夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

文字の大きさ
15 / 91
第一章 The war ain't over!

6-1  グラインド・ゴシップ(2022年春)

しおりを挟む
 この日、バーチャル配信者を抱える芸能事務所リアルツーディーは小さなライブハウスを借り上げ、バックバンドの生演奏を入れた所属配信者の為の収録を行っていた。歌い手の殆どは素顔を公開していない為、出入りの際はスタッフの振りをするなど警戒は十分である。
 しかし、最後まで会場に残り演奏をしている五十嵐小春は例外だった。彼はアニメーションモデルを使った配信も行うが、バンド演奏となればそれとなく顔の分る状態で動画を公開している。
 今回の収録はオリンピックにちなんで日本のバンドの楽曲をカバーする企画の一環で、キーボードを含む編成による煌びやかな演奏が行われた。
「えーと、本日は皆さんありがとうございました。夜も遅くなったので、気を付けてお帰りになって下さい」
 五十嵐小春の役を終え、ランは演奏者に謝辞を述べる。機材の一部は会場に備え付けられたもので、演奏家が個別に持ち込んだキーボードが先んじて梱包され、運び出されていく。
 先程までレインが演奏していたギターやベース、それに関連する幾つかの機材は事務所の備品で、演奏した当人達はざっと乾拭きして楽器をケースに戻し、事務所スタッフへと引き継いだ。
「細かい事は俺達で片付けるから、先に戻っていいよ」
 レインはドラマーの三炭みすみ涼磨りょうまとベーシストの佐伯さえき透へ先に帰るよう促す。
「いいのか?」
「駐車場、近くないだろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 三炭は舞台袖の机に凭れる佐伯の方に向かう。佐伯は幼い頃の事故で両足が悪く、長い距離を歩くのには難が有る。
「今日はありがと、気を付けて」

 残るレインとランは細かな機材の撤収を手伝い、社長以下スタッフより先に引き上げた。
「少し遅くなったけど、どうする?」
「流石に越境して帰るのはしんどいし、あばら家の方に戻ろうかな。風通しもちゃんとしてなきゃだし」
「暗い中で大丈夫か?」
「脱輪しないくらいのサポートはついてなかったかな」
「過信しちゃいけないよ」
「ま、とにかく都心からはさっさと抜けて、適当なスーパーにでも寄って一休みするかな。それより、レイはどうする?」
「最寄りまでは電車で戻れるし、駅からタクシー探そうかな。買い物して帰りたいし……ホントは車出せればよかったんだけど、今日は人が多くて」
「確かに」
 二人は駐車場へと辿り着き、ランは車へと戻る。
「気を付けて」
「そっちこそ」
 レインはランの車を見送り、駅に向けて歩き出した。すると、その背後から不穏な気配が彼に近付く。
 レインが振り返ると、そこには少し小柄な男が立っていた。一見して危険物を持っている風には無いが、嫌らしい薄ら笑いを浮かべている。
「あぁ、これはどうも」
 その人物はレインに近付き、一枚の紙切れを差し出す。
「元イエロー・リリー・ブーケのレインさん、でしょ? ワタクシ、フリーの芸能ライターをさせていただいてます、下数しもかず優馬と申します」
「人違いですよ」
「いやいや、まさか。少々の体重の増減で顔が分からなくなるわけはないんですよ。ましてや整形しているわけでもないんですから、ねぇ」
 鋭くも嫌らしい粘り気を帯びた眼差しに、レインは吐き捨てる様な溜息を吐き、鬱陶しく差し出されたままの紙切れを受け取った。
「生憎ですが、興味を持っていただける様なネタは持ち合わせてないですよ」
「いやいや、ワタシはあなたに興味が有るんです。忽然と姿を消した伝説のギタリスト・レインですからね」
「興味も何も、十三年も前に辞めたバンドです。レコーディングすらしていない、ライブだって何本駄目にしたか分からない疫病神でしたよ」
「またご謙遜を」
「事実です」
「ところで、今日は?」
「野暮用です」
「へぇ……野暮用……さっきそこら辺で機材の積み下ろしを見たんですがねぇ」
「此処はその手の会場が多いですし」
「ま、そうですね……まあ、細かい事はまたその内。何かあればご連絡下さい。それなりにお礼はさせていただきますよ。では」
 男はねっとりとした会釈を残し、立ち去る。
(妙なのが嗅ぎまわってるな……この辺が情報源ってだけなら、良いんだけど)
 レインが案じたのはリアルツーディーに所属する配信者達の事だった。顔を出していない配信者、とりわけ女性配信者に類が及ぶ事を彼は何よりも恐れている。
(このままじゃ収録の参加、やめた方がいいかもしれないな……困ったもんだ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様の“専属”

ユウキ
恋愛
雪が静かに降りしきる寒空の中、私は天涯孤独の身となった。行く当てもなく、1人彷徨う内に何もなくなってしまった。遂に体力も尽きたときに、偶然通りかかった侯爵家のお嬢様に拾われた。 お嬢様の気まぐれから、お嬢様の“専属”となった主人公のお話。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...