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詩方夢那

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第二十四話 ハッシュドポテトのお星様

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 一階にティータイムの客が入り始めた頃、一人の男が三階のカフェスペースに現れた。
「あら、ネフリテス。武芸大会の結果はどうだったの?」
 会釈を返した男は、何かがつかえた様な口調で、勝ちは勝ちだった、と言った。
「どういう事かしら」
 ロディアは勘ぐる様な眼差しで男を見遣るが、男は隠す事も無いらしく、そのまま続けた。
「相手の反則負けで……よりによって、実力が試せると思った決勝がそんなもんだから、なんとも……」
「そうだったの……」
 ロディアは眉を顰めた。
「はい」
「でも、武芸大会の決勝で、相手の反則負けとはいえ、勝った以上は剣士隊の隊長はあなたでしょ?」
「ええ、イーリスの剣士隊で一番成績の良かった者が次期隊長という決まりでしたから、仮にまともな勝負で負けていたとしても、俺を指名したでしょう」
「んー。なんとも後味の悪い昇進ね」
 同情的に呟きながら、ロディアは頬杖を突く。
「実力で勝ったわけでもないのに、隊長を引き受けていいものかどうか。そう思って」
「占いなら空いてるわ。尤も、フトゥールは帰ってきてないけど」
 男は客席の奥を見遣る。
「いや、あの子でいいですよ」
「そう。それじゃ、待ってて」

 *

 ――真っ向勝負で優勝出来ないまま、剣士隊の隊長を引き受けていいのか悩んでるわ。
 ロディアの言葉を受け、明日歌はネフリテスをタロットルームに案内した。
「武芸大会で実力勝負の優勝が出来ていないのに、その成績によって決められる剣士隊の隊長を引き受けて良いのか、と、お悩みだそうですが」
「あぁ、実力でスフェーラの剣士に勝ったわけでは無いのに、一番実力の有る者に任される役を引き受けて良い物か、と。ただ、断る事は難しいだろうから、引き受ける事にはなるだろうが、そうなった時、本当にそれでいいのか、良く分からない」
 ――見通しが立たない時には、ミッドナイト・スコープだね。確か、今一番下にある解説書の裏がそれだよ。
 明日歌が取り出した解説書の裏面には、四枚のカードが描かれていた。
 ――現在から、障害、対策、未来を見通す。ただ、最後のカードは、二通りの解釈をする事になる……ま、解釈はボクがするから、カードをひとつの山にして。
「それでは、現在から未来を見通す展開法で鑑定いたします」
 カードの山が大きな渦となり、ひとつの山にまとめられる。
 ――手前から順にならべて、手前から順に展開して。
 縦に並ぶ三枚のカードの先に、横倒しになった一枚のカード。それが順に展開される。
 最初に展開されたのは、星の逆位置だった。
 ――今は混乱している。だけど、その中にある理想は高く、実力が伴わない。
 次のカードはソードの八だった。
 ――束縛される事が障害になる。動けない事が彼にとって良い様には働かない。
 続くカードはペンタクルのペイジだった。
 ――機が熟すのを待つ事、その間に努力を続ける事、そして、そこで冷静になる事が必要になる。
 横倒しになったカードは、ソードのエース。
 ――試練は有る、だけど、その成果は、現れる。耐え抜いた先にあるのは、勝利だ。そうでなければ挫折しかあり得ない。
 明日歌は少しだけ沈黙し、ネフリテスを見た。
「まず、現状、やはり、あなたはとても混乱しているようです。しかしながら、隊長という役を引き受けるからには、その理想があるとみます。ただ、その理想は、今のあなたには、不相応な理想の様に思われます」
 ネフリテスは一瞬、カードから目を逸らした。
「また、その役を引き受けられたとしても、すぐに活躍出来るわけではなく、何かに縛られ、思う様に動けない状況が訪れるでしょう。そして、それを打開する方法は、機が熟すまで耐え続ける事でしかありません。しかし、耐え続ける間にも、その力を高める為の努力を続け、冷静に時勢を見極める事で、あなたの努力は結実し、勝利を得る事が出来るでしょう。反対に、耐えるべき時に動いてしまえば、挫折の未来が待ち受けている事でしょう」
 ネフリテスは渋い表情を浮かべ、一番近い場所にあるソードのエースを見つめた。
「勝利の為に、今は辛抱しろという事か……」
 ――ただ、押すだけじゃだめだ。今は自分に有利な環境を整えていく為に必要な時間だ。
「今は準備期間でしょう。今後、自分が活躍する舞台を整える為に必要な忍耐の時間です」
「……そうか」
 ネフリテスは小さく笑った。
「おかげで、腹が決まったよ」

 *

「あ……」
 カウンターの奥で作業をしていたオリヴィーニは顔を上げる。
「よぉ。此処、良いか?」
「別に、良いけど」
 ネフリテスはオリヴィーニの前に腰を下ろした。
「武芸大会、どうだった」
「一応、勝ったよ」
「一応?」
 オリヴィーニは首を傾げる。
「相手が反則負けをしたんだ」
「そう……」
「腕試し、出来ずじまいだったぜ」
「でも……お兄様は正当に戦った勝者だから、それはそれでいいんじゃない?」
「え?」
「反則負けをする様な相手にも、正面から挑んだなら、それはそれで立派じゃない。不正に対しても、正義を通す、それが、お兄様だから」
 オリヴィーニはネフリテスに背を向け、ひとつの皿を手に振り返る。
「フライドチキン食べる?」
「なんだそれ」
「鶏に香辛料を掛けて油で揚げた物。人間の好物なんだって」
「へー」
 カウンターに下ろされた皿にはフライドチキンとハッシュドポテトが盛られていた。
「ん? こっちの星型のはなんだ?」
「ハッシュドポテト。刻んだジャガイモと粉を混ぜて油で揚げた物。人間の子供は喜ぶんだって」
「ふーん……」
 ネフリテスはまだ温かいフライドチキンをひとつ口にする。
「どう?」
「旨いな」
「そう……よかった」
 呟いたオリヴィーニを、ネフリテスは不思議そうに見る。
「……初めて作ったから、どうかなって」
「え……」
「スフェーラに居た頃には毎日スープしか作る物無かったし……」
 ネフリテスは目を伏せた。彼等の郷里であるコリースは、虹の領地テラ・イーリスの中でも土地が豊かで、日々の食事は人間界のそれと並べても遜色ない物である。
 自分達よりは高位であるが、財力はそこまで無かったあの屋敷では、花嫁修業は出来たかもしれないが、料理だけは、修業以前に、自分の食事にも窮していたのだろう。ネフリテスはその事に今更気付かされた。
 ネフリテスは顔を上げる。
「なぁ、オリヴィーニ」
「ん?」
「人間の世界の飯は、旨いか?」
 オリヴィーニは何も言わずに頷いた。
「あのお屋敷に居る頃よりも、ずっと?」
「比べ物にならないわ。コリースにも無い物が、沢山あって、ミーリャは凄く楽しそうに作ってる」
「……そうか」
 悲しげな笑みを浮かべ、ネフリテスは揚げ物の盛られた皿に目を落とす。
 きっと、これでよかったのだ、と。
「ところで、武芸大会に勝ったとなると、剣士隊の隊長になるんでしょ?」
「ん……あぁ。そうだ。」
「……頑張ってね。ネフリテスお兄様は……自慢のお兄様だから」
「あぁ。お前の自慢の兄貴で居られる様、頑張るさ」
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