72 / 75
番外編
弥生ホリック(5) from 圭's viewpoint
しおりを挟む「OKです! 頂きました!」
「お疲れ様でした!」
今日の収録分を撮り終えて、労いの言葉がスタジオに飛び交った。
楽屋に戻るとスマホを出して、今から帰るってラインに送った。
予想を大幅に越えて収録は押してしまった。
待ち合わせを外にしなくて良かった。
危うく弥生に待ちぼうけを喰らわせるところだった。
着替え終えて確認しても、ラインはまだ既読になってなかった。
俺の部屋で何を思って待ってんだろう、ふとそんなことを考えて顔がニヤけそうになった時、ドアがノックされた。
「はい。」
返事を聞いてから、入ってきたのは澤口。
年が明けてから涌井に替わって、新しく俺の担当になったマネージャーだ。
澤口はスタジオの隅でスタッフさんと打ち合わせしてから、遅れて楽屋へ戻ってきた。
月曜の入り時間を知らされたから、「了解。」と返事をした。
これで今日の仕事は全て終了、明日は久々のオフだ。
「お疲れ。」
澤口に一声かけて帰ろうとした時、呼び止められた。
「この後ご飯とか、どう?」
どうって?
今日は大事な用があると、ドラマチームの食事会を断った。
しかもさっき収録の途中澤口には、弥生に鍵も渡してもらった。
俺が食事になんて行けないのは、容易に想像がつくだろう。
「悪いけど、彼女が待ってるから。」
「待ってないかもよ?」
廊下へ出ようと開いたドアを、その言葉で一旦戻した。
「どういうこと?」
今は小上がりの端に腰掛けた澤口を見下ろした。
彼女は俺にゆっくりと拳を開いて見せた。
天井に向けられた手の平に現れたのは、裸の鍵だった。
さっき弥生に渡してと頼んだはずのマンションのスペアキー。
個人的な用件でマネージャーを使うべきじゃないことは分かってる。
それでも俺の顔は割れてるし、勤め人と違って拘束時間が長かったり、休憩時間が予測つかなかったりで彼らに頼らざる得ない場面が多くあった。
プライベートを多少晒してしまうのも、信頼関係の上だ。
「きちんと説明しろ。」
手の平の鍵をつまんで取り戻した。
怒鳴りつけたいのは我慢した。
楽屋は壁もドアも薄い。
大声は筒抜けになってしまう。
同時に鍵を託した状況を思い返した。
頼むのに傲慢にならないように、『手間をかけて申し訳ない』と言葉を確かに添えたはずだ。
もちろん言葉を添えたからって、何でも許される訳じゃないことも分かってる。
「職場にまで押しかけてくる彼女を見逃せる訳ないでしょ?
一般人にならまだしも、圭君はタレントなんだから。」
澤口は今まではモデル部門でマネージャーをしてた。
以前からタレント部門に異動を希望していて、今回それが叶ったそうだ。
モデル部門にはないドラマの現場も卒なくこなすし、俺のスケジュール管理も問題なくやれた。
熱心な頭のいい女性だと思う。
「彼女をここに呼んだのは俺。考えが甘いって言いたいなら、彼女にじゃなくて俺に言えばいい。」
澤口は俺を睨みつけた。
「一時の感情で、仕事にダメージが出るんだよ?
人気絶頂なのに彼女がいると知られたら、間違いなく需要も減る。」
一時の感情?
しかも俺を商品か何かと思ってんのか?
気を落ち着けるために深く息を吐いた。
そうしないと怒鳴ってしまいそうだった。
「俺が役者してるのは彼女のため。他にできることも思いつかないし。
彼女がいなくなったら、芸能界を辞める。何とか食い扶持見つけて、ひっそり生きてくよ。」
手にしてたスマホの画面をつけた。
ラインは未だに未読のままだ。
「私ね、いつか雑誌で見た圭君がカッコ良くて衝撃を受けた。それで圭君に憧れて、この事務所で働きたいって。」
弥生に電話をかけてる間に、澤口はそんな話をしだした。
どうでも良かった。
もう澤口はどうでもいい。
何度かけ直しても弥生のスマホは『電波が届かない場所か、電源が切られているため…』というアナウンスにしか繋がらない。
「ずっと見てたの。圭君を公私支えていけたら嬉し、」
「俺のことをどう思ってるか知らないけど、タレントに手を出したらクビだよ、うちの事務所。」
よく分かってるはずだ。
「結婚すればギリOKだけど、俺は澤口に結婚どころか恋愛感情も持てない。
彼女以外ありえない。」
澤口は目を潤ませて俺を見上げてたけど、同情の余地もない。
呼び出されたのに追い返された弥生の理不尽さを思えば、俺の吐いた言葉に後悔は少しも感じなかった。
とりあえずマンションへ行ってみよう。
もしかしたらスマホの電池切れで、待ってるかも知れない。
澤口を振り返らずに、楽屋を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる