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☆同棲はじめます
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引っ越し先が決まっているのに、引っ越し日が決められずにいた。郁実からは連絡がない。私はこのまま東京にいても家賃がもったいないから先に一人で行こうかなと考えていたところだった。春になると引っ越し料金も激高になるらしいし。
『荷物まとめた。明日引っ越し。利紗子は?』
郁実からのメッセージに震えた。
「は?」
怒りに似たものが急に湧き上がって、わからないけれどとりあえずカップラーメンをすすってみたがちっとも元に戻らない。
「ふう」
とまだほぼ手つかずの部屋を一人でウロウロ。
「ええと…」
独り言も出やしない。
転居する旨は不動産屋に話してある。
「じゃあ引っ越し日が決まったら連絡ください」
私はそこで止まったままだ。苛ついてもしょうがない。郁実に引っ越し日の確認を怠った私が悪い。
なんか、この理不尽さは会社みたいだ。
『私はまだこれから引っ越しの業者を決めるところなので、郁実はどうぞお先に』
同棲するのにケンカをしたって無意味である。
『そうなの? 私はほとんど荷物実家に送っちゃって。利紗子の部屋ってまだ住める状態? 今晩はホテルに泊まろうかとも考えてたけど、これから行っていい?』
郁実って、たまに男の人みたいだなと思う。突発的というか、悪く言えば自分本位。私のほうが女っぽいのだろう。だから、
『いいよ』
と許してしまう。
「助かった」
と郁実はボストンバッグひとつでやって来た。テイクアウトのカレーも買ってきた。カップラーメンのせいで満腹なんだけどな。
話し合うということが苦手というわけではない。聞かなかったから言わなかった。それだけのこと。郁実のその部分に苛つくなら一緒にいるべきではない。
「あ、サフランライスだ。きれい」
郁実が買って来てくれたカレーがとてもおいしそう。私は写真を撮るが、
「食べよう。いただきます」
と郁実は豪快に口へ運んだ。
「どこの?」
「わかんない。ここに向かっている間にカレーって書かれたのぼりが目に入ったから」
そんなことに苛ついてはいけない。私はカレー咀嚼しながら、端的に伝える。引っ越しがいつになるかわからないこと、郁実が引っ越しの日を決めたことを言ってくれなかったこと、そういう大事なことを話してくれないと一緒に暮らすことに不安が生じる等々。
「ああ、ごめん」
郁実はサフランライスの中のレーズンをはじきながら謝る。
「レーズン嫌いじゃないわよね?」
私は聞いた。レーズンサンドを一緒に食べた覚えがあったから。
「うん。でもごはんには合わないよ。すごく日本的な味になる」
郁実はレーズンを抜いては私の器に入れた。代わりにお腹がいっぱいの私はサフランライスを郁実の器に移す。
不安だ。好きだけど、不安。マリッジブルーでもないのに。
しかも、
「利紗子がまだ来れそうにないなら、栃木のホテルでバイトしようかな。オーナーに誘われてるんだ」
と言い出した。
「オーナーって? エクレアの?」
私は聞いた。
「そう。若い女に逃げられて栃木のホテルでデザート担当してるんだけど、激務で腰やっちゃったからヘルプに来てほしいって。お菓子作りって重労働だし、姿勢も中腰の固定だからね」
郁実が笑いながら話す。もう理解不能だ。
「郁実、あんなにオーナーに迷惑かけられて泣きつかれたら助けるの? おかしいでしょ?」
「でも、腕は確かだよ」
この分かり合えない辛さが一生続くのかと思ったらぞっとした。
やっと手にした愛じゃない。それなのに私は、簡単に決めすぎたのかもしれない。会社を辞めて、郁実と生きる。
現実味がなさすぎたから、あっさり決断できたのかもしれない。
魔法だよ、嘘だよって言われたら、そうですかと頷ける。明日からまた、朝起きて髪をまとめて会社に行くほうがなんだかリアルな気がする。
食後にジャスミンティーを飲んだ。欠伸をする郁実がかわいい。引っ越しの荷づくりが大変だったのかな。一緒にしたのに。
私の部屋に郁実がいるだけで落ち着かないのに一緒にお風呂に入った。
「向こうの家のお風呂、入れ替えてくれたのは嬉しいけど狭いよね。利紗子、見た?」
湯船に浸かりながら郁実が聞く。
「うん、そうだね」
うちのお風呂だってそんなに広くない。二人で湯船に浸かれば嫌でも肌が密着する。
私は菓子職人じゃないからそんなに指の股まで丹念に洗わないで。
許してしまうのは惚れているからだろうか。そうならば、これはきっと良くない恋だ。
お風呂上がりにアイス、音楽、セックス。
郁実と眠るせいなのか夢の中でも私は戸惑っていた。藻掻いて、苦しかった。神様、どんな恋でも苦しいのはなぜですか?
「利紗子、じゃあ私行くね」
次の日、郁実は私の部屋を出て行った。
一緒に暮らすようになっても相談とかしてくれないのだろうか。もやっとするのは私だけなのだ。郁実にとってはオーナーのヘルプは妙案でしかない。
いつでも電話がつながる時代だからとでも考えているのだろうか。それとも、郁実にとって私と暮らすことは大きな問題ではないのだろうか。人の心って簡単に変わるんだよ。雲みたいに。
恋人という立ち位置が不明瞭なせいかもしれない。キスはしても好きだとは言わない。
「やっぱり郁実って男みたい」
郁実が出て行った玄関で泣いている恋人がいること、あなたは想像もしないでしょうね。
『荷物まとめた。明日引っ越し。利紗子は?』
郁実からのメッセージに震えた。
「は?」
怒りに似たものが急に湧き上がって、わからないけれどとりあえずカップラーメンをすすってみたがちっとも元に戻らない。
「ふう」
とまだほぼ手つかずの部屋を一人でウロウロ。
「ええと…」
独り言も出やしない。
転居する旨は不動産屋に話してある。
「じゃあ引っ越し日が決まったら連絡ください」
私はそこで止まったままだ。苛ついてもしょうがない。郁実に引っ越し日の確認を怠った私が悪い。
なんか、この理不尽さは会社みたいだ。
『私はまだこれから引っ越しの業者を決めるところなので、郁実はどうぞお先に』
同棲するのにケンカをしたって無意味である。
『そうなの? 私はほとんど荷物実家に送っちゃって。利紗子の部屋ってまだ住める状態? 今晩はホテルに泊まろうかとも考えてたけど、これから行っていい?』
郁実って、たまに男の人みたいだなと思う。突発的というか、悪く言えば自分本位。私のほうが女っぽいのだろう。だから、
『いいよ』
と許してしまう。
「助かった」
と郁実はボストンバッグひとつでやって来た。テイクアウトのカレーも買ってきた。カップラーメンのせいで満腹なんだけどな。
話し合うということが苦手というわけではない。聞かなかったから言わなかった。それだけのこと。郁実のその部分に苛つくなら一緒にいるべきではない。
「あ、サフランライスだ。きれい」
郁実が買って来てくれたカレーがとてもおいしそう。私は写真を撮るが、
「食べよう。いただきます」
と郁実は豪快に口へ運んだ。
「どこの?」
「わかんない。ここに向かっている間にカレーって書かれたのぼりが目に入ったから」
そんなことに苛ついてはいけない。私はカレー咀嚼しながら、端的に伝える。引っ越しがいつになるかわからないこと、郁実が引っ越しの日を決めたことを言ってくれなかったこと、そういう大事なことを話してくれないと一緒に暮らすことに不安が生じる等々。
「ああ、ごめん」
郁実はサフランライスの中のレーズンをはじきながら謝る。
「レーズン嫌いじゃないわよね?」
私は聞いた。レーズンサンドを一緒に食べた覚えがあったから。
「うん。でもごはんには合わないよ。すごく日本的な味になる」
郁実はレーズンを抜いては私の器に入れた。代わりにお腹がいっぱいの私はサフランライスを郁実の器に移す。
不安だ。好きだけど、不安。マリッジブルーでもないのに。
しかも、
「利紗子がまだ来れそうにないなら、栃木のホテルでバイトしようかな。オーナーに誘われてるんだ」
と言い出した。
「オーナーって? エクレアの?」
私は聞いた。
「そう。若い女に逃げられて栃木のホテルでデザート担当してるんだけど、激務で腰やっちゃったからヘルプに来てほしいって。お菓子作りって重労働だし、姿勢も中腰の固定だからね」
郁実が笑いながら話す。もう理解不能だ。
「郁実、あんなにオーナーに迷惑かけられて泣きつかれたら助けるの? おかしいでしょ?」
「でも、腕は確かだよ」
この分かり合えない辛さが一生続くのかと思ったらぞっとした。
やっと手にした愛じゃない。それなのに私は、簡単に決めすぎたのかもしれない。会社を辞めて、郁実と生きる。
現実味がなさすぎたから、あっさり決断できたのかもしれない。
魔法だよ、嘘だよって言われたら、そうですかと頷ける。明日からまた、朝起きて髪をまとめて会社に行くほうがなんだかリアルな気がする。
食後にジャスミンティーを飲んだ。欠伸をする郁実がかわいい。引っ越しの荷づくりが大変だったのかな。一緒にしたのに。
私の部屋に郁実がいるだけで落ち着かないのに一緒にお風呂に入った。
「向こうの家のお風呂、入れ替えてくれたのは嬉しいけど狭いよね。利紗子、見た?」
湯船に浸かりながら郁実が聞く。
「うん、そうだね」
うちのお風呂だってそんなに広くない。二人で湯船に浸かれば嫌でも肌が密着する。
私は菓子職人じゃないからそんなに指の股まで丹念に洗わないで。
許してしまうのは惚れているからだろうか。そうならば、これはきっと良くない恋だ。
お風呂上がりにアイス、音楽、セックス。
郁実と眠るせいなのか夢の中でも私は戸惑っていた。藻掻いて、苦しかった。神様、どんな恋でも苦しいのはなぜですか?
「利紗子、じゃあ私行くね」
次の日、郁実は私の部屋を出て行った。
一緒に暮らすようになっても相談とかしてくれないのだろうか。もやっとするのは私だけなのだ。郁実にとってはオーナーのヘルプは妙案でしかない。
いつでも電話がつながる時代だからとでも考えているのだろうか。それとも、郁実にとって私と暮らすことは大きな問題ではないのだろうか。人の心って簡単に変わるんだよ。雲みたいに。
恋人という立ち位置が不明瞭なせいかもしれない。キスはしても好きだとは言わない。
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