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第八話 女神官の林檎ソーダ
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正午を少し過ぎた頃、タロットルームの隣でベルが鳴った。どうやら、依頼主が来たらしい。
「タロット占い、此処でいいのかしら?」
「はい、こちらで鑑定いたします」
ルームを覗いたのは、明日歌より多少年上に見える女性だった。
女性は中に入るとカーテンを閉め、明日歌の前に腰を下ろした。
「ご予約の方ですね」
「はい、田中と申します、今日はよろしくお願いします」
田中と名乗った女性は丁寧に頭を下げた。明日歌は、此処で名刺など出されはしないかと妙な事を考えながら、会釈を返す。
「早速ですが、ご予約の際にお伺いしている内容、これからの会議に関して、その運勢の鑑定をご依頼との事ですが」
「はい。私はこの近くの広告代理店に勤めているのですが、あるご依頼に関して、私の企画が採用されるかどうか、これからのプレゼンで決まるんです。そこで、プレゼンをするにあたって、どんな態度で臨むべきか、少し迷いがありまして」
「どのような?」
「このまま、今の企画を推し進めるべきだと私は考えているのですが、以前、自分の企画に絶対の自身を持ってプレゼンした先輩の企画が、全く駄目だと酷評されて、その先輩、辞めてしまっていて……でも、譲ってしまうと、私の企画が私の企画ではなくなる気がするので、どうするのが最良か、分からなくなってしまって。一年下の後輩、といっても、転職してきた人なので、年齢は上の人なのですが、その人の紹介で、物は試しにと」
「そうですか。では、本日これからの運勢について、鑑定させていただきます」
「どうぞ、よろしくお願いします」
田中は再び深々と頭を下げた。
「分かりました、では、始めさせていただきます」
明日歌はカードの山から二十二枚を分け、占いの支度をする。
そして、赤いクロスの上でタロットをシャッフルし、まとめたひとつの山から一枚を引いた。
現れたのは、女神官の逆位置だった。
――それは御主人が作った、女司祭に相当するカード。無欲さと知性、頑固さと見えない真実の暗示。今回は逆位置だから、思い込みが激しく、真実を見失っている状態。このままだとあらぬ誤解を招くね。
「なにこれ、地味だし、可愛くないし、やっぱり、悪いんですか、運勢」
「落ち着いて下さい、田中様。これから解説を」
「やっぱり占いなんて当てにならないのね」
田中は膝の上のハンドバッグを手に、立ち上がろうとする。
「田中様! 折角千五百円をお支払いなんですから、せめてカードの解説くらい聞いてお帰りになりませんか?」
「だって、そんな絵にいい意味があるわけないじゃない!」
「いえ、確かにこのカードはとても地味ですが、知性と世の中の真理を現す、素敵な意味があります」
田中は片眉をつり上げ、明日歌を睨む。
「ですが、確かに、このカードにはよくない意味もあります」
「やっぱり」
再び立ち上がりかける田中を諭す様に、明日歌は続けた。
「いいですか、田中様、良い事と悪い事は半分半分、良い意味と悪い意味は表裏一体なんです。ですから、このカードが示しているのは、無欲の半面に頑固さがあり、知性の半面に思い込みがあるという警告です。あなたは理知的である半面、御自身の考えには絶対の自信をお持ちで、それを曲げる事を嫌っておられませんか?」
田中は心当たりがあるのか、視線を逸らす。
「ですから、今日のあなたの運勢は、このままでは、頑なな考え方が災いして、あらぬ誤解を招く可能性があります。ですが、あなたはとても理知的な方とお見受けします。ですから、冷静に判断し、周囲の意見をあなたの中に取り入れる事で、今日のプレゼンは成功する可能性が高まります」
「でも、それをしたら……」
視線を逸らしたまま、田中は眉を顰めた。
「仮令、周りの意見に流される様に、あなたの企画が変化したとしても、あなた自身がそれを受け入れたなら、それはもうあなたの意見であり、あなたの企画ですよ」
「……そう?」
「ええ、そうですとも」
田中と視線が交わった時、明日歌はほほ笑んで見せた。
――予約のドリンクサービス、まだなら二階でアップルベリーソーダ。リンゴは鎮静、イチゴはビタミンCな。
「ところで、鑑定をご予約の方にはドリンクサービスがございますが、ご利用されましたか?」
「いえ」
「でしたら、ぜひ、リンゴとイチゴのソーダをどうぞ。リンゴには鎮静効果があり、緊張感の緩和に効果が、イチゴには豊富なビタミンCがあって、夏の美肌維持にお勧めです」
「だったら頂いて帰るわ」
「でしたら、二階のカフェへどうぞ」
「ええ、今日はどうもありがとうございました」
「プレゼンテーションの成功をお祈りしています」
田中は自信満々な笑みを浮かべ、ルームを出て行った。
――しかし、気の強い人間だな。
「……タロットは正直ね。でも、あなたはそれを分かっているんじゃないんですか、使い魔さん」
――いや、何が出るかまで操っているわけじゃない。どのカードが出てくるかは、その場にあるエネルギー次第。君のシャッフルは無意識にそれに影響されているんだよ。
「へー……」
明日歌は声を殺しながらも、気が付いた時にはクッキーと会話をしていた。
*
午後二時までのランチタイムが終わり、ティータイムの営業が始まった頃、明日歌は三階のカウンターでプルートと並んで自家製マーマレード入りの紅茶を飲みながら手順書を読んでいた。
次の依頼者は以前フトゥールが占った若い実業家の男性。小規模ながらグラフィック・デザインのオフィスを営んでおり、起業直後の事業が行き詰まった時期に鑑定を受けていた。
「今日は何となく運気が下がっている様な気がするから、現状を見つめ直す為に占いをして欲しいって」
遅い昼食を食べながら、プルートはさりげなく業務連絡をする。
――展開法はファクター・リーディング。現状を解読した上で、その原因を開いて問題の本質に斬り込む方法だね。全部のカードを混ぜて、山はふたつ作る。それぞれから一枚引いて解読な。
「……え」
突然聞こえてきた聞き覚えのある声に、明日歌はカウンターの向こうを凝視した。
「あ、そっか、使い魔はクッキーだったんだよね」
その声が聞こえているのか、茶髪の男はカウンターの向こうから焼き菓子が盛り合わせになった籠を出した。
「……クッキーなら何でもいいんですか」
盛り合わせの中にある人形型のジンジャークッキーを見遣り、明日歌は呟いた。
――別にそのカップでもいいんだけど、クッキーの方が慣れてるでしょ。
確かに、もうクッキーが喋っても驚きはしないが、慣れているかと問われれば、そうではない。
「んー、これ苦いー」
籠からクリームを挟んだサブレを齧ったプルートは眉間にしわを寄せた。
「あー、それ抹茶ミルクジャムなんだけど……うっかり粉茶入れたから、ちょっと渋いかも。抹茶の方が旨みが強いから、ホントはそっち使う予定だったんだけど、つい」
「まさか、その失敗作の消費を押し付けようって?」
「うん」
カウンターの向こうで男はそれを否定しない。
「……この前だってメレンゲ黒焦げになったレモンパイの残骸食べさせられたよね」
「でも底は焦げて無かったでしょ」
「その前には膨張剤の入って無いマフィンも!」
「ラスクにしたらなんとかなったじゃん」
「もういい加減にしないと殺すよ?」
プルートは満面の笑みを浮かべる。
その隣で、物騒なやりとりに女は身を引いていた。
だが、男は意に介さない。
「わかったわかった。今度綿菓子作ってあげるから……」
男はカウンターの奥から皿とポットを取り出した。
「プルート、ポプリの支度しといて。カレーにも使うスパイスのミックスフレーバーだよ」
「タロット占い、此処でいいのかしら?」
「はい、こちらで鑑定いたします」
ルームを覗いたのは、明日歌より多少年上に見える女性だった。
女性は中に入るとカーテンを閉め、明日歌の前に腰を下ろした。
「ご予約の方ですね」
「はい、田中と申します、今日はよろしくお願いします」
田中と名乗った女性は丁寧に頭を下げた。明日歌は、此処で名刺など出されはしないかと妙な事を考えながら、会釈を返す。
「早速ですが、ご予約の際にお伺いしている内容、これからの会議に関して、その運勢の鑑定をご依頼との事ですが」
「はい。私はこの近くの広告代理店に勤めているのですが、あるご依頼に関して、私の企画が採用されるかどうか、これからのプレゼンで決まるんです。そこで、プレゼンをするにあたって、どんな態度で臨むべきか、少し迷いがありまして」
「どのような?」
「このまま、今の企画を推し進めるべきだと私は考えているのですが、以前、自分の企画に絶対の自身を持ってプレゼンした先輩の企画が、全く駄目だと酷評されて、その先輩、辞めてしまっていて……でも、譲ってしまうと、私の企画が私の企画ではなくなる気がするので、どうするのが最良か、分からなくなってしまって。一年下の後輩、といっても、転職してきた人なので、年齢は上の人なのですが、その人の紹介で、物は試しにと」
「そうですか。では、本日これからの運勢について、鑑定させていただきます」
「どうぞ、よろしくお願いします」
田中は再び深々と頭を下げた。
「分かりました、では、始めさせていただきます」
明日歌はカードの山から二十二枚を分け、占いの支度をする。
そして、赤いクロスの上でタロットをシャッフルし、まとめたひとつの山から一枚を引いた。
現れたのは、女神官の逆位置だった。
――それは御主人が作った、女司祭に相当するカード。無欲さと知性、頑固さと見えない真実の暗示。今回は逆位置だから、思い込みが激しく、真実を見失っている状態。このままだとあらぬ誤解を招くね。
「なにこれ、地味だし、可愛くないし、やっぱり、悪いんですか、運勢」
「落ち着いて下さい、田中様。これから解説を」
「やっぱり占いなんて当てにならないのね」
田中は膝の上のハンドバッグを手に、立ち上がろうとする。
「田中様! 折角千五百円をお支払いなんですから、せめてカードの解説くらい聞いてお帰りになりませんか?」
「だって、そんな絵にいい意味があるわけないじゃない!」
「いえ、確かにこのカードはとても地味ですが、知性と世の中の真理を現す、素敵な意味があります」
田中は片眉をつり上げ、明日歌を睨む。
「ですが、確かに、このカードにはよくない意味もあります」
「やっぱり」
再び立ち上がりかける田中を諭す様に、明日歌は続けた。
「いいですか、田中様、良い事と悪い事は半分半分、良い意味と悪い意味は表裏一体なんです。ですから、このカードが示しているのは、無欲の半面に頑固さがあり、知性の半面に思い込みがあるという警告です。あなたは理知的である半面、御自身の考えには絶対の自信をお持ちで、それを曲げる事を嫌っておられませんか?」
田中は心当たりがあるのか、視線を逸らす。
「ですから、今日のあなたの運勢は、このままでは、頑なな考え方が災いして、あらぬ誤解を招く可能性があります。ですが、あなたはとても理知的な方とお見受けします。ですから、冷静に判断し、周囲の意見をあなたの中に取り入れる事で、今日のプレゼンは成功する可能性が高まります」
「でも、それをしたら……」
視線を逸らしたまま、田中は眉を顰めた。
「仮令、周りの意見に流される様に、あなたの企画が変化したとしても、あなた自身がそれを受け入れたなら、それはもうあなたの意見であり、あなたの企画ですよ」
「……そう?」
「ええ、そうですとも」
田中と視線が交わった時、明日歌はほほ笑んで見せた。
――予約のドリンクサービス、まだなら二階でアップルベリーソーダ。リンゴは鎮静、イチゴはビタミンCな。
「ところで、鑑定をご予約の方にはドリンクサービスがございますが、ご利用されましたか?」
「いえ」
「でしたら、ぜひ、リンゴとイチゴのソーダをどうぞ。リンゴには鎮静効果があり、緊張感の緩和に効果が、イチゴには豊富なビタミンCがあって、夏の美肌維持にお勧めです」
「だったら頂いて帰るわ」
「でしたら、二階のカフェへどうぞ」
「ええ、今日はどうもありがとうございました」
「プレゼンテーションの成功をお祈りしています」
田中は自信満々な笑みを浮かべ、ルームを出て行った。
――しかし、気の強い人間だな。
「……タロットは正直ね。でも、あなたはそれを分かっているんじゃないんですか、使い魔さん」
――いや、何が出るかまで操っているわけじゃない。どのカードが出てくるかは、その場にあるエネルギー次第。君のシャッフルは無意識にそれに影響されているんだよ。
「へー……」
明日歌は声を殺しながらも、気が付いた時にはクッキーと会話をしていた。
*
午後二時までのランチタイムが終わり、ティータイムの営業が始まった頃、明日歌は三階のカウンターでプルートと並んで自家製マーマレード入りの紅茶を飲みながら手順書を読んでいた。
次の依頼者は以前フトゥールが占った若い実業家の男性。小規模ながらグラフィック・デザインのオフィスを営んでおり、起業直後の事業が行き詰まった時期に鑑定を受けていた。
「今日は何となく運気が下がっている様な気がするから、現状を見つめ直す為に占いをして欲しいって」
遅い昼食を食べながら、プルートはさりげなく業務連絡をする。
――展開法はファクター・リーディング。現状を解読した上で、その原因を開いて問題の本質に斬り込む方法だね。全部のカードを混ぜて、山はふたつ作る。それぞれから一枚引いて解読な。
「……え」
突然聞こえてきた聞き覚えのある声に、明日歌はカウンターの向こうを凝視した。
「あ、そっか、使い魔はクッキーだったんだよね」
その声が聞こえているのか、茶髪の男はカウンターの向こうから焼き菓子が盛り合わせになった籠を出した。
「……クッキーなら何でもいいんですか」
盛り合わせの中にある人形型のジンジャークッキーを見遣り、明日歌は呟いた。
――別にそのカップでもいいんだけど、クッキーの方が慣れてるでしょ。
確かに、もうクッキーが喋っても驚きはしないが、慣れているかと問われれば、そうではない。
「んー、これ苦いー」
籠からクリームを挟んだサブレを齧ったプルートは眉間にしわを寄せた。
「あー、それ抹茶ミルクジャムなんだけど……うっかり粉茶入れたから、ちょっと渋いかも。抹茶の方が旨みが強いから、ホントはそっち使う予定だったんだけど、つい」
「まさか、その失敗作の消費を押し付けようって?」
「うん」
カウンターの向こうで男はそれを否定しない。
「……この前だってメレンゲ黒焦げになったレモンパイの残骸食べさせられたよね」
「でも底は焦げて無かったでしょ」
「その前には膨張剤の入って無いマフィンも!」
「ラスクにしたらなんとかなったじゃん」
「もういい加減にしないと殺すよ?」
プルートは満面の笑みを浮かべる。
その隣で、物騒なやりとりに女は身を引いていた。
だが、男は意に介さない。
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