力が報われるのではなく、報われるまで努力するのが私のやり方だ。もちろん辛いと感じる時はある。けど最近、こうして努力することが楽しいと感じるんだ」

「努力が楽しい?」

「ああ。君に勝てたからね。私が十日かけて出来ることを君が一日で出来ようと、私は君の十倍励むけだ。君に勝つ度、私は天才と呼ばれる人達に近付けた気がする。だから楽しいんだ」

 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべるアリシア。
 アタシはその笑みにカチンと来た。
 それは初めて抱いた感情だった。

 それからアタシは初めて、投げナイフの練習をした。
 最初の一日で的の中に必中、次の日には五割は的の中心に、訓練日の前日には九割が的の中心に当てられた。
 もちろん決められた距離の静止した状態で静止した的に当てるだけで実戦には使える技量じゃない。
 それでもアリシアに勝つには十分だった。

 案の定、アタシはアリシアに初めて勝った。
 アリシアが凡人というのなら、アタシが努力する限りアリシアはアタシに勝てない。
 珍しく苛立っていたアタシは、アリシアの言葉をとにかく否定したかった。

 でもアリシアは変わらなかった。
 別の課題でアタシは負けた。
 その次は勝ったり、その次は負けたりと、アタシとアリシアは勝ったり負けたりを繰り返した。
 次第にアタシには勝った時の喜びや負けた時の悔しみを感じるようになった。


 この世界は平等じゃない。
 生まれ落ちた瞬間、格差は存在して、才能がある人、要領がいい人もいれば、何もできない人、どんくさい人もいる。

 ただ一つ分かったのは――――才能で全てが決まるほどこの世界は退屈じゃないということだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜

ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」 「街の井戸も空っぽです!」 無能な王太子による身勝手な婚約破棄。 そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを! ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。 追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!? 優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。 一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。 「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——! 今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける! ※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。

治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました

山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。 生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...