仙女と郵便馬車

赤城一

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第一章「師匠は無口」

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馬車は、朝霧の中を軋んでいた。
リュウリは、車輪の音に合わせて指を動かす。風を読む癖が抜けない。けれど、ここには風がない。山の谷間に沈んだこの道は、風さえも迷うらしい。
「……あんたが、仙人か」
声は、馬車の前方から投げられた。振り返ると、黒い外套を羽織った青年が手綱を握っていた。顔は半分、帽子の影に沈んでいる。
「そうです。リュウリと申します。仙人学校を、まあ……卒業しました」
「ふうん」
それだけ言って、青年はまた黙った。
リュウリは、彼が“カイ”だと知っていた。任地の郵便馬車を任されている運転手。風の道を知る者。けれど、彼は風を読まない。言葉も少ない。まるで、風を拒んでいるようだった。
「初めての配達先は、どこですか?」
「峠の上。老夫婦が住んでる。手紙は一通」
「風は、通ってますか?」
「昨日は吹いてた。今日は知らん」
「……そうですか」
会話は、風のように短く、冷たい。リュウリは、仙人学校で習った“風の挨拶”を試そうとしたが、やめた。カイには、風の言葉が届かない気がした。
馬車は、峠を登る。霧が晴れ、空が白く広がる。リュウリは、手紙を胸に抱えた。それは、老夫婦の息子からの便り。遠くの町で働いているらしい。
「この手紙、風に乗せられますか?」
「無理だ。風は、感情が薄いと読まない」
「感情……ですか」
「手紙に、感情があるかどうかは、読んでみりゃわかる」
リュウリは、手紙をそっと開いた。そこには、短い言葉が並んでいた。
「元気です。仕事は忙しいけど、なんとかやってます。そちらは寒くなってきたでしょうか。風邪に気をつけてください」
風は、動かなかった。リュウリは、手紙を閉じた。
「感情が、足りないんですね」
「そういうことだ」
「でも、届けます。風が読まなくても、人は読むから」
カイは、ちらりとリュウリを見た。目の奥に、何かが揺れた気がした。
峠の上で、老夫婦は手紙を受け取った。言葉は少なかったが、目が潤んでいた。風が、少しだけ吹いた。
帰り道、カイはぽつりと言った。
「風は、感情に触れると、動く」
「じゃあ、私も、風を動かせるようになりますか?」
「……さあな。けど、今日の風は、悪くなかった」
リュウリは、馬車の揺れに身を任せながら、風の気配を探した。
それは、まだ遠くにいた。けれど、確かに、そこにいた。
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