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大和の章

オオモノヌシ 二

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そこへウカシ兄弟の兄であるエウカシが血相を変えて飛び込んできた。エウカシはコヤネには一瞥もくれずニギハヤヒの側により耳打した。

「何!!」

ウカシ兄弟からの報告を聞いたニギハヤヒは絶句した。タカヒコの大和入りを遅らせる計画が失敗したことが伝えられたのだ。

しかも子飼いともいえるナガスネヒコとタケミカヅチの両雄もタカヒコに捕らえられてしまっている。これは計算外の出来事であった。大国主の息子の中でも有能であるとのうわさは聞いてはいたがまさかこれほどとは思ってはいなかった。

「それほどの傑物か、出雲のタカヒコ様は・・・。しかも播磨の頑固者までともに大和にやってくるとは・・・・。」

と、ニギハヤヒは呟いた。その言葉を聞きつけたエウカシは答えた。

「見張りのものからの報告では、播磨の伊和大神も動いたようです。今回の両者の敗北はタカヒコ様の一人の仕業ではないと思われます。」

「いや、いずれにせよあの気難しいオオナンジが肩入れしているということは只者ではなかろう。」

「は、確かに。タケミカヅチ様の強弓に顔色一つ変えなかったとか。」

「だとすれば、方針を変更せねばなるまい。」

「は?と言いますと?」

「タカヒコとオオナンジを一網打尽にして、武力で大和を制せねばなるまい。そんな気丈な男に次の大物主などになられてオオナンジまで大和入りされては、われわれの今までの苦労は水泡に帰すやもしれん」

じっと、考え込んだニギハヤヒは何かに気づいたように顔をあげた。

「忌々しいがまずイワレヒコとは和議を結ばねばならん。タカヒコの登場は橿原にとっても脅威であろう。今までの大物主様ように日向の民を厚遇するとは限らん。しかもタカヒコが大物主になってしまえば多くの出雲人も新しく入植してくるのは間違いあるまい。橿原の地を取り上げられるかもしれんと脅せば奴らの気もかわるかもしれん」

「しかし、たとえ橿原が味方についても勝ち目がありますか?ナガスネヒコ様やタケミカヅチ様を退けられた御仁ですぞ」

「いやいや勝ち目は今しかなかろう。タカヒコ様と大物主様を会わせてしまえば、大和の民たちは、我々に従わぬはずだ。しかもタカヒコは小勢で大和への途を急いでいるはず。その方らは、大和川の川筋の途は知り尽くしておろう?彼らの本隊がたどり着くまえに小勢の船を一ひねりするほうが簡単であろう。出雲と大物主様へはタカヒコ様は途中の事故で亡くなられたと報告もできよう。」

「慣れぬ川を溯上する彼らの船に奇襲をかけるということですか?」

「それしか、あるまい。イワレヒコの手勢を加えれば数百の兵はかき集められるであろう。やつらも私を倒すためこっそり軍勢を集めているはずだ。その手勢を利用すれば、いくら彼らがつわものだとしてもひとたまりもなかろう。」

そのとき横できいていたタケミカヅチの父コヤネが口を挟んだ。

「私も協力仕ろう。いまここでニギハヤヒ様に失脚されては常陸も危のうござる」

「心強いぞ、コヤネ殿。では早速そなたに頼みたいことがある」

と、ニギハヤヒはコヤネの方に顔を近づけ語りかけようとした。それを遮るようにコヤネはぐっと声を押し殺して答えた。

「イワレヒコ殿への使いですな」

「流石、察しがよいなコヤネ殿。ご苦労を掛けるがこの話はなんとしても纏めねば成らん。よろしく頼むぞ!」

「いやいや、元はといえばわが息子ミカヅチの不手際から始まったこと、お気に召されるな。では早速私は橿原へ向かいまする」

現在の二代目大物主の側近そして大和の宰相的な立場にあるニギハヤヒにとって、トップが入れ替わることは自らの立場を左右する一大事である。

今までニギハヤヒの主導で行われてきた東国政策、大和の自治など出雲から徐々に離れた存在になろうとしている大和の政治が大きく変わってしまうかもしれないのだ。

下手をすれば、ニギハヤヒ自身お役御免ということに成りかねない。それだけは避けなくてはいけない。彼には、モノノベという移民者を集めた多くの眷属もいるのだ。戦を避けてこの列島へとやってきた彼らを再び戦に狩り出すのは気が進まない。
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