あの日あこがれた瞬間移動

暁雷武 

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冒険者編

冒険者編7 本気を見せろ、ラズ!

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「ふん!!」


「はっ!」


「せいや!」



「頑張れ!がんばれ!主!やれ!やれ!主!」
 ……

「だから、手伝えよ!!二時間くらい前も見たわこんな状況。それに段々魔物が増えてきてるからちょっときついぞ。」
「えぇ、でも私…」
「もうそれ聞いたから。」

 はぁ、っとため息をついて
「ひとまず休もう。疲れた。」

 そうやって、ダンジョンの中にある少し大きい岩に腰を落とそうとした時だ。
 ……!!
「血の匂いだ!やっぱ休まん。行くぞ。」
「…真剣にならなくちゃいけなそうだね。わかったよ、主。」

 俺たちはすぐに走り出した。



 俺とラズは少し開けたところについた。そこには
「おい!大丈夫か?!」

 大量の血を流した二人の冒険者が倒れていた。俺とラズはすぐに二人のそばに駆け寄る。
「おい!!返事しろ!…息は……あるな。」
 少しだけ、ほんの少しだけだが息がある。まだ生きてる。

「ラズ!治癒魔術、使えるだろ!早くしろ!」
「そうだね、使える。ただし、それをさせてくれる暇はなさそうだよ。」
「は?何言って……」


 奥に行く道からでかい足音が聞こえてきた。このダンジョンで初めて聞いた音だ。その足音から感じる力強さはこれまでの比じゃない。その、殺気も。

 ダンジョンの陰から出てきたのは、ゴブリン。だが、これまで見てきたゴブリンをヒョロガキだとするなら、こいつは身長200の筋肉ゴリラ、片手にはどでかい棍棒を持っている。
 絶対に俺じゃ勝てない、ということが体が一番わかっていた。

「私に任せてね、主。主じゃ絶対勝てないから。」
 …だが、…それでも

「治癒魔術にかかれ、ラズ。こいつの相手は…俺がする。」
「え、でも…」
「主からの命令だ。今すぐに治癒に取り掛かれ。」
「ねぇ、主ってそこまで馬鹿だったの?見たらわかるでしょ、あいつは主を殺す。主は死ぬんだよ、簡単に死ぬの。主がやろうとしてるのは自己満の不十分な自己犠牲。弱い者の犠牲は何の意味もない。目の前で無様に、無意味に死にたいの?!」

「それでも!今助けなきゃこの二人が死ぬ。そんなの絶対に認めない。助けられる命を放っておいて、生きていくなんて俺にはできない!」

「弱い者が誰かを護ろうとするのが間違いだってことに気づいてよ。」

 ……

「…でも、主の意思は分かったよ。死んじゃだめだからね、主!」
「治癒は任せた。……ありがとう。」

 俺は振り返り、このデカ物と対峙する。後ろからは治癒魔術の音が聞こえてきた。本格的に治療が始まったらしい。

 俺は剣を構え、ゴブリンと目を合わせる。
「ぎぇいやああああああ!!」
 ゴブリンの雄たけびと共に戦闘は始まった。


 ゴブリンの動きは単純なものだった。俺たちがこれまで戦ってきたゴブリンや魔獣と同じように考えなしの攻撃だ。

 だが、これまでとは圧倒的に違うものがある。棍棒を振る速度、攻撃を放ってから次の攻撃までのスパンの速さ、間合いに近づいてくる速度。そして、何よりも攻撃一発一発の破壊力。

 何度か攻撃をよけていく中でその攻撃の異常さに気づく。音だ。おおよそ空を切った棍棒から出てはいけないような音が出ているのだ。その音が俺をより恐怖に陥れる。攻撃を見て、避けることはできてもその恐怖心があるせいでまったく自分からの攻撃に転ずることができない。防戦一方になってしまっている。
 そして、何度も攻撃をよけながら後ろに下がっていったからだ。俺の背中にはダンジョンの壁が当たっていた。


 その時、本当の死に直面した気がした。振り上げられる棍棒、下がることができない絶望。その二つの要素は俺を死へと簡単にいざなってしまう。もはや死を認めてしまっている自分がいた。

こんなやつを目の前にして諦めない方が馬鹿なんじゃないかと、

 
 そして、俺は……その目を閉じた。



 ……でも

 暗闇の中で小さな光がある。

 ……まだ死ねない

 諦めようとしない自分がいるのだ。

 ……だって、まだ俺は弱いじゃないか
 ……何のために冒険者になったんだ、俺は。
 ……強くなるためだろ!



 目を開け、俺だけの力を行使する。

「魔術理論、構築!」

 頭の中のすべてを数式で埋め尽くす。それ以外のことを考えようとはしなった。迫りくる棍棒も、逃げることを許さない壁もその時だけは忘れていた。
 ただ、瞬間移動という、これまでに一度だけたどり着いた境地を目指した。

 振り上げられた棍棒は一直線に俺の体へ向かってくる。その棍棒はいずれ、振り切る。
 ……が、俺の体がぐちゃぐちゃになることはなかった。その理由は一つだけ。棍棒が当たるよりも先に、俺がその言葉を発したからだ。

「転移。」

 俺は気づくと、ゴブリンの後方に転移していた。それを認知したときには俺は自分の手のひらを見ていた。
「成功……した。」

 俺はいま、困惑しているゴブリンを後ろから眺めている。その姿はとてもあほらしかった。俺はこんなやつに殺されかけていたのか、と。

 これまで転移に失敗していたのはとても簡単な理由だったようだ。それを今、体が理解した。
 ただ、計算速度が遅かっただけなのだ。

 魔力のパスを作ってから一秒以上の時間をかければすぐに魔力が散っていってしまう。だからこれまで失敗し続けていたのだ。この原因が分かったのなら、俺は最強。……なんてことはもちろんない。

「あああああああ!!!」
 成功した次の瞬間、俺に襲い掛かってきたのは頭痛だ。一秒以内にありえないほどの計算速度と計算量をこなした俺の頭は今にもぶち壊れそうになる。この現象は絶対に起こるものらしい。前回の時も頭痛とは違ったが、眩暈や吐き気があった。何なら出血までしてた。つまり頭痛で済むのはましな方なのだろう。

 なんてことを考えているが、内心めちゃくちゃ焦っている。だって、もう戦えない。頭痛があまりにもひどいのだ。
 そして、焦る理由は頭痛だけじゃない。俺の目の前にいるゴブリンがこちらを向いて歩いてきたこと、それと同時に俺の背後から同じ足音がいくつも聞こえたことだ。つまり、

 ゴブリンはこの一体だけではない。戦えない俺、何体ものゴブリン。ほぼ詰みの状況、だが俺には…あいつがいる。


「主、選手交代だよ!」
 俺をかばうようにゴブリンの前に出たラズ。まったく、最高のタイミングで来るじゃないか。

「ああ。頼んだぞ、ラズ。」
「おうさ、しっかり見といてね主!主の精霊の本気をさ!…それと……ちゃんと強くなってるじゃん。」
 ラズは右手を輝かせ、ゴブリンへとその美しい羽根をはばたかせる。


 その姿はまるで魔法少女だ。華麗な動きと魔術で、俺じゃ歯が立たなかったゴブリンをなぎ倒していく。
 一体だけじゃない、何体もである。ゴブリンは何もできないまま魔石へ変わることしかできていなかった。


 あっという間に周りにいるゴブリンのすべてがいなくなっていた。ダンジョンの真ん中には凛々しい姿のラズがいた。
 魔術を使わせたらこいつは一番強い。かっこいいのだ。
「主、どうだった?私の魔術。」

「かっこよかったよ。……ありがとな、ちゃんと治癒魔術使ってくれて。」
 俺の隣には治療が終わった冒険者二人が眠っていた。

「最低限しかしてないけどね。これで放っておいても死にはしないよ。いやーびっくりしたよ。急に主が自殺発言し始めたからさ。」

「それに関しては申し訳ない。ただ、目の前で人が死ぬのはもう見たくなかったんだ。」

「ふーん、主ってお人好しなんだ。すごいね、かっこいいじゃん。」


 ちょっと照れるし、あの時俺がラズにした発言を思い出すと頬が赤くなる。
「それより、主ごめんね。」
「?何の話だ。」

「いやーもう魔力切れでめっちゃ眠たいんだ。だから頑張ってこの二人を運んでね。」
「あぁ、ここは俺に任せてゆっくり寝てろ。お疲れ様。」

 そういって、ラズは霊体に戻った。
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