あの日あこがれた瞬間移動

暁雷武 

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冒険者編

冒険者編10 ギルドマスター

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 俺のけがが治るまではおおよそ一か月の期間を要した。

 一カ月がたち、俺の体がきれいに治ったので早速ダンジョンに行こうとしたが、ミールにしっかりくぎを打たれた。

「完治したからといってダンジョンに言っても大丈夫というわけじゃありません。やったとしても手軽なクエストをしてリハビリするぐらいにしてください。」


 なので、Fランクの時にしていたクエストをあの時みたいにやり続けた。リハビリとしてちょうどいいのだが、つまらなそうにしている奴が一人いた。



「あー、主つまんなーい。面白く無ーい。やる気でなーい。」

 そう、ラズである。
 日の光を浴びて、だらだらと汗をかいている主に対してこの精霊はどうだ?

「ほーら、ラズちゃん。氷菓子だよ。」

「あ!おばさん、ありがとう!」

「ラズちゃんは、ほんとに可愛いねえ。」

 依頼主のおばちゃんからお菓子を貰って満面の笑みで菓子をほおばっているではないか。
「ねぇ、主。リハビリももうそろそろいいんじゃない?どうせダンジョンで転移を使ってみたくてうきうきしてるんでしょ。」

「なんだ、ばれてたのか。」

「そりゃあね。毎晩寝る前に宿の外に行って帰ってきたと思ったら頭抱えて苦しそうにしてるんだもん。」

「……明日からだな。明日からはダンジョンに行こう。しっかり準備しておけよ。」

「了解!ま、準備するのは主だけだけどね。私ができることと言えばしっかり寝て食べるくらいだよ。」

「それ以外に一つあるんじゃないか?」

 ラズはとことん不思議そうに俺を見ていた。

「ポンポンだよ。」



 最近、俺は寝る前に宿の外に行き、転移魔術を練習する時間をとっている。

 この前までは一時間しっかり途中式を書いて丁寧に計算していたが、この前の一件でそれが間違いであることが分かった。
 魔力というパスを通してから一秒以内というとても短い時間。その時間内に計算することが転移に必要なことだった。

 魔力は放置していれば、少しずつだが霧散していく。
 俺が持っている微量の魔力ではその霧散するまでの時間がたった一秒しかないのだ。


 寒い夜空の下。俺は肩の力を抜き、集中する。目を閉じ頭の中を空っぽにする。
 その状況から一つのトリガーをもって頭の中を計算式だけにする。

「魔術理論、構築。」

 体温がどんどん上がっていくのを感じていた。血が沸騰するほど熱くなっているのだ。自分の体に回る血を、全部頭に回すようなイメージ。

 ……

「転移。」

 今日は見えてる範囲でおおよそ10メートル先。問題なく成功した。が、

「はぁ。」

 俺は大きくため息をつき頭を抱えた。
 この頭痛だけはどうにもならん。

 体を動かして大丈夫になってから何度も繰り返しているがこの頭痛がなくなることはなかった。
 ただ、頭痛に対しての耐性を得始めた俺。この前は転移をした後は体を動かすことすらできなかったが今であれば剣を振ることができるくらいに痛みを軽減することができた。

「さて、次は……」

 俺はそこらへんに生えている木に対面した。今からするのは自分を中心にした距離の場所に転移するのではなく、自分ではないものを中心として転移することだ。

「魔術理論、構築。」

 先ほどと同じように集中する。だが、

 ……
「ダメだな。はぁ、……失敗か。」

 やはり二回目となると頭に回る血液量が足りない。ちょっと貧血気味な俺である。
 この期間で転移についてわかったことがいくつかある。これは俺が未熟だからなのか、それとも転移そのものの特性なのかはわからない。

 一つ、転移に必要なのはとんでもない計算量とほんの少しの魔力。
 二つ、転移できるのは俺が見えている範囲まで。
 三つ、転移には今のところ二種類あって、自分を中心にした転移、自分以外を中心にした転移。かつ、どちらも俺を転移するしかできない。
 四つ、自分と触れているものなら一緒に転移することができること。

 これくらいかな。……便利なのか不便なのか。
 今のところ相手の攻撃を回避するぐらいしか使い道がない。戦闘だけならば回避だけ。日常生活であればそこそこ便利。

「明日にはダンジョンに行くんだ。早めに帰って寝るか。」

 俺が独り言を言い、振り返った瞬間。

 俺の視界にほんの一瞬映ったのはもはや見ることさえ許されないほどの速度を携えた剣戟だ。
 その剣戟は俺の首を狙っていた。

 反射的に体は動いた。が、もちろんよけきれるわけがない。
 またも反射的に目を閉じたが、その剣が俺の首に触れることはなかった。

 ゆっくりと目を開けると、俺の首の前で寸止めされた剣をもつおっさんがそこにはいた。

「お前が新入りか。あれに反応できるんなら上々だな。」

「おいおい、初対面の人間にすることがこれって。いったいどういうつもりなんだ。」

 俺の首元にあった剣はゆっくりと男の鞘へ納刀されていく。

「悪いな。俺はそういう人間なんだ。……邪魔しちまったか。それじゃ、宿に帰る。お前もさっさと宿に帰れよ。」

 そういって、このおっさんは振り返って、マジで帰ろうとした。

「いや、ちょっと待てよ。名前くらい名乗ったらどうなんだ。」

「明日、ギルドに行けば分かるさ。お前ギルドに何時くらいに行くんだ?」

「は?……七時だな。」

 一体どういう質問なんだ。こいつも冒険者、というわけか。

「え、もしかして朝の?」

「そりゃそうだろ。」

「は?!早すぎるだろ。どんだけ健康体なんだ。……しょうがねぇ、早寝早起きするしかないか。じゃあな。」

「おい!どういうことなんだ?!」

 おっさんはそのまま帰ってしまった。
 まるで訳が分からん。

 こっちは転移使ったから頭が痛いってのに、あのおっさんのせいでもっと頭が痛くなってきやがった。これがいわゆる頭痛が痛いってやつか。

 俺は宿に帰って、そのまま眠りについた。



 さて、しっかり朝の七時にギルドに来たわけだが……。

 ギルドの中を見回してもおっさんの姿はないな。グルークならいるけど。

「おはようございます、キリアスさん。何か探しものですか?」
「あぁ、おはよう、ミール。…そういうわけじゃないんだが。
 あ、そうだ。今日からダンジョンに行くんだが言っても大丈夫か?」

 俺はそういいながら受付のテーブルの席についた。

「私は医療に詳しいというわけじゃありませんが、あれだけクエストをこなしていたんですから、
 きっと大丈夫ですよ。今日はどこのダンジョンに行きますか?」

「うーん。」

 俺が、ダンジョンの資料を見ていると、後ろからギルドのドアが開けられた音が聞こえた。
 ギルドのドアが開けられることなんて、そう珍しいことじゃない。俺はそのまま資料を見ていた、が

「おはようございます、ってあれ?!ドンさんじゃないですか。帰ってきてたんですね!?」

 ?ドンさん。聞いたことがない名前だったので思わず振り返った。

「キリアスさんは合うのが初めてですよね。
 この方がシータギルドのギルドマスター。ドンキ・アグリーさんです。」


 何となくわかっていた。ギルドマスターという言葉を聞いた瞬間に頭の中であの剣戟が放たれる。
 まためんどくさいおっさんと関わらなきゃならなくなるのか。

「よぉ、ミールちゃん。久しぶりだな。それと、昨日ぶりだな。新入り。」

「よりにもよって、お前がギルドマスターなのかよ。」


 俺はそのドンさんと言われているおっさんをにらみつけた。

「二人ともお知り合いだったんですか?」

 あ、そうだ。ミールを見ていいことを思いついた。
 このギルドにいるおっさんは全員ミールを気に入っている。ならば、


「なぁ、ミール聞いてくれよ。昨日の夜に俺が街に出てたらさ、急にこのおっさんに襲われ、」

 言いたいことを言いかけた瞬間に俺の口はおっさんの手によって遮られた。

「なぁ、新入り。それを言うのはだめじゃないか?!あれはただの冗談でだな。」

 とんでもなく焦っているのがよく分かった。このギルドにいるおっさんはなかなかどうして扱いやすい。

「あの時のことは謝る。すまん。だからな、ミーちゃんだけには言わんでくれ。
 ……あ、そうだ!名前だ。お前の名前を教えてくれ。」

 ……確かこいつの名前は、……さっきドンさんって言われてたな。ふっ、にやり


「はいはい、わかったよ。言わないよ、……ドンちゃん。」

「クッソ、生意気な新入りが。」

 眉間にしわが寄ってるぞ、ドンちゃん。

「俺の名前はキリアス・ルドルーファだ。」

「は?ルドルーファ?お前がか?
 だが、キリアスってことは。あぁそういうことか。あの坊主もついに子供を持つくらいの年になったってことだ。」

 なんだ、父さんを知ってるのか。一ギルドのギルドマスターが何でド田舎の領主の名前を知ってるんだ?まぁいいか。

「よろしくな、キリアス。さっきも聞いただろうが俺はこのシータギルドのギルドマスター、ドンキ・アグリー。みんなからはドンさんって言われてるんだが、お前は、」

「よろしくな、ドンちゃん!」

 ギルドマスターなるおっさんは面白いやつらしい。不思議そうにこちらを見てくるミール。

「あぁ、大丈夫だぜミール。俺とドンちゃんはどうやら仲がいい。冗談を言い合える仲なんだ。」

「そ、そうなんだミーちゃん。決して、実力を見たいからって襲い掛かってはない。」

「何のことを言ってるんですかドンさん?
 ……なにより、おかえりなさい。遠征は無事に終わったそうですね、よかったです。」

「?遠征ってなんだ。」

「遠征ってのはな、坊主。新しいダンジョンが発見されたときにそれを調査するためにすべてのギルドの実力者のみを集めた調査隊を組むんだ。一般的にはそのことを遠征っていう。」

 遠征の説明をしてくれたのはもう一人のおっさんだ。

「おぉ、グルーク。元気にしてたか?」

「当たり前だ。お前がいなくてもこのギルドはでかくなったんだからな。こうやって、」

 グルークは俺に近づいてきて頭をわしづかみにしてぐりぐりしてきた。

「新人が入ってくるぐらいにはな!」

「そうだな、ただ。……上位のゴブリンが、それもシルバダンジョンの上階層に出たんだろ。町の掲示板に書いてた。
 被害者は?ギルドマスターの俺が弔ってやらなきゃな。」

 ドンキがこういうと、グルークは思いっきり口角を上げてぐりぐりする力を強くした。

「ゼロ人だ、こいつのおかげでな!」

 そこから、この前の件をミールとグルークが話し始めた。



「お前、実はすごいやつなのか?!そんなひょろいなりして。」

 心底驚いた声と顔でドンキはそういった。

「一言、多いわ。
 …どうやらそうらしいぜ。そんなことよりも今日はリハビリ終わりのダンジョンに行きたいんだ。ミール、今日はシリスダンジョンに、」

「あ!そうだ、そのことでキリアスさんにお話があるんでした。」

 そういって、ミールはギルドの奥に行ってしまった。


「ちなみにキリアス。お前のランクはいくつなんだ?上位のゴブリンから生き延びたんだ。Bはあってもおかしくないんだが、俺が遠征に行ってから入ってきたやつのランクがBっていうのも信じらんねえしな。」

「俺のランクはDだ。このギルドに来てから二か月とそれぐらいしかたってないからな。」

「ほほぉ。二か月でDとは。……まぁ、普通ぐらいだな。」

 なんだよ、その間。ちょっと期待しただろうが。普通の異世界小説だったら、



「なに?!二か月でランクDだと?!本当にお前はすごいやつなんだな。」



 みたいな反応じゃない?この世界には期待してから落とされることしかされていない気がする。
 なんて雑談をしていたら、ギルドの奥からミールが返ってきた。

「で、話ってのは何だ。」

「はい、実はですね。キリアスさんが入院している間にキリアスさんのランクアップの推薦があったんです。
 推薦したのはキリアスさんがお助けしたシュートさんのパーティの皆さんです。」

 といって、昇格証明書をもらった。つまり、これで俺のランクはCになったわけだ。これなら、……にやり。


「おい、どうだドンキ。二か月でCだぞ。」

「ほほぉ。二か月でCとは。……まあ、そんなに珍しいことでもないな。」

「くっそ、なぁグルーク。ほんとに珍しいことでもないのか?」

「まぁ、……坊主には言いにくいが実際そんなに珍しいことじゃないからな。
 ほんとに上がらないのはここからなんだよ。CとBだったらいろいろ違うからな。

 まず、人数が違う。Bランクのやつはこのギルドでもほかのギルドでも少ない。この前の魔王軍進軍の時に大人数がやられたからな。そのせいでCとBには大きな壁があるんだ。」


 魔王軍進軍、か。つまり、まだ魔王は生きてるんだな。

 あの文献の中で出てきた魔王という存在。色々文献を調べてみたが その出生は不明。
 勇者が魔王城に進軍することがあるんだから進軍されることももちろんあるのか。そういえば勇者という単語はこの世界に来てからあの文献でしか聞いていない。

「なあ、グルーク。勇者って知ってるか?」

「あぁ、存在だけなら知ってるぞ。魔王を倒すといわれている選ばれし青年。選定せし武器を扱い、人を導く。なんていうお伽話があることなら知ってるぞ。
 ……なんだ、キリアス。勇者のことを信じてるのか?」

「魔王がいるんなら勇者がいてもおかしくないだろ。」

「そんな奴がいてくれたら、魔王軍との長い戦争もなくなるんだろうな。
 なくなってないってことは勇者なんてのはいないんだよ。」

「まったくグルークは面白くねえな。……その手のことをミーちゃんの前で言うってのは面白いがな。」

「あ。まじったな、こりゃ」

 ?俺が困惑しながらミールの方を向くと、そこには下を向いてプルプル震えているミールがいた。

 すると、急に顔を上げて、

「まったくグリークさんは何もわかってないですね。勇者様は存在するんですよ。昔の文献がそれを物語っています。今はまだその時じゃないから眠りについているだけで勇者様は存在しますよ。きっとダンジョンの中にある聖剣は勇者様のために作られたものなんですよ。きっとそれをサポートする存在が冒険者なんです。それからそれから…」

 またか、としか言えないな。
 ミールのファンタジーオタクが発動していた。

 さっさとダンジョンに行こうと思って朝の七時に来たのに、気づいたら三時間以上たっているじゃないか。
 さて、これだけ時間がたっていればあいつが来るのも時間の問題かな。


「主―!早くして!もう、寝飽きたあ!」

 寝飽きたってなんだ。寝飽きたって。

「悪いな、ラズ。もう行くから大丈夫だ。」
 そういって俺はミールが持ってきていたCランク冒険者用のダンジョンの中から適当に選んで、手に取った。
 それを持ってさっさとダンジョンに行こうとしたとき、ドンキが唖然しているのが見えた。

「ん、どうしたドンキ?」

「お前……それ、お前の精霊か?」

「あ、そういえばドンさんがラズさんを見るのはこれが初めてでしたね。」

「その通り、この私はたいていの魔術を使うことができる天才。
 そして、このどうしようもなく弱い主の精霊。ラズ様だ!敬いたまえ、ドンちゃん。君の百倍は強いよ、私は。」

 なんて饒舌な。しれッと悪口言ってんじゃねえ。

「……はっはっは!これは驚いた!まさか、キリアス。お前精霊使いだったのか。だとしたらそのひょろい体も納得だな。」

「いんや、俺は精霊使いじゃないぞ。俺に魔力はないしな。俺は剣士だ。」

「は?……あぁ!」

 唐突に頭を掻きむしり始め、大声を上げたドンキ。

「おい、急にどうしたんだ、ドンキ?」

「もう訳が分からん。おいキリアス、お前これからダンジョンに行くんだよな。だったら俺もついてく。」


 いや、そうはならなくね?

「よくわからんことはそいつの剣を見ればわかる。だから俺もついていく。それにラズさんのことをもうちょい知りたいしな。」

「そうかそうか、ドンちゃんよ。それでは主、レッツゴー!」


 テンションが高いラズ。もうなんか疲れてきた。
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