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蒼山のきょうだい
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足がこんななので実に不便。でもそれは私よりも私の世話をしてくれる周りの人たちが口にしないだけで思っていることだろう。
「リンネット様、お仕度しますのでこちらに」
「はい」
サシャに手を引いてもらって立ち上がる。何かにつかまっていたら立っていることも苦じゃない。ほんの少し左足に力を込めてみる。
「他のお山には蝋燭ではなくてずっと明るい光がついている道具あるそうですよ。そういう便利な器具を作っているところならばここよりも医学も発達しているのではないでしょうか」
サシャは私に悲観ではなく希望を持っていてもらいたいようだ。
「ありがとう、サシャ。でも私はこのままでも仕方のないことだと思っているわ」
うちのお山の医学ではどうにもならず、諦めた。学校にも行かずほかのきょうだいたちと違う人生だったけど、もしも歩けるようになったら歩けなかった過去をもったいない、悔しい思ってしまうのではないだろうか。
「リンネット様、手をこちらに。お化粧はどうなさいます?」
「いつも通りで」
「せっかくきれいなドレスを新調しましたのに」
「いいの」
だって私は美しく着飾った姉様たちを見ているだけだもの。姉様たちのように踊ったこともなければ、殿方から言い寄られたこともない。
数日前から王宮は宰相の指示のものと、いつもとは違い王宮が煌びやか。質素倹約を心掛けている父様がこのときばかりは散財する。それも姉様たちのため、それがゆくゆくは蒼山のためにもなるはず。駒にもなれない私はおとなしく料理に舌鼓。
舞踏会では父様の左隣が私の定位置。父様の右隣にフレディ。姉様たちが踊っているのを見ながら食事を取る。
「ほらリンネット、お前の好きな魚のミンチを蒸したものだぞ」
「ありがとう、父様」
父様はお魚が嫌いだから私に食べさせるのだ。私は偏食ではないが、すぐにお腹がいっぱいになる体質。足が悪くて体を動かさないからだろうか。
自分の誕生日だというのに父様は謁見などで忙しそうだった。
「フレディ、今サイカと踊っている青年は?」
と父様が探りを入れる。
「確か、砂山の王子かと」
「悪い男ではないが、ちと体の線が細いな」
「あの方は兄を亡くして後継者になったようですからね」
情報通のフレディとは違い、父様はあまり人の顔と名前を覚えない。私のことだって足の悪い娘として認識している程度。ベルダ姉様とサイカ姉様のことは髪の長さで見分けている。長女のエリー姉様とフレディのことは別格のようだ。
私たちのことも他所のお山では値踏みされたりしているのかもしれない。
娘の顔と名前も曖昧なのに、父様は長年王として君臨している。王の息子として生まれたから、ここが平和であるから民たちの支持を得ているのだろう。生き字引のような宰相とフレディが補佐をしていなければこの国は崩壊するのではないかと心配になる。
蒼山は普通のお山だ。住みやすいから民衆も多い。災害も少なく、人々は争いを好まない。慎ましいが地味な私には合っている。
「リンネット、デザートが来たぞ。お食べなさい」
父様は甘いものも好きではない。
「はい、いただきます」
フルーツもたくさん取れる。この季節は梨に桃、柑橘類も豊富だ。甘くて、お魚さんより断然こっち。うーん、瑞々しい。
「お食事中に申し訳ありません。紅山の王が先程到着され、お目通りをと」
「うむ」
父様は踊っている姉様たちを見ている最中に話しかけられるのが嫌いだ。着飾った姉様たちは優雅で本当にきれい。ドレスも似合っている。それをわかっている宰相が声をかけるのだから、お相手はそれなりの立場なのだろう。
「お祝いの品もたくさんいただきました」
「仕方ない。通せ」
父様はやれやれという顔で頷いた。
お山にも格付けのようなものがある。歴史あるお山、お金持ちのお山の当主はこういうときでもいい席に座っている。もしかしたらうちは今、姉様方のおかげで注目を浴びているのかもしれない。私を除いても三人の姉様方の嫁ぎ先を探している。姉様たちの結婚相手によってはうちのお山の格も変わる。父様は好機を逃したくないのだろうし、姉様たちにとっても自分が幸せになれるかどうかの大事な場なのだ。旬のフルーツを堪能しているのは私だけだろう。だって、どれもこれも甘くておいしい。農園のおじいさんたちにまた手紙を書こうと思っているときだった。
「失礼いたします」
その人は座っている私が見上げるほど大きな人。紅山の王様といってもまだ若そうだった。
「大きな方ですね。7尺ほどあるのではないでしょうか?」
フレディが私の横に来て耳打ちする。
「荷馬車が途中で動けなくなり遅れました。お祝いの日に申し訳ございません。王太子様、姫様とのお時間を割いていただきありがとうございます」
見上げようにも彼の厚い胸板が邪魔してよく顔も見えない。顎を覆う髭のせいかしら。
「うむ」
父様はこういうときだけ偉そうだ。
「先頃は西との戦いがあったと伺っています」
フレディが会話に入る。
「山賊が集まって悪さをしていただけのこと。追い払っただけですので戦いというほどのものではありません」
声も大きい。腰には剣を差している。大きな剣。私も小刀は胸に潜めているけれど、その40倍はありそう。その剣を従者に渡し、こちらに敵意がないことを知らしめる。
そこでケーキが運ばれてきた。あれもこれもおいしそう。
「姉様、デザートをお取りしますね」
王太子であるフレディに身の回りの世話をしてしまって申し訳ない。
「ありがとう。フレディも踊って来たら?」
「この中に踊りたい人はいませんので。はい姉様、苺のムースですよ」
ムースの上には苺もたっぷり。
「うーん、おいしいわ」
「このすっぱいソースがたまらないですね」
「うん、うん」
フレディは男の子だけれど甘いもの好き。どちらかというとフレディは果物を煮たコンポートなどを好む。
「では、失礼いたします」
紅山の王様の第一印象は声と体の大きな人。恥ずかしくて目も合わせられなかったが、後ろ姿は凛々しかった。首も太い。
「あんなにお若いのに王様なの?」
ケーキを食べながら私は父様に聞いた。
「父様だって若いときから王様じゃぞ」
それはおじい様が亡くなったからでしょ? そう口にしたらへそを曲げるから言わないけど。
「彼も一応は王族でしたが、前王が暴君だったため討ち果たしたのですよ」
フレディが得意そうに話す。
「そう」
討ったということは殺したということだろうか。怖くて聞けなかったし、王太子だからってかわいいフレディにそんな言葉を発してほしくない。
まさか、そのような恐ろしい人からうちに縁談の話が来るなんて。
「リンネット様、お仕度しますのでこちらに」
「はい」
サシャに手を引いてもらって立ち上がる。何かにつかまっていたら立っていることも苦じゃない。ほんの少し左足に力を込めてみる。
「他のお山には蝋燭ではなくてずっと明るい光がついている道具あるそうですよ。そういう便利な器具を作っているところならばここよりも医学も発達しているのではないでしょうか」
サシャは私に悲観ではなく希望を持っていてもらいたいようだ。
「ありがとう、サシャ。でも私はこのままでも仕方のないことだと思っているわ」
うちのお山の医学ではどうにもならず、諦めた。学校にも行かずほかのきょうだいたちと違う人生だったけど、もしも歩けるようになったら歩けなかった過去をもったいない、悔しい思ってしまうのではないだろうか。
「リンネット様、手をこちらに。お化粧はどうなさいます?」
「いつも通りで」
「せっかくきれいなドレスを新調しましたのに」
「いいの」
だって私は美しく着飾った姉様たちを見ているだけだもの。姉様たちのように踊ったこともなければ、殿方から言い寄られたこともない。
数日前から王宮は宰相の指示のものと、いつもとは違い王宮が煌びやか。質素倹約を心掛けている父様がこのときばかりは散財する。それも姉様たちのため、それがゆくゆくは蒼山のためにもなるはず。駒にもなれない私はおとなしく料理に舌鼓。
舞踏会では父様の左隣が私の定位置。父様の右隣にフレディ。姉様たちが踊っているのを見ながら食事を取る。
「ほらリンネット、お前の好きな魚のミンチを蒸したものだぞ」
「ありがとう、父様」
父様はお魚が嫌いだから私に食べさせるのだ。私は偏食ではないが、すぐにお腹がいっぱいになる体質。足が悪くて体を動かさないからだろうか。
自分の誕生日だというのに父様は謁見などで忙しそうだった。
「フレディ、今サイカと踊っている青年は?」
と父様が探りを入れる。
「確か、砂山の王子かと」
「悪い男ではないが、ちと体の線が細いな」
「あの方は兄を亡くして後継者になったようですからね」
情報通のフレディとは違い、父様はあまり人の顔と名前を覚えない。私のことだって足の悪い娘として認識している程度。ベルダ姉様とサイカ姉様のことは髪の長さで見分けている。長女のエリー姉様とフレディのことは別格のようだ。
私たちのことも他所のお山では値踏みされたりしているのかもしれない。
娘の顔と名前も曖昧なのに、父様は長年王として君臨している。王の息子として生まれたから、ここが平和であるから民たちの支持を得ているのだろう。生き字引のような宰相とフレディが補佐をしていなければこの国は崩壊するのではないかと心配になる。
蒼山は普通のお山だ。住みやすいから民衆も多い。災害も少なく、人々は争いを好まない。慎ましいが地味な私には合っている。
「リンネット、デザートが来たぞ。お食べなさい」
父様は甘いものも好きではない。
「はい、いただきます」
フルーツもたくさん取れる。この季節は梨に桃、柑橘類も豊富だ。甘くて、お魚さんより断然こっち。うーん、瑞々しい。
「お食事中に申し訳ありません。紅山の王が先程到着され、お目通りをと」
「うむ」
父様は踊っている姉様たちを見ている最中に話しかけられるのが嫌いだ。着飾った姉様たちは優雅で本当にきれい。ドレスも似合っている。それをわかっている宰相が声をかけるのだから、お相手はそれなりの立場なのだろう。
「お祝いの品もたくさんいただきました」
「仕方ない。通せ」
父様はやれやれという顔で頷いた。
お山にも格付けのようなものがある。歴史あるお山、お金持ちのお山の当主はこういうときでもいい席に座っている。もしかしたらうちは今、姉様方のおかげで注目を浴びているのかもしれない。私を除いても三人の姉様方の嫁ぎ先を探している。姉様たちの結婚相手によってはうちのお山の格も変わる。父様は好機を逃したくないのだろうし、姉様たちにとっても自分が幸せになれるかどうかの大事な場なのだ。旬のフルーツを堪能しているのは私だけだろう。だって、どれもこれも甘くておいしい。農園のおじいさんたちにまた手紙を書こうと思っているときだった。
「失礼いたします」
その人は座っている私が見上げるほど大きな人。紅山の王様といってもまだ若そうだった。
「大きな方ですね。7尺ほどあるのではないでしょうか?」
フレディが私の横に来て耳打ちする。
「荷馬車が途中で動けなくなり遅れました。お祝いの日に申し訳ございません。王太子様、姫様とのお時間を割いていただきありがとうございます」
見上げようにも彼の厚い胸板が邪魔してよく顔も見えない。顎を覆う髭のせいかしら。
「うむ」
父様はこういうときだけ偉そうだ。
「先頃は西との戦いがあったと伺っています」
フレディが会話に入る。
「山賊が集まって悪さをしていただけのこと。追い払っただけですので戦いというほどのものではありません」
声も大きい。腰には剣を差している。大きな剣。私も小刀は胸に潜めているけれど、その40倍はありそう。その剣を従者に渡し、こちらに敵意がないことを知らしめる。
そこでケーキが運ばれてきた。あれもこれもおいしそう。
「姉様、デザートをお取りしますね」
王太子であるフレディに身の回りの世話をしてしまって申し訳ない。
「ありがとう。フレディも踊って来たら?」
「この中に踊りたい人はいませんので。はい姉様、苺のムースですよ」
ムースの上には苺もたっぷり。
「うーん、おいしいわ」
「このすっぱいソースがたまらないですね」
「うん、うん」
フレディは男の子だけれど甘いもの好き。どちらかというとフレディは果物を煮たコンポートなどを好む。
「では、失礼いたします」
紅山の王様の第一印象は声と体の大きな人。恥ずかしくて目も合わせられなかったが、後ろ姿は凛々しかった。首も太い。
「あんなにお若いのに王様なの?」
ケーキを食べながら私は父様に聞いた。
「父様だって若いときから王様じゃぞ」
それはおじい様が亡くなったからでしょ? そう口にしたらへそを曲げるから言わないけど。
「彼も一応は王族でしたが、前王が暴君だったため討ち果たしたのですよ」
フレディが得意そうに話す。
「そう」
討ったということは殺したということだろうか。怖くて聞けなかったし、王太子だからってかわいいフレディにそんな言葉を発してほしくない。
まさか、そのような恐ろしい人からうちに縁談の話が来るなんて。
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