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ベルダ姉様の婚礼

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 翌朝、目が覚めたら一緒に眠るベルダ姉様を羽交い絞めにしていた。コットだったら怒らないのに、ベルダ姉様は不機嫌になって、
「金山に行ったらすぐに結婚式なのに痕がついたらどうするの?」
 とへそを曲げる。昔からそういう面倒なところがあるのだ。嫌いではないが、二人だと言い合いになる。せっかちとのんびり屋だから根本的に合わない。誰かもう一人の姉妹が入ると緩衝材になって互いに困らない間柄。
 苛ついているのは雨のせいかもしれない。
「こんなに降って、山に登れるのかしら?」
 と無神経に言ってしまった私も悪い。
 金山は急こう配らしい。荷馬車が多いとぬかるんで大変だ。
 だからベルダ姉様は一日、空を睨むように見上げていた。それでもやまなくて、足止めをされているようと感じているのが手に取るようにわかる。私からではなく、バーリーさんから、
「危険なのでもう一泊してください」
 と頼んでもらった。
 ベルダ姉様は承諾したが、その夜はごはんも食べなかった。
「今宵はいいのか?」
 コットが私の部屋をノックした。
「うん、昨晩たくさんお話ししたから。ベルダ姉様は客間よ」
 姉様のややこしい性格はコットには内緒。
 ベッドに入るなりコットが私を抱き締める。苦しくない程度に。
「昨日はベッドが冷たかった。野営のように」
 コットの腕枕は意外と首に痛い。
「野営? ああ、外で寝るのよね。今度連れて行ってくださいましね」
「野営は危険なんだぞ、バカ者」
「キャンプとは違うの? タープを広げて王宮の庭でしたことはあったけど」
 みんなは走り回って楽しそうだった。
「お前は城で養生していればよい」
 コットの腕の中は温かくて心地いい。
「昨日は姉様と温泉に行ったの。私が歩けるようになって驚いていたわ。姉様が温泉の色が蒼山とは違うから私の足に合うのかしらねって…」
 温泉に浸かると痛みも出ない。
「リンネット? おやすみ」
 おやすみなさいと答えたいのに眠くて言えない。あなたの隣りで寝落ちをしても絶対にお布団をかけてくれるから安心なの。話しの続きは明日すればいい。
 ぬっくぬくだ。
 お山同士のことはわからないけれど降嫁の場合もあるのだろうか。王の娘だからって王に嫁ぐとは限らない。父様なりの策略なのだろうか。もしかしてもう、フレディの采配なのかもしれない。
 次の朝、ベルダ姉様は普段通りに戻っていた。そういう人なのだ。天気みたいな人。
「じゃあね、リンネット」
 次に会うときはもうベルダ姉様は金山のお妃様。
「私も数日後には向かいますので」
 ベルダ姉様の結婚式には私も出席予定。
「待ってるわ。パードリア4世、お世話になりました」
 と姉様はコットに頭を下げる。
「道中、お気をつけて」
「ありがとう」
 コットとベルダ姉様を見送った。
「すっきりした顔をしていたな」
「うん。お嫁に行く覚悟、私にはなかったな。あなたがいい人でよかった」
 こんなふうに私を抱き上げてくれる人、他にはいないもの。
「もう蒼山には姉様がいないのだな。リンネット、寂しくなるな」
「どこにいたって姉妹は姉妹です」
 ベルダ姉様もそれを理解してくれたように思う。
「またリンネット宛の手紙が増えるのか」
 とコットがふうっと息を吐いた。
「一番大切なのはあなたよ」
 本当なのに。
「今日はもう仕事はしない。ゆっくり温泉に浸かろう」
「だめよ。バーリーさんがベルダ姉様の婚儀に出席する服を決めてって」
「あいつに決めさせたらいい」
 ずんずん歩いて、すれ違う人はひれ伏して、誰も止めてくれない。
「コット、お願い。姉様だけじゃなくてフレディにも会うのよ。ちゃんとしなくちゃ。贈り物の選定もしてください。私も一緒に考えるから」
 頬をつねるとぷうっと膨れっ面をして、コットが踵を返す。
「俺って偉い王様だな。自分の欲望より人のことばかり」
「はいはい、とっても偉いわ」
 褒めるついでにおでこにキスをしたらそれだけで上機嫌。
 お祝いに赤い魚を贈るところもあるし、きんすしか受け取らないところもある。バーリーさんが献上品を紙に書いたり実物を集めてくれていた。コットの執務室にはたまにしか入らないからドキドキする。本がたくさんあって、机には書類も山積み。
「金山に金を贈ってもなぁ」
 コットは過去に金山と取引した書類を目に通していた。そういうことも加味されるのね。
「これから冬だし、ベルダ姉様は冷え性だから羊の毛のマットがいいと思うの」
 私は提案した。
「金の糸でお祝いっぽくしたらいいのでは?」
 バーリーさんが案を出す。
「刺繍なら手伝います」
 下手だけれどできなくはない。
 コットは私が関わることが嫌そうだった。あなたとの時間はちゃんと取るからとお願いしたら折れてくれる。
 それから水晶とお酒。こういう出費は交際費に当たるらしい。私と結婚したばかりに、それが跳ね上がっているのではないだろうか。
 ごめんなさい。感謝も込めてあとでゆっくり口づけをしてあげよう。
 お金を稼ぐことはできないから、コットに帽子でも編もうかしら。喜びすぎてお城の中でもかぶっているのが目に浮かぶわ。

 数日後、様々な準備をしてベルダ姉様の結婚式のためにコットと出かけたのはいいけれど、途中で私の関節に激痛が走る。
「足痛いかも」
 馬車を止めさせてしまった。
「どちらだ?」
「左」
 コットがさすってくれる。
「標高が関係あるのか?」
「わからない。高い山に行ったことないもの」
 同行していた医師のハイエツが診てくれたが、わからない。
「痛み止めの注射はありますが一時的なものです」
「向こうに行ってひどくなっても困る」
 とコットが俯く。
 少しその場にとどまってみたが症状は変わらない。だからコットだけ婚儀に出席することになった。
「俺は馬で行くからリンネットはこの馬車で戻りなさい」
 王なのにいいのかしら。でも私一人では馬に乗れないし、誰かと乗ったらまたコットは死罪とか言い出すだろうし。
「悪いわね、コット」
 言いなりになって帰ることにした。このままではコットが金山に着くのが遅れてしまう。
「リンネットの親族なら私の親族だ」
 と私を抱き締めた。
「ありがとう」
 そんなわけでハイエツが私の馬車に乗り、数名の護衛と共に城へ戻ることにした。
 コットは本当に優しい。夫として満点だわ。正しいし、情勢にも詳しい。私もそれに見合うように学ばなくては。
 紅山に戻って温泉に入れば元通り。
 なんだったのだろう、さっきの針を差したような痛みは。高低差の問題なのだろうか。足の付け根の関節がぎゅっとされた気がした。
 コットのいないベッドは広い。
 今頃、宴の時間ね。コットはお酒飲みすぎてないかしら。フレディとはどんな話をするのだろう。ベルダ姉様、どんな支度なんだろうか。
 夜、アンナとキュリナが交替で私を見回りに来てくれた。私は幸せな王妃だ。
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