21 / 56
忌み子編
21.杖
しおりを挟む一行は工房の横にある開けた空き地に来ていた。そこは資材置き場として使われている一角で、多少の魔法なら発動させても問題ない広さを持っていた。
「よし、それじゃあミュレット……頼むよ」
促されてミュレットが地面に置かれた魔法陣に手を乗せる。
そこに魔力を流し込むと、魔法陣が薄青色に発行しだした。
と同時に陣の中心部から上に向かって、まるで花火のように火球が発射された。
火球は上空で勢いを失って、今度は地面に落ちてくる。
それをアルは例のごとくその辺にあった資材の木をつかって鎮火させた。
「すごいわ……これ! すごいわよアル!」
発動させたミュレットが一番実感があるのか、たいそう驚いてアルに抱きついた。
「私、普段は火炎球を発動させるのに、頭の中で炎のイメージを構築したり、それを発射させるイメージを組み上げてからつかうんだけど……今回のこれは全く違う……。なにも苦労することなく、ただ無心で魔力を流し込むだけで発動させることができた! これはいままでの常識が覆るわよ!」
「そう、そこがすごいところなんだよ。それでなにが変わるかわかるかい? これを使えば術者がイメージできないような複雑な仕掛けや、抽象的な概念を扱ったりすることができるんだよ! つまり魔法の概念そのものが変わるかもしれない! 一人の人間の処理能力を遥かに超えたような複雑な術式とかも……!」
無邪気に盛り上がるアルをよそに、カイドだけは浮かない顔だ。なにか深く考え込んだような難しい顔をして、俯いている。
それを察してか、ミュレットもだんだんと表情が曇りだす。
「ねぇ、アル……じゃあどうしてそんな便利な『魔法陣』なんていう発明が、失われちゃったのかな……? どうして古代から現代までに受け継がれてこなかったんだと思う……?」
ミュレットの当然の疑問に、アルはあくまで楽観的に答える。
「それは……そうだな……例えばだけど、だんだんとそれが言語に取り込まれていって、魔法陣を描かなくても済んだからじゃないかな……? 当時はそれほど複雑な術式は必要とされていなくって、それよりも即効性や瞬発力が重視されたとか……?」
もちろんその仮説もあり得た。
だがカイドはそれに異を唱える。
「いや、俺はむしろ別の可能性の方があり得そうな話だと思う……」
と前置いてから、
「たんに、強すぎた……んじゃないか……?」
それを聞いてようやくアルも事の重大さに気がついて顔が青ざめる。
「それじゃあ……なにか不都合があって、意図的に歴史の中から消滅させられたってこと、ですか……?」
「まだそうと決まった訳ではないが……、とにかく俺はそう思う。だっておかしいだろ? 設置型の罠にも使えて、自力で魔法を発動させるよりも複雑なことが可能かもしれないような、それこそ魔法のような革新的な技術を、いったいだれが何千年も古文書の中だけに放置する……?」
「確かに……」
「なぜそんな重要な本がアルの家に置いてあったかはわからないが……、いいか? とりあえず、今回のこの魔法陣が成功したことはここだけの秘密だ。工房のみんなには魔法陣は結局発動しなかったで通すぞ。この件は俺が個人的に引き受ける……」
「そうですね……それでお願いします」
もし魔法陣という太古の忘れられた技術が、今更有効だということになれば、それこそ世間は大騒ぎになるだろう……。それに、その秘密を閉じ込めておきたかった者がいたとしたなら、彼らがどういった行動に出るかも知れたものではない。
その後も細かい話し合いを進めて、
「それじゃあ試作品を作っておくから明日もう一度工房に来てくれ」
「明日!? そんなに早くできるんですか!?」
「おうよ、俺が誰だと思ってんだ? 界隈一番の杖職人のカイドさまだぜ? まあ、あくまで試作品だけどよ……」
ということとあいなった。
◇
翌日になってアルたちが工房を訪れると、本当にすでに杖が完成していた。
「よう、遅かったじゃねぇか……」
カイドは自信に満ちた表情で出迎えた。
カイドがアルに完成したばかりの杖を手渡す。
杖はアルの前日の注文通りの品だった。
まず見た目は純白の高級感あるデザインで、まるで高級食器のような金箔の装飾が施してある。
持ち手の部分はまるで剣のようなしっかりとしたグリップ感。
「おお……これは、やっぱり使い慣れたデザインは手に馴染みますね……」
アルは受け取ったばかりの杖をまじまじと眺め、感嘆した。
「ああ、お前さんの注文通りのデザイン――エルマキドゥクスの持ち手と同じサイズ感――にしたぜ! 完全再現とまではいかなかったけど、市販の杖よりかはいくらか持ちやすいはずだ」
そう、アルは剣聖エルフォの剣のレプリカのレプリカを頼んだのだ。まあそれは持ち手の部分に限っての話だが。とにかくそれがアルにとっての一番持ちやすい格好だった。
アルは杖を構えると、おもむろにそこらに置いてあった訓練用の人形めがけて切りつけた。工房では剣なども扱ったりするので、そういった訓練用の藁人形はそこらにじゅうに置いてある。
杖での一撃にもかかわらず、訓練人形はばらばらに砕け散った。
「これは……けっこうな威力ですね……!」
杖の素材は普通の木ではなく、特殊な素材で作られていた。魔力を通しやすい特殊な魔力樹とよばれる種の木材が使われるのが通例だ。さらに今回はその魔力樹の中でも最上級に硬度が高いものが使われている。
この硬度をもってすれば、おそらく通常の剣とまともに打ち合っても、使用に耐えられるだろう。
その意図するところは、アルが限られた回数しか魔法を使用できないということを加味すればおのずとわかるであろう。つまり、念のためである。
いくら魔法陣によって魔力のないアルでも魔法を行使できるようになったからといって、それだけで通常の魔導士に匹敵するとはさすがの彼も思っていない。もしもの時に頼れるのはやはり、剣聖としての剣術なのだ。
杖の先端は剣のように鋭く、一見すると本当に少し小型の剣に見えなくもない。しかもそれを振り回していたら、いよいよ剣にしか見えない。
「アル……それって、一応杖なんだよね……?」
だからミュレットのこの疑問も当然と言える。
「そうだよ……待ってて、いま杖らしいところも見せるから」
そう言って、彼は杖のある部分に触れる。
杖の持ち手の部分には、魔力を封じ込めてある例の水晶が埋め込まれていた。魔力を擁しない彼は、そこから魔力を使用する必要がある。
水晶は適切な力加減でスライドさせることにより、回転する仕組みになっていた。そうやって水晶にある魔力の出口と、あらかじめ杖に描かれてある魔法陣とを重ね合わせることで魔法が発動する仕組みだ。
アルが水晶をスライドさせると、杖の先端から火が発せられた。
そしてすぐさまそれを、杖を高速で振って、例のごとく鎮火させる。
「すごい……アルには魔力がないのに……!? 杖だけで魔法を発動させるなんて……」
一同がそうやって杖の出来栄えに盛り上がっていると、突然一人の男が血相を変えて工房に飛び込んできた。
「カイドさん……!」
「おう、どうした!? カロス!」
どうやら男はカイドがポコット村に置いてきたと言っていたあの奴隷のようだった。
その彼が、ここにいると言うことは、村でなにかがあったに違いない。
「とにかく、歩きながら話しますので、アル君たちも来て!」
カロスに促されるまま、一行は工房を出た。
13
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる