コガレル

タダノオーコ

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過去からの使者

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弥生が…妹とか。
冗談きつ過ぎる…

「あなたがあの豪邸で暮らしてる時、弥生達は熊本で細々と生活してました。
俺は弥生が大切ですし、仕事も安定してきました。今なら弥生を受け入れることができます」

「彼女の気持ちは…無視?」

白岩は俺を見下したように、フッと笑った。

「お父さんが浮気して、弥生の母親と弥生を捨てたことは、あなたの弟にも、お父さんの職場にも言いません。
あなたが兄妹で恋愛していたことも…マスコミに言いません」

俺は白岩を睨んだ。

「止めろ、」
「だから、言いませんよ。
そのかわり何も言わずに弥生を解放して下さい。
あなたの家族から、今後一切」

睨み返してくる白岩に、言い返すことはしなかった。
どうなるとか、どうするか、そんな考えには至らなかった。
何一つ思いは浮かばなかった。

千円札を一枚置くと席を立った。
一刻も早くここを立ち去る必要性だけを強く感じた。
駐車場から車を出すと適当に流した。
どこを走ってるのかもう分からない。

運転してるうちに徐々に、思考能力は戻ってきた。
親父は台湾に居る。
もし家に居たら、浮気して手切れ金を渡したのか聞くのか?
弥生は妹なのかって…聞くのか、俺は。

その時、スマホが鳴った。
チラッと確認したら涌井からだった。
車を路肩に寄せて、通話をタップした。

「今、いい?」

「大丈夫」

「マンション、良さ気なのがあったからさぁ、」

あぁ…そう言えばそんなの頼んでたっけ。
あの時は家を出るつもりだった。
今は…

「内見、一応明日の午前中にお願いしてあるから。ちなみにコンシェルジュ付きマンション」
「分かった、ありがとう。そこに決めるよ」
「うん、後で住所って、えっ? えー! 内見は?」

涌井のセンスは信用できる。
っていうか、どこだっていい。
ふっと思いついた。

「涌井、今どこ?」

「え、自宅だけど」

「今から行くわ、引越し祝いしよう」

「ハァ? まだ引越してないし。
しかもなんで俺んちなんだよ」

ブツブツ言ってたけど、電話を切るとナビを操作した。
途中コンビニで酒とツマミを仕入れて、涌井のマンションに向かった。


***


次の日、仕事の前に一度家に帰った。
昨日は結局、涌井の部屋に泊まって、そのままマンションの内見にも行ってきた。
マンションは部屋はもちろん、立地も設備も申し分なかった。
契約にはハンコや銀行の書類が必要だから、揃えて午後の空き時間にでも行こうかと思ってた。

キッチンをのぞいたら、弥生はいなかった。
でも窓の外で、シーツを物干しにとめてるのが見えた。

勝手口横に仕切られた小さな庭の一角。
唯一洗濯物を干す場所がある。
うちは大概乾燥機を使うから、そのスペースは日当たりは良くてもこじんまりとしてた。

シーツを干し終えた弥生は一度窓から見切れた後、勝手口から空のカゴを抱えて現れた。

「お帰りなさい」

キッチンの入口で立ってる俺に気づくと言った。

「ごめん、酔ってて連絡するの忘れてた」

「もう、心配しましたよ」

昨日は家で夕食を食べるって出かけたんだ。
でもすっぽかした。

弥生からラインに
“ごめんなさい、先に寝ます”って、入ってたのが1時過ぎ。
その時間まで起きて待ってたのかも知れない。
本当に酔って寝てたから、そのトークを確認したのは今朝早くだった。

でも、怒ってはないみたいだ。
この人も未読無視の前科持ちだからな…


「圭さんのシーツも、外に干しちゃいました。早く乾くから」

窓の外でシーツが風になびくのを二人で見た。
知ってる。
一日の疲れの後、陽の匂いを感じながら寝るのも悪くなかった。
でもこの腕に抱いて癒されて眠りたいのは、本当は…

「朝ご飯、食べますか?」

俺に向き直ると弥生は聞いた。

「いや、もうすぐ行かないと。今日は夕飯いらないから」

俺はキッチンを出て部屋に上がった。


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