あの日あこがれた瞬間移動

暁雷武 

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序章

序章10 そして、冒険へ

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「あなたなら、私を助けてくれるのかな?」
 俺にそんなことを聞いてきたのは女性だ。顔が見えないがきっと悲しい顔をしている。

「あなたはどこか違う気がするの。だからお願い。私を助けて。」
 そこで俺は目を覚ました。




「知らない天井だ。」
(うん。言ってみたかった。)

 でもほんとに知らない天井だな。というか、あの後いったいどうなったんだ。リアは大丈夫だったのか?
 と、体を動かそうとしたがまったく体が動かない。たぶん筋肉痛だ。筋肉痛レベル1000ぐらい、だから動かないんだな。
 そりゃそうだ、俺はただの学生だったし。

 首だけを動かそうとしたが、首の向きを変えるとそれから一生首を上に向けられないような気がしたのでやめた。
 ここはどこなんだろうか。匂いとか雰囲気からして病院なんだろうな。俺が無事ってことはきっとリアも無事なのだろう。ならば安心だ。
 なんてことを考えていた時に俺の病室のドアが開けられた。
「お!起きたか。無事なんだよな?」
「アンタは、ラダーバか?」
「そうだ、武器商人のラダーバ。」

 ラダーバ、最初の作戦では罠を起動させてから助けに来るといっていたが、そんなことはなかった。
 でも、あの場にはラダーバがいた。助けに来てくれたのだろうか。色々聞きたいことがあったのでちょうどよかった。

 ラダーバは俺のベッドの横にあったボタンのようなものを押した。すると、ベッドの角度が上がり周りが見えるようになった。そこには片腕がなくなったラダーバの姿があった。

「ありがとう。…なぁ、聞きたいことがあるんだが。」
「そうだな、いろいろ聞きたいことがあると思う。だが、それより言いたいことがある。」
 ベッドの横にあった椅子に座ったかと思うと、

「すまなかった!」
 勢いよく頭を下げ、謝罪してきた。
「本当にすまなかった!」
 その謝罪の念に少しは驚いたものの、
「謝るのは大事だ。だが、それよりもあんたの話を聞かせてくれ。なんであんたがあの場から逃げたのか。なんであんたがそのあと、助けに来てくれたのか。後、…・あんたの過去を。」
「いいのか?俺に怒らなくて。」
「話を聞かないと怒るも怒らないもない。話せ。」
 俺がそう言うと、ラダーバは話し始めた。


「分かった。

 俺はしがない武器商人だった。妻と一人の息子がいる幸せな家庭だった。武器屋の上に自分の家を置いて、商売が終わったらすぐに家に帰って息子と妻の笑顔を見る。これが俺の幸せだった。

 そんな日々の中だ。その幸せが崩れたのは。
 俺が武器を仕入れるためにいつも通りの武器職人のところに行ってたんだ。ただその日は武器職人の気分がよくてな、飲んでいくことになったんだ。帰りが遅れるな、とそんなのんきなことを考えていた。俺が飲みから帰ったら店の中がすっからかんだったんだ。武器も防具も全部なかった。商人からすればそれだけで十分絶望だ。だが、それよりも心配なことがあった。家族のことだ。

 俺は急いで家の中に入った。家に入った瞬間に血の匂いがしたんだ。その時にはもう確信してたんだと思うけどよ、現実に目を向けたくねえからか家族が生きているかもしれないって、その時は考えてた。

 当たり前だが、そんなことはなかった。リビングにあったのは妻と息子の死体だ。
 その日からだ。俺が復讐のためだけに生きるようになったのは。傭兵に聞くと犯行現場からあの四人組が犯人であることが分かった。
 ただひたすらにあいつらのことを調べたよ。だが、俺の力だけじゃあいつらには勝てない。傭兵に頼んでもダメだった。だが、あんたは何か違うように感じたんだ。あんたの目は本気だった。
 だから頼んだんだ。この協力を。」

 ラダーバの過去は俺に似ているものだった。俺が普段の時間から遅れたから、悲惨な光景を見た。復讐に走った。

「すまなかった。俺はもともとアンタもろとも洞窟を崩そうと思ってたんだ。集中しているんなら爆弾の影響からよけようにも避けられない。そう考えた。だからあんたのことはただ利用しようとしただけだ。
 俺が逃げた理由は、怖くなったからだ。
 復讐するって決めたはずなのに、洞窟の隙間からあいつらの顔を見ると怖くなったんだ。あいつらの敵になると殺されちまうんじゃないかって。…家族の顔が思い浮かんだんだ。俺だけ生き残ったのにそんな俺も死んじまうのはだめなんじゃないかって。
 だから俺は逃げた。あんたに申し訳ないって考えながら逃げたんだ。本当にすまんかった。」

 怖くなった、か。
「それでお前は本気で俺を見殺しにしようとしたってわけか。じゃああの罠はいったいどうしたんだ?」
「罠も撤去した。罠があることがばれちまうんじゃないかって思ったからだ。」
「それじゃ、最後の質問に答えてもらおうか。なんで助けに来てくれたのか。」

「ああ。あの後街に戻ったんだ。でも、これでいいのかって思った。あんたは死ぬ気で戦ってるっていうのに俺は逃げてばかりじゃないかって。力がないからって全部人任せにして、俺は逃げる。こんな姿、妻と息子に見せられるのか?見せられるわけがない。

 だから、そんなのはもうやめようって考えたんだ。とにかく自分ができることをしようって考えた。
 町の傭兵団にそのことを伝えた後にすぐに洞窟に向かった。
 そしたら、あの男に倒されてるアンタが見えたんだ。このままだとやばいって感じた。足も手も震えてたさ。それでも俺は走った。あいつに報いを受けさせるためにも。それにあんたのあの絶望した顔を見たらこんな思いをするやつをこれ以上増やしちゃいけないって正義感が働いちまってな。それであいつに立ち向かった。そしたら、こんなことになっちまった。」

 そういってラバーダはもうない腕をさすった。
「だが後悔はしてねえぜ。あの後何があったのかは知らねえが、あんたがうまくやってくれたんだろ?だから、ありがとう。」
 ラバーダは深く頭を下げた。

「許してくれとは言わねえ。死ねって言われたら今すぐ死ぬ。許されちゃいけないことを俺はした。だが、償いはさせてくれ。あんたが俺を許すことはないと思うが、俺自身が俺を許したい。じゃないと俺は前に進めない気がする。だから償わせてくれ。」
 ラダーバはきっと強い人になれる。ラダーバの物語を知ったからなのか、それともラダーバの思いを知ったからなのか。あまり悪い気はしなかった。

「ラダーバ、あんたは俺に悪いことをしたって思ってるのかもしれねえけどよ、俺はあんたに感謝することしかねえぞ。
 確かに一度裏切られてる。けど、あんたがいなかったらあいつらの居場所もわからなかったし妹のリアも救えなかった。あんたが助けに来てくれなきゃ俺は絶対死んでたしな。だから、俺からも言わせてくれ。ありがとう。」
 俺も感謝の言葉を伝えた。

「だから、俺はあんたを許すよ。だが、あんたが償いをしたいっていうんならしっかり償ってもらわないとな!」
 俺は笑顔でラダーバの方を向きそんなことを言った。顔を上げたラバーダは涙を流しながら笑って、
「ありがとう。あんたはあの領主さんの立派な息子…キリアスだ。」



 それから三日の日が過ぎ、俺の体はすっかり元気になった。それから病院の人に聞いて、妹がいる場所を知った。どうやら、御者さんが預かっているようだ。御者さんの家に行くことにした。



 御者さんの家に着くと、家の前に御者さんがいるのが見えた。御者さんも歩いてきている俺に気づいたようだ。
「キリアス様、お元気なようで何よりです。」
「はい、リアはどうですか?」
「リア様は元気がないようです。ご飯も食べず、お声も出さず、私たちの声も聞こえていないようで。」
「そうですか、……会わせてくれませんか?」
「もちろんです。」

 そういって、俺と御者さんは家の中に入った。家の中には御者さんの奥さんがいた。
「お久しぶりです。キリアス様。」
「はい、久しぶりです。」
「こちらです。キリアス様。」
 案内されたのはある部屋の前だった。ドアノブに手をかけたが鍵がかかっていることが分かった。

「なぁ、リア。お兄ちゃんだぞ。」
 反応は…ない、
「少しでいいから、顔を見せてくれないか。元気を出せとは言わない。立ち直れとも言わないから、顔を見せてくれ。俺はリアに会いたい。」
 俺がそう言った瞬間ドアが開いた。それとともに俺の胸にリアが飛び込んできた。

「うう、ああああん。あああん。なんで、なんでなの、お兄ちゃああん!」
 リアは泣いていた。そりゃそうだ。この年で親を亡くした、それに親を殺した相手に拉致されていたのだ。俺はリアの頭を撫でた。

「なぁ、リア。俺が学校に行く前に約束したこと覚えてるか?
 俺は勉強と魔術頑張るから、リアは魔術を頑張るってやつ。リアは魔術頑張ったか?」
「ううう、頑張ったよ、頑張ったよお。でも、お母様が、お父様が。」

「俺な、頑張ったんだよ。でも足りなかった。それだけじゃ無理だったんだ。
 …俺はもっと頑張ろうと思う。だから、もう一回約束しないか、リア。リアも兄ちゃんと一緒に頑張ってくれないか?リアが頑張ってくれてたら俺はもっと頑張れる。今すぐじゃない、ゆっくりでもいい。だから頑張ってくれ。」

 ぐすっと言いながら涙をぬぐい、リアは俺の目を見た。
「分かった。リア、頑張る。」
「約束だぞ、リア。」


 泣き疲れたからか、リアはそのまま眠ってしまった。さて、
「それじゃ、リアのことは任せます。」

 御者さんの家の前で俺は御者さんにそんなことを言った。
「本当に行ってしまうのですか、キリアス様?リア様を私たちの養子にするのであれば、キリアス様も私たちの養子に、」
「いや、大丈夫です。ありがとうございます、気を使ってくださって。それに、
 俺はキリアス・ルドルーファ。この土地の領主の息子です。」
「はい、そうでございます。
 ……ですが、あなた様は。」
「はい……わかっています。」

 そうだ、俺はもうわかっていた。学校で魔術遺伝学を学んだ時から。その真実を。
「でもその真実を知っているからこそ、僕はあの人たちに敬意を払う。あの人たちの立派な息子であり続けます。
 それに……僕はもう、子供じゃないですよ。」
「あぁ、そう…ですね。」
 御者さんはそんなことを言って涙を流しだした。
「ど、どうしたんですか!?」
「いえ、すいません。
 私は小さいころからキリアス様のことを見てきました。まだまだ子供だと思っておりました。あの事件の日の、子供じゃないという言葉を聞いていましたが、…はい。あなた様はアジューダ様の立派な息子であり、一人のキリアス・ルドルーファ様です。本当に成長しましたね。」

 僕も少し、涙が出そうになった。でもぐっと我慢した。
「それじゃ、僕は行きます。」
「はい、行ってらっしゃいませ。キリアス様。」



 その後、俺はあの人たちのもとへ向かった。

「久しぶり、父さん母さん。」
 二人の墓だ。俺は墓の前に座り込んだ。
「話すのは一年ぶりだな。どうだった?この一年は?」

 ……返事が返ってくることはない。ただそれでも俺が話をやめることはなかった。

「なぁ聞いてくれよ母さん。
 俺、ついにファイアーボールが使えるようになったんだよ。あんまり威力はないけど、ようやく魔術師の入り口に立てた気がするんだよ。これからももっと頑張って誇れる息子になるよ。」


「なぁ聞いてくれよ父さん。
 俺、この前の学年末テストでも一番をとったんだよ。だんだん読書も楽しいって感じるようになってきてさ。学校の図書室に居座る時間が増えたんだ。うちの図書室に行って、父さんと話がしたいな。」


 俺は気が付いたら涙を流していた。それでも話をやめることはない。もう……ここに戻ってくることは、きっと…ないから。

「なぁ、聞いてくれよ父さん母さん。
 俺、冒険者になろうと思うんだ。ほんとなら学者になろうと思ってたんだけどさ、俺今回のことで気づいたんだよ。今のままだったら俺が守りたいものも俺さえも守れない。だから、俺強くなろうと思う。あなたたちの息子として誇れるような人になるために。応援してほしい。」

 やっぱり、何の返事もない。

「それと最後に、……なんで……俺を息子にしてくれたんだ?」
 …
 …
 …

 俺は立ち上がり、その墓を後にしようとした。…その時、二つの風が吹いた。

「大好きよ、キリアス。」
「大好きだ、キリアス。」

「俺も大好きだよ。…父さん、母さん。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
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