僕は、僕が殺した彼女の人生をやり直す

伝説のししゃも

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第7話 推理の時間

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 家に入り、真っ先にキッチンに駆け込む。冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、勢いよくコップに注ぎごくごくと喉を鳴らす。あー、夏を感じる。
 リビングでは食事をとり終わったらしい妹が椅子の上であぐらをかいてテレビを見ていた。

 「おかえりー。お昼ご飯は冷蔵庫に入ってるよ」

 彼女の家庭は共働きなのだろうか。それとも単純に母親が出かけているだけなのか、ともかく家にいるのは僕以外には妹だけのようだ。あまりにお腹がすいていたので着替える前に食事をとる。

 「食べ終わったら食器は流し台に置いといてくれればいいよ。後でまとめて洗っとくから」

 やさしい妹の言葉に甘えて食器を流し台に置き、自室に向かう。姿見を横目で確認するが彼女はいないようだ。一刻も早くベッドに飛び込みたい誘惑にかられるが、さすがに汗をかいた後の制服のまま飛び込むのは気が引けた。仕方なく着替えようとタンスをあさってみたが、どれが部屋着なのかわからない。結局適当に涼しそうな服を選んで着替える。彼女が来た時に話しやすいようにと、姿見はベッドの方向を向くように移動させた。そこまでの作業を終えてから、やっとベッドに身を投げ出すように倒れこんだ。

 一人きりの静かな空間で、うつぶせのまま頭の中に思考の糸を張り巡らせる。
 始業式の間など、やることがない間は現状に関する推理を続けていたが、わかったことは多くはなかった。
 一つ目は、今が僕が彼女を殺した時点より前の時間だということ。まぁそれに関していえば今朝彼女の体を確認し、傷跡がなかった時点でわかっていたことだけど。
 二つ目は、僕が彼女を殺したのは今年度の十一月~三月の間だということだ。先ほどクローゼットの中の冬服を見つけたことで思い出したが、僕が彼女を殺したときには彼女は夏服ではなく冬服を着ていた。彼女は現在高校三年生、彼女が制服を着るのは今年度が最後だ。
 現状でほぼ確信しているのはこの二つのみ、ここから先は可能性の話だ。彼女を殺した僕が彼女の中に入っている、ここまではいい。なら今現在、この時間を生きていた過去の僕は、どこで、何をしている?おそらく何も知らずに、僕がかつてそうしていたように日常を送っているのだろう。ここで問題になるのは、過去の僕が何も知らずに僕が彼女を殺してしまったあの日を迎えてしまうことだ。そうなった場合、過去の僕は、僕がそうしたように彼女を、今の僕を殺すだろう。それだけは何とかして回避しなければ。
 回避する方法自体はとてもシンプルだ。僕がもう一人の僕を探し出し、殺されないように行動すればいい。しかしその方法を実行に移すまでがとてつもなく難しいのだ。僕には僕に関する記憶のほとんどが無い。殺した理由さえ思い出せない。そんな状況でもう一人の僕を見つけ出そうとするのは、ヒントのないクロスワードパズルを埋めて正しい答えを導きだそうとするのと同じようなものだろう。

 いや、考えろ。彼女の体と、自分の命がかかっているのだ。ヒントなら、ある。僕は彼女を殺したときのことを思い出す。
 まず、僕はどこで彼女を殺したんだっけ。屋内だったか屋外だったかさえ思い出せない。真っ白な背景の中で、倒れた彼女と僕の行動を思い出す。彼女を殺した後、僕は彼女の手を握ったんだっけ。徐々に冷たくなっていった彼女の体温を思い出す。僕が彼女を殺したのは冬だ。彼女は手袋をしていなかったし、屋外で彼女を殺したのなら手は最初から冷たいはずである。つまり彼女を殺したのは屋外ではなく屋内、制服を着ていたため学校帰りに体が温まるまでのある程度の時間をその部屋で過ごしたのだろうと推測できる。それと、僕は彼女を殺した後、周囲が無音だったことを覚えている。室内で殺人が起きても周囲に人の気配がなく、無音が保たれていたのは彼女を殺したのが僕の部屋か彼女の部屋、もしくはそれに準ずるプライベートな空間だったからだと考えられる。
 もう一つ、彼女は刺された後、物怖じする様子もなくこちらを見ていた。知らない人間や付き合いの浅い人間に襲われたのならば、もっと怒りや恐れの表情を見せていたのではないだろうか?少なくともあのような態度をとるとは考えにくい。
 この二つの理由から彼女を殺した僕は、彼女と親しい関係であったことが推測できる。

 ここまでが、今の僕に分析できる最大限だった。僕は、彼女の家族か友人だったのだろうか・・・?

 あくまでも推測の域を出ないが、むやみに探し回るよりは可能性が高そうだ。
 この場合彼女の父親が過去の僕の可能性もあるのか。もしそうだったら、探す手間が省けて助かるけど。なんにせよ、けんかなどはしないように気を付けないと。
 そうだ、彼女の友達が過去の僕だった場合のことも考えて、交友関係について彼女に質問しておこう。今後学校生活を送る上でも、交友関係の把握はボロを出さないために重要なことだろう。
 彼女と話をしようとベッドから体を起こし、姿見のほうに向きなおる。

 姿見の中に彼女はいた。話しかけようとしたが、僕は声を出す寸前で黙って口を閉じた。

 彼女は、鏡の中のベッドの上で、静かに泣いていた。
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