初愛シュークリーム

吉沢 月見

文字の大きさ
5 / 41
☆同棲はじめます

しおりを挟む
 引っ越し先が決まっているのに、引っ越し日が決められずにいた。郁実からは連絡がない。私はこのまま東京にいても家賃がもったいないから先に一人で行こうかなと考えていたところだった。春になると引っ越し料金も激高になるらしいし。
『荷物まとめた。明日引っ越し。利紗子は?』
 郁実からのメッセージに震えた。
「は?」
 怒りに似たものが急に湧き上がって、わからないけれどとりあえずカップラーメンをすすってみたがちっとも元に戻らない。
「ふう」
 とまだほぼ手つかずの部屋を一人でウロウロ。
「ええと…」
 独り言も出やしない。
 転居する旨は不動産屋に話してある。
「じゃあ引っ越し日が決まったら連絡ください」
 私はそこで止まったままだ。苛ついてもしょうがない。郁実に引っ越し日の確認を怠った私が悪い。
 なんか、この理不尽さは会社みたいだ。
『私はまだこれから引っ越しの業者を決めるところなので、郁実はどうぞお先に』
 同棲するのにケンカをしたって無意味である。
『そうなの? 私はほとんど荷物実家に送っちゃって。利紗子の部屋ってまだ住める状態? 今晩はホテルに泊まろうかとも考えてたけど、これから行っていい?』
 郁実って、たまに男の人みたいだなと思う。突発的というか、悪く言えば自分本位。私のほうが女っぽいのだろう。だから、
『いいよ』
 と許してしまう。
「助かった」
 と郁実はボストンバッグひとつでやって来た。テイクアウトのカレーも買ってきた。カップラーメンのせいで満腹なんだけどな。
 話し合うということが苦手というわけではない。聞かなかったから言わなかった。それだけのこと。郁実のその部分に苛つくなら一緒にいるべきではない。
「あ、サフランライスだ。きれい」
 郁実が買って来てくれたカレーがとてもおいしそう。私は写真を撮るが、
「食べよう。いただきます」
 と郁実は豪快に口へ運んだ。
「どこの?」
「わかんない。ここに向かっている間にカレーって書かれたのぼりが目に入ったから」
 そんなことに苛ついてはいけない。私はカレー咀嚼しながら、端的に伝える。引っ越しがいつになるかわからないこと、郁実が引っ越しの日を決めたことを言ってくれなかったこと、そういう大事なことを話してくれないと一緒に暮らすことに不安が生じる等々。
「ああ、ごめん」
 郁実はサフランライスの中のレーズンをはじきながら謝る。
「レーズン嫌いじゃないわよね?」
 私は聞いた。レーズンサンドを一緒に食べた覚えがあったから。
「うん。でもごはんには合わないよ。すごく日本的な味になる」
 郁実はレーズンを抜いては私の器に入れた。代わりにお腹がいっぱいの私はサフランライスを郁実の器に移す。
 不安だ。好きだけど、不安。マリッジブルーでもないのに。
 しかも、
「利紗子がまだ来れそうにないなら、栃木のホテルでバイトしようかな。オーナーに誘われてるんだ」
 と言い出した。
「オーナーって? エクレアの?」
 私は聞いた。
「そう。若い女に逃げられて栃木のホテルでデザート担当してるんだけど、激務で腰やっちゃったからヘルプに来てほしいって。お菓子作りって重労働だし、姿勢も中腰の固定だからね」
 郁実が笑いながら話す。もう理解不能だ。
「郁実、あんなにオーナーに迷惑かけられて泣きつかれたら助けるの? おかしいでしょ?」
「でも、腕は確かだよ」
 この分かり合えない辛さが一生続くのかと思ったらぞっとした。
 やっと手にした愛じゃない。それなのに私は、簡単に決めすぎたのかもしれない。会社を辞めて、郁実と生きる。
 現実味がなさすぎたから、あっさり決断できたのかもしれない。
 魔法だよ、嘘だよって言われたら、そうですかと頷ける。明日からまた、朝起きて髪をまとめて会社に行くほうがなんだかリアルな気がする。
 食後にジャスミンティーを飲んだ。欠伸をする郁実がかわいい。引っ越しの荷づくりが大変だったのかな。一緒にしたのに。
私の部屋に郁実がいるだけで落ち着かないのに一緒にお風呂に入った。
「向こうの家のお風呂、入れ替えてくれたのは嬉しいけど狭いよね。利紗子、見た?」
 湯船に浸かりながら郁実が聞く。
「うん、そうだね」
 うちのお風呂だってそんなに広くない。二人で湯船に浸かれば嫌でも肌が密着する。
 私は菓子職人じゃないからそんなに指の股まで丹念に洗わないで。
 許してしまうのは惚れているからだろうか。そうならば、これはきっと良くない恋だ。
 お風呂上がりにアイス、音楽、セックス。
 郁実と眠るせいなのか夢の中でも私は戸惑っていた。藻掻いて、苦しかった。神様、どんな恋でも苦しいのはなぜですか?
「利紗子、じゃあ私行くね」
 次の日、郁実は私の部屋を出て行った。
 一緒に暮らすようになっても相談とかしてくれないのだろうか。もやっとするのは私だけなのだ。郁実にとってはオーナーのヘルプは妙案でしかない。
 いつでも電話がつながる時代だからとでも考えているのだろうか。それとも、郁実にとって私と暮らすことは大きな問題ではないのだろうか。人の心って簡単に変わるんだよ。雲みたいに。
 恋人という立ち位置が不明瞭なせいかもしれない。キスはしても好きだとは言わない。
「やっぱり郁実って男みたい」
 郁実が出て行った玄関で泣いている恋人がいること、あなたは想像もしないでしょうね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

処理中です...