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焦がれる理由
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しおりを挟むソファに背中がついて、押し倒されたことに気づいた。
圭さんは床に降りると片膝をついた。
唇に触れるだけのキスをされたその直後、私の身体が高く浮いた。
お姫さま抱っこされて、私は圭さんの首に手を回した。
「圭さん、」
記憶が…蘇った。
「夢と同じです」
「夢?」
「初めてあのお屋敷を訪ねた日。
夢でもこうやって宙に浮いたんです」
圭さんは一瞬目を丸くした後、フッて微笑んだ。
「あの時、幸せだったんです。
ずっとそうしてたかったから、ギュッってしました」
「そう」
…あの日倒れた私を運んでくれたのって…
今、運ばれたのはバスルーム。
洗面化粧台へ座った姿勢で降ろされた。
アメニティがいくつか、私の身体に押されて倒れたのが分かった。
大理石の冷たさが、スカートを通して伝わった。
「見て、」
圭さんは背中の後ろに数歩下がると、湿気で曇るガラス扉を開けた。
湯気がこっちに逃げ出すのを眺めてたら、奥にバスタブが見えた。
3、4人は入られそうな大きさの白いバスタブには、バラの花びらが沢山浮かんでた。
「こういうの好きでしょ、誰かさん」
圭さんは私の前に戻ると屈んで、またキスをした。
今度は深くて長いキスだった。
キスの間に、圭さんの指が私のブラウスのボタンにかかった。
私はその手を握って止めると、身体を引いた。
「恥ずかしい…」
「前にも見たことあるし」
私に余裕があると言った圭さんの方が、よっぽど余裕だった。
「これも…事故ですか?」
「これは、愛ある確信犯」
そう言って圭さんは、私の服を脱がせるのと同時に自分の服も脱いだ。
その途中には何度もキスをした。
二人とも一糸纏わぬ身体。
恥ずかしくて目を伏せたら色んなものが視界に入る。
だから圭さんの顔を見上げた。
整った顔に見つめ返されて、余計に恥ずかしくなるだけだった。
「超大型犬と風呂に入ると思えば?」
「そんなの無理…」
ついさっきの仕返しをされた。
圭さんは可笑しそうに笑うと余裕の顔で、私の手を引いた。
二人でシャワーを浴びて、バラの湯に身を沈めた。
「今日は残念だけど、長湯できないから」
圭さんの宣言通り、折角のバラの湯は堪能できなかった。
早くのぼせてしまったのは、圭さんのせい。
上気した頬のまま、パウダールームでお互いの髪を乾かし合った。
お揃いのバスローブに、同じボディーソープとシャンプーの香りがくすぐったかった。
先に乾かしたのは圭さんの髪。
イスに座る圭さんの髪に触れた。
ヘアメークさんはこうやっていつも圭さんに触れてるんだ…
そんなことを思って乾かしてたら、圭さんが立ち上がった。
「はい、終わり。次、弥生」
「え、まだ生乾き、」
圭さんは私からドライヤーを取り上げると、肩を押して交代に座らせた。
そして、圭さんは雑だった…
「圭さん、もう少し丁寧に乾かして下さい」
イスに座る私と鏡越しで、後ろに立つ圭さんと目が合う。
「限界…」
圭さんはドライヤーを洗面台に置くと、私の手を引いた。
ベッドルームのドアを開ける前に、
「忘れ物、」そう言って、バッグから封筒を取り出した。
それから静かに閉じられたドア。
部屋の真ん中にはキングサイズのベッド、窓には重厚なカーテン。
今の唯一の照明、サイドランプがぼんやりとそれらを照らしてた。
薄暗いようでもこれからを予想するなら、もう少し明かりを落として欲しいくらいだった。
手を引かれたまま、ベッドに並んで腰掛けた。
近づこうとした距離に身を引いた。
「圭さん、」
理性が流される前に、言葉にしておきたかった。
「離れたら、圭さんは手の届かない人だったって思い知りました」
長いまつ毛の下で震える瞳を見つめた。
「だから今、夢を…見てるみたい…」
掌をそっと圭さんの頬に当てた。
圭さんはその手の平にキスをして、リアルだと教えてくれた。
「夢なら良かったって、思うかもよ…」
妖艶な圭さんの前で、初めての私は翻弄された。
胸が苦しいのは息継ぎもできないキスのせいなのか、全身を触れ回る指のせいなのか…
声が抑えきれない…
圭さんが傍らからたぐり寄せた封筒。
中から小さい箱を出すと、封筒だけ遠くに投げ飛ばした。
封筒の行方を目で追ったら、
「俺を見て。」そう言って、未開封の箱を開いた。
初めて間近で見た、避妊具のパッケージと圭さんの…………
「入らない…無理です…」
妖しく微笑むだけで、キスで私の視界を塞ぎながら圭さんは一人作業した。
「リラックスして…激しくしないから」
掠れた声で耳元で囁かれたから、信じて私を委ねた…
「…入った…全部」
熱っぽい視線で見下ろされた。
男の人の色気を、切ない吐息を…初めて知った。
痛みと幸福感が私の中心で、ゆらゆらと揺らいだ。
圭さんの指…
舐められた中指でどこかを弾かれた瞬間、頭は白くなった。
色を取り戻した時、私はまだ揺れてた。
お願いしたのに、離れてはくれなかった。
涙がとめどなく溢れて、もう一度世界は白くなった。
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