10 / 75
ようこそゲストルームへ
1
しおりを挟む手当ての最中、なんで倒れたのかと聞いたら、どうやらと言うか案の定、車の光が要因だったようだ。
食べてない、寝てない、とも言ってたけど、最終的には光のせいで気が遠くなったって。
「悪かったな」
もう無闇に人にライトを浴びせるのは止めにしよう、心に誓った。
俺の声は届かなかったみたいで聞き返された。
二度も謝罪するか、そんなガキみたいなことを思って口を閉ざした。
しばらく無言が続いた後、先に口を開いたのは葉山さん。
俺に看護師かと聞いた。
やっぱり俺が誰かを分かってないらしい。
手当てが慣れてるって言うけど、救急箱を開けたのは久しぶりだった。
流石に准も落ち着いて、けんかの傷を作ることはなくなったから。
膝に絆創膏を貼って終わり。
救急箱を片付けた。
その隙に葉山さんはバッグを手に立ち上がって、すっと後ろに下がった。
分かりやすく、俺から距離を開いた。
…誰も奪い取らないって。
なんか手当ての礼も言われたけど。
その足には絆創膏からはみ出て見える痣と、まるで意味を持たなくなったビリビリのストッキング。
痛々しくもあり、卑猥な感じもする。
…お願いだから早く脱いで捨てて、何度そう思ったことか。
そんな時、聞き覚えのある声がした。
「奥様、」と呼ばれた葉山さんは、明らかに奥様を探してるし。
…あんたでしょ。
思わず深くため息が出た。
本人も自覚してないけど、俺も認めたくなかった。
何かが胸に引っかかる。
親父とこの人の夫婦らしい姿をまだ見てない。
もしかして、なんかのドッキリだったりしない?
「和乃さん、」
自己紹介しあう二人に、なんで俺が否定してんのか分からなかった。
でもこの人は今現在、奥さんじゃなくてただの婚約者なのが事実。
それも正直納得いかないんだけど…
俺をじっと見上げてくる和乃さんから、目を逸らした。
いつだって和乃さんは要らないことは口にしない。
その分、見透かした何かを腹の底に秘めてるような気がして落ち着かなかった。
親父は和乃さんを絶対的に信頼してて、代わりの家政婦を探すのに苦労してたみたいだ。
俺の仕事柄もあるし、誰でも良いって訳にはいかないらしい。
それにしても親父、和乃さんにラインを教えこんでるとはね。
葉山さんは難しい表情でそのトークを読んでる。
俺も画面をのぞき込んだら、ほぼ業務連絡の内容だった。
電話でいいじゃん、操作の慣れない和乃さんが気の毒だった。
「俺にも来てる」
晒した俺のスマホ。
こっちの画面をのぞき込んだ葉山さんは、難しい顔に加えてさらに肩を落としたように見えた。
荷物を運ぶのを手伝ってやれ、って指示の何がそうさせたのかは分からなかった。
ともかく風呂場を教えて戻ってきた葉山さんから、あの破れたストッキングは消え失せてた。
それはそれで直視するのも、はばかられた。
すぐに脚から目をそらした。
渋っていたように見えても、それでも朝飯を食べることにしたらしい。
いつもは和乃さんだけで静かなキッチンから、何か会話してるのが漏れ聞こえてきた。
出来上がって席に着けば、葉山さんも前に座った。
俺が食べ始めたら、「いただきます」とナイフとフォークを手にした。
このテーブルで女性が食事してるのが変な感覚だった。
いつもは男共しかいないから。
和乃さんは誘っても、絶対にここでは食事をしない。
それにしてもいい食べっぷりだった。
美味そうに食ってる。
丸二日は食べてないって言ってたし、これじゃ足りないくらいかもな。
俺のを分けてやったら、
「太りそうです」
そう言ったけど、こう昨日抱えた感じじゃ、背中から腰にかけても、回された腕も無駄な肉は感じなかった。
もう少しあっても許容範囲なくらい。
見慣れた女優とかアイドルのコは無駄に痩せ過ぎて、色気も削ぎ落としてる気がするし。
まあ、目の前のこの人にソレを求めるのは間違いだけど。
何を勘違いしたのか知らないけど、必死に胸の辺りを隠しだした。
面白い、コントみたいに分かりやすい奴だ。
食事が終わると、出かける支度をして声をかけた。
テーブルを拭いていた葉山さんは振り返ると、手の中のクロスをモジモジと揉みだした。
「一人で大丈夫です」
出てきた言葉がそれだった。
この言葉といい、さっきの俺のラインを見た反応といい、俺と出かけるのが嫌なのかと思い当たった。
なんかイラッとしてきた。
ここに住むことさえ、親父と考え直したいとか言い出す始末…
…俺のせいかよ。
そんなに嫌がられんなら放っておきゃいいと思う反面、なんか意地にもなってた。
行くのか、行かないのか、睨みを効かせて聞いてやった。
「い、行きます?」
「行きますぅ?」
なんで答えが疑問形なんだよ!
ビクッとした後、明らかに観念した表情で車で帰ることに決めたようだ。
俺がガレージに歩き出すと、黙って後ろを付いてきた。
助手席に座るように言うと、大人しく乗り込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
皇帝陛下!私はただの専属給仕です!
mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。
戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。
ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。
胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる