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忌み子編
21.杖
しおりを挟む一行は工房の横にある開けた空き地に来ていた。そこは資材置き場として使われている一角で、多少の魔法なら発動させても問題ない広さを持っていた。
「よし、それじゃあミュレット……頼むよ」
促されてミュレットが地面に置かれた魔法陣に手を乗せる。
そこに魔力を流し込むと、魔法陣が薄青色に発行しだした。
と同時に陣の中心部から上に向かって、まるで花火のように火球が発射された。
火球は上空で勢いを失って、今度は地面に落ちてくる。
それをアルは例のごとくその辺にあった資材の木をつかって鎮火させた。
「すごいわ……これ! すごいわよアル!」
発動させたミュレットが一番実感があるのか、たいそう驚いてアルに抱きついた。
「私、普段は火炎球を発動させるのに、頭の中で炎のイメージを構築したり、それを発射させるイメージを組み上げてからつかうんだけど……今回のこれは全く違う……。なにも苦労することなく、ただ無心で魔力を流し込むだけで発動させることができた! これはいままでの常識が覆るわよ!」
「そう、そこがすごいところなんだよ。それでなにが変わるかわかるかい? これを使えば術者がイメージできないような複雑な仕掛けや、抽象的な概念を扱ったりすることができるんだよ! つまり魔法の概念そのものが変わるかもしれない! 一人の人間の処理能力を遥かに超えたような複雑な術式とかも……!」
無邪気に盛り上がるアルをよそに、カイドだけは浮かない顔だ。なにか深く考え込んだような難しい顔をして、俯いている。
それを察してか、ミュレットもだんだんと表情が曇りだす。
「ねぇ、アル……じゃあどうしてそんな便利な『魔法陣』なんていう発明が、失われちゃったのかな……? どうして古代から現代までに受け継がれてこなかったんだと思う……?」
ミュレットの当然の疑問に、アルはあくまで楽観的に答える。
「それは……そうだな……例えばだけど、だんだんとそれが言語に取り込まれていって、魔法陣を描かなくても済んだからじゃないかな……? 当時はそれほど複雑な術式は必要とされていなくって、それよりも即効性や瞬発力が重視されたとか……?」
もちろんその仮説もあり得た。
だがカイドはそれに異を唱える。
「いや、俺はむしろ別の可能性の方があり得そうな話だと思う……」
と前置いてから、
「たんに、強すぎた……んじゃないか……?」
それを聞いてようやくアルも事の重大さに気がついて顔が青ざめる。
「それじゃあ……なにか不都合があって、意図的に歴史の中から消滅させられたってこと、ですか……?」
「まだそうと決まった訳ではないが……、とにかく俺はそう思う。だっておかしいだろ? 設置型の罠にも使えて、自力で魔法を発動させるよりも複雑なことが可能かもしれないような、それこそ魔法のような革新的な技術を、いったいだれが何千年も古文書の中だけに放置する……?」
「確かに……」
「なぜそんな重要な本がアルの家に置いてあったかはわからないが……、いいか? とりあえず、今回のこの魔法陣が成功したことはここだけの秘密だ。工房のみんなには魔法陣は結局発動しなかったで通すぞ。この件は俺が個人的に引き受ける……」
「そうですね……それでお願いします」
もし魔法陣という太古の忘れられた技術が、今更有効だということになれば、それこそ世間は大騒ぎになるだろう……。それに、その秘密を閉じ込めておきたかった者がいたとしたなら、彼らがどういった行動に出るかも知れたものではない。
その後も細かい話し合いを進めて、
「それじゃあ試作品を作っておくから明日もう一度工房に来てくれ」
「明日!? そんなに早くできるんですか!?」
「おうよ、俺が誰だと思ってんだ? 界隈一番の杖職人のカイドさまだぜ? まあ、あくまで試作品だけどよ……」
ということとあいなった。
◇
翌日になってアルたちが工房を訪れると、本当にすでに杖が完成していた。
「よう、遅かったじゃねぇか……」
カイドは自信に満ちた表情で出迎えた。
カイドがアルに完成したばかりの杖を手渡す。
杖はアルの前日の注文通りの品だった。
まず見た目は純白の高級感あるデザインで、まるで高級食器のような金箔の装飾が施してある。
持ち手の部分はまるで剣のようなしっかりとしたグリップ感。
「おお……これは、やっぱり使い慣れたデザインは手に馴染みますね……」
アルは受け取ったばかりの杖をまじまじと眺め、感嘆した。
「ああ、お前さんの注文通りのデザイン――エルマキドゥクスの持ち手と同じサイズ感――にしたぜ! 完全再現とまではいかなかったけど、市販の杖よりかはいくらか持ちやすいはずだ」
そう、アルは剣聖エルフォの剣のレプリカのレプリカを頼んだのだ。まあそれは持ち手の部分に限っての話だが。とにかくそれがアルにとっての一番持ちやすい格好だった。
アルは杖を構えると、おもむろにそこらに置いてあった訓練用の人形めがけて切りつけた。工房では剣なども扱ったりするので、そういった訓練用の藁人形はそこらにじゅうに置いてある。
杖での一撃にもかかわらず、訓練人形はばらばらに砕け散った。
「これは……けっこうな威力ですね……!」
杖の素材は普通の木ではなく、特殊な素材で作られていた。魔力を通しやすい特殊な魔力樹とよばれる種の木材が使われるのが通例だ。さらに今回はその魔力樹の中でも最上級に硬度が高いものが使われている。
この硬度をもってすれば、おそらく通常の剣とまともに打ち合っても、使用に耐えられるだろう。
その意図するところは、アルが限られた回数しか魔法を使用できないということを加味すればおのずとわかるであろう。つまり、念のためである。
いくら魔法陣によって魔力のないアルでも魔法を行使できるようになったからといって、それだけで通常の魔導士に匹敵するとはさすがの彼も思っていない。もしもの時に頼れるのはやはり、剣聖としての剣術なのだ。
杖の先端は剣のように鋭く、一見すると本当に少し小型の剣に見えなくもない。しかもそれを振り回していたら、いよいよ剣にしか見えない。
「アル……それって、一応杖なんだよね……?」
だからミュレットのこの疑問も当然と言える。
「そうだよ……待ってて、いま杖らしいところも見せるから」
そう言って、彼は杖のある部分に触れる。
杖の持ち手の部分には、魔力を封じ込めてある例の水晶が埋め込まれていた。魔力を擁しない彼は、そこから魔力を使用する必要がある。
水晶は適切な力加減でスライドさせることにより、回転する仕組みになっていた。そうやって水晶にある魔力の出口と、あらかじめ杖に描かれてある魔法陣とを重ね合わせることで魔法が発動する仕組みだ。
アルが水晶をスライドさせると、杖の先端から火が発せられた。
そしてすぐさまそれを、杖を高速で振って、例のごとく鎮火させる。
「すごい……アルには魔力がないのに……!? 杖だけで魔法を発動させるなんて……」
一同がそうやって杖の出来栄えに盛り上がっていると、突然一人の男が血相を変えて工房に飛び込んできた。
「カイドさん……!」
「おう、どうした!? カロス!」
どうやら男はカイドがポコット村に置いてきたと言っていたあの奴隷のようだった。
その彼が、ここにいると言うことは、村でなにかがあったに違いない。
「とにかく、歩きながら話しますので、アル君たちも来て!」
カロスに促されるまま、一行は工房を出た。
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