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学園編

15.番外編 ファンクラブ【サイド:ミュレット】

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 ミュレットは学校のある一室に来ていた。

 その部屋の前には、プレートに――

 ――「アル・バーナモントくんファンクラブ」と書かれている。

 その文字を見るたび、ミュレットは虫の居所が悪くなる。

(なんなのっ! もう!)

 アルが入学してからやってきたことを思えば、彼はもうすでにそこそこの有名人だった。

 見た目だけでも目を引くのに、あれだけ派手に目立てば、ファンクラブの一つや二つできてもおかしくはないものだ。

 だとしても、ミュレットにとっては面白くないことこの上ない。

 子供のころから、家ではアルをほぼ独り占めにしてきたわけだし――まあ母のミレーユもなにかとアルを構うのだが、それはそれとして――今更ファンクラブなど作られても、なんだかアルを奪われたような気分になるのだ。

 ミュレットが部屋の前でもやもやした気分にまどろんでいると、後ろから声がかかった。

「あら? あなた、一年生? もしかして、あなたもアル君のファンクラブに入りたいの?」

 声をかけてきたのは上級生と思われる、おさげで眼鏡の清楚な女生徒。その口ぶりからして、彼女もここの会員なのだろう。

「ひゃ、ひゃい!」

 ミュレットは驚いて、変な声を出してしまう。

「うふふ……。やっぱりね、あなたもアルくんのファンなのね。歓迎するわ」

 そう言って、彼女は部屋のドアを開け、ミュレットを中に招き入れた。

 ミュレットが後から聞いた話によると、彼女こそがここの初代会長なのだそうだ。

「さ、入って……」

 中に入ると、他にもさまざまな生徒がいて――中には男子もいた――みなそれぞれにアルのことをたたえ合っている。

(なんだかすごい空間にきちゃったわね……)

 みな新しい仲間に興味津々で、ミュレットに詰め寄ってくる。

「え!? もしかしてあなた、アルくんの幼馴染の、あのミュレットさん!?」

 誰かがミュレットの正体に気づき、声を上げる。

 アルのファンクラブなのだから、当然、彼らはミュレットのことも知っているのだった。

「すごいわ! アル君に一番近しい存在が目の前に……!」

「アル君のエキスがミュレットさんから香りたってくるわ……!」

「ねえ、あなたにはたくさん聞きたいことがあるの! アル君の下着のサイズは? 色は?」

 みなミュレットを囲んで、それぞれにミュレットを質問攻めにする。

「え、ちょ……!」

 もみくちゃになっているうちに、ミュレットは本来の目的を思い出す。

「そうじゃなくって……!」

 大きな声でみなを静止させる。

 みな、ミュレットが次に何を発するのかに興味津々なようで、黙ってミュレットの目を見つめる。

「私はこのファンクラブを取り壊しにきたの!」

 ミュレットは意を決して言った。

 ファンクラブ会員たちはその言葉に驚き、

「なんで!? こんなに素晴らしい活動なのに!」

「そうよ! あなたも絶対に入るべきだわ!」

 などと抗議を申し立てる。

 だがミュレットも負けてない。彼女とてただの嫉妬で言っているのではない。彼女には確固とした理屈があった。

「だって、さっきから聞いてれば、あなたたちのやってることってちょっと異常よ。なんていうか……ストーカー紛いじゃない……?」

 ミュレットがそう言うと、部屋に一瞬の静寂が訪れた。

(う……さすがにまずかったか……?)

 口を開いたのは会長だった。

「ま、まあ……確かに……ちょっと最近は行き過ぎてたかもね……それは認めるわ」

「認めるんだ」

「で、でも、本当にあなたもここの会員にならなくてもいいの?」

 会長のいい方には、少しなにか含みがあった。

「どういうことですか?」

「あなただって、もっとアルくんのことを知りたいはずよ。それにあなただって、アル君のストーカーみたいなものでしょ?」

「私はアルの一番近くにいて、いっしょに住んでるんだからなんでも知ってます! 少なくとも、あなたたちよりはね! それに、私はストーカーなんかじゃないです!」

 ミュレットは声を荒げて否定する。

「でもね、あなたにも知り得ないアル君の情報はあるわよ? ここにはね」

「え?」

「いくらいっしょにいると言っても、四六時中ではないでしょ? アル君があなたといないとき、どこでなにをしているのか、知りたくないのかしら?」

「う……それは……」

「それにね、あなたは独占欲が少し強めのようだけど、ここにいればアル君に悪い虫がつかないように、見張ることもできるんじゃないかしら?」

「た、たしかに……」

 ミュレットは会長に説得されかかっていた。

 だがそれでもどうしても譲れない部分があった。

「か、会員番号とかって、あるんですか……!?」

 ミュレットは会長の肩を揺らして、食いつくようにして訊く。

「もちろん、あるわよ」

「だ、だったら、入会する代わりに、私が会員番号1番にしてください!」

 ミュレットはなんとしてもアルの一番でいたかった。

 それだけは譲れない部分なのだ。

「いいわよ」

 会長はあっさりそれを受け入れる。

「え、いいんですか……?」

 意外な反応に、ミュレットは驚く。てっきり1番は会長本人の番号だと思っていたからだ。

「だれもあなたがアル君の一番だということに異論はないわよ。少なくとも、今は、ね」

「ありがとうございます」

 ミュレットはその日一番の笑顔を見せた。

 こうして、その場は丸く収まり、ミュレットはファンクラブ会員となったのだが……。

 あとで会長の番号を確認すると、彼女は会員番号0番だった。

 つまり、ミュレットの1番よりもなのだ。

「あの女狐め~!」

 ミュレットは少し悔しい思いをするも、それでもやっぱり、1番で良かったとも思う。

 0はどこまでいっても0だが、1番は1番なのだ。

 そう納得するミュレットなのであった。
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