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叶けい

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第五話 すれ違う星の下

scene19 クリニック

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ー眞白ー
受付終了時間の少し前に駆け込んだのは、初めて来るクリニックだった。
俺を受付前のソファに座らせ、大知くんが代わりに受付の人に話をしてくれる。慣れた様子だから、もしかしたら大知くんのかかりつけなのかも知れない。
戻って来た大知くんが、俺の隣に座り問診票を手渡してくれる。ぼんやりとしながら受け取り、どこが痛いのか、いつからなのか書き込んでいると、不意に大知くんがスマホの画面を見せて来た。
『ごめん、俺が引っ張ったせいだよね』
画面を見つめたまま、ゆっくり首を横に振った。何も返事をしないで、問診票の怪我をした理由を書く欄に鉛筆を走らせた。
『人とぶつかって転んだ』
書き終え、席を立って受付の人に渡しに行く。
戻ると、大知くんが困惑した表情でスマホ画面を見せてきた。
『転んだの?』
大知くんのスマホを借り、返事を打った。
『本屋で子どもにぶつかられた。大知くんは関係ない』
突き返すように大知くんにスマホを差し出す。
大知くんが受け取って画面に視線を落としている間に、看護師さんが呼びに来た。診察に行きますね、と書いたメモを見せてくれる。
気配に気づいたのか、スマホから顔を上げた大知くんに向かって咄嗟に手が動いた。
「(先に帰って)」
「……?」
困った様に首を傾げられ、何故か猛烈に悲しくなった。
立ち上がり、看護師さんに付いて診察室へ向かった。
心の中で、歪が音を立てて大きくなっていく気がした。

診察を受けレントゲンを撮る。ごく軽い捻挫だった。テーピングを巻いてもらい、待合室へ戻る。
大知くんはまだ受付の前で待っていた。
何か言いたそうな大知くんの隣に、少し間を空けて座る。スマホの画面を向けられた。
『大丈夫だった?』
小さく頷いただけで目を逸らす。大知くんの顔が見れない。
……大知くんは心配してくれているだけなのに。どうしてたった一言、"大丈夫"って言えないんやろ。
それはきっと、その一言を伝えるだけで大知くんとの間に、壁を感じてしまうから……。
自問自答していると、そっと肩を叩かれた。大知くんが受付を指差す。
会計に呼ばれているのだと気づいて立ち上がった。
支払いを済ませながらカウンター脇に置かれた時計を見たら、ご飯を食べるにはすっかり遅い時間になってしまっていた。
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