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とても綺麗な少年に出会ったようです

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「…――あれ?痛くない」

 まずおかしいと思った。どこも痛みがないのだ。衝撃に備えて目を閉じていた恐る恐る開けて、自分の体を改めて見れば何も変化がない。代わりに、金属が“カーン、カーン”と地面に落ちた音がする。

「な、な、な……何をする!!!」

 その瞬間上ずった声がして、そちらを見れば短剣の柄を握りしめ、強張った表情を浮かべたレイリーがいた。握りしめられている短剣は、先ほど私の髪を切った形状とまったく異なり、切っ先が折られていた。まるで、鋭利な何かで綺麗に切断されたかのような。

 鉄をこんなにも切れる物質なんて存在するのだろうか。思わず目を見張っていると

「……―ー別に、罪人を裁いただけですよ」

教会に静かな低い声が響いた。口調は丁寧なものの、なぜだか怒りを含んだ声。いつも温和で丁寧な口調の彼とはほど遠い。

「……――ハース様?」

 レイリーの前ににこやかな表情を浮かべたハース・ルイスが立っている。

「な、なぜ―……」

 レイリーの顔が恐怖にゆがんだ。

「あなたは、私の目の前でアリアを傷つけた」

 対するハース・ルイスは笑顔を浮かべたまま静かに言う。それが逆に怖い。

「……――だから、私はあなたを許すわけにはいかないんですよ」

 ハース・ルイスは、切っ先を彼に向けて言い放った。

「ハース様!!」

 思わずハース・ルイスの名前を呼ぶと

「アリアは、彼と離れてください。あとは、私がなんとかします」

そういって彼はレイリーに向き直る。

「それだけの強さがありながら、なぜこの化け物を斬らない?この化け物は、その気になれば、街を壊すなんて簡単なことなんだぞ!!」
「確かに、莫大な魔力を有して、過去に国一つ滅ぼした、なんて伝記でも残っていますね」
「だろう!!!」
「ですので、莫大な魔力の持ち主は、早々に芽をつむ。その考え方は、間違っているとは一概には言えませんね」
「だったら!!!」

 乱暴な口調で食いつくようにいうレイリー。それに対して、ハース・ルイスは事もなげに一言。

「で、それがどうしたんです?」
「どうしたって――……」

 小首をかしげるハース・ルイスを信じられないものでも見るようにレイリーは見ていた。

「以前の私なら、あなたに賛同していたかもしれません」
「以前なら……だと!?」
「えぇ、ある人のある一言がきっかけで物の見方が変わりました」

 そういって、ハース・ルイスは懐かしむような表情を浮かべて何故だかちらりと私を見る。
そして、そのまま私を安心させるように軽く微笑み、レイリーの方へ空色の瞳を向けた。その瞳は射貫くように鋭い。

「魔力が高いのは、それもまた彼の才能でしょう?」

 そして、そう言い切った。そのまま言葉を続ける。

「だから、魔力を持っているだけで、それが罪だと決めつけることはおかしい」
「だが、現に――……」
「現に、なんですか?アリアも言ってましたが、そちらのルーク・ウォーカーは、この場にいる誰かを傷つけていますか?」
「……それは」
「その言葉のあとに一体どんな言葉が続くのでしょうね?」

 優しい口調で静かにいうハース・ルイスとは対照的に、レイリーは顔を真っ赤にさせ

「うるさい!!!」

短剣をハース・ルイスの方に投げ捨てる。

「ハース様!!!」

 危ない!そう思い、私がハース・ルイスの名前を叫んだときには、教会に再び“カーン”という音が響き渡っていた。

 見れば柄が綺麗に真っ二つだ。ハース・ルイスの持っている剣が、金色に輝きを増している。

「……――その攻撃は、私には当たらない」

そういってハース・ルイスは私とレイリーの間に立ちふさがった。

「これでも、まだ続けますか?」
「ひっ!!!く、来るな!!!」

 静かに言うハース・ルイスに対して、レイリーは右手をハース・ルイスに突き出した。そして、何やら詠唱し、魔法を発動させる。

「食らえ!!!」
「ハース様!!!」

 レイリーと私が叫んだ瞬間、ハース・ルイスに向けて鋭い突風が吹いた。その突風はバキバキと周りのものを粉砕していく。

(なんてこと……)

 突風が過ぎ去ったあとは酷い有様だった。砂埃が舞い、壊れた椅子がミシミシと音を立てている。

「ははは……、さしもの「英明のナイト」もこれで――……」

 勝ち誇ったようにいうレイリー。あまりのことで声がでない。思わず口元を抑える。

「……――ハース……様」

 確かに私にとってハース・ルイスは退学エンドに追い込んでしまう警戒すべき相手だ。けれども、こんな決別を望んだわけじゃない。

「……――嘘」

 思わず座り込んで、ただ呆然と高笑いするレイリーの声を聞きながら先ほどハース・ルイスが立っていた辺りを見ていると砂埃の中に人のシルエットが映し出されているではないか。そして

「……――さしもの「英明のナイト」もこれで……どうなるのでしょう?」

そこには、砂埃の中何事もなかったかのようにハース・ルイスが立っていた。

「ハース様!!!」

 傷一つ、塵一つついていない。

「……――なぜ?」

 レイリーはというと、まるで未知の生物でも見ているかのようにハース・ルイスを見ている。

「剣だけかと思いましたか?攻撃魔法も、防御魔法も、人なりに扱えるんですよ」

対してハース・ルイスはにこりと笑って、レイリーを見返す。その瞬間、レイリーの顔が引きつる。

「さて、あなたは私に対して攻撃の意思があるようですね。でしたら、私も反撃しなければなりませんね」

 ハース・ルイスが握る剣が、怪しげに光り出す。恐怖で顔を歪めながら、レイリーは再びハース・ルイスに手を突き出した。

「……―というのは、建前で」

 対するハース・ルイスはというとにこやかな笑みを浮かべゆっくりと目を閉じた。そして、カッと目を見開いた。その碧眼は、自身の光輝く刀身を受けてか、怪しげに光っている。そして次の瞬間

「本音は、先ほども言いましたが、ただ、アリアを傷つけたことが許せないだけですよ」

そう言い放ちハース・ルイスはレイリーに向かって駆け出した。
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