Please,Call My Name

叶けい

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第六話 君には笑顔が似合う

scene21 すれ違い

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―大知―
「ストーップ」
センターで踊っていた奏多が手を挙げる。
他のメンバー達も動きを止め、音響機材の一番近くにいた碧生が音源を止めに行った。練習室が、しん、となる。
「あのさ、もうちょっと集中しようよ。動きが合ってないし、振りも間違えてたよね」
汗で張り付いた前髪を払いながら、奏多が注意を口にする。全体に向けて言っているように見えて、俺の事を言っているのは多分メンバー全員が分かっていた。
「ちょっと休憩しません?」
長い髪を束ねていたゴムを外しながら瞬が提案する。
「だねー、五分くらい休んで切り替えよっ」
空気が重くならないように気遣ってか、千隼が明るい声を発する。
「うん、じゃあちょっと水分補給がてら休もっか」
奏多がそう言うと、各々水を飲んだり、トイレへ行くのか練習室を出て行き始めた。
髪が乱れないように被っていた、キャップを取る。汗で湿った前髪をかきあげ、水を飲もうと練習室隅に置いていたペットボトルを手に取り、腰を下ろした。
蓋を外し、乾いた喉へ水を流し込んでいると隣に誰か座る気配があった。
同じ様にミネラルウォーターのボトルを手にした奏多が、ちらりと俺へ視線を寄越す。
「気が散ってるね」
すっぱりとそう言い、ペットボトルに口をつける。気持ちよく喉を鳴らして水を飲む奏多に向け、ごめん、と謝罪を口にした。
「次から、ちゃんとやるから」
「具合悪いとかじゃない?」
「違う、ちょっと考え事しちゃって」
思わず口にしてから、それはまずいよなあ、と自己嫌悪に陥る。
「ごめん。なんか本当だめだ、俺」
弱音がつい、口をついて出てしまう。
奏多は手にしたペットボトルを弄びながら、少々遠慮がちに、どしたん、と聞いてきた。
「大知くんが悩んどるとこなんて、初めて見た気がするわ」
「えー、ひどいな。俺だって悩むよ」
「悩んどるの?何を?」
奏多に聞かれ、思い浮かんだのは……目を真っ赤にして何かを必死に訴えていた、眞白の顔だった。
「……俺さ」
「うん」
「最近、仲良くなった子がいてさ」
「うん」
「その子を……なんか、怒らせちゃったみたいで」
口にしながら、あれは怒っていたんだろうか、と疑問が浮かぶ。
あの日、待ち合わせていた書店の前に眞白の姿は無かった。
おかしいな、と思って周りを見渡したら、ふらふらした足取りでどこかへ歩いて行く眞白の後ろ姿が見えた。
早足で追いかけていたら、後ろから猛スピードでロードバイクが走ってくるのに気づいた。眞白にぶつかりそうだったから、慌てて走って追いつき、眞白の腕を引いた。
その時、俺のせいで足を痛めたんだと思って病院に連れて行ったら、何故か眞白の様子がおかしくて。
家まで送ろうとしたら断られ、全く分からない手話で、何かを必死に訴えられた。
「……何に怒ってたのか全然分かんないんだけどさ、もう連絡してこないで、って言われちゃった」
あれきり、何もメッセージは返せていない。
「心開いてくれてたと思ってたけど、違ったのかな。余計なお節介を、し過ぎたのかも知れない……もうどうしたら良いのか、分かんないや」
考えても考えても、答えが出るはずも無くて。
眞白が何を考えてるのか、分からないまま。
「俺、全然気持ち分かってなかったんだな……」
「分かるわけないやん、そんなの」
あっさりと奏多に言われ、面食らった。
「何も理由話してないのに怒って、大知くん悩ませて、ひどいと思うわ、その子」
「あ、いや、そうなんだけど」
「でも大知くんも、あかんと思うで」
「え、俺?」
「何で理由も聞いてないのに一人で抱え込んで悩んどるん。考えてたって答え出るはずないやろ」
いつもは標準語に近い話し方をする奏多の関西弁が、段々ときつくなってくる。
「怒りの感情なんてな、いつまでも持続せえへん。その子も大知くんに当たった事を今ごろ後悔しとるかもしれへんやんか」
「そうかな……」
「悩むくらいなら連絡しよ。連絡できんなら悩むのやめよ。な?」
「は、はい」
「よし、解決!」
勝手に話を畳むと、そろそろ始めるで、と他のメンバー達に声をかけて立ち上がる。
「……白黒はっきりした性格で羨ましいな」
苦笑し、立ち上がってキャップを被り直した。
奏多の言う通りかも知れない。
まだ眞白の気持ちを、何も聞いてない。もしも俺が悪いなら謝りたいのに、それすら出来てない。会って話さなければ、何も解決しないじゃないか。
今は練習に集中しよう。それで、また明日どうするか考えよう。
もうどうにもならないと思ってしまっていたけれど、奏多のお陰で少し前向きになれた。
諦めるには、まだ早い。
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