透明色のコントラスト

叶けい

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第三話 台風の夜の過ち

10.言い訳

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―響也―
強く吹き付ける風に負け、暖簾が激しくはためく。
「何してるの、賢知くん!こんなとこで……」
「いやあの、違うんすよ」
賢知は立ち上がると、顔に垂れた水滴を拭いながら言い訳を始めた。
「ちゃんと朝一の船で帰るつもりだったんです。けど祐輔……友達のじいちゃん家に泊まってたんですけど、二人して寝坊しちゃって。でも昼まで船、動いてたんですよ。それに乗ろうとしたら、今度は家にスマホ忘れてきた事を思い出して!急いで取りに戻って港まで走ったんですけど、間に合わなくて……祐輔は先帰っちゃうし」
「……それからずっと、ここにいたの?」
「違いますよ。仕方ないから、また祐輔のじいちゃん家に戻ったんです。そしたら、知らないおじさん達がめっちゃ来てて。そういや町内の集まりあるって言ってたこと思い出して、さすがに入れなかったんすよ。で、他に土地勘無いし、どうしようもなくて……」
「入って来れば良かったのに」
「いや、それは。ほら」
気まずそうに目が泳ぐ。
「さすがに三日連続で現れたら、ストーカーぽいじゃないすか。それに」
ちら、と横目で俺の様子を窺ってくる。
「連絡、くれなかったし」
「……そ、れは」
さっきまで切り刻んでいたカードの残骸を思い出し、気が悪くなる。彼から貰った名刺も、最初は切る気でいたのだ。
「だから迷惑だと思って。とりあえず雨宿りだけでもさせてもらおうかと、ここ来ちゃいました」
「雨宿りなんて無理でしょ、こんな」
突然、強い風が吹いた。雨粒が飛び散る。
「うわっ」
「ちょ、早く入って!」
急いで暖簾を外し、賢知の腕を引っ張って店の中へ入れた。素早く戸を閉める。
「……っあー、めっちゃ雨かかった」
背負っていた大きめのリュックを下ろして足元に置く。着替えなどが入った荷物なんだろう。黒いから分かりづらいが、随分と水を吸っていそうだ。
俺はカウンターの中へ入ると、タオルを二枚手に取って賢知の元へ戻った。一枚、彼に差し出す。
「ほら。拭きな」
「ありがとうございます」
賢知が自分で髪を拭いている間に、彼の隣に屈んでリュックをタオルで覆った。押さえてみると、たちまちリュックの水分を吸い上げ、しっとり濡れる。
「そこで雨宿りして、後はどうするつもりだったの?」
高い位置にある顔を見上げると、賢知は気まずそうに唇を尖らせた。
「別に、何も考えてなかったです」
「何もって……どうするの、この天気じゃどこにも行けないよ?」
激しい雨と共に吹き荒ぶ突風のせいで、店の窓が不穏な音を立てている。
「坂口さんの家は、この近く?」
「祐輔のじいちゃん家っすか?いや、結構歩きますよ。向かいの道路を渡って、小学校の反対側に出て真っ直ぐですけど」
「そう……今から行ったら危ないね」
「あの、響也さんちは?」
探るように聞かれ、一瞬答えに窮した。
「……ここだよ」
「ここ?え、店に寝泊まりしてんすか?」
「店っていうか、二階が住居になってて……」
カウンターの中へ視線を移す。客から見えにくい位置に、二階へ続く階段がある。
店の片付けは、もう済ませた。あとは電気を消すだけだ。
―仕方ない。
「うち、泊まる?」
意を決して聞くと、予想に反して賢知の顔には戸惑いの色が浮かんだ。
「え、えっ?響也さんち?良いんすか?」
「良いも何も、そうするしかないでしょ。……坂口さんちまで歩く?」
「いや、勘弁っす」
「でしょ?」
店の入り口を施錠し、濡れたタオルを受け取る。
「ほら、行くよ」
「あの、マジで良いんですか?いきなりお邪魔して、迷惑じゃ」
「別に、一人暮らしだから気にしなくて良いよ」
後ろ手に紐の結び目を探し、引っ張る。海老茶色の腰巻きエプロンを手に持ち、カウンターの出入り口にある戸を手で押した。リュックを片手に、所在なさげに立ち尽くす賢知の方を振り返る。
「……おいで?」
ごくり、と形のいい喉仏が上下した。
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