コガレル

タダノオーコ

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番外編

弥生ホリック(5) from 圭's viewpoint

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「OKです! 頂きました!」
「お疲れ様でした!」

今日の収録分を撮り終えて、労いの言葉がスタジオに飛び交った。

楽屋に戻るとスマホを出して、今から帰るってラインに送った。
予想を大幅に越えて収録は押してしまった。
待ち合わせを外にしなくて良かった。
危うく弥生に待ちぼうけを喰らわせるところだった。

着替え終えて確認しても、ラインはまだ既読になってなかった。
俺の部屋で何を思って待ってんだろう、ふとそんなことを考えて顔がニヤけそうになった時、ドアがノックされた。

「はい。」

返事を聞いてから、入ってきたのは澤口。
年が明けてから涌井に替わって、新しく俺の担当になったマネージャーだ。

澤口はスタジオの隅でスタッフさんと打ち合わせしてから、遅れて楽屋へ戻ってきた。
月曜の入り時間を知らされたから、「了解。」と返事をした。
これで今日の仕事は全て終了、明日は久々のオフだ。

「お疲れ。」

澤口に一声かけて帰ろうとした時、呼び止められた。

「この後ご飯とか、どう?」

どうって?
今日は大事な用があると、ドラマチームの食事会を断った。
しかもさっき収録の途中澤口には、弥生に鍵も渡してもらった。
俺が食事になんて行けないのは、容易に想像がつくだろう。

「悪いけど、彼女が待ってるから。」

「待ってないかもよ?」

廊下へ出ようと開いたドアを、その言葉で一旦戻した。


「どういうこと?」

今は小上がりの端に腰掛けた澤口を見下ろした。
彼女は俺にゆっくりと拳を開いて見せた。
天井に向けられた手の平に現れたのは、裸の鍵だった。
さっき弥生に渡してと頼んだはずのマンションのスペアキー。

個人的な用件でマネージャーを使うべきじゃないことは分かってる。
それでも俺の顔は割れてるし、勤め人と違って拘束時間が長かったり、休憩時間が予測つかなかったりで彼らに頼らざる得ない場面が多くあった。
プライベートを多少晒してしまうのも、信頼関係の上だ。

「きちんと説明しろ。」

手の平の鍵をつまんで取り戻した。
怒鳴りつけたいのは我慢した。
楽屋は壁もドアも薄い。
大声は筒抜けになってしまう。

同時に鍵を託した状況を思い返した。
頼むのに傲慢にならないように、『手間をかけて申し訳ない』と言葉を確かに添えたはずだ。
もちろん言葉を添えたからって、何でも許される訳じゃないことも分かってる。


「職場にまで押しかけてくる彼女を見逃せる訳ないでしょ?
一般人にならまだしも、圭君はタレントなんだから。」


澤口は今まではモデル部門でマネージャーをしてた。
以前からタレント部門に異動を希望していて、今回それが叶ったそうだ。
モデル部門にはないドラマの現場も卒なくこなすし、俺のスケジュール管理も問題なくやれた。
熱心な頭のいい女性だと思う。


「彼女をここに呼んだのは俺。考えが甘いって言いたいなら、彼女にじゃなくて俺に言えばいい。」

澤口は俺を睨みつけた。

「一時の感情で、仕事にダメージが出るんだよ?
人気絶頂なのに彼女がいると知られたら、間違いなく需要も減る。」

一時の感情?
しかも俺を商品か何かと思ってんのか?
気を落ち着けるために深く息を吐いた。
そうしないと怒鳴ってしまいそうだった。


「俺が役者してるのは彼女のため。他にできることも思いつかないし。
彼女がいなくなったら、芸能界を辞める。何とか食い扶持見つけて、ひっそり生きてくよ。」

手にしてたスマホの画面をつけた。
ラインは未だに未読のままだ。

「私ね、いつか雑誌で見た圭君がカッコ良くて衝撃を受けた。それで圭君に憧れて、この事務所で働きたいって。」

弥生に電話をかけてる間に、澤口はそんな話をしだした。
どうでも良かった。
もう澤口はどうでもいい。

何度かけ直しても弥生のスマホは『電波が届かない場所か、電源が切られているため…』というアナウンスにしか繋がらない。

「ずっと見てたの。圭君を公私支えていけたら嬉し、」
「俺のことをどう思ってるか知らないけど、タレントに手を出したらクビだよ、うちの事務所。」

よく分かってるはずだ。

「結婚すればギリOKだけど、俺は澤口に結婚どころか恋愛感情も持てない。
彼女以外ありえない。」

澤口は目を潤ませて俺を見上げてたけど、同情の余地もない。
呼び出されたのに追い返された弥生の理不尽さを思えば、俺の吐いた言葉に後悔は少しも感じなかった。

とりあえずマンションへ行ってみよう。
もしかしたらスマホの電池切れで、待ってるかも知れない。
澤口を振り返らずに、楽屋を後にした。


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