10 / 31
第9章「月の裏側で」 (七原視点)
しおりを挟む
季節はまだ秋のはずなのに、朝の空気は冬みたいに冷たかった。
目を開ける前、眠れていたのかもよくわからない。ただ、夢もなく、時間だけが滑っていった気がする。
佐原の部屋は静かで、世界と切り離されているみたいだった。
起き上がると、佐原はすでにキッチンに立っていた。背中だけが見える。その姿は、記憶の中の「普通の朝」と重なった。
「起きた?」
「うん」
「……ご飯、いる?」
「食べる」
交わす言葉は短くて簡単だったけれど、どこかぎこちない。言葉の奥に、あの夜の温度が沈んでいる気がして。
朝食のパンをかじりながら、ふと口が動いた。
「佐原、あのさ……」
「ん?」
「俺の、どこが好きだった?」
一瞬で空気が止まった。パンを噛む音も、外の風の音も、全部消えていく。
「……なんで急に?」
「わかんない。ただ、聞いてみたくなった」
佐原は手を止めて、しばらく黙った。何かを探すように、目を細める。
「全部って言ったら嘘になる。でも……」
言いかけて、また黙った。
「正直、いま考えると、何が“好き”だったのか、うまく言えない」
「じゃあ、なんで付き合ってたの?」
「……助けたかったんだと思う。ずっと苦しそうだったから。だけど、それって“好き”とは違うのかもしれない」
胸の奥が、ひやりと冷えた。たぶん、予想していた言葉だったのに。
「じゃあ、俺のこと……もう好きじゃないんだ?」
「……それも、うまく言えない」
「そっか」
それ以上、聞かなかった。聞いたところで、答えは変わらない。わかってた。ずっと。
午後、佐原は出勤していった。俺はひとりで、静まり返った部屋に残された。
テレビもスマホもつけず、ただ天井を眺めていた。時間が止まっている気がした。
思い出すのは、昔の夜ばかりだった。寒い日に駅前で抱きしめられたこと。熱を出した夜、黙って手を握ってくれたこと。名前を呼ばれたときの、あの声のあたたかさ。
それらは、たしかに「愛」だった。でも、いまはもう違うかもしれない。
俺の側にだけ、月の裏側が残っていた。佐原は、もう光の下を歩いている。
わかっていた。最初から。でも――やっぱり、悲しかった。
目を開ける前、眠れていたのかもよくわからない。ただ、夢もなく、時間だけが滑っていった気がする。
佐原の部屋は静かで、世界と切り離されているみたいだった。
起き上がると、佐原はすでにキッチンに立っていた。背中だけが見える。その姿は、記憶の中の「普通の朝」と重なった。
「起きた?」
「うん」
「……ご飯、いる?」
「食べる」
交わす言葉は短くて簡単だったけれど、どこかぎこちない。言葉の奥に、あの夜の温度が沈んでいる気がして。
朝食のパンをかじりながら、ふと口が動いた。
「佐原、あのさ……」
「ん?」
「俺の、どこが好きだった?」
一瞬で空気が止まった。パンを噛む音も、外の風の音も、全部消えていく。
「……なんで急に?」
「わかんない。ただ、聞いてみたくなった」
佐原は手を止めて、しばらく黙った。何かを探すように、目を細める。
「全部って言ったら嘘になる。でも……」
言いかけて、また黙った。
「正直、いま考えると、何が“好き”だったのか、うまく言えない」
「じゃあ、なんで付き合ってたの?」
「……助けたかったんだと思う。ずっと苦しそうだったから。だけど、それって“好き”とは違うのかもしれない」
胸の奥が、ひやりと冷えた。たぶん、予想していた言葉だったのに。
「じゃあ、俺のこと……もう好きじゃないんだ?」
「……それも、うまく言えない」
「そっか」
それ以上、聞かなかった。聞いたところで、答えは変わらない。わかってた。ずっと。
午後、佐原は出勤していった。俺はひとりで、静まり返った部屋に残された。
テレビもスマホもつけず、ただ天井を眺めていた。時間が止まっている気がした。
思い出すのは、昔の夜ばかりだった。寒い日に駅前で抱きしめられたこと。熱を出した夜、黙って手を握ってくれたこと。名前を呼ばれたときの、あの声のあたたかさ。
それらは、たしかに「愛」だった。でも、いまはもう違うかもしれない。
俺の側にだけ、月の裏側が残っていた。佐原は、もう光の下を歩いている。
わかっていた。最初から。でも――やっぱり、悲しかった。
0
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる