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第一章 The war ain't over!
6-1 グラインド・ゴシップ(2022年春)
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この日、バーチャル配信者を抱える芸能事務所リアルツーディーは小さなライブハウスを借り上げ、バックバンドの生演奏を入れた所属配信者の為の収録を行っていた。歌い手の殆どは素顔を公開していない為、出入りの際はスタッフの振りをするなど警戒は十分である。
しかし、最後まで会場に残り演奏をしている五十嵐小春は例外だった。彼はアニメーションモデルを使った配信も行うが、バンド演奏となればそれとなく顔の分る状態で動画を公開している。
今回の収録はオリンピックにちなんで日本のバンドの楽曲をカバーする企画の一環で、キーボードを含む編成による煌びやかな演奏が行われた。
「えーと、本日は皆さんありがとうございました。夜も遅くなったので、気を付けてお帰りになって下さい」
五十嵐小春の役を終え、ランは演奏者に謝辞を述べる。機材の一部は会場に備え付けられたもので、演奏家が個別に持ち込んだキーボードが先んじて梱包され、運び出されていく。
先程までレインが演奏していたギターやベース、それに関連する幾つかの機材は事務所の備品で、演奏した当人達はざっと乾拭きして楽器をケースに戻し、事務所スタッフへと引き継いだ。
「細かい事は俺達で片付けるから、先に戻っていいよ」
レインはドラマーの三炭涼磨とベーシストの佐伯透へ先に帰るよう促す。
「いいのか?」
「駐車場、近くないだろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
三炭は舞台袖の机に凭れる佐伯の方に向かう。佐伯は幼い頃の事故で両足が悪く、長い距離を歩くのには難が有る。
「今日はありがと、気を付けて」
残るレインとランは細かな機材の撤収を手伝い、社長以下スタッフより先に引き上げた。
「少し遅くなったけど、どうする?」
「流石に越境して帰るのはしんどいし、あばら家の方に戻ろうかな。風通しもちゃんとしてなきゃだし」
「暗い中で大丈夫か?」
「脱輪しないくらいのサポートはついてなかったかな」
「過信しちゃいけないよ」
「ま、とにかく都心からはさっさと抜けて、適当なスーパーにでも寄って一休みするかな。それより、レイはどうする?」
「最寄りまでは電車で戻れるし、駅からタクシー探そうかな。買い物して帰りたいし……ホントは車出せればよかったんだけど、今日は人が多くて」
「確かに」
二人は駐車場へと辿り着き、ランは車へと戻る。
「気を付けて」
「そっちこそ」
レインはランの車を見送り、駅に向けて歩き出した。すると、その背後から不穏な気配が彼に近付く。
レインが振り返ると、そこには少し小柄な男が立っていた。一見して危険物を持っている風には無いが、嫌らしい薄ら笑いを浮かべている。
「あぁ、これはどうも」
その人物はレインに近付き、一枚の紙切れを差し出す。
「元イエロー・リリー・ブーケのレインさん、でしょ? ワタクシ、フリーの芸能ライターをさせていただいてます、下数優馬と申します」
「人違いですよ」
「いやいや、まさか。少々の体重の増減で顔が分からなくなるわけはないんですよ。ましてや整形しているわけでもないんですから、ねぇ」
鋭くも嫌らしい粘り気を帯びた眼差しに、レインは吐き捨てる様な溜息を吐き、鬱陶しく差し出されたままの紙切れを受け取った。
「生憎ですが、興味を持っていただける様なネタは持ち合わせてないですよ」
「いやいや、ワタシはあなたに興味が有るんです。忽然と姿を消した伝説のギタリスト・レインですからね」
「興味も何も、十三年も前に辞めたバンドです。レコーディングすらしていない、ライブだって何本駄目にしたか分からない疫病神でしたよ」
「またご謙遜を」
「事実です」
「ところで、今日は?」
「野暮用です」
「へぇ……野暮用……さっきそこら辺で機材の積み下ろしを見たんですがねぇ」
「此処はその手の会場が多いですし」
「ま、そうですね……まあ、細かい事はまたその内。何かあればご連絡下さい。それなりにお礼はさせていただきますよ。では」
男はねっとりとした会釈を残し、立ち去る。
(妙なのが嗅ぎまわってるな……この辺が情報源ってだけなら、良いんだけど)
レインが案じたのはリアルツーディーに所属する配信者達の事だった。顔を出していない配信者、とりわけ女性配信者に類が及ぶ事を彼は何よりも恐れている。
(このままじゃ収録の参加、やめた方がいいかもしれないな……困ったもんだ)
しかし、最後まで会場に残り演奏をしている五十嵐小春は例外だった。彼はアニメーションモデルを使った配信も行うが、バンド演奏となればそれとなく顔の分る状態で動画を公開している。
今回の収録はオリンピックにちなんで日本のバンドの楽曲をカバーする企画の一環で、キーボードを含む編成による煌びやかな演奏が行われた。
「えーと、本日は皆さんありがとうございました。夜も遅くなったので、気を付けてお帰りになって下さい」
五十嵐小春の役を終え、ランは演奏者に謝辞を述べる。機材の一部は会場に備え付けられたもので、演奏家が個別に持ち込んだキーボードが先んじて梱包され、運び出されていく。
先程までレインが演奏していたギターやベース、それに関連する幾つかの機材は事務所の備品で、演奏した当人達はざっと乾拭きして楽器をケースに戻し、事務所スタッフへと引き継いだ。
「細かい事は俺達で片付けるから、先に戻っていいよ」
レインはドラマーの三炭涼磨とベーシストの佐伯透へ先に帰るよう促す。
「いいのか?」
「駐車場、近くないだろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
三炭は舞台袖の机に凭れる佐伯の方に向かう。佐伯は幼い頃の事故で両足が悪く、長い距離を歩くのには難が有る。
「今日はありがと、気を付けて」
残るレインとランは細かな機材の撤収を手伝い、社長以下スタッフより先に引き上げた。
「少し遅くなったけど、どうする?」
「流石に越境して帰るのはしんどいし、あばら家の方に戻ろうかな。風通しもちゃんとしてなきゃだし」
「暗い中で大丈夫か?」
「脱輪しないくらいのサポートはついてなかったかな」
「過信しちゃいけないよ」
「ま、とにかく都心からはさっさと抜けて、適当なスーパーにでも寄って一休みするかな。それより、レイはどうする?」
「最寄りまでは電車で戻れるし、駅からタクシー探そうかな。買い物して帰りたいし……ホントは車出せればよかったんだけど、今日は人が多くて」
「確かに」
二人は駐車場へと辿り着き、ランは車へと戻る。
「気を付けて」
「そっちこそ」
レインはランの車を見送り、駅に向けて歩き出した。すると、その背後から不穏な気配が彼に近付く。
レインが振り返ると、そこには少し小柄な男が立っていた。一見して危険物を持っている風には無いが、嫌らしい薄ら笑いを浮かべている。
「あぁ、これはどうも」
その人物はレインに近付き、一枚の紙切れを差し出す。
「元イエロー・リリー・ブーケのレインさん、でしょ? ワタクシ、フリーの芸能ライターをさせていただいてます、下数優馬と申します」
「人違いですよ」
「いやいや、まさか。少々の体重の増減で顔が分からなくなるわけはないんですよ。ましてや整形しているわけでもないんですから、ねぇ」
鋭くも嫌らしい粘り気を帯びた眼差しに、レインは吐き捨てる様な溜息を吐き、鬱陶しく差し出されたままの紙切れを受け取った。
「生憎ですが、興味を持っていただける様なネタは持ち合わせてないですよ」
「いやいや、ワタシはあなたに興味が有るんです。忽然と姿を消した伝説のギタリスト・レインですからね」
「興味も何も、十三年も前に辞めたバンドです。レコーディングすらしていない、ライブだって何本駄目にしたか分からない疫病神でしたよ」
「またご謙遜を」
「事実です」
「ところで、今日は?」
「野暮用です」
「へぇ……野暮用……さっきそこら辺で機材の積み下ろしを見たんですがねぇ」
「此処はその手の会場が多いですし」
「ま、そうですね……まあ、細かい事はまたその内。何かあればご連絡下さい。それなりにお礼はさせていただきますよ。では」
男はねっとりとした会釈を残し、立ち去る。
(妙なのが嗅ぎまわってるな……この辺が情報源ってだけなら、良いんだけど)
レインが案じたのはリアルツーディーに所属する配信者達の事だった。顔を出していない配信者、とりわけ女性配信者に類が及ぶ事を彼は何よりも恐れている。
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